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第3話

ー/ー



 これまではどこか息をひそめて藪を進んでいたが、鈴木は堰を切ったように喋りだした。

「夜の竹藪とか、マジ結構怖えな。一人でとか絶対無理だわ」
「無理無理。これだけいても恐いもん」
「つか、なんで伊藤とかついてきたわけ?」
「鈴木が来いとか言うからでしょ。あたしたちもヒマだったし」

 そんな会話を聞きながら歩いていると、佐藤が俺の隣りに追いついてきた。

「ハッチャン恐くねえの?」
「そりゃ恐いよ」

 周囲を見回しながら答える。よく分からないが、異世界に迷い込んだような、そんな雰囲気が夜の竹林にはあった。ところどころに落ちているビニール袋や、空のペットボトルがなんとか現実に意識を引き戻してくれている。ここに来たヤツは他にもたくさんいるのだから、恐がる必要はない。

「マジでなんか出たらどうすんの」
「その時は全力でダッシュだろ」

 言った瞬間、背後でなにか光った。振り向くと、山田が携帯電話を取り出していた。
 佐藤が目の色を変えて怒鳴る。

「お前なにしてんの!?」
「なにって、なにか写るかなって思ってさ」
「バカじゃねーの? 寄ってくるだろ! そういうことするとさ、知らねーのお前」
「大丈夫だって。それに万一撮れたらスゲーじゃん。なんかあるだろ? ほら、投稿して採用されたら何万円とかさ」

 言いながら、さらに何枚か周囲の写真を撮る山田に、佐藤はもうなにも言わなかった。鈴木は山田の携帯の画面を横から覗き込んでいる。女子は女子でなにか喋りながらついてきている。俺は前方に意識を戻した。

 数十メートルほど歩いたか、もうちょっとあっただろうか。数分進むと、傾斜が終わった。

「うわ。これ……」

 伊藤が声を出した。笠木がペンライトを木に向ける。

 照らされた木は、赤黒かった。それで気がついたが、木は木でなく、神社の鳥居だった。見上げるとちょうど頭上に覆い被さるように鳥居が立っている。朽ちた縄がちぎれて、垂れ下がっていた。

 鈴木が腕組みして言う。

「マジ怖えな。鳥肌立ったかも」

 同感だった。幽霊なんてものを信じてはいないが、それと恐怖は別物だと思い知る。廃神社の鳥居を夜に見て恐くないなんていうヤツがいたら、そいつはどこかがおかしい。

 しばし沈黙して、顔を見合わせた。鳥居の下の地面は土になっているが、まばらに石畳の角が飛び出ている。
 それを爪先で蹴ってほじくりながら、佐藤が言った。

「わりと誰かが掃除してんのかな? このあたりっていうか、この鳥居からずっと、なんか草もそんなに長くないし」

 ここまで歩いてくる獣道は、道になっているとはいえ、すねくらいまでの雑草が茂っていた。だが、恐らく神社まで続いているだろう道は、あまり草が生えていない。鳥居の外側に目をやれば、岩が転がっていたり、草が伸び放題になっている。

「よくあるじゃん。心霊スポットとかいって人が来るって、その土地の管理人さんが迷惑にしてるとか。噂だけで、案外バリバリ人の手入ってんだって」

 山田のその言葉は、どちらかと言えば恐怖を払拭するために聞こえた。

「一応、奥まで見てくか。山ちゃん一応写真撮っといてよ」

 鈴木が言う。女子は文句は言わなかったが、賛成とも言わない。どちらにせよ、結構奥まで入ってきてしまったので、俺たちなしで竹林の出口まで戻るのは恐いはずだ。ついてくる以外に道はないのだ。

 相変わらず俺を先頭に、いよいよ鳥居の先へ進む。暗いので分かりづらかったが、問題の神社は思ったよりも近くにあった。鳥居から、十数メートルほどだろう。

「あ、あれじゃない? 賽銭箱って」

 伊藤が言う。ペンライトの光にうっすらと照らされる、大きな木の箱があった。それに近づくと、廃神社としか形容しようのないボロボロの建物の全容が目に入る。
 建物自体は、中に入ることはできそうにない、ほとんど骨組みだけになった社だった。屋根は残っているが、壁は崩れて中が丸見えだ。

