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第4話

ー/ー



 俺はもう神社に背を向けようとしていたので、反射的に振り返った。
 声は、俺の背後、ボロボロの社のほうから聞こえた。そこに立っているのは、今しがた賽銭をあげた佐藤だけである。

「お前?」

 俺が聞くと、佐藤は首を振った。

「ンなわけないだろ。俺、あんな低い声じゃないって!」

 それは聞いて分かっていたし、なにより、佐藤も自分のさらに後ろ、社のほうに振り返っていた。声の種類が違うどころか、声は誰もいないはずの社の中から聞こえてきた。直感が、そんなふうに告げてきている。
 後ずさりをするように、佐藤は俺の横にやってきた。

「ちょっと、ホントに? 誰かの悪ふざけじゃないの?」

 伊藤が泣きそうな声で言う。笠木は身を縮めている。社から一番遠い彼女らにも、はっきりと声は聞こえていたらしい。
 ここまでは気にならなかったが、俺は額の汗を腕で拭った。竹林の中は、じっとりと暑い。急に、息苦しくなったように感じた。
 俺は笠木に言った。

「ちょっと照らしてみて。奥のとこ」

 彼女は頷くと、腕を伸ばした。近づきたくないのか、足は動かさなかった。
 目を細めて、うっすら照らされた壁の骨組みの向こうを見る。はっきりとは見えないが、もし誰かがいて声をかけてきたとするなら、それを見落とすとは考えにくい。
 目を凝らしたが、やはり、誰もいないようだ。
 それは視覚に頼らずとも、揃って沈黙していると否が応でも分かることだった。竹林の中は静かだ。もし俺たち以外の誰かがいたとして、気づかないわけがない。

「裏かな。声がしたのって……」

 不意に、笠木が言う。社の裏から、ということか。それは考えられるかもしれない――裏手から、どうやって俺たちの姿を見て声を掛けてきたのか、という新しい疑問を無視すれば、だが。

「見てみようか」

 俺が言うと、鈴木がぎょっとした。

「マジで? ハッチャン勇者すぎ」
「確認とかいいって。なんか、ホントにヤバそうだし、帰ったほうがいいって」

 伊藤の台詞は、悲痛な響きだった。俺はそれに首を振る。

「このまま帰ると、恐いままだろ? 幽霊がいたかもしれないみたいな、すっきりしない感じが残る。少なくとも、ここには俺たち以外誰もいない、ってことをはっきりさせてから帰ったほうが、安心できると思うけどな」

 俺の言葉に、みんなは黙った。黙って、気配を探っているようでもあった。
 一分ほど経って、伊藤が頷いた。

「じゃあもう、さっさと見て、帰ろう」
「実際いたらどうすんだよ」
「速攻で逃げるに決まってるだろ。お前足止めしてくれよ」
「やめろって!」

 佐藤を後ろから羽交い締めにしようとしつつ、鈴木は言った。
 意見は一致したので、言い出しっぺの俺を先頭に、神社の右側を通って裏に回る。

 進みながら、俺は俺自身の言葉を反芻していた。
 ああは言ったが、ここに俺たち以外誰もいないことをはっきりさせたところで、なんの解決にもならない。『おい』と呼んだ声を、全員がはっきりと聞いている。

 やめておけばよかったのかもしれない。今になって、一抹の後悔のようなものが、胸を迫り上がってくる感じがある。
 同時に、なにか妙な胸騒ぎも感じていた。
 伊藤に対して答えたときにも、それは胸にあった。
『このまま帰ってはいけない』
 そんな感覚が、俺の身体を支配しているようだった。

 腰くらいまである草むらをかき分けながら、裏手に辿り着いた。ぱっと見ではやはり誰もいない。不気味なまでに鬱蒼とした林があるだけだ。

「つうかさ……。幽霊って、幽霊なわけじゃん。気配とか、物音とか出すもんなのか?」

 佐藤が、押し殺した声で言う。言う通り、なにもいないと思っていると、音もなくいきなり目の前に立っている、なんていうのは怪談の常套句だ。

「実際、声聞いてるだろ。笠木、ちょっとまた照らして」

 鈴木が、裏手の林を指さして言う。ちらちらと、ペンライトの明かりが、竹や木の肌を照らす。

「……あれ、なんだろ?」

 俺はずっと、木と木の間を注視していたので、それには気がついていなかった。一歩前に出て俺の横に並んできた笠木は、地面を指していた。
 距離関係を考えると、賽銭箱のあった場所から、ちょうど裏になる。崩れた壁のそばに、なにか本のようなものが落ちているのが見えた。



