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「再会」第二節

ー/ー



 午後三時十分。湊はもうこんな時間か息をついた。息をつきながらも、実験で出たデーターをにらみつける。
 
 計算されて数値はいいはずなのに、足りない部分があるのだろうか。

 眉間にしわが寄る。

「ん」
「ありがとう」

 湊はかなたから紙コップに入っているコーヒーを渡された。何の警戒もなく、書類を読みながら受け取る。飲みながら、読んだ書類を処理済みの箱に、投げ入れていく。

 次の瞬間――湊の身体がふらついた。紙コップを、乱暴に机に置いた。手に当たった書類もバサリと床に落ちる。

 眠気がおそってきた。机に手をおいて身体を支えた。支えきれなかった身体を、傍にいたかなたが受け止める。

 治験実験で湊の体は、慣れているはずだった。耐性はついているはずだった。何かしらの薬が含まれていた。

 湊はズルズルと座り込む。

「案外速く効いたな」
「何をした?」

 湊は飛びそうな意識の中で、かなたをにらんだ。グダグダな状態で睨んできても迫力はない。

「休むための薬を使わせてもらったよ」

 湊の体を肩にかつぐと、ベッドまで運ぶ。不安定さにかなたの体に、しがみつくしかなかった。湊の身体がベッドに沈むのを見て、タオルケットをかけた。

 抵抗しても力が入らない。研究も中途半端である。データーで出た数字を、記入しなければいけない。山積みの書類の整理もある。

 今日も深夜までかかる予定だった。

 湊も大人になった。研究開始から月日が流れて、一つのチームとなっていく。薬の配分が違い調合がうまくいかなかった日もある。

 成分の分析を、失敗する日もある。湊を中心に集まって話し合った。

 解決策を模索時も、淡々としている態度を崩さないからだろうか。

 ウトウトしている湊は、幼い子供と一緒だった。

「何を勝手に――」
「お前、寝てないだろう?」

「休んでいる暇なんて」

  湊もかなたが本気で、怒っていると伺える。どちらにしろ、薬の効き目に抗えない。素直に従っておいた方が正解だった。

 湊は瞳を閉じる。

 湊にお休みいい夢をと、声をかけると部屋を出た。

「湊」
 
 湊は名前を呼ばれて振り返った。背後に奈美が立っていた。 まだ、若い姿である。 ゆらゆらと陽炎みたいに揺れていた。

 触ろうと手を伸ばした。バチリと弾かれる。陽炎は熱をもって熱かった。湊がいるのは、奈美の精神世界の中だ。 

 驚いた姿を見て奈美は笑った。笑顔はどこか寂しそうだった。

「母さん。僕は都を守れなかった」
「大丈夫。あなたの思いは都に届いているわ」

「そうだといいけどね」
「まさか、都は研究所に帰って来るつもりなのか?」

 顔を上げた。湊は奈美の複雑そうな表情を見て、研究所に戻ってくるつもりだと察した。

「無理をするわよね。あなたも都も。見ていられないわ」
「性格的なものもあるかもしれないな」

 同時に隆に対するささやかな抵抗でもあった。無言の対抗でもある。 都の道を開くとなるのなら、未来へとつながるならばやるしかない。

  実験は諦めずに、突き詰めてやろうではないか。

  諦めるにはまだ早い。

 一つでも二つでも可能性があるのなら、探っていかないといけない。

「都はあなたに懐いていたからね。ありのままの関係でいいと思ったの。言わなかったのは、あなたたちの負担を少しでも減らしたかったのよ」
「僕は役に立たなかったかもしれないけど、母さんたちの負担を、減らしたかった」
「研究については聞かないの?」
「あえて、聞かない。僕はまだ研究者としては未熟だ。話をするなら、もっと勉強をしてからにしたい。いつか、母さんと平等に話せる立場になりたい」

 見えない部分から、手を貸すしかない。暗くても挫けそうになっても、転びそうになりそうでも、人は支えがあって強くなれる。

 失敗しても立ち上がれる。道を間違えなければ、明るい方へと向かっていける。困っている人の道標となれるように、その光を照らし続けいきたいと湊は思う。

「責めてもおかしくはないのに。私は湊を見捨てて逃げたのよ?」
「勘違いをしないでほしい。母さんを責めるつもりはない。忙しくても、愛情をかけて育ててくれて、感謝しかないよ――ありがとう」

