――2ヶ月前――
「…………完敗ですわ……どうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さいな」
「………負けた人間に指図される筋合いはありませんね……」
◆◆◆
ちゃんと、生きてたみたいだな…………
正直、あの勢いなら切腹でもしちまったんじゃねぇかと思ってた。
まぁ、それはともかく…………
「どうしたもんか……」
目の前で繰り広げられる、氷雅と怨霊達の戦いを見ながら呟く。除霊に来た以上、俺も参加して然るべきなんだろうが、今での経緯を考えるとどうしても躊躇しちまう。
…………だとしても、このまま傍観と言うわけにも行かないか。
奴がやられることはないだろうが、如何せん敵の数が多すぎる。しかも、あいつの相手に出来るのは、剣の届く範囲のみ。飛び道具の類は持っていないらしい……あれじゃ数は減らせても、殲滅までは無理だ。
案の定、地表付近の霊が居なくなると高い位置に居る霊には手出し出来ず、上を見上げて歯噛みしてる様子が見られた。
「仕方ねぇ……行くか」
余り気は進まなかったが、俺は警戒しながらゆっくり奴の方に近づく。そして、互いの距離が10メートルを切ろうかという頃、声を掛ける前に氷雅が後から来る俺に気付いて振り向いた。
「!!?………………誰っ!?」
「流石ですね。この距離で気付くなんて……」
今晩の波は穏やかで、殆ど音はしない。だが、周りには未だ無数の怨霊が徘徊して、それぞれが様々な呻き声を発してる。特に足音を消した積りはないが、この状況でそれに気付くなんて、やっぱりこの女は相当な実力者だ。
大体2ヶ月振りか……目の前に居る氷雅に姿に特に変化はない。
全身タイツと忍装束(下は黒、上はカーキ)を折半したような衣装に身を包み、その上に羽織るカーキ色の外套もそのまま。ただ、俺に向ける表情……正確には眼から発する気に変化があった。
前に会った時のこいつの眼には、怒り狂ってるように見えて、その実怯えてるような、そんな不安定な色ばかり目立っていたが、今のこいつにそれはない。ただ、その切れ長の双眸から俺を油断なく見つめている。
物を自然体で見れるようになっているか?これなら、話は出来るかもしれない。
奴は振り向き様に、持っている剣を正眼に構えていた。不用意に剣の届く範囲に近寄ったら、そのまま斬撃が飛んで来ただろうな、こりゃ……
俺は奴との距離を、それ以上詰めずに口を開いた。
「構えないで下さい……やり合う気はない。私も仕事をしに来たんですよ」
「…………その声は……横島さん?」
「『鴉』……私の事は、そう呼んでくれると嬉しい」
「…………鴉……?なるほど。その姿といい、それが本来のあなたと言う訳ですわね」
いやいやいや全然違うけど……
なんか凄く納得してる感じの顔だけど、単にこの姿でいる時に「横島」「横島」呼ばれたくないだけだから………
……まぁ、いいか。取り敢えず飛び掛かかって来る様子も見られない。例え来ても、この距離なら対処出来る。
「!?」
「……残りを殲滅します」
俺は、奴に敢えて解るように霊盾を作り始める。奴は警戒こそしたが、俺の妨害しようとはしなかった。
数十秒後、氷雅に警戒しながら完成させた霊盾(三連式ダイナマイト型……形は気分だ)を数十メートル先に居る連中の周辺まで放る。
放物線を描くように投擲されたそれは、そのまま砂浜へ落ち…………る事はなく、砂地から1メートル程の宙に留まる。
そして………
ボウッ!
「なっ……」
霊盾から放たれる霊気の光。それが一つの吸引力となって、わずかな時間で辺りの雑霊を一箇所に集める。
「怨霊達が集まっていく………!?これは……文珠の力?」
顔を僅かに傾けながら、その様子を見ていた氷雅が驚いたように呟く。正確に言えば文珠じゃないんだが、俺はそれとは別の事に驚いていた。
こいつ…… “文珠” って言ったぞ…………
この前会った時は文珠はおろか、俺の事なんて全く把握してなかったのに、あれから調べたのか?
今度はキッチリ俺を調べてから、襲撃する積りかもな……まぁ、今は “それ” を気にする時じゃない。
そうしている間にも悪霊達は霊盾に吸い寄せられ、やがてその中の一匹が……
「着弾……」
ドォゴオオォォン!!
