飛沫と座標のラプソディ
ー/ー ー*ー*ー*ー
目覚めたら 隣の部屋の クローゼット
寝言に混じった 朝のくしゃみか
ー*ー*ー*ー
春。それは、この世界の人間にとって「最も足元が覚束ない」季節だ。
紀元後、突如として人類に備わった「くしゃみによる一メートル瞬間移動(テレポート)」の能力。
原因は不明だが、今やそれは生理現象の一部だ。普段なら「おっと」で済む一メートルのズレも、花粉が舞うこの時期には致命的な「遭難」の引き金になる。
「……ハ、ハッ……!」
リビングで読書をしていた私は、鼻の奥をくすぐる微かなムズムズ感に戦慄した。慌ててクッションに顔を埋める。
もし、このまま無防備にくしゃみを放てば、私は一メートル右の壁の中に埋まるか、あるいは一メートル左のベランダの外——ここはマンションの五階だ——へ放り出される。
この時期、自治体からは「外出禁止令」ならぬ「クシャミ警戒アラート」が発令される。街中には、くしゃみの衝撃で民家の庭や走行中のトラックの荷台に「着弾」してしまった不運な人々が溢れるからだ。
「……ハックション!」
視界が揺れた。
気がつくと、私はソファの背もたれの上に跨るような形で座っていた。幸い、方位の運が良かったらしい。冷や汗を拭いながら、私は机の上の「対花粉用完全密封ゴーグル」を締め直した。
窓の外を見ると、防護服のような重装備で歩く郵便配達員が見えた。
彼はベテランなのだろう。くしゃみをした瞬間、一メートル前方にワープすることを計算に入れ、あらかじめ一メートル手前で立ち止まってポストへ投函しようとしている。しかし、無情にも二連発のくしゃみが彼を襲った。
「ああっ!」
二回連続のテレポート。彼はポストを通り越し、生垣の中に吸い込まれて消えた。
我が家のガーデニングコーナーも、この時期は悲惨だ。丹精込めて育てたパンジーの上には、昨日、隣の家の住人が「着弾」した。
彼は平謝りしながら、またくしゃみをして自分の家の方角へ消えていったが、花壇には見事な足跡が残された。
この世界で誠実に生きるということは、自分の「座標」を維持する戦いに他ならない。
私は、厳重に閉め切った窓を眺め、早く緑の季節が過ぎ去ることを願った。次にくしゃみが出そうになったら、せめてお気に入りの読書椅子の真上に着地できるよう、神に祈るしかないのだ。
** 日記風雑感 **
春ーーそれは、花粉症の季節。
目はしょぼしょぼ、カユカユ。
そして鼻水……
はっくしょーい。
ふう。
ー*ー*ー*ー
外出の 禁止を告げる アラートに
窓を閉め切り 花粉を呪う
ー*ー*ー*ー
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