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理不尽な男①

ー/ー



 ライブハウスの前に男が数人。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

「いやぁ、良いライブでした」

 口々に今日の感想と建前とお世辞が飛び交う。ライブ後の高揚感よりも、明日のことを気にしているような浮ついた会話だ。

「では、お先に」

「お疲れさまでした」

「またどこかで」

 口火を切った者から順に背を向け歩き去って行く。

「あ、テリ井さんもこちらですか?」

「ええ、ご一緒しても?」

「もちろんですよ」

 小さな溜め息を隠しながら火山(ひやま)リン之助(40)は答えた。

「リン之助さんのライブすっごくよかったですよ!」

「はは、ありがとうございます」

「ほんとに、久しぶりに(たぎ)っちゃいました」

「テリ井さんも、最近始めたとは思えないくらい、堂々とライブしてましたね」

「ははは、お恥ずかしい」

 当たり障りのない話を続けながら、ぼんやりと歩いて行く。街はまだまだ夜の活気が溢れ、人々が行き交っている。

「かっこよかったですよ」

「ありがとうございます。自分的にはまだまだと思うんですけどね」

「そんなことないですよ! 素晴らしかったです」

 褒めちぎって来るテリ井の言葉を素直に受け取れないリン之助だった。

「あ、じゃあ僕はこれで」

「はい、お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」

 駅の方へと歩いて行くテリ井の後ろ姿をなんとなく見つめていた。雑踏がテリ井の背中を隠して、有象無象へと消えた。

「はぁ」

 溜め息をついて、歩き出した。向かう先は行きつけのBar。

「いらっしゃいませ」

「ハイボールください」

「かしこまりました」

 それだけ交わすと、リン之助は黙り込み、今日のライブを頭の中で反芻した。

 一曲目から順番に思い返してみる。

 特段悪かったプレイはないが、とても良かったプレイも思い当たらない。可もなく不可もなく。それが一番悪いことなのでは? 時間がない中でやれた方かとも思うが、もっと仕上げるべきだった。仕事をして生活があるのは皆同じ条件なのだから。

 脳内反省会をしながら目の前に置かれたハイボールを一口含む。

「帰って見返さなくちゃな」

 スマホで撮影した今日のライブデータを思い出す。ステージの全体が映るよう置かせてもらって撮影したものだった。

 ライブの時は必ず撮影して見返しているのだが、今日はなぜだが気が重かった。

「これ飲んだら帰るか」

 自分に言い聞かせるように呟くと、隣から男が現れた。

「おや、アナタ、さっき駅向こうのライブハウスでギター弾いてましたよねえ?」

 ハッとして振り向くと、黒い上下のスーツに、黒いハットで、縦ロゴの刺繍が入ったネクタイが赤く光る、いかにも怪しげな男がこちらを見ていた。

「あ、はい。おたくもさっきのライブ、見にいらしてたんですか?」

「はい。たまにフラリと聞きに行くんですが、今夜はとても良かった。特にアナタの演奏が一番素敵でしたよ」

「はは、ありがとうございます」

 男はリン之助の隣に座るとハイボールを注文した。リン之助の前にもハイボールが置かれる。

「いやあの、ぼく帰るところなんで」

「素敵な演奏にわたくしは感動したんですよ。せっかくなんで一杯ぐらい奢らせてください」

「……じゃあ一杯だけ」

 男の善意を無碍に断るのも悪い気がして、リン之助は椅子に座り直した。

「それでは乾杯」

「乾杯」

 男が美味そうに飲む傍ら、リン之助はじりじりとはじける液体を見つめていた。

「あんなに素晴らしい演奏でしたのに、あんまり嬉しそうではありませんね。何か悩み事でもあるんですか?」

「いやぁ~……。よかったと言っていただけるのは嬉しいですし受け取りますけど、自分的にはまだまだだなぁと思いまして」

「向上心に溢れてらっしゃるんですねえ」

「いや別にそういうわけではないですけど」

 リン之助の握るグラスからカランと氷の音が響く。

「よければわたくしに話していただけませんか?」

「お客さんに、そんなの悪いですよ」

 リン之助は困ったように笑った。

「申し遅れましたが、わたくしこういうものでして」

 男は一枚の名刺をサッとリン之助に手渡した。

「ギターの哀しみ(ブルース)、お聞きします? 黒喪ギタ郎……」

「はい。この現代は、老若男女誰しもみんな、ギター生活に悩んでいる人ばかり。そんなアナタがたの、ギターの哀しみ(ブルース)をわたくしはお聞きしているのです」

「そうですか……」

 黒喪は黒いハットを脱いでカウンターへと置いた。

「なんだか思いつめている様子ですねえ。よければこのギターでも触って気分転換してみてはいかがですか?」

 黒喪はどこから取り出したのか、パーラーサイズの黒いギターケースを取り出してみせた。

 ケースから出てきたのは装飾の美しいギターだった。

 なんといっても指板全面にレイアウトされた色とりどりの風鈴に目を奪われた。ヘッドには浴衣姿の少女が花火模様の風鈴を取ろうと手を伸ばしている姿が描かれ、物語を感じる。サウンドホールの周りは組み木と煌めく貝の装飾で彩られ、Barの照明を跳ね返してキラキラと輝いていた。

