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落ち葉のオーケストラ

ー/ー





​ 二月の公園は、まるで巨大な砂時計の底のようだった。

 武志は、定年を過ぎてからこの場所の「音」を整えるのを日課にしている。

サリ、サリ、サリ。

竹箒がアスファルトを撫でる音が、冬の冷たい空気に規則正しく響く。



​ 彼が集めているのは、ただの枯れ葉ではない。

 この公園で誰かが落としていった「時間の断片」だ。

楽しかった午後の笑い声や、一人でベンチに座っていた時の寂しさ。

それらが枯れ葉の形を借りて、地面に積もっている。丁寧に掃き集め、一箇所にまとめると、そこには微かな熱が宿る。



​ 「おじさん、それ、ふかふか?」


​ 気がつくと、隣に小さな影が立っていた。黄色い帽子をかぶった男の子だ。

武志は箒を止め、腰を伸ばして少年の視線の先を見た。そこには、彼が一時間かけて築いた、膝の高さまである落ち葉の山があった。


​ 「ああ、ふかふかだよ。靴の上からでもわかるくらいにな」

 「へぇ……」

​ 少年は、恐る恐る靴の先で枯葉の山を突ついた。

カサリ、と乾いた音がして、山が少しだけ崩れる。その瞬間、山の中からチリリン、と、どこか遠くの風鈴のような音が漏れ出た。

少年が目を丸くする。


​ 「おじさん、今、なにか鳴った」

 「そうか。それは、この葉っぱが覚えていた誰かの『おまじない』かもしれないな」


 「おまじない?」


 「ああ。こっちの丸いのは、きっと誰かの願い事だ。こっちの尖ったのは、誰かの忘れ物。みんなこうして集まると、たまに内緒話をするんだよ」

​ 武志はしゃがみ込み、山の中から一番形のいい、深い赤色の一枚を拾い上げた。


 「これを持っていくといい。でも、そいつはすぐパリパリになる。大事にするなら、重たい本に挟んでおきなさい。そうすると、この葉っぱが覚えている『今日』が、ずっとその色のまま冬を越せるから」


​ 少年は、拾った葉っぱを宝物のように両手で包み込んだ。

 「……ありがとう!」

 元気な声とともに、少年は駆け出していく。その足取りに合わせて、集めたばかりの山から数枚の葉が、まるで意思を持った蝶のようにふわふわと舞い上がった。

​ 一人残された武志は、再び竹箒を握った。

 崩れた山を整え、少年の走っていった軌道に残った「新しい時間の欠片」を、またゆっくりと一箇所に集める。


​ 明日になれば、また風が吹き、山は散り、音は消える。

 けれど、あの少年が本を開くたび、公園の陽だまりと竹箒の音は、何度でも再生されるはずだろう。


箒は、再びサリ、サリと鳴り始めた。


 






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​ 二月の公園は、まるで巨大な砂時計の底のようだった。
 武志は、定年を過ぎてからこの場所の「音」を整えるのを日課にしている。
サリ、サリ、サリ。
竹箒がアスファルトを撫でる音が、冬の冷たい空気に規則正しく響く。
​ 彼が集めているのは、ただの枯れ葉ではない。
 この公園で誰かが落としていった「時間の断片」だ。
楽しかった午後の笑い声や、一人でベンチに座っていた時の寂しさ。
それらが枯れ葉の形を借りて、地面に積もっている。丁寧に掃き集め、一箇所にまとめると、そこには微かな熱が宿る。
​ 「おじさん、それ、ふかふか?」
​ 気がつくと、隣に小さな影が立っていた。黄色い帽子をかぶった男の子だ。
武志は箒を止め、腰を伸ばして少年の視線の先を見た。そこには、彼が一時間かけて築いた、膝の高さまである落ち葉の山があった。
​ 「ああ、ふかふかだよ。靴の上からでもわかるくらいにな」
 「へぇ……」
​ 少年は、恐る恐る靴の先で枯葉の山を突ついた。
カサリ、と乾いた音がして、山が少しだけ崩れる。その瞬間、山の中からチリリン、と、どこか遠くの風鈴のような音が漏れ出た。
少年が目を丸くする。
​ 「おじさん、今、なにか鳴った」
 「そうか。それは、この葉っぱが覚えていた誰かの『おまじない』かもしれないな」
 「おまじない?」
 「ああ。こっちの丸いのは、きっと誰かの願い事だ。こっちの尖ったのは、誰かの忘れ物。みんなこうして集まると、たまに内緒話をするんだよ」
​ 武志はしゃがみ込み、山の中から一番形のいい、深い赤色の一枚を拾い上げた。
 「これを持っていくといい。でも、そいつはすぐパリパリになる。大事にするなら、重たい本に挟んでおきなさい。そうすると、この葉っぱが覚えている『今日』が、ずっとその色のまま冬を越せるから」
​ 少年は、拾った葉っぱを宝物のように両手で包み込んだ。
 「……ありがとう!」
 元気な声とともに、少年は駆け出していく。その足取りに合わせて、集めたばかりの山から数枚の葉が、まるで意思を持った蝶のようにふわふわと舞い上がった。
​ 一人残された武志は、再び竹箒を握った。
 崩れた山を整え、少年の走っていった軌道に残った「新しい時間の欠片」を、またゆっくりと一箇所に集める。
​ 明日になれば、また風が吹き、山は散り、音は消える。
 けれど、あの少年が本を開くたび、公園の陽だまりと竹箒の音は、何度でも再生されるはずだろう。
箒は、再びサリ、サリと鳴り始めた。