第6話
ー/ー
一学期の終業式のあと、俺は笠木と待ち合わせをしていた。ファストフード店で落ち合い、そのまま中に入った。適当に注文して、適当な席に座る。
話がしたい、と持ちかけてきたのは彼女のほうだった。だが、あの祭の夜――肝試しの夜以来の顔合わせなせいか、話しあぐねている。
仕方なく、俺から切り出した。
「話したいことって?」
聞くと、笠木は顔を上げた。
「あ、うん。……その、前の、肝試しのことなんだけど」
それを聞いて、俺は嘆息した。
「……お前も、鈴木が死んだのってアレが原因だと思ってるわけ?」
「……そういうわけじゃ、ないけど」
完全に否定もできない。そんな口振りだった。
俺は、独り言のような調子で言った。
「佐藤はめちゃくちゃ気にしてるよ。鬱みたいになってさ。まぁ、同じクラスなんだから、見てて分かると思うけど。山田も、佐藤も、あの肝試しのことは一言も口にしないけど、すげえ引きずってる」
「伊藤さんも、そんな感じ。北くんは?」
「ヘコんでるよ。……やかましいヤツだったけどさ、いいヤツだったし。なんか、未だに死んじゃったなんて実感湧かなくて、こんな感じだけど」
鈴木が死んで三日ほど経ってから、不意に泣いてしまったくらいだ。
コーラの入ったカップを持ち上げて、俺は呟いた。
「なんなんだろうな、人間って。元気だったヤツが、いきなり車なんかに撥ねられて死んだりする。あいつは、悪いヤツじゃないし、他に早死にしたっていいヤツなんて、いくらでもいるだろ。なのに、理不尽すぎる」
そういった怒りのほうが、悲しみよりも俺の中では大きかった。できることならこの手で、鈴木を撥ねたドライバーをぶっ殺してやりたい、とすら思う。
笠木は俯き加減に戻って、口を開いた。
「……私も、すごくショックだった。でも、ずっと気になってることがあって」
彼女は、また顔を上げた。
「あの神社で見つけた、古い帳簿なんだけど」
俺は頷いた。鞄からそれを取り出す。
元々、これを持ってきて欲しい、という笠木の注文だった。それを聞いたときは、ふたりでこれを返しに行こう、とでも言われるのかと思っていたが、違うらしい。
彼女に渡すと、中を検め始めた。俺は黙って、それを見守った。
やがて、笠木は言った。
「なんか、おかしいなって思ったんだ。神社とかの記入台帳って書くのは、名前と、住所とかでしょう? 普通は。なのに、なんでこれって、名前のあとに数字が書いてあるんだろうって。それに、記帳するのって参拝する人たちなのに、これに書いてある字は、全部同じ字……」
笠木は頭がいいらしい。あの晩、適当に開いた帳面の中身を覚えているとは。
名前のあとの数字の意味については、俺も量りかねていた。ひとつ、恐ろしい予想が立ってはいるし、それが高い確率で正解だろうことも見当がついていたが。
そもそもの疑問を、俺は口にした。
「笠木。最後のページに書いてある名前見てみて」
この一週間ほどで、何度となく見直したものだ。だから、今もそこに書いてあるはずだった。案の定、笠木は引きつった顔をした。
「これ……。北くんの名前だよね。しかも、北くんだけじゃない」
「そうなんだ。なぜか、俺の名前と、変な数字が書いてある。俺だけじゃなくて、山田、鈴木、伊藤の名前もある。クラスの他の連中の名前もある。他のクラスのやつも」
「なんで……。どうして」
「分からないよ。俺も、ずっと考えてたんだけど。これがなんなのか」
それきり沈黙してしまった笠木を、俺は見守った。彼女は帳面を見るのも嫌になったようだが、それでもなにかを確かめたいのか、古い紙を手繰り始めた。
やがて、手が止まった。その手は、震えていた。
「……先生の名前もある」
「マジで?」
笠木の声も震えていた。
それは見落としていた。俺は身を乗り出すと、帳面を見た。確かに、俺たちのクラス担任教諭の名前があった。
「名前のあとの数字は、一九六七と、二〇〇六、そのあとに……七、二十六」
「最初の数字以外は……俺や、みんなと同じだな」
それを見落としていたのは、正直どうかしていたのかもしれない。なにしろ、名前がずらりと並んでいて、そのあとの数字も全く同じものがずらりと並んでいるのだ。見ていると、なんだか頭がおかしくなってくる。
それから、何度か前後のページをめくり、笠木は気がついたようだった。