霊盾が弾けた事により響き渡る爆音、広がる衝撃、それによって大量に巻き上げられる砂粒…………そして、一遍に弾け飛ぶ雑霊。
誘引爆弾………『帰結眼』……とでも名付けるか。
状況によって『追尾眼』と使い分ければ、戦略の幅は更に広がるな。
「あの数を一瞬で……流石は “三界唯一の文珠使い” と言われるだけありますわね」
氷雅は爆発の余波を避けて移動こそしたが、距離は始めと同じくらい保ってる。声音にも、まだ警戒が滲み出てるが構えは解いていた。
「あなたが “間引いて” くれたお陰で楽に出来ました。それにしても……随分と私のことにお詳しくなられましたね」
「皮肉ですの?相手をよく調べもしないで、襲った私に対する………あれから、調べましたわ。あなただけじゃない、あなたの上司に関してもね。でも、さっきの “爆弾” は予想外でしたけど」
「それで……?」
「お手上げですわ…… “今の私” では、あなたに勝てない」
そう言って嘆息しながら、やれやれと言った風に両手を上げる氷雅。
“今の私” か……なら、 “未来のお前” が俺を襲う気か?いや、そう思わせて直ぐに襲ってくるかもしれない。
…………ただ、前に比べてこいつの精神は安定してる。
あの時だって、不意打ちはしないで真正面から挑んで来た。挑んでは来ても、変な真似はしないか?
……考えても、これ以上は解らないな。なら、話題を変えるか。
「九能市さん__」
「氷雅で結構……いえ、あなたが『鴉』なら私は『氷』とでも呼んで頂けますか?」
何故、対抗する………?
まぁ、いいか。
「では、氷。何故、ここで除霊を?これは私達が請け負った仕事ですが……誰かに頼まれたんですか?」
「………頼まれたわけじゃありませんわ。ただ世話になっている人が、ここの怨霊に困っていたから様子を見に来たけど、数が多すぎてどうにもならない所にあなたが来た…………そんな所ですわ」
GS免許を持っていない人間が、師匠のGSなしで単独除霊なんかしたら完全違法行為だ。モグリとやってることは変わらない……
だが、それは今の俺も全く一緒(こっちは一応雪之丞が正式に受けた依頼)なんで、そこには触れず別の部分に突っ込む。
「ボランティアだったんですか?随分とお優しいことで……」
「一々嫌味ですわね。私にだって、義理人情くらいありますわよ」
…………言ってること全て鵜呑みにする気はないし、気になることは他にいくらでもある……ただ、これ以上追求する手段もないし、奴も今ここでやり合う気はないらしい。
潮時だな…………
「なるほど……しかし、正式な依頼をこちらで受けた以上、後は私達がやります。それでは」
さっきの爆発で大半の霊は吹き飛んだが、この海岸は広い。まだ、遠目に漂ってる霊がちらほら見えるし、連中がここに集まった原因究明もしなくちゃならない。
こいつの存在は気になるが、いつまでも問答してる場合でもないんで、俺は奴に背を向けて去ろうとした。
「待って下さい」
「……まだ何か?」
氷雅の呼びかけに足だけ止めて答える。
「「私達」って、あなたしか居ないじゃありませんこと?ここは広いですわよ」
「 “別行動” 中なんです、明日には合流しますよ」
単に寝てるだけだけどな……多分、明日も起きれない…………
「それじゃ間に合わない、明日になれば事態はもっと悪化しますわ」
「……どういう意味です?」
俺は氷雅に向き直った。
何か知ってるのか?でも、さっきの口振りからすると、こいつも今日来たばかりのようだし……
「おかしいと思いませんか?こんな何もない海岸に、あんな沢山の怨霊が出没するなんて……」
「それの調査も依頼の内です」
「私が居れば、簡単に調べが付くかもしれませんわよ? “あなた方” と違って探索は得意なんですの♪」
「言ってくれますね」
確かに俺達は探索が不得手……と言うか、ほぼ出来ない。こいつが俺達を調べたって言うのは、どうやら本当らしい。
それによって幾分精神的余裕が回復したのか、ここに来て奴の警戒顔が初対面の時のような高飛車な物に変わった気がした。
「協力してくれるんですか?いつか殺そうとしてる相手に……」
「世話になってる人が居ると言ったでしょう?私は、その人の為出来ることなら “アレ” を止めたい。でも、1人じゃ無理そうだから、あなたに “嫌々” 協力を申し出ているんですの」
“嫌々” をわざわざ強調しやがって……段々、素のこいつらしくなったきたな。もっと言えば、あの糞女と被りだしだぞ…………
どうする?
文珠で探索も出来るっちゃ出来るが、節約出来るならそれに越したことはないし、こいつの言っていることも気になる。
癪に触るが、ここは……
「仕方ありませんね……私は仕事の為、あなたは世話になった人の為、お互いの為に “嫌々” 協力しあいましょう氷」