 小屋程度の規模で、ここに来る途中にあった鳥居の大きさと比べると妙に思えるほどに小さい。周囲を探せば、もっとちゃんとした建物の跡があるのだろうか。

 賽銭箱の前には、大きな鈴のくっついた縄が落ちていた。ふざけて鳴らそうとして、誰かが壊してしまったのかもしれない。賽銭箱の木もほとんど腐っていて、穴が開いている。錆びた硬貨がペンライトの光を跳ね返して、鈍く光るのが見えた気がした。

「じゃあ、誰が賽銭入れる?」

 鈴木が言うと、佐藤が首を振った。

「俺はやだよ。ふざけ半分でヤバいって。呪われたりしたくねえもん」
「んじゃ、ジャンケンで負けたヤツにしよう。文句ないだろ」
「あるっつの! 俺はやだ!」
「佐藤くん不参加でーす。明日学校の人気者だな。女子の証人もいるしー」

 鈴木が露骨に挑発すると、伊藤が無言の笑顔で頷いた。それを見て、佐藤は折れた。

「分かったよ。やりゃいいんだろ。でも、金はお前出せよ。自分の金で自分で賽銭投げるとか、絶対にイヤだからな」
「賽銭に使われた金の持ち主と、それを投げ入れたヤツのどっちが呪われるんだろう」

 俺がぽつりと言うと、鈴木はにやりと笑った。

「やってみりゃ分かるだろ。よーし! じゃーんけーん! ほい!」

 俺はグー。鈴木もグー。山田もグー。佐藤はチョキだった。当然、女子は不参加だ。
 鈴木がゲラゲラ笑いながら、ポケットから百円玉を出した。

「お前、ほんっとにジャンケン弱えなぁ」
「うるせえわ! くそ!」

 佐藤は鈴木の手から百円玉を引ったくり、肩をいからせて賽銭箱の前に進み出た。そして、思い切り叩きつけるように百円玉を投げ込んだ。小銭がぶつかるかん高い音がした。
 それから、彼は二度手を叩いて、大声で言った。

