その男は、奇妙な姿をしていた。
男物の藍の小袖に、女物の山吹色の小袖を羽織り。
それを腰の荒縄でぐるりと纏め。
そこに太刀と脇差、そして大小の瓢箪をぶら下げ。
袴は履かず、裾をからげて素足を晒し。
髪は色とりどりの組み紐で無造作に結い上げるのみ。
まだ若いその顔には丹で化粧を施し、鼻筋には白粉で線を描いている。
口元には不敵な笑み。
そして、その双眸は飽くなき好奇心で満ち溢れていた。
この男は、宿老や親戚からは「うつけもの」と呼ばれていた。
若き日の六天魔王・織田信長である。
「若、お待たせしました」
そこへ、これまたふざけた出で立ちをした大柄の少年が馬を引いてやってきた。
「遅せえよ、犬う」
「すみません。何しろ腰が痛くて」
「は?手加減しただろ夕べは」
「でもないですよ」
「まじか」
「いつも通りでした」
「ははは、そっか。悪い」
信長はからりと笑った。
信長は、ひらりと身を翻して馬上の人となる。
「犬」
「はい」
「ついてこれるか」
「頑張ります」
「よし」
信長は無慈悲にも馬にぱちりと鞭を当てた。
当然のように馬は走り出す。
「げっ!若あああああ!」
慌てて信長の後を追うこの男の名は前田犬千代。
若き日の前田利家である。
このように、若き日の信長は日々おかしな格好で遊び回っていた。
遠乗り、相撲、猪狩り。
川で泳いで魚を捕まえ、焼いて頬張る。
そこに庶民なんかを呼んで、どんちゃん騒ぎをすることも。
「あはははは」
信長はいつだってご満悦だ。
こうして、気心知れた連中と遊んでいるこの時だけは。
信長には、信行という、出来のいい弟がいた。
兄と違って品行方正。
いつもきちんとした身なり。
完璧な言葉遣い。
性格も真面目で温厚。
まさに信長とは真逆の男だ。
母の土田御前はこの弟を溺愛し、信長のことは蛇蝎のように嫌っていた。
「この子に織田の家を継がせたい」
土田御前がそう思っているのは、誰の目から見ても明らかだった。
だが、当主の信秀は、
「俺の跡取りは信長だ」
そうきっぱりと言い切った。
信秀が信長の何を気に入ったのかはわからない。
もしかすると、この戦国乱世を生き抜くには、大人しい信行では無理だと思ったのかも知れない。
「信行も、真面目でいい奴なんだけどな」
信長は草地に大の字に寝転がると、そんな風に独り言ちた。
「別に若と仲が悪いわけじゃありませんしね」
「まあ、喧嘩する理由もねえし」
信長は草を口に咥えると、意味もなく上下に動かした。
「だけどさ」
「なにか?」
「このまま行ったら、絶対に揉めるよな」
「……」
「俺は大人にはバカと思われてるし。あいつらは絶対信行推しだと思う」
「若……」
「ああ、犬千代。そんな顔すんな。ちっとも気になんかしてねえから」
信長は目元を綻ばせた。
「若」
「ん?」
「若は、どうなんです」
「どうって、何が」
「織田家、継ぎたいんですか?」
「え、お前、それ訊く?」
「ちょっと知っておきたくて」
「まじか」
信長はぼりぼりと頭を掻くと、よいしょと声を上げて身を起こした。
「犬」
「はい」
「これから言うことは、ここだけの話な。誰にも言うなよ」
「……わかりました」
「親父の後継ぎたいかっていうと、正直微妙」
「微妙……ですか」
「尾張国内まだ火種あるだろ。親戚縁者も一枚岩じゃねえし」
「まあ確かに」
「親父が頑張って纏めようとしてるけど、まあそうすんなりはいかねえよな」
信長は、ふん、と鼻で笑った。
「それ考えたら、普通に面倒臭いなって」
「なるほど」
「だけどさ」
信長は空を見上げると、きっぱりとした口調でこう言った。
「親父が跡継ぎになれって言うなら、そうする」
そして、
「だってさ、親父だけだもん。こんなふざけた俺をわかろうとしてくれた大人は」
照れ臭そうに、ごしごしと鼻を擦った。
「なんだ。結局、織田家継ぐんですね」
「悪いか」
「いいえ」
「じゃあ、何だよ」
「俺は真面目な信行様の下じゃあキツイと思ったんで、安心しました」
「まじか」
「はい」
「こいつう」
「!やめて下さい、こんなところで」
「ばか、しねえよ」
「若ならやりかねません」
「ばれたか」
信長は「あはは」と声を立てて笑うと、再びよいしょと声を上げて立ち上がった。
織田信長という男は、万事このような男である。