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レプタイル

ー/ー




「お嫁さんになったげるから、養ってよぉ。」

ほんの冗談のつもりだった。
だって、そう呟いた相手は、私の家に入り浸る、良い歳こいたオッサンのヒモ。
名前は爬渡(はちわたり)。
男前な顔、女にモテる筋肉質な体、セックスも上手い。
でも、体の至る所に、色とりどりのトカゲのタトゥーが彫ってある。
爬渡サン曰く、彫ってあるトカゲ達は、全部毒トカゲらしい。
身体中に掘られた、毒トカゲのタトゥー達。
専門的知識がなければ、ただの爬虫類好きなファンシーオジサン。
それを裏付けるように、ウチには、レオパと呼ばれるトカゲが二匹いる。
毒性のない、初心者向けのトカゲらしく、比較的、飼いやすい。
いい歳して、爬虫類が好きだって言うから、ちゃんと飼育するんだよと買ってあげたら、めちゃくちゃいそいそと楽しそうに育ててる。
その姿を見ながら、知らない方がいいこともあるって、こういうことを言うんだろうなと思う。
爬渡サン、明らかに、その掘られたタトゥーの年季と種類から、なんか表で生きて来たような人間じゃないってのは分かる。
て言うか、実際そう。
裏社会で、殺ししかやって来なかった、ロクでもない男。
なんの因果か、今は私のヒモだが、そんな相手に「養ってよぉ」とか、そんなん言ったって無理なのは分かっていた。
正直、流されると思ってた。
私は今年で三十五歳になる。
現在、その歳で爬渡サンを養ってる、ロクでもないおばさんだけど、爬渡サンは私より歳上。
今年、三十八歳らしい。
もう、惰性で生きてるような二人なので、恋愛、結婚とか、ましてや子供とかも、絶対に無理だと思ってる。
無理だからこそ、ちょっと幸せな男女に夢見たり。
おばさんだけど、女の部分は、まだ残ってる。
だから、結婚して養ってよぉって、そう言った。

「主夫で良いならいいぞ、結婚してやるよ。ただし離婚は何があっても絶対にしねえ、後からやっぱ無理はナシだかんな。」

「エッ」

「その代わり、毎日みそ汁作って、飯も風呂も掃除も全部ちゃんとやってやる。身の回りの事は何でもするし、休日は寝てるだけで、おやつ出てくるようにしてやるよ。」

寝具のマットレスの上で、私は思わず爬渡サンを見やる。
まさかの返答だった。
だって、数時間前まで、私の家で、だらだら、ゴロゴロしてたオッサンだぞ。

「なんだその顔、止めんのか?」

私の返答が芳しくなかったのか、怪訝な顔をする爬渡サン。
けれど、余計にそれで、本気なんだと直感し、私の方も怪訝な顔になる。

「いや……アンタ、結婚の意味分かってんの?」

「分かってるよ、後先考えねえガキじゃあるまいに。」

「だからこそでしょ、結婚の大変さ分かってんなら、尚更なんで、そんな簡単に頷くの?」

「最初に言い出したのお前だろ。」

いや、そうだけどさ。
まさか本当に結婚する方向性で動かれるなんて、思わないじゃん。

「んで、どうすんだ。すんのか?結婚。戻れなくなるんだから、慎重に決めろよ。お前の方こそ、簡単に結婚したら後悔すんぞ。」

「分かったよ…もう簡単に結婚とか言わないから。」

「そら残念だな。したくなったら、いつでも言えよ。結婚してやるから。」

真顔でそんなことを言ってくるもんだから、全く爬渡サンの気持ちが分からん。

「本気で言ってんのか分からん……。て言うか、本気で私が婚活とかしたらどうすんの?別の人と、一緒になる訳だけど。」

「寝盗る。」

ふと気になってそう呟けば、こっちから視線を逸らすこともなく、間髪入れずにそう返ってきた。

「……。結婚させる気ないじゃん。」

一生一人で居ろってのか、コノヤロー。

「ない。遊びなら良いけど、結婚はダメだ。」

「何でよ、爬渡サン、ヒモじゃん。そんなこと言う権利ないでしょ。」

怪訝な顔で言い返せば、

「だから言ってんだろ。結婚したら養ってやるけど、離婚はダメって。」

と、そんな謎理論。

「…。」

「結婚しないなら、俺はヒモだから、お前が浮気しようが、なんだろうが、遊びで済ませられる。でも、結婚したらもうお互いそんなこと出来る関係じゃなくなる。だから慎重になれよって言ってんだ。」

「でも、他の人と結婚考えたら寝盗るんでしょ。」

オッサンにしては、随分と愛情が重めだな。
爬渡サン、こんな一途な性格だったっけ。

「ウン。」

「そんなに私の事好きなんだね。」

そうからかってみるも、爬渡サンは相変わらず、何を考えてるか分からない顔で、

「ウン、好き。」

と、一言。

「めっちゃ素直だけど、めっちゃ重い。」

「一途なんだよ、俺は。」

自分で言うのか、それ。
じとっとした目で爬渡サンを見るも、本人はどこ吹く風。
トカゲの世話をせっせとしながら、満足気にキッチンの方へと歩いていく。
私は布団の枕に顔を押し付け、ぼんやりと爬渡さんとの将来を見据えてみるのだった。