「これって、ラスキンですか!」

「ええ、さすがにご存じでしたか」

「もちろんです。この装飾、見間違うはずもない」

 口角をにぃっと上げた黒喪がジャララと鳴らしてみせる。一音一音太い音色だがどの音も心地よく耳に届いた。深みのある音に魅了され、いつまでもその余韻に浸っていたいほどだった。

「すげぇ~」

「ええ、見た目だけじゃなく良いギターなんです」

「あの、ちょっと弾かせてもらってもいいですか?」

 リン之助が言い終わらないうちに黒喪が顔をずいっと近づけた。

 あまりの迫力に思わずのけぞる。

「な、なんですか」

「このギターはですねえ、育てないといけないギターなんです」

「育てる」

「わかりやすく言えばペットのようなものですね。毎日話しかけ、世話をし、可愛がることが大切なんです」

 まるで生き物のように優しくギターを撫でる黒喪。

「その日々の愛情によって、このギターは素晴らしく成長するのです」

「まぁ、はぁ」

「信じていませんね? どうぞ弾いてごらんなさい」

 そう言うと黒喪はリン之助にギターを手渡した。

 受け取ったリン之助は胸が高鳴るのを感じた。

「これ、ぼくにとって憧れっていうか、欲しかったギターなんすよ」

「ええ、そのようですね」

 はやる気持ちを抑えながらギターを抱え、鳴らしてみる。

 チャラン。

「え!?」

 先ほどの音色と比べ物にならないほど、安っぽくて響かずかすれたような音だった。

 あの手この手で音色を引き出そうとするが、うんともすんともギターは応えてくれない。

「……まじ?」

「貸してごらんなさい」

 黒喪がギターを抱え、鳴らすと美しい音に変わる。何とも悔しい思いで黒喪の抱えるラスキンのギターを見つめた。

「おわかりいただけましたか?」

「どうなってるんですか? こんなギター初めて見た」

「このギターは純粋にギターを楽しみ、時間をかけて愛してくれた人にだけ応えてくれる名器なんですよ」

 にわかには信じがたい話だが、目の前で突きつけられてはどうしようもなかった。どんなカラクリなのか、まったくわからない。こうまで音色が違うとは。さすがのリン之助もショックを受けていた。

「アナタにこのギターをお譲りしますよ」

「え? どういうことですか」

「アナタは悩んでいますよね? きっとそれは頭でっかちに考えて、ただただギターを愛して弾くのを楽しみ、愛でることを忘れているからなんです」

「そうかもしれないですけど、それとこれとは悩みが違うというか」

「ほら、そうやって言葉で納得させることばかり考えているからダメなんです」

 ぐいっとギターをリン之助へと渡す黒喪。

「いいですか? アナタの悩みは頭でっかちになってることです。このギターと向き合う時だけは全て忘れて、ギターを愛でて楽しむんです」

「で、でも」

「言い訳はナシです」

 じぃっと見つめてくる黒喪の視線に気圧され、目が離せなくなる。

「このギターもわたくしなんかの下手な手つきより、アナタのような方に愛される方が幸せなんですよ。それはアナタもおわかりでしょう?」

「そ、それは、まぁ」

「ただし一つだけ、気をつけていただくことがあります。このギターは愛でてくれる人に応えるギターです。つまりそれは愛してくれない人にはそれ相応の反応をするということです」