「湊」
「はい」

「あなたは優しい湊のままでいてね」
「また、会えるよね?」

「信じていれば、会えるわ。時間ね」

 闇にとけて奈美が姿を消す。 同時に夢から目が覚めた。

 ――必要最低限の仕事はするさ。

 湊は満月を見ながら、誓った。
 



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 午後三時十分。湊はもうこんな時間か息をついた。息をつきながらも、実験で出たデーターをにらみつける。 
 計算されて数値はいいはずなのに、足りない部分があるのだろうか。
 眉間にしわが寄る。
「ん」
「ありがとう」
 湊はかなたから紙コップに入っているコーヒーを渡された。何の警戒もなく、書類を読みながら受け取る。飲みながら、読んだ書類を処理済みの箱に、投げ入れていく。
 次の瞬間――湊の身体がふらついた。紙コップを、乱暴に机に置いた。手に当たった書類もバサリと床に落ちる。
 眠気がおそってきた。机に手をおいて身体を支えた。支えきれなかった身体を、傍にいたかなたが受け止める。
 治験実験で湊の体は、慣れているはずだった。耐性はついているはずだった。何かしらの薬が含まれていた。
 湊はズルズルと座り込む。
「案外速く効いたな」
「何をした?」
 湊は飛びそうな意識の中で、かなたをにらんだ。グダグダな状態で睨んできても迫力はない。
「休むための薬を使わせてもらったよ」
 湊の体を肩にかつぐと、ベッドまで運ぶ。不安定さにかなたの体に、しがみつくしかなかった。湊の身体がベッドに沈むのを見て、タオルケットをかけた。
 抵抗しても力が入らない。研究も中途半端である。データーで出た数字を、記入しなければいけない。山積みの書類の整理もある。
 今日も深夜までかかる予定だった。
 湊も大人になった。研究開始から月日が流れて、一つのチームとなっていく。薬の配分が違い調合がうまくいかなかった日もある。
 成分の分析を、失敗する日もある。湊を中心に集まって話し合った。
 解決策を模索時も、淡々としている態度を崩さないからだろうか。
 ウトウトしている湊は、幼い子供と一緒だった。
「何を勝手に――」
「お前、寝てないだろう?」
「休んでいる暇なんて」
  湊もかなたが本気で、怒っていると伺える。どちらにしろ、薬の効き目に抗えない。素直に従っておいた方が正解だった。
 湊は瞳を閉じる。
 湊にお休みいい夢をと、声をかけると部屋を出た。
「湊」
 湊は名前を呼ばれて振り返った。背後に奈美が立っていた。 まだ、若い姿である。 ゆらゆらと陽炎みたいに揺れていた。
 触ろうと手を伸ばした。バチリと弾かれる。陽炎は熱をもって熱かった。湊がいるのは、奈美の精神世界の中だ。 
 驚いた姿を見て奈美は笑った。笑顔はどこか寂しそうだった。
「母さん。僕は都を守れなかった」
「大丈夫。あなたの思いは都に届いているわ」
「そうだといいけどね」
「まさか、都は研究所に帰って来るつもりなのか?」
 顔を上げた。湊は奈美の複雑そうな表情を見て、研究所に戻ってくるつもりだと察した。
「無理をするわよね。あなたも都も。見ていられないわ」
「性格的なものもあるかもしれないな」
 同時に隆に対するささやかな抵抗でもあった。無言の対抗でもある。 都の道を開くとなるのなら、未来へとつながるならばやるしかない。
  実験は諦めずに、突き詰めてやろうではないか。
  諦めるにはまだ早い。
 一つでも二つでも可能性があるのなら、探っていかないといけない。
「都はあなたに懐いていたからね。ありのままの関係でいいと思ったの。言わなかったのは、あなたたちの負担を少しでも減らしたかったのよ」
「僕は役に立たなかったかもしれないけど、母さんたちの負担を、減らしたかった」
「研究については聞かないの?」
「あえて、聞かない。僕はまだ研究者としては未熟だ。話をするなら、もっと勉強をしてからにしたい。いつか、母さんと平等に話せる立場になりたい」
 見えない部分から、手を貸すしかない。暗くても挫けそうになっても、転びそうになりそうでも、人は支えがあって強くなれる。
 失敗しても立ち上がれる。道を間違えなければ、明るい方へと向かっていける。困っている人の道標となれるように、その光を照らし続けいきたいと湊は思う。
「責めてもおかしくはないのに。私は湊を見捨てて逃げたのよ?」
「勘違いをしないでほしい。母さんを責めるつもりはない。忙しくても、愛情をかけて育ててくれて、感謝しかないよ――ありがとう」
「湊」
「はい」
「あなたは優しい湊のままでいてね」
「また、会えるよね?」
「信じていれば、会えるわ。時間ね」
 闇にとけて奈美が姿を消す。 同時に夢から目が覚めた。
 ――必要最低限の仕事はするさ。
 湊は満月を見ながら、誓った。