第7話
ー/ー
どうしても、返事は重くなった。林間学校に行かないという笠木の名だけが帳面にないあたり、いよいよ予測が信憑性を帯びてきた気さえする。
この帳面は、一体なんなのか。人の死を予言する書物なんて、あっていいわけがない。ノストラダムスだとか、そんな連中の予言は外れて当然なのに、どうして自分たちの周りに都合よくこんなものが転がり込んできてしまったのか。
考えていると、笠木が呟いた。
「決定論って、知ってる?」
「決定論?」
「私も、はっきり覚えてるわけじゃなくて、そういう呼び名だったと思うんだけど……。世の中の全ては、偶然で起きてるんじゃなくて、宇宙の誕生からその最後まで、映画を再生するみたいに、全部決まってるっていう話」
「聞いたことはあるよ。アカシック・レコードだっけ。全ての人の一生を記録したものが宇宙にあって、預言者はそれにアクセスして情報を得てるっていう」
「うん。そういう話」
「馬鹿げてるだろ。そんなものがあったら面白いとは思うけど、ぶっ飛びすぎだ。そんなものがあったら、俺たちの意思ってのはどうなるんだよ」
「私たちが考えていることも、全部筋書き通り、っていう話。たとえば、ハンバーガーを食べようか、チーズバーガーを食べようか迷って、チーズバーガーを選んだとしても、それは私たちが自分の意思で選んでるんじゃなくて、最初からチーズバーガーを選ぶのは決まっていた、っていうこと」
「世の中に、偶然とか、確率ってものはないってことか?」
俺は、椅子の背にもたれた。それから、続ける。
「でも、その筋書きをあらかじめ知ることができたら、それに逆らえるだろ。その場合はどうするんだ? 分かってたら、自分がチーズバーガーを選ぶ未来を変えることだってできるんじゃないのか?」
「変えられるかもしれないけど、変えられないとも考えられるよ。ハンバーガーを頼もうとしても、チーズバーガー以外は品切れだったり、ハンバーガーを頼んでも、中身が間違っていて、チーズバーガーが出てくるのかも」
「食わずに店を出たら?」
「……うーん。家のご飯がチーズバーガーとか?」
「どこまでも追い掛けてくるのかよ」
苦笑いが漏れた。想像できる限りは、話はどこまでも広げられる。
未来を知り、変えるために取った行動すら、運命の掌の上だった、ということだってあるわけだ。
俺は古いノートを見下ろして、言った。
「それでも……もし、俺が鈴木に、お前は十二日に死ぬかもしれない、って教えてたら、あいつは死なずに済んだかもしれない。逆らえたかもしれないんじゃないか」
あいつがそれを信じるかどうかが謎だが、恐らく信じないだろう。この古いノートに記されているものは恐ろしいことなのだ、と突きつけられている今の俺でも、まだ半信半疑の状態なのだから。
笠木は、俺が自分を責めていると見て取ったのか、痛ましい顔つきになった。
「なんとも言えないけど……。危険が一度だけ、とも限らないし……」
「……そうか。さっきのチーズバーガーの話から考えると、朝のトラックを切り抜けても、その日一日はずっと死の危険が付きまとう、かもしれない」
「うん。私は……そう思う」
笠木は頷いた。俺は額を掻いた。
ひとつ深呼吸をして気を落ち着けて、少し話を戻すことにした。笠木が言った、決定論だったか、それについて考える。
「数学者とか、涙目だよな。確率だとかなんだとか、統計だとかなんだとか、全部意味ないってことだろ? いちいちそんなことを計算しても、サイコロを振ったときになんの目が出るのかまで、とっくに決まってるってことなんだから」
「うん。でも……そこまで精度の高い予測じゃないのかもしれない」
笠木は、帳面を見ながら小さな声で言った。それに、聞き返す。
「どういうことだよ? そんなこと、分かるのか?」
「ここに書かれてるのは、死ぬ日にちだけ。……何時何分に死ぬ、っていうことじゃないから、なんとかできるのかも、しれないって思って」
「どういうふうに? たとえば……その日を切り抜けさえすれば、そいつは生き延びられるかもしれない……とか?」
聞くと、笠木は顔を上げた。
「また、たとえ話だけど。サイコロを一回振ったときに、六の目が出る確率は?」
「六分の一だろ」
「じゃあ、一から六、どれかの数字が出る確率は?」
「六分の六。百パーセントだろう」
「北くんがサイコロを振ったときに、猫が乱入してきてサイコロを持ち去っちゃったら、目は出てないことになるでしょう? そうなったら、百パーセントじゃない」
「小学生じゃないんだから。確率の問題は、そういうのを加味しないだろ? 数学の問題だったら、目の出る確からしさだけが問われるんだ。重力とか空気抵抗とかも関係ない」
「でも、それは人間が作った都合のいい考え方でしょう? 実際にサイコロを振るときには重力があって、空気抵抗もあって、猫だって近くにいるかもしれない。数学の問題と同じ状況下でサイコロを振るなんて無理だよ。サイコロにだって品質があって、重心が違ってたら、どの目が出る確率も等しく六分の一だなんてことは絶対にないわけだし、投げ方や落とすときのサイコロの向きだって、確率に関係するんだから」
熱弁だった。しかし、言っていることは分かるが、それを通して笠木の言いたいことが見えてこない。