「は、え?」

「それだけは気をつけてくださいね。まあ、アナタでしたらあの音色が出るよう、いやそれ以上の音色を求めてこのギターを愛してくださるでしょう?」

「ま、まぁ」

「では、大事に愛してあげてくださいね。アナタの哀しみ(ブルース)がなくなることをお約束します」

 それだけ告げると、黒喪は店を出て行った。

「あ、ちょっと!」

 ドアベルのカランという高い音で我に返ったリン之助は、慌てて追いかけた。

 ドアを開け、辺りを見渡してみるが黒喪の姿はどこにもなかった。


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 ライブハウスの前に男が数人。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
「いやぁ、良いライブでした」
 口々に今日の感想と建前とお世辞が飛び交う。ライブ後の高揚感よりも、明日のことを気にしているような浮ついた会話だ。
「では、お先に」
「お疲れさまでした」
「またどこかで」
 口火を切った者から順に背を向け歩き去って行く。
「あ、テリ井さんもこちらですか?」
「ええ、ご一緒しても?」
「もちろんですよ」
 小さな溜め息を隠しながら|火山《ひやま》リン之助(40)は答えた。
「リン之助さんのライブすっごくよかったですよ!」
「はは、ありがとうございます」
「ほんとに、久しぶりに|滾《たぎ》っちゃいました」
「テリ井さんも、最近始めたとは思えないくらい、堂々とライブしてましたね」
「ははは、お恥ずかしい」
 当たり障りのない話を続けながら、ぼんやりと歩いて行く。街はまだまだ夜の活気が溢れ、人々が行き交っている。
「かっこよかったですよ」
「ありがとうございます。自分的にはまだまだと思うんですけどね」
「そんなことないですよ! 素晴らしかったです」
 褒めちぎって来るテリ井の言葉を素直に受け取れないリン之助だった。
「あ、じゃあ僕はこれで」
「はい、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
 駅の方へと歩いて行くテリ井の後ろ姿をなんとなく見つめていた。雑踏がテリ井の背中を隠して、有象無象へと消えた。
「はぁ」
 溜め息をついて、歩き出した。向かう先は行きつけのBar。
「いらっしゃいませ」
「ハイボールください」
「かしこまりました」
 それだけ交わすと、リン之助は黙り込み、今日のライブを頭の中で反芻した。
 一曲目から順番に思い返してみる。
 特段悪かったプレイはないが、とても良かったプレイも思い当たらない。可もなく不可もなく。それが一番悪いことなのでは? 時間がない中でやれた方かとも思うが、もっと仕上げるべきだった。仕事をして生活があるのは皆同じ条件なのだから。
 脳内反省会をしながら目の前に置かれたハイボールを一口含む。
「帰って見返さなくちゃな」
 スマホで撮影した今日のライブデータを思い出す。ステージの全体が映るよう置かせてもらって撮影したものだった。
 ライブの時は必ず撮影して見返しているのだが、今日はなぜだが気が重かった。
「これ飲んだら帰るか」
 自分に言い聞かせるように呟くと、隣から男が現れた。
「おや、アナタ、さっき駅向こうのライブハウスでギター弾いてましたよねえ?」
 ハッとして振り向くと、黒い上下のスーツに、黒いハットで、縦ロゴの刺繍が入ったネクタイが赤く光る、いかにも怪しげな男がこちらを見ていた。
「あ、はい。おたくもさっきのライブ、見にいらしてたんですか?」
「はい。たまにフラリと聞きに行くんですが、今夜はとても良かった。特にアナタの演奏が一番素敵でしたよ」
「はは、ありがとうございます」
 男はリン之助の隣に座るとハイボールを注文した。リン之助の前にもハイボールが置かれる。
「いやあの、ぼく帰るところなんで」
「素敵な演奏にわたくしは感動したんですよ。せっかくなんで一杯ぐらい奢らせてください」
「……じゃあ一杯だけ」
 男の善意を無碍に断るのも悪い気がして、リン之助は椅子に座り直した。
「それでは乾杯」
「乾杯」
 男が美味そうに飲む傍ら、リン之助はじりじりとはじける液体を見つめていた。
「あんなに素晴らしい演奏でしたのに、あんまり嬉しそうではありませんね。何か悩み事でもあるんですか?」
「いやぁ~……。よかったと言っていただけるのは嬉しいですし受け取りますけど、自分的にはまだまだだなぁと思いまして」
「向上心に溢れてらっしゃるんですねえ」
「いや別にそういうわけではないですけど」
 リン之助の握るグラスからカランと氷の音が響く。
「よければわたくしに話していただけませんか?」
「お客さんに、そんなの悪いですよ」
 リン之助は困ったように笑った。
「申し遅れましたが、わたくしこういうものでして」
