モノクロームの浮力
ー/ー ー*ー*ー*ー
「幸せ?」と聞けば割れそうな音を立て
揺れる憂鬱、窓に溢れ
ー*ー*ー*ー
その街では、吐き出した溜息が逃げていくことはない。唇を離れた負の呼気は、たちまち漆黒のゴム膜に包まれ、真っ黒な風船となって室内を漂うのだ。
「また増えたな……」
一人暮らしの六畳間。タクヤが呟くと、その言葉の端から漏れた小さな吐息が、ビー玉サイズの黒い粒になった。それは見る間にバレーボールほどの大きさに膨らみ、天井に張り付く。
不幸な者ほど、部屋は暗く、狭くなる。
タクヤの部屋の天井は、すでに数百の黒い球体で埋め尽くされていた。照明を遮り、部屋は昼間でも薄暗い。
風船同士が擦れ合う「キュ、キュ」という乾いた音が、まるで誰かの忍び泣きのように絶え間なく降り注ぐ。
この風船は、割ることができない。
針を刺せば、凝縮された憂鬱が霧となって肺を焼き、さらなる溜息を呼ぶだけだ。
消す方法はただ一つ。心からの安らぎを得て、深い深呼吸をすること。そうすれば風船は透明になり、窓の外へと溶けていく。
「無理だよ、そんなの」
タクヤは窓を開けた。隣のマンションの窓が見える。
あの一家は幸せなのだろう。窓越しに見えるリビングには、黒い影一つない。
一方で、その下の階の老人の部屋は、タクヤのところよりもひどかった。窓から溢れ出した風船が、ベランダの柵を真っ黒に覆っている。
ある夜、タクヤはふと思い立って、庭いじりが趣味だった祖父の古いじょうろを取り出した。
何年も放置していたベランダのプランター。そこに、一粒だけ残っていた花の種を埋めてみた。
数日後。土を割って、小さな双葉が顔を出した。
それは驚くほど鮮やかな緑だった。
モノクロームの部屋の中で、その一点だけが、まるで世界が本来持っていた色彩を叫んでいるようだった。
「……生きてるんだな」
タクヤの口から、溜息ではない、温かな呼気が漏れた。
その瞬間。
頭上の黒い塊のひとつが、ふっと色を失った。ガラス細工のような透明に変わり、開いた窓から、春の風に乗って空へと吸い込まれていった。
天井に見えた小さな隙間から、一筋の陽光が差し込み、芽吹いたばかりの緑を照らした。
ー*ー*ー*ー
指先で 弾けば鈍い 音がする
昨日こぼした 僕の絶望
一粒の 種に注いだ 水底で
黒い浮力が 不意に透き通る
ー*ー*ー*ー
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