「呪うんなら呪ってみろ! このクソボロ神社が!」

 周囲が、一瞬しんとなる。佐藤はこちらに振り返ると、言ってきた。

「これで文句ないだろ」
「お前、もう若干取り憑かれてないか」
「うるせえっての」

 鈴木の軽口に鼻息を荒くしつつ、佐藤は答える。やることもやったので、もう帰るか。そう言おうとしたとき。

「おい」

 唸るような、低い声がした。



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 これまではどこか息をひそめて藪を進んでいたが、鈴木は堰を切ったように喋りだした。
「夜の竹藪とか、マジ結構怖えな。一人でとか絶対無理だわ」
「無理無理。これだけいても恐いもん」
「つか、なんで伊藤とかついてきたわけ?」
「鈴木が来いとか言うからでしょ。あたしたちもヒマだったし」
 そんな会話を聞きながら歩いていると、佐藤が俺の隣りに追いついてきた。
「ハッチャン恐くねえの?」
「そりゃ恐いよ」
 周囲を見回しながら答える。よく分からないが、異世界に迷い込んだような、そんな雰囲気が夜の竹林にはあった。ところどころに落ちているビニール袋や、空のペットボトルがなんとか現実に意識を引き戻してくれている。ここに来たヤツは他にもたくさんいるのだから、恐がる必要はない。
「マジでなんか出たらどうすんの」
「その時は全力でダッシュだろ」
 言った瞬間、背後でなにか光った。振り向くと、山田が携帯電話を取り出していた。
 佐藤が目の色を変えて怒鳴る。
「お前なにしてんの!?」
「なにって、なにか写るかなって思ってさ」
「バカじゃねーの? 寄ってくるだろ! そういうことするとさ、知らねーのお前」
「大丈夫だって。それに万一撮れたらスゲーじゃん。なんかあるだろ? ほら、投稿して採用されたら何万円とかさ」
 言いながら、さらに何枚か周囲の写真を撮る山田に、佐藤はもうなにも言わなかった。鈴木は山田の携帯の画面を横から覗き込んでいる。女子は女子でなにか喋りながらついてきている。俺は前方に意識を戻した。
 数十メートルほど歩いたか、もうちょっとあっただろうか。数分進むと、傾斜が終わった。
「うわ。これ……」
 伊藤が声を出した。笠木がペンライトを木に向ける。
 照らされた木は、赤黒かった。それで気がついたが、木は木でなく、神社の鳥居だった。見上げるとちょうど頭上に覆い被さるように鳥居が立っている。朽ちた縄がちぎれて、垂れ下がっていた。
 鈴木が腕組みして言う。
「マジ怖えな。鳥肌立ったかも」
 同感だった。幽霊なんてものを信じてはいないが、それと恐怖は別物だと思い知る。廃神社の鳥居を夜に見て恐くないなんていうヤツがいたら、そいつはどこかがおかしい。
 しばし沈黙して、顔を見合わせた。鳥居の下の地面は土になっているが、まばらに石畳の角が飛び出ている。
 それを爪先で蹴ってほじくりながら、佐藤が言った。
「わりと誰かが掃除してんのかな? このあたりっていうか、この鳥居からずっと、なんか草もそんなに長くないし」
 ここまで歩いてくる獣道は、道になっているとはいえ、すねくらいまでの雑草が茂っていた。だが、恐らく神社まで続いているだろう道は、あまり草が生えていない。鳥居の外側に目をやれば、岩が転がっていたり、草が伸び放題になっている。
「よくあるじゃん。心霊スポットとかいって人が来るって、その土地の管理人さんが迷惑にしてるとか。噂だけで、案外バリバリ人の手入ってんだって」
 山田のその言葉は、どちらかと言えば恐怖を払拭するために聞こえた。
「一応、奥まで見てくか。山ちゃん一応写真撮っといてよ」
 鈴木が言う。女子は文句は言わなかったが、賛成とも言わない。どちらにせよ、結構奥まで入ってきてしまったので、俺たちなしで竹林の出口まで戻るのは恐いはずだ。ついてくる以外に道はないのだ。
 相変わらず俺を先頭に、いよいよ鳥居の先へ進む。暗いので分かりづらかったが、問題の神社は思ったよりも近くにあった。鳥居から、十数メートルほどだろう。
「あ、あれじゃない? 賽銭箱って」
 伊藤が言う。ペンライトの光にうっすらと照らされる、大きな木の箱があった。それに近づくと、廃神社としか形容しようのないボロボロの建物の全容が目に入る。
 建物自体は、中に入ることはできそうにない、ほとんど骨組みだけになった社だった。屋根は残っているが、壁は崩れて中が丸見えだ。
 小屋程度の規模で、ここに来る途中にあった鳥居の大きさと比べると妙に思えるほどに小さい。周囲を探せば、もっとちゃんとした建物の跡があるのだろうか。
 賽銭箱の前には、大きな鈴のくっついた縄が落ちていた。ふざけて鳴らそうとして、誰かが壊してしまったのかもしれない。賽銭箱の木もほとんど腐っていて、穴が開いている。錆びた硬貨がペンライトの光を跳ね返して、鈍く光るのが見えた気がした。
「じゃあ、誰が賽銭入れる?」
 鈴木が言うと、佐藤が首を振った。
「俺はやだよ。ふざけ半分でヤバいって。呪われたりしたくねえもん」
「んじゃ、ジャンケンで負けたヤツにしよう。文句ないだろ」
「あるっつの! 俺はやだ!」
「佐藤くん不参加でーす。明日学校の人気者だな。女子の証人もいるしー」
 鈴木が露骨に挑発すると、伊藤が無言の笑顔で頷いた。それを見て、佐藤は折れた。
「分かったよ。やりゃいいんだろ。でも、金はお前出せよ。自分の金で自分で賽銭投げるとか、絶対にイヤだからな」
「賽銭に使われた金の持ち主と、それを投げ入れたヤツのどっちが呪われるんだろう」
 俺がぽつりと言うと、鈴木はにやりと笑った。
「やってみりゃ分かるだろ。よーし! じゃーんけーん! ほい!」
 俺はグー。鈴木もグー。山田もグー。佐藤はチョキだった。当然、女子は不参加だ。
 鈴木がゲラゲラ笑いながら、ポケットから百円玉を出した。
「お前、ほんっとにジャンケン弱えなぁ」
「うるせえわ! くそ!」
 佐藤は鈴木の手から百円玉を引ったくり、肩をいからせて賽銭箱の前に進み出た。そして、思い切り叩きつけるように百円玉を投げ込んだ。小銭がぶつかるかん高い音がした。
 それから、彼は二度手を叩いて、大声で言った。
「呪うんなら呪ってみろ! このクソボロ神社が!」
 周囲が、一瞬しんとなる。佐藤はこちらに振り返ると、言ってきた。
「これで文句ないだろ」
「お前、もう若干取り憑かれてないか」
「うるせえっての」
 鈴木の軽口に鼻息を荒くしつつ、佐藤は答える。やることもやったので、もう帰るか。そう言おうとしたとき。
「おい」
 唸るような、低い声がした。