真珠座の出口 前編
ー/ー ロビーに、カチカチと乾いた音が響いている。
映画『ラスト・メモリー』の上映終了。扉が開くと同時に、観客たちが目を真っ赤にはらして出てきた。彼らが歩くたびに、足元から純白の粒がこぼれ、タイル張りの床を跳ねる。
「はい、足元失礼します。回収通りまーす」
慣れた手つきで掃除機を操り、あるいは柄の長い塵取りで粒を掬い上げる男たちがいた。
背中には『日本真珠回収機構』のロゴ。通称、真珠拾い(パール・キャッチャー)だ。
この世界では、強い感動による涙は、体外へ出た瞬間に結晶化する。組成は炭酸カルシウムとコンキオリン。天然の真珠と何ら変わりない。
その輝きは、流した涙の「純度」——つまり感動の深さに比例すると言われていた。
「おっ、これはいい照りだ」
回収員のひとりが、一人の若い女性の足元から大粒の一粒を拾い上げた。
「お客さん、これなら今日のチケット代どころか、ディナー代も出ますよ。買い取りの方、あちらのカウンターでどうぞ」
女性は恥ずかしそうに俯き、ハンカチで乾いた目元を拭いながら、換金所へと向かった。
映画館側にとって、真珠は貴重な副収入だ。泣ける映画を上映すればするほど、床には「宝石」が転がる。最近のヒット作は、どれも露骨に涙腺を刺激する悲劇ばかりだった。
そんな喧騒を、劇場の隅で眺めている老人がいた。
彼は何も拾わず、ただ出口から出てくる人々を観察している。彼の名は、かつて「泣かせの巨匠」と呼ばれた映画監督、滝川だった。
「……昔は、こんなじゃなかったんだがね」
滝川が隣に立つ若いスタッフにぼやいた。
「昔は、涙はただの塩水だった。頬を濡らし、服を汚し、やがて乾いて消える。だからこそ、その一瞬の感情は誰にも奪えない、自分だけのものだったんだ」
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