「……私の名前は、載ってない? あと、鈴木くんも」
「そうみたいだ。あ、鈴木の名前は書いてあった。ちょっと戻って」
俺はページをめくり、鈴木の名前を指す。笠木は頷いた。
「一九九〇、二〇〇六、七、十二……? 鈴木くんだけ、最後の数字が違う」
「そうなんだ。で、鈴木だけ、前のほうのページに載ってる」
俺は勘違いであって欲しいと思いながら、笠木に聞いた。
「どう思った? 鈴木のさ、この数字見て」
頭は悪くないのだから、薄々気づいていたのだろう。俺の顔と、帳面を交互に見た。笠木は、絞り出すような声で言った。
「……今年は、二〇〇六年でしょう。鈴木くんが亡くなったのは、今月、七月の十二日」
彼女の結論も、俺と同じだった。俺は首を振って、付け足した。
「俺たちは九十年生まれだ。……それに記されてるのは、多分……。俺たちの生まれた年、そして、死ぬ年と、その日にちだと思う」
俺の予想では、そういうことだった。
ノートに記されているのは、特定の人物の名前と、その生年、そして、没年ではないだろうか。
反論して欲しかったが、笠木は黙りこくってしまった。たまらず、俺が言った。
「そんなことってあるかよ。こんな、わけの分からないボロいノートに書かれてる通りに、俺たちは死ぬってことか?」
「分からない。でも……。七月の二十六日って、林間学校出発の日だよね」
「ってことは、なんだよ。俺たちクラス全員どころか、他のクラスの奴らも、バスかなんかが事故って、まとめてこれだけ死ぬってことか? ここに書いてある奴ら、全員が? そんなことって……信じられねえよ」
俺も、二十六という数字がもし日にちを指すのなら、という――今、笠木が考えたようなことに辿りついてはいた。
それを、笠木には否定してほしかったのだが。
やるせない思いでまくしたててから、俺は笠木の顔を見た。
「なんでお前の名前はないんだよ」
「……私、林間学校には行かないんだ」
「はあ? そうなの?」
「うん。私、喘息で……。お医者さんから、行かないほうがいいって。先生にも、診断書とかもう提出して、欠席するって伝えてあるんだけど……。だから、班割りにも参加してなかったし……」
「ふうん……。そうか……」
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話がしたい、と持ちかけてきたのは彼女のほうだった。だが、あの祭の夜――肝試しの夜以来の顔合わせなせいか、話しあぐねている。
仕方なく、俺から切り出した。
「話したいことって?」
聞くと、笠木は顔を上げた。
「あ、うん。……その、前の、肝試しのことなんだけど」
それを聞いて、俺は嘆息した。
「……お前も、鈴木が死んだのってアレが原因だと思ってるわけ?」
「……そういうわけじゃ、ないけど」
完全に否定もできない。そんな口振りだった。
俺は、独り言のような調子で言った。
「佐藤はめちゃくちゃ気にしてるよ。鬱みたいになってさ。まぁ、同じクラスなんだから、見てて分かると思うけど。山田も、佐藤も、あの肝試しのことは一言も口にしないけど、すげえ引きずってる」
「伊藤さんも、そんな感じ。北くんは?」
「ヘコんでるよ。……やかましいヤツだったけどさ、いいヤツだったし。なんか、未だに死んじゃったなんて実感湧かなくて、こんな感じだけど」
鈴木が死んで三日ほど経ってから、不意に泣いてしまったくらいだ。
コーラの入ったカップを持ち上げて、俺は呟いた。
「なんなんだろうな、人間って。元気だったヤツが、いきなり車なんかに撥ねられて死んだりする。あいつは、悪いヤツじゃないし、他に早死にしたっていいヤツなんて、いくらでもいるだろ。なのに、理不尽すぎる」
そういった怒りのほうが、悲しみよりも俺の中では大きかった。できることならこの手で、鈴木を撥ねたドライバーをぶっ殺してやりたい、とすら思う。
笠木は俯き加減に戻って、口を開いた。
「……私も、すごくショックだった。でも、ずっと気になってることがあって」
彼女は、また顔を上げた。
「あの神社で見つけた、古い帳簿なんだけど」
俺は頷いた。鞄からそれを取り出す。
元々、これを持ってきて欲しい、という笠木の注文だった。それを聞いたときは、ふたりでこれを返しに行こう、とでも言われるのかと思っていたが、違うらしい。
彼女に渡すと、中を検め始めた。俺は黙って、それを見守った。
