また今日も、おつかいでミスをして叱られた。
「お母さん、りんごとみかんを買ってきてって言ったよね。どうしてみかんだけこんなに買ってきたの?」
「でも、おつりはちゃんと」
きちんとおつかいができたら必ず六百円のおつりが出るから、間違いなく持って帰ってきてちょうだいよ。
そんな母の言いつけを守っておつかいをしたのに、僕がみかんだけを買ってきたことに呆れ果てている。りんごはたまたま品切れだった。仕方ないじゃないか。
「いい? 物事には優先順位があるの。りんごがなかったら、言われた数のみかんだけ買ってくればいいの!」
「だって……おつりは、絶対六百円になるって言われたから」
「言い訳しないで。みかんばっかりこんな……どうするのよこれ」
母はイライラした様子で台所に戻っていく。しかも、今日のおやつは抜きだと言われてしまった。りんごを買い忘れただけで、どうしてこんなに責められるのだろう。
こんなの、あんまりじゃないか?
母だけでなく、僕の家族はちょっとおかしい。
兄が忘れ物をしたときだってそうだ。わざわざ僕が届けてあげたのに、理不尽に怒鳴られた。
あの日、兄はいつもと同じ時間に家を出た。それから少しして、弁当箱を忘れて家を出たことに母が気がついた。
母は時計をチラッと見てから僕を振り返り、「十分後に出ればきっと追いつくから」と弁当箱を手渡した。まるで僕が兄にどのタイミングで追いつくか、最初から分かっているような言い方だった。
今すぐ追いかけた方がいいはずなのに、母は十分待ってからでいいと首を振るばかり。だから僕は、十分待ってから家を出た。
こんな問題を算数の授業でやったのを思い出す。
予習していたからちゃんと覚えていた。そうだ。教科書では、弟が家を出て十五分後に兄に追いつくことになっていた。でも、僕はいつもよりも一所懸命に走った。息が苦しくなるまで走った。
だって早く追いついた方がいいに決まってる。
角を曲がったところで、兄の背中が見えた。本当なら横断歩道で出会う予定だったけど、早く着くに越したことはない。
「兄さん、忘れも……」
「早すぎるだろ!」
兄は振り向くなり怒鳴った。弁当箱を差し出すと、乱暴に受け取って悪態をつく。
「何で教科書通りの速さで走らなかったんだよ。十五分後に来るはずだっただろ」
僕は何も言えなかった。
早く追いついたこと自体が間違いだったみたいに、兄は不機嫌そうに去っていく。遅れたならイライラするのも分かるが、早めに着いたのを怒られる筋合いはない。
教科書通りではない。予定通りではない。
たったそれだけのことで責められる。
こんなへんてこな世界に生まれてきただけで、お前は罪を背負っていると言われているようだ。そういえば、りんごを手にしただけで罪人扱いされた人たちの話を聞いたことがある。あまりにも理不尽だ。
とはいえ、僕の出す答えはいつだって不正解だ。
「今日こそはちゃんと買ってきてね」
ある日、またおつかいを頼まれた。
「もし、りんごが品切れだったら……?」
母は無言のまま。
「みかんが足りなかったらどうするの。そういうのはまだ予習してないんだよ」
母は呆れてため息をつく。
「もういいわ。いつも屁理屈ばっかり。あなたは、そういう子なのね」
家族に失望されるのが怖い。もう、何が何でも母の言うことを聞くしかなかった。
エコバッグと財布を持って、とぼとぼとスーパーに向かって歩き出す。最寄りの店にりんごは売っている。
でも、陳列棚を見て僕は愕然とした。
僕が頼まれた数よりも、置いてある数の方が少ない!
どうしよう。僕はパニックに陥った。
他の店を回って買い集めても、きっと母さんには教科書通りの買い方じゃないと叱られる。
ここで大切なのは、みかんを八個、りんごを五個カゴに入れて、千円札を出してお釣りを貰うことなのだから。
必死に辺りを見渡す。もしかしたら他の棚にりんごが置いてあるかもしれないと、店内を隈なく探し回る。そして……あった!
やっとのことで残りのりんごを見つけたのだった。これで五個。カゴの中に入った赤くて丸いそれを掴んで、すぐにレジで会計を済ませる。ピンポーンと頭の中で正解の音が鳴り響く。
と同時に、後ろの方からおばさんの悲鳴が聞こえた。
「この子、泥棒よ!」
「どうしました!?」
「私のカゴから勝手に、勝手に取って行ったのよ!」
すぐにお店の人が飛んできて、裏の事務所に連れて行かれた。母が呼ばれるまであっという間だった。
「どうしてこんなことをしたの……!」
泣き崩れる母を目の当たりにしても、上手く説明できなかった。僕は教科書通りの買い物をした。言われた通りにおつかいをこなそうとした。
ちゃんと予習したのと同じだけのおつりも手に入ったし、完璧じゃないか。僕の心は奇妙な達成感でいっぱいだった。
さて、次の問題は何だろう。予習したところから出るといいな。