思考のプレイリスト
ー/ー ー*ー*ー*ー
エスプレッソ 啜れば混じる 不協和音
隣の席の 殺意はドラム
ー*ー*ー*ー
その街のカフェには、静寂など存在しなかった。
焙煎豆の香りが漂う扉を押し開けた瞬間、私の耳に流れ込んできたのは、重層的な音の奔流――「思考のBGM」だ。
この世界では、コーヒーを一口啜るごとに、半径数メートルにいる他人の思考が音楽として聞こえてしまう。
それは言葉ではなく、旋律やリズム、あるいは雑音となって脳を侵食する。
窓際の老紳士からは、枯れたチェロの独奏が聞こえる。亡き妻を想っているのだろう、音色は深く、湿っている。
対照的に、入り口近くの女子学生グループからは、アップテンポなテクノポップが何重にも重なって響いていた。新作のコスメか、あるいは昨夜のドラマの話だろう。
私はカウンターの隅に座り、ブラックコーヒーを一口含んだ。
途端に、店内の「騒音」が鮮明度を増す。
左隣のサラリーマン。彼のBGMは、壊れた時計のように不規則なドラムの乱打だ。納期に追われているのか、あるいは上司への殺意か。その苛立ちが、私の鼓膜をチリチリと焼く。
右隣のカップル。男からは甘ったるいサックスの調べが、女からは冷え切った電子音が聞こえる。この二人の関係も、コーヒーが冷める頃には終わるに違いない。
なぜ、人はわざわざカフェに来るのか。
自分以外の「音」を浴びなければ、己の孤独という無音に耐えられないからだ。
「お待たせしました」
店員が静かにカップを置いた。その瞬間、私は息を呑んだ。
彼からは、何の音も聞こえない。BGMが、ないのだ。
驚いて顔を上げると、彼は少しだけ口角を上げた。その瞳は、深淵のような静けさを湛えている。
彼はコーヒーを飲まない。あるいは、己の心を完全に「無」に制御しているのか。
喧騒に満ちたこの店内で、彼の周りだけが、真空地帯のように澄み渡っていた。
私は最後の一口を飲み干し、席を立った。
店を出て、コーヒーの効き目が切れるまでの数分間。私は街を行き交う何百人もの不協和音を背中で聞きながら、あの店員の「静寂」だけを、宝物のように反芻していた。
**日記風雑感**
今日は雨音に耳を傾ける日。
今年に入って、もしかしたら、初めてかもしれない、まとまった雨の日。
ー*ー*ー*ー
思考とは 騒音なりき 飲み干した
カップの底に 沈む静寂よ
ー*ー*ー*ー
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