やがて、笠木は言った。
「なんか、おかしいなって思ったんだ。神社とかの記入台帳って書くのは、名前と、住所とかでしょう? 普通は。なのに、なんでこれって、名前のあとに数字が書いてあるんだろうって。それに、記帳するのって参拝する人たちなのに、これに書いてある字は、全部同じ字……」
笠木は頭がいいらしい。あの晩、適当に開いた帳面の中身を覚えているとは。
名前のあとの数字の意味については、俺も量りかねていた。ひとつ、恐ろしい予想が立ってはいるし、それが高い確率で正解だろうことも見当がついていたが。
そもそもの疑問を、俺は口にした。
「笠木。最後のページに書いてある名前見てみて」
この一週間ほどで、何度となく見直したものだ。だから、今もそこに書いてあるはずだった。案の定、笠木は引きつった顔をした。
「これ……。北くんの名前だよね。しかも、北くんだけじゃない」
「そうなんだ。なぜか、俺の名前と、変な数字が書いてある。俺だけじゃなくて、山田、鈴木、伊藤の名前もある。クラスの他の連中の名前もある。他のクラスのやつも」
「なんで……。どうして」
「分からないよ。俺も、ずっと考えてたんだけど。これがなんなのか」
それきり沈黙してしまった笠木を、俺は見守った。彼女は帳面を見るのも嫌になったようだが、それでもなにかを確かめたいのか、古い紙を手繰り始めた。
やがて、手が止まった。その手は、震えていた。
「……先生の名前もある」
「マジで?」
笠木の声も震えていた。
それは見落としていた。俺は身を乗り出すと、帳面を見た。確かに、俺たちのクラス担任教諭の名前があった。
「名前のあとの数字は、一九六七と、二〇〇六、そのあとに……七、二十六」
「最初の数字以外は……俺や、みんなと同じだな」
それを見落としていたのは、正直どうかしていたのかもしれない。なにしろ、名前がずらりと並んでいて、そのあとの数字も全く同じものがずらりと並んでいるのだ。見ていると、なんだか頭がおかしくなってくる。
それから、何度か前後のページをめくり、笠木は気がついたようだった。
「……私の名前は、載ってない? あと、鈴木くんも」
「そうみたいだ。あ、鈴木の名前は書いてあった。ちょっと戻って」
俺はページをめくり、鈴木の名前を指す。笠木は頷いた。
「一九九〇、二〇〇六、七、十二……? 鈴木くんだけ、最後の数字が違う」
「そうなんだ。で、鈴木だけ、前のほうのページに載ってる」
俺は勘違いであって欲しいと思いながら、笠木に聞いた。
「どう思った? 鈴木のさ、この数字見て」
頭は悪くないのだから、薄々気づいていたのだろう。俺の顔と、帳面を交互に見た。笠木は、絞り出すような声で言った。
「……今年は、二〇〇六年でしょう。鈴木くんが亡くなったのは、今月、七月の十二日」
彼女の結論も、俺と同じだった。俺は首を振って、付け足した。
「俺たちは九十年生まれだ。……それに記されてるのは、多分……。俺たちの生まれた年、そして、死ぬ年と、その日にちだと思う」
俺の予想では、そういうことだった。
ノートに記されているのは、特定の人物の名前と、その生年、そして、没年ではないだろうか。
反論して欲しかったが、笠木は黙りこくってしまった。たまらず、俺が言った。
「そんなことってあるかよ。こんな、わけの分からないボロいノートに書かれてる通りに、俺たちは死ぬってことか?」
「分からない。でも……。七月の二十六日って、林間学校出発の日だよね」
「ってことは、なんだよ。俺たちクラス全員どころか、他のクラスの奴らも、バスかなんかが事故って、まとめてこれだけ死ぬってことか? ここに書いてある奴ら、全員が? そんなことって……信じられねえよ」
俺も、二十六という数字がもし日にちを指すのなら、という――今、笠木が考えたようなことに辿りついてはいた。
それを、笠木には否定してほしかったのだが。
やるせない思いでまくしたててから、俺は笠木の顔を見た。
「なんでお前の名前はないんだよ」
「……私、林間学校には行かないんだ」
「はあ? そうなの?」
「うん。私、喘息で……。お医者さんから、行かないほうがいいって。先生にも、診断書とかもう提出して、欠席するって伝えてあるんだけど……。だから、班割りにも参加してなかったし……」
「ふうん……。そうか……」