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第5話

ー/ー



 俺は気になって、それに近づいた。草に覆われていてよく分からなかったが、取り上げてみるとそれはやはり本だった。本というか、手製の古いノートだ。
 俺たちが学校で使うような縦長のものでなく、横に長い形をしている。開いてみると縦書きで、ずらりと名前が並んでいた。

「なんだこれ? きったねえノート」
「参拝客の名前書くヤツかな」

 山田が言った。

「なんかあるじゃん、そういうの。ここだって、昔はちゃんとした神社だったんだろ?」
「そうかもな」

 ノートを閉じて、俺は周囲を改めて窺った。どれだけ見回しても、やはり第三者の影はない。聞こえる音も、葉の揺れる音と、ちらほらした虫の鳴き声だけ。それと、黴の生えた、古い木の匂い。

「じゃあ、なにもいなかったってことで。声も、なんかの空耳だろ。賽銭も入れたんだし、さっさと帰ろうぜ」

 鈴木の提案に、誰も反論はしなかった。さっきジャンケンで負けたことを理由に、帰り道は佐藤が先頭を進むということになり、この林に来る前にとっていたような並び順で、俺たちは出口を目指した。

 それほどの距離を歩いたわけでもないのだが、身体がぐったりとしていた。すっかり恐怖心も消えたのか、なにか喋りながら歩いている目の前の四人をぼんやりと眺めながら、俺は歩いていた。

「ねえ」

 いきなり声を掛けられて、背筋がびくりとなった。振り返ると、声の主は笠木だった。正体不明のなにかではない。
 彼女は続けた。

「それ……。持って来ちゃったの?」

 目線は、俺の手の中にあった。そこで初めて、俺も気がついた。
 右手に、しっかりとさっきのノートを握り締めている。
 社の裏手で拾った帳面を、俺はなぜか、持ち帰ってきてしまっていた。

「おかしいな。……置いてきたと思ったんだけど」

 置いた、ということをした記憶はないのだが、なぜか漠然とそう思っていた。廃神社で拾ったものを、好きこのんで持ち帰ろうとするわけがない。
 笠木はじっとりとした目で俺を見上げると、言った。

「こういう話があるんだけど……」
「なに?」
「ある人が、友達数人と肝試しに行ったんだって。その場所は廃病院で……で、その人は、中でカルテを拾ったらしいんだけど」
「ふうん」
「戦利品として、持って帰っちゃったんだって。で、その人がその晩家にいると、電話が掛かってきて……。出てみたら、低い男の人の声で『あなたが今日訪れた病院のものですが。今から、あなたが持ち帰ったカルテを取りに伺います』って」
「ふうん……」

 初めて聞く話ではあった。今の自分の状況と照らし合わせると、うすら寒いものを感じずにはいられないが、俺は言った。

「それは、一緒に行ったヤツがいたずらで掛けてた、ってオチじゃないの?」
「さあ。そこで終わりだから。でも、そうなのかもね」

 笑って言う笠木。しかし、目は笑っていなかった。持ってきてしまったノートについて、警鐘を鳴らしているのは確かだ。
 俺は古いノートを示した。

「どうしよう。今から戻してこようか」
「また行くの? 私は嫌だけど、ひとりで行く?」

 俺は少し前を歩く鈴木たちを見て、それから背後を確認した。もう斜面を下りきり、神社よりも出口に近いくらいまで歩いてきてしまっている。それをまた、あの不気味な神社まで戻って、と考えると気が滅入った。

「仕方ないから、持って帰るわ。日曜とかの晴れた午前中に戻しとく」
「そっか」

 俺は肩に掛けていたバッグを開けた。コンビニでパンを買ったときのビニール袋がそのまま入っていたので、それに帳面を押し込み、鞄にしまった。

「どうする? 電話掛かってきたら」
「あんな古い神社に電話とかあるのかよ」
「あ、そっか。じゃあ、いきなり訪ねてくるかも」
「やめろって」

 笠木とはあんまり喋ったことはなかった。校則の見本そのままと言っていい肩までの地味な黒髪を筆頭に、クラスでも目立たないほうの女子だと思う。今日まで意識して目に留めたことがなかったし、明るくて派手な伊藤と仲が良いことも、今日知ったほどだった。
 が、こうして校外に私服姿でいるところを見ると、案外可愛いとも思ってしまう。向こうは、こちらをどう思っているんだろうか。こちらをなんとも思っていないなら、こんな無意味な肝試しなんかにはついてこないんじゃないか。

 夏休みに入ってすぐ、七月の下旬には林間学校がある。こういうふうになってくると、期待も高まってくる感じがあった。

 そんなことを歩きながら考えて、苦笑した。なにかで見たことがある。肝試しなんかのドキドキ、高揚感を、恋愛感情とすり替えてしまうとかいう説だった。

 今の俺に大事なのは、夏の大会だ。先輩たちはそこで引退して、次は自分が主将として部を引っ張っていかなくてはならない。恋愛だとかオバケだとか、そんなものよりも遙かに現実的な問題だった。さらに、来年には受験生だ。
 笠木と並んで歩き、特になにごともなく、金網のフェンスまで辿り着いた。初めと同じように穴をくぐり、適当に別れの挨拶をして、帰途につく。