 男は一枚の名刺をサッとリン之助に手渡した。
「ギターの|哀しみ《ブルース》、お聞きします? 黒喪ギタ郎……」
「はい。この現代は、老若男女誰しもみんな、ギター生活に悩んでいる人ばかり。そんなアナタがたの、ギターの|哀しみ《ブルース》をわたくしはお聞きしているのです」
「そうですか……」
 黒喪は黒いハットを脱いでカウンターへと置いた。
「なんだか思いつめている様子ですねえ。よければこのギターでも触って気分転換してみてはいかがですか?」
 黒喪はどこから取り出したのか、パーラーサイズの黒いギターケースを取り出してみせた。
 ケースから出てきたのは装飾の美しいギターだった。
 なんといっても指板全面にレイアウトされた色とりどりの風鈴に目を奪われた。ヘッドには浴衣姿の少女が花火模様の風鈴を取ろうと手を伸ばしている姿が描かれ、物語を感じる。サウンドホールの周りは組み木と煌めく貝の装飾で彩られ、Barの照明を跳ね返してキラキラと輝いていた。
「これって、ラスキンですか!」
「ええ、さすがにご存じでしたか」
「もちろんです。この装飾、見間違うはずもない」
 口角をにぃっと上げた黒喪がジャララと鳴らしてみせる。一音一音太い音色だがどの音も心地よく耳に届いた。深みのある音に魅了され、いつまでもその余韻に浸っていたいほどだった。
「すげぇ~」
「ええ、見た目だけじゃなく良いギターなんです」
「あの、ちょっと弾かせてもらってもいいですか?」
 リン之助が言い終わらないうちに黒喪が顔をずいっと近づけた。
 あまりの迫力に思わずのけぞる。
「な、なんですか」
「このギターはですねえ、育てないといけないギターなんです」
「育てる」
「わかりやすく言えばペットのようなものですね。毎日話しかけ、世話をし、可愛がることが大切なんです」
 まるで生き物のように優しくギターを撫でる黒喪。
「その日々の愛情によって、このギターは素晴らしく成長するのです」
「まぁ、はぁ」
「信じていませんね? どうぞ弾いてごらんなさい」
 そう言うと黒喪はリン之助にギターを手渡した。
 受け取ったリン之助は胸が高鳴るのを感じた。
「これ、ぼくにとって憧れっていうか、欲しかったギターなんすよ」
「ええ、そのようですね」
 はやる気持ちを抑えながらギターを抱え、鳴らしてみる。
 チャラン。
「え!?」
 先ほどの音色と比べ物にならないほど、安っぽくて響かずかすれたような音だった。
 あの手この手で音色を引き出そうとするが、うんともすんともギターは応えてくれない。
「……まじ?」
「貸してごらんなさい」
 黒喪がギターを抱え、鳴らすと美しい音に変わる。何とも悔しい思いで黒喪の抱えるラスキンのギターを見つめた。
「おわかりいただけましたか?」
「どうなってるんですか? こんなギター初めて見た」
「このギターは純粋にギターを楽しみ、時間をかけて愛してくれた人にだけ応えてくれる名器なんですよ」
 にわかには信じがたい話だが、目の前で突きつけられてはどうしようもなかった。どんなカラクリなのか、まったくわからない。こうまで音色が違うとは。さすがのリン之助もショックを受けていた。
「アナタにこのギターをお譲りしますよ」
「え? どういうことですか」
「アナタは悩んでいますよね? きっとそれは頭でっかちに考えて、ただただギターを愛して弾くのを楽しみ、愛でることを忘れているからなんです」
「そうかもしれないですけど、それとこれとは悩みが違うというか」
「ほら、そうやって言葉で納得させることばかり考えているからダメなんです」
 ぐいっとギターをリン之助へと渡す黒喪。
「いいですか? アナタの悩みは頭でっかちになってることです。このギターと向き合う時だけは全て忘れて、ギターを愛でて楽しむんです」
「で、でも」
「言い訳はナシです」
 じぃっと見つめてくる黒喪の視線に気圧され、目が離せなくなる。
「このギターもわたくしなんかの下手な手つきより、アナタのような方に愛される方が幸せなんですよ。それはアナタもおわかりでしょう?」
「そ、それは、まぁ」
「ただし一つだけ、気をつけていただくことがあります。このギターは愛でてくれる人に応えるギターです。つまりそれは愛してくれない人にはそれ相応の反応をするということです」
「は、え?」
「それだけは気をつけてくださいね。まあ、アナタでしたらあの音色が出るよう、いやそれ以上の音色を求めてこのギターを愛してくださるでしょう?」
「ま、まぁ」
「では、大事に愛してあげてくださいね。アナタの|哀しみ《ブルース》がなくなることをお約束します」
 それだけ告げると、黒喪は店を出て行った。
「あ、ちょっと!」
 ドアベルのカランという高い音で我に返ったリン之助は、慌てて追いかけた。
 ドアを開け、辺りを見渡してみるが黒喪の姿はどこにもなかった。