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「お嫁さんになったげるから、養ってよぉ。」
ほんの冗談のつもりだった。
だって、そう呟いた相手は、私の家に入り浸る、良い歳こいたオッサンのヒモ。
名前は爬渡(はちわたり)。
男前な顔、女にモテる筋肉質な体、セックスも上手い。
でも、体の至る所に、色とりどりのトカゲのタトゥーが彫ってある。
爬渡サン曰く、彫ってあるトカゲ達は、全部毒トカゲらしい。
身体中に掘られた、毒トカゲのタトゥー達。
専門的知識がなければ、ただの爬虫類好きなファンシーオジサン。
それを裏付けるように、ウチには、レオパと呼ばれるトカゲが二匹いる。
毒性のない、初心者向けのトカゲらしく、比較的、飼いやすい。
いい歳して、爬虫類が好きだって言うから、ちゃんと飼育するんだよと買ってあげたら、めちゃくちゃいそいそと楽しそうに育ててる。
その姿を見ながら、知らない方がいいこともあるって、こういうことを言うんだろうなと思う。
爬渡サン、明らかに、その掘られたタトゥーの年季と種類から、なんか表で生きて来たような人間じゃないってのは分かる。
て言うか、実際そう。
裏社会で、殺ししかやって来なかった、ロクでもない男。
なんの因果か、今は私のヒモだが、そんな相手に「養ってよぉ」とか、そんなん言ったって無理なのは分かっていた。
正直、流されると思ってた。
私は今年で三十五歳になる。
現在、その歳で爬渡サンを養ってる、ロクでもないおばさんだけど、爬渡サンは私より歳上。
今年、三十八歳らしい。
もう、惰性で生きてるような二人なので、恋愛、結婚とか、ましてや子供とかも、絶対に無理だと思ってる。
無理だからこそ、ちょっと幸せな男女に夢見たり。
おばさんだけど、女の部分は、まだ残ってる。
だから、結婚して養ってよぉって、そう言った。
「主夫で良いならいいぞ、結婚してやるよ。ただし離婚は何があっても絶対にしねえ、後からやっぱ無理はナシだかんな。」
「エッ」
「その代わり、毎日みそ汁作って、飯も風呂も掃除も全部ちゃんとやってやる。身の回りの事は何でもするし、休日は寝てるだけで、おやつ出てくるようにしてやるよ。」
寝具のマットレスの上で、私は思わず爬渡サンを見やる。
まさかの返答だった。
だって、数時間前まで、私の家で、だらだら、ゴロゴロしてたオッサンだぞ。
「なんだその顔、止めんのか?」
私の返答が芳しくなかったのか、怪訝な顔をする爬渡サン。
けれど、余計にそれで、本気なんだと直感し、私の方も怪訝な顔になる。
「いや……アンタ、結婚の意味分かってんの?」
「分かってるよ、後先考えねえガキじゃあるまいに。」
「だからこそでしょ、結婚の大変さ分かってんなら、尚更なんで、そんな簡単に頷くの?」
「最初に言い出したのお前だろ。」
いや、そうだけどさ。
まさか本当に結婚する方向性で動かれるなんて、思わないじゃん。
「んで、どうすんだ。すんのか?結婚。戻れなくなるんだから、慎重に決めろよ。お前の方こそ、簡単に結婚したら後悔すんぞ。」
「分かったよ…もう簡単に結婚とか言わないから。」
「そら残念だな。したくなったら、いつでも言えよ。結婚してやるから。」
真顔でそんなことを言ってくるもんだから、全く爬渡サンの気持ちが分からん。
「本気で言ってんのか分からん……。て言うか、本気で私が婚活とかしたらどうすんの?別の人と、一緒になる訳だけど。」
「寝盗る。」
ふと気になってそう呟けば、こっちから視線を逸らすこともなく、間髪入れずにそう返ってきた。
「……。結婚させる気ないじゃん。」
一生一人で居ろってのか、コノヤロー。
「ない。遊びなら良いけど、結婚はダメだ。」
「何でよ、爬渡サン、ヒモじゃん。そんなこと言う権利ないでしょ。」
怪訝な顔で言い返せば、
「だから言ってんだろ。結婚したら養ってやるけど、離婚はダメって。」
と、そんな謎理論。
「…。」
「結婚しないなら、俺はヒモだから、お前が浮気しようが、なんだろうが、遊びで済ませられる。でも、結婚したらもうお互いそんなこと出来る関係じゃなくなる。だから慎重になれよって言ってんだ。」
「でも、他の人と結婚考えたら寝盗るんでしょ。」
オッサンにしては、随分と愛情が重めだな。
爬渡サン、こんな一途な性格だったっけ。
「ウン。」
「そんなに私の事好きなんだね。」
そうからかってみるも、爬渡サンは相変わらず、何を考えてるか分からない顔で、
「ウン、好き。」
と、一言。
「めっちゃ素直だけど、めっちゃ重い。」
「一途なんだよ、俺は。」
自分で言うのか、それ。
じとっとした目で爬渡サンを見るも、本人はどこ吹く風。
トカゲの世話をせっせとしながら、満足気にキッチンの方へと歩いていく。
私は布団の枕に顔を押し付け、ぼんやりと爬渡さんとの将来を見据えてみるのだった。