 それから二日後だった。鈴木が死んだ。
 登校途中に、信号無視をして突っ込んで来たトラックに撥ねられたのだった。



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 俺は気になって、それに近づいた。草に覆われていてよく分からなかったが、取り上げてみるとそれはやはり本だった。本というか、手製の古いノートだ。
 俺たちが学校で使うような縦長のものでなく、横に長い形をしている。開いてみると縦書きで、ずらりと名前が並んでいた。
「なんだこれ? きったねえノート」
「参拝客の名前書くヤツかな」
 山田が言った。
「なんかあるじゃん、そういうの。ここだって、昔はちゃんとした神社だったんだろ?」
「そうかもな」
 ノートを閉じて、俺は周囲を改めて窺った。どれだけ見回しても、やはり第三者の影はない。聞こえる音も、葉の揺れる音と、ちらほらした虫の鳴き声だけ。それと、黴の生えた、古い木の匂い。
「じゃあ、なにもいなかったってことで。声も、なんかの空耳だろ。賽銭も入れたんだし、さっさと帰ろうぜ」
 鈴木の提案に、誰も反論はしなかった。さっきジャンケンで負けたことを理由に、帰り道は佐藤が先頭を進むということになり、この林に来る前にとっていたような並び順で、俺たちは出口を目指した。
 それほどの距離を歩いたわけでもないのだが、身体がぐったりとしていた。すっかり恐怖心も消えたのか、なにか喋りながら歩いている目の前の四人をぼんやりと眺めながら、俺は歩いていた。
「ねえ」
 いきなり声を掛けられて、背筋がびくりとなった。振り返ると、声の主は笠木だった。正体不明のなにかではない。
 彼女は続けた。
「それ……。持って来ちゃったの?」
 目線は、俺の手の中にあった。そこで初めて、俺も気がついた。
 右手に、しっかりとさっきのノートを握り締めている。
 社の裏手で拾った帳面を、俺はなぜか、持ち帰ってきてしまっていた。
「おかしいな。……置いてきたと思ったんだけど」
 置いた、ということをした記憶はないのだが、なぜか漠然とそう思っていた。廃神社で拾ったものを、好きこのんで持ち帰ろうとするわけがない。
 笠木はじっとりとした目で俺を見上げると、言った。
「こういう話があるんだけど……」
「なに?」
「ある人が、友達数人と肝試しに行ったんだって。その場所は廃病院で……で、その人は、中でカルテを拾ったらしいんだけど」
「ふうん」
「戦利品として、持って帰っちゃったんだって。で、その人がその晩家にいると、電話が掛かってきて……。出てみたら、低い男の人の声で『あなたが今日訪れた病院のものですが。今から、あなたが持ち帰ったカルテを取りに伺います』って」
「ふうん……」
 初めて聞く話ではあった。今の自分の状況と照らし合わせると、うすら寒いものを感じずにはいられないが、俺は言った。
「それは、一緒に行ったヤツがいたずらで掛けてた、ってオチじゃないの?」
「さあ。そこで終わりだから。でも、そうなのかもね」
 笑って言う笠木。しかし、目は笑っていなかった。持ってきてしまったノートについて、警鐘を鳴らしているのは確かだ。
 俺は古いノートを示した。
「どうしよう。今から戻してこようか」
「また行くの? 私は嫌だけど、ひとりで行く?」
 俺は少し前を歩く鈴木たちを見て、それから背後を確認した。もう斜面を下りきり、神社よりも出口に近いくらいまで歩いてきてしまっている。それをまた、あの不気味な神社まで戻って、と考えると気が滅入った。
「仕方ないから、持って帰るわ。日曜とかの晴れた午前中に戻しとく」
「そっか」
 俺は肩に掛けていたバッグを開けた。コンビニでパンを買ったときのビニール袋がそのまま入っていたので、それに帳面を押し込み、鞄にしまった。
「どうする? 電話掛かってきたら」
「あんな古い神社に電話とかあるのかよ」
「あ、そっか。じゃあ、いきなり訪ねてくるかも」
「やめろって」
 笠木とはあんまり喋ったことはなかった。校則の見本そのままと言っていい肩までの地味な黒髪を筆頭に、クラスでも目立たないほうの女子だと思う。今日まで意識して目に留めたことがなかったし、明るくて派手な伊藤と仲が良いことも、今日知ったほどだった。
 が、こうして校外に私服姿でいるところを見ると、案外可愛いとも思ってしまう。向こうは、こちらをどう思っているんだろうか。こちらをなんとも思っていないなら、こんな無意味な肝試しなんかにはついてこないんじゃないか。
 夏休みに入ってすぐ、七月の下旬には林間学校がある。こういうふうになってくると、期待も高まってくる感じがあった。
 そんなことを歩きながら考えて、苦笑した。なにかで見たことがある。肝試しなんかのドキドキ、高揚感を、恋愛感情とすり替えてしまうとかいう説だった。
 今の俺に大事なのは、夏の大会だ。先輩たちはそこで引退して、次は自分が主将として部を引っ張っていかなくてはならない。恋愛だとかオバケだとか、そんなものよりも遙かに現実的な問題だった。さらに、来年には受験生だ。
 笠木と並んで歩き、特になにごともなく、金網のフェンスまで辿り着いた。初めと同じように穴をくぐり、適当に別れの挨拶をして、帰途につく。
 それから二日後だった。鈴木が死んだ。
 登校途中に、信号無視をして突っ込んで来たトラックに撥ねられたのだった。