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 俺はもう神社に背を向けようとしていたので、反射的に振り返った。
 声は、俺の背後、ボロボロの社のほうから聞こえた。そこに立っているのは、今しがた賽銭をあげた佐藤だけである。
「お前?」
 俺が聞くと、佐藤は首を振った。
「ンなわけないだろ。俺、あんな低い声じゃないって!」
 それは聞いて分かっていたし、なにより、佐藤も自分のさらに後ろ、社のほうに振り返っていた。声の種類が違うどころか、声は誰もいないはずの社の中から聞こえてきた。直感が、そんなふうに告げてきている。
 後ずさりをするように、佐藤は俺の横にやってきた。
「ちょっと、ホントに? 誰かの悪ふざけじゃないの?」
 伊藤が泣きそうな声で言う。笠木は身を縮めている。社から一番遠い彼女らにも、はっきりと声は聞こえていたらしい。
 ここまでは気にならなかったが、俺は額の汗を腕で拭った。竹林の中は、じっとりと暑い。急に、息苦しくなったように感じた。
 俺は笠木に言った。
「ちょっと照らしてみて。奥のとこ」
 彼女は頷くと、腕を伸ばした。近づきたくないのか、足は動かさなかった。
 目を細めて、うっすら照らされた壁の骨組みの向こうを見る。はっきりとは見えないが、もし誰かがいて声をかけてきたとするなら、それを見落とすとは考えにくい。
 目を凝らしたが、やはり、誰もいないようだ。
 それは視覚に頼らずとも、揃って沈黙していると否が応でも分かることだった。竹林の中は静かだ。もし俺たち以外の誰かがいたとして、気づかないわけがない。
「裏かな。声がしたのって……」
 不意に、笠木が言う。社の裏から、ということか。それは考えられるかもしれない――裏手から、どうやって俺たちの姿を見て声を掛けてきたのか、という新しい疑問を無視すれば、だが。
「見てみようか」
 俺が言うと、鈴木がぎょっとした。
「マジで? ハッチャン勇者すぎ」
「確認とかいいって。なんか、ホントにヤバそうだし、帰ったほうがいいって」
 伊藤の台詞は、悲痛な響きだった。俺はそれに首を振る。
「このまま帰ると、恐いままだろ? 幽霊がいたかもしれないみたいな、すっきりしない感じが残る。少なくとも、ここには俺たち以外誰もいない、ってことをはっきりさせてから帰ったほうが、安心できると思うけどな」
 俺の言葉に、みんなは黙った。黙って、気配を探っているようでもあった。
 一分ほど経って、伊藤が頷いた。
「じゃあもう、さっさと見て、帰ろう」
「実際いたらどうすんだよ」
「速攻で逃げるに決まってるだろ。お前足止めしてくれよ」
「やめろって!」
 佐藤を後ろから羽交い締めにしようとしつつ、鈴木は言った。
 意見は一致したので、言い出しっぺの俺を先頭に、神社の右側を通って裏に回る。
 進みながら、俺は俺自身の言葉を反芻していた。
 ああは言ったが、ここに俺たち以外誰もいないことをはっきりさせたところで、なんの解決にもならない。『おい』と呼んだ声を、全員がはっきりと聞いている。
 やめておけばよかったのかもしれない。今になって、一抹の後悔のようなものが、胸を迫り上がってくる感じがある。
 同時に、なにか妙な胸騒ぎも感じていた。
 伊藤に対して答えたときにも、それは胸にあった。
『このまま帰ってはいけない』
 そんな感覚が、俺の身体を支配しているようだった。
 腰くらいまである草むらをかき分けながら、裏手に辿り着いた。ぱっと見ではやはり誰もいない。不気味なまでに鬱蒼とした林があるだけだ。
「つうかさ……。幽霊って、幽霊なわけじゃん。気配とか、物音とか出すもんなのか?」
 佐藤が、押し殺した声で言う。言う通り、なにもいないと思っていると、音もなくいきなり目の前に立っている、なんていうのは怪談の常套句だ。
「実際、声聞いてるだろ。笠木、ちょっとまた照らして」
 鈴木が、裏手の林を指さして言う。ちらちらと、ペンライトの明かりが、竹や木の肌を照らす。
「……あれ、なんだろ?」
 俺はずっと、木と木の間を注視していたので、それには気がついていなかった。一歩前に出て俺の横に並んできた笠木は、地面を指していた。
 距離関係を考えると、賽銭箱のあった場所から、ちょうど裏になる。崩れた壁のそばに、なにか本のようなものが落ちているのが見えた。