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この帳面は、一体なんなのか。人の死を予言する書物なんて、あっていいわけがない。ノストラダムスだとか、そんな連中の予言は外れて当然なのに、どうして自分たちの周りに都合よくこんなものが転がり込んできてしまったのか。
考えていると、笠木が呟いた。
「決定論って、知ってる?」
「決定論?」
「私も、はっきり覚えてるわけじゃなくて、そういう呼び名だったと思うんだけど……。世の中の全ては、偶然で起きてるんじゃなくて、宇宙の誕生からその最後まで、映画を再生するみたいに、全部決まってるっていう話」
「聞いたことはあるよ。アカシック・レコードだっけ。全ての人の一生を記録したものが宇宙にあって、預言者はそれにアクセスして情報を得てるっていう」
「うん。そういう話」
「馬鹿げてるだろ。そんなものがあったら面白いとは思うけど、ぶっ飛びすぎだ。そんなものがあったら、俺たちの意思ってのはどうなるんだよ」
「私たちが考えていることも、全部筋書き通り、っていう話。たとえば、ハンバーガーを食べようか、チーズバーガーを食べようか迷って、チーズバーガーを選んだとしても、それは私たちが自分の意思で選んでるんじゃなくて、最初からチーズバーガーを選ぶのは決まっていた、っていうこと」
「世の中に、偶然とか、確率ってものはないってことか?」
俺は、椅子の背にもたれた。それから、続ける。
「でも、その筋書きをあらかじめ知ることができたら、それに逆らえるだろ。その場合はどうするんだ? 分かってたら、自分がチーズバーガーを選ぶ未来を変えることだってできるんじゃないのか?」
「変えられるかもしれないけど、変えられないとも考えられるよ。ハンバーガーを頼もうとしても、チーズバーガー以外は品切れだったり、ハンバーガーを頼んでも、中身が間違っていて、チーズバーガーが出てくるのかも」
「食わずに店を出たら?」
「……うーん。家のご飯がチーズバーガーとか?」
「どこまでも追い掛けてくるのかよ」
苦笑いが漏れた。想像できる限りは、話はどこまでも広げられる。
未来を知り、変えるために取った行動すら、運命の掌の上だった、ということだってあるわけだ。
俺は古いノートを見下ろして、言った。
「それでも……もし、俺が鈴木に、お前は十二日に死ぬかもしれない、って教えてたら、あいつは死なずに済んだかもしれない。逆らえたかもしれないんじゃないか」
あいつがそれを信じるかどうかが謎だが、恐らく信じないだろう。この古いノートに記されているものは恐ろしいことなのだ、と突きつけられている今の俺でも、まだ半信半疑の状態なのだから。
笠木は、俺が自分を責めていると見て取ったのか、痛ましい顔つきになった。
「なんとも言えないけど……。危険が一度だけ、とも限らないし……」
「……そうか。さっきのチーズバーガーの話から考えると、朝のトラックを切り抜けても、その日一日はずっと死の危険が付きまとう、かもしれない」
「うん。私は……そう思う」
笠木は頷いた。俺は額を掻いた。
ひとつ深呼吸をして気を落ち着けて、少し話を戻すことにした。笠木が言った、決定論だったか、それについて考える。
「数学者とか、涙目だよな。確率だとかなんだとか、統計だとかなんだとか、全部意味ないってことだろ? いちいちそんなことを計算しても、サイコロを振ったときになんの目が出るのかまで、とっくに決まってるってことなんだから」
「うん。でも……そこまで精度の高い予測じゃないのかもしれない」
笠木は、帳面を見ながら小さな声で言った。それに、聞き返す。
「どういうことだよ? そんなこと、分かるのか?」
「ここに書かれてるのは、死ぬ日にちだけ。……何時何分に死ぬ、っていうことじゃないから、なんとかできるのかも、しれないって思って」
「どういうふうに? たとえば……その日を切り抜けさえすれば、そいつは生き延びられるかもしれない……とか?」
聞くと、笠木は顔を上げた。
「また、たとえ話だけど。サイコロを一回振ったときに、六の目が出る確率は?」
「六分の一だろ」
「じゃあ、一から六、どれかの数字が出る確率は?」
「六分の六。百パーセントだろう」
「北くんがサイコロを振ったときに、猫が乱入してきてサイコロを持ち去っちゃったら、目は出てないことになるでしょう? そうなったら、百パーセントじゃない」
「小学生じゃないんだから。確率の問題は、そういうのを加味しないだろ? 数学の問題だったら、目の出る確からしさだけが問われるんだ。重力とか空気抵抗とかも関係ない」
「でも、それは人間が作った都合のいい考え方でしょう? 実際にサイコロを振るときには重力があって、空気抵抗もあって、猫だって近くにいるかもしれない。数学の問題と同じ状況下でサイコロを振るなんて無理だよ。サイコロにだって品質があって、重心が違ってたら、どの目が出る確率も等しく六分の一だなんてことは絶対にないわけだし、投げ方や落とすときのサイコロの向きだって、確率に関係するんだから」
熱弁だった。しかし、言っていることは分かるが、それを通して笠木の言いたいことが見えてこない。