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第六章「暗闇」第一節

ー/ー



 都は真っ黒な場所にいた。

 光もない。
 ただ、歩き続ける。

 すると、ぽっかりと大きな穴が開いて、真っ黒な手が伸びてきた。ゾクリと寒気がする。明らかに人の手ではない。

 都に向かって伸びてくる。逃げようとしても、迫ってくるスピードが早く捕まってしまった。

 首に絡まってくる。呼吸ができず、もがいても力が強くなるだけである。都を放そうとはしようとはしない。 お前に生きる意味はあるのか? と言われているみたいだった。

 暗闇にずり込まれそうになる前に、都は運よく目が覚めて飛び起きた。都が見たのは、孝の精神世界の中の一部だ。 ほんのごく一部だった。

 何も先が見えなかった。

 風景すらなかった。完全に闇に飲み込まれてしまっている。取り込まれてしまっている。ねっとりとした闇は、いまだに、体にまとまりついてくる感覚がある。

 自分の部屋で慣れている場所なのに、落ち着かない。都は反射的に周りを見て確かめた。暗めの色を使った本棚や机、パソコンが置いてあった。いつもと変わらない自分の部屋にホッとする。

 美和と和江には、もう少し明るい色を使えばいいと言われている。けれど、都にはこれが心地よかった。

 孝の業はどこまで、追いかけてくるのか。
解放すらも、許されないのか。

 体も日に日に弱っていっている。死は確実に歩みよってきている。ベッドから下りた。タイマーをかけたエアコンも切れて、夏の暑さと夢見が悪いせいで、汗ではりついたジャージとシャツが気持ち悪い。

 おぼつかない足取りで風呂場に向かった。 再び眠りにつけるわけがなく、頭からシャワーを浴びた。それでも、気持ち悪く不快感は消えない。鈴のニュースを聞いた時は、美和もいたため耐えきれた。我慢できた。

 さすがに、今回は我慢ならず、耐えきれなったのである。白い喉元は、ヒクリと痙攣してひきつった。

「はっ――ぅ、ぃ」

 か細い声が出て、何度も何度も胃液を吐く。食べた物を全て吐き出した。吐き終えると、口の中をゆすぎ顔も洗った。掃除をしてから、タオルで顔と体を拭く。

 吐ききったら、少しだけ落ち着いた。適当に持ってきた半袖シャツとズボンのジャージを着て、リビングのいすに座る。

 一人だけの部屋に時計の針の進む音だけが聞こえていた。現在の時刻は午前一時二十分。

  草木も眠る時間帯だった。
 だから、怖い夢を見てしまったのだろうか。

 美和も今日は休みで寝ている美波も、起きてはいないはずである。二人には話したとしても、おかしくなったと思われ心配されるのが目に見えていた。

 横から伸びてきた手は、都の髪の毛に触れる。都は美和の手を弾いた。

 パシリと乾いた音が響く。やってしまった、と都は思った。二人しかいないと分かっていた。体が拒否反応をしてしまっていた。

「起きていたのか?」
「勉強をしていたのよ。特進コースは課題が多いのよ」

 都の隣に美和は座った。相田家に来てから、学校に通えている。小学校は何冊ものドリルや問題集をやって、周囲に追いついた。そのあとは、中学まで卒業した。

 現在の都は体が弱くても高校に通う優等生だ。周囲が求めている理想の「都」を演じているだけだった。
 
 演じることには慣れていた。

 置かれたマグカップからは、ココアの甘い香りがした。用意してくれた美和には悪いと思っている。

 都は口をつける気分にはならなかった。吐いたせいで体は、飲食を受け付けない。

「泣かないのね」
「僕は泣くほど子供じゃない」

 美和は「家族愛」を振りかざしたいだけだ。「愛している」なんて薄っぺらかった。都合のいい言葉だけだ。都合よく利用しているとしか思えない。

 「家族愛」だけで、劇的に何かの変化はない。 起きるわけない。都の苦悩を美和は知らないはずである。

「私も都もまだ子供だわ」
「甘やかされるつもりはない」

「甘やえる時も必要だわ。そうでしょう?」

「感情なんて忘れたままだ」
「ねぇ、都の夢は何?」

「夢なんてないさ」

 時間が残っていない都に夢はない。 暗闇しか知らず――光も消える寸前だ。暗闇から抜け出せるのは、都が死ぬ時である。

「作ればいいじゃない。私も応援するわ」
「簡単そうに言うな」

「いくらでも取り返せると思うの」
「理想論なんて嫌いだ」

 都から見た美和には、明るい未来が待っていると思えた。好きな仕事をして結婚もできる。

 子供もできる。

 愛した者といられる幸せは、都には望めない。 都と美和ではおかれている環境が違っていた。

「もっと、私たちと話し合わない?いい答えが出るかもしれないわ」
「美和に何が分かる? 苦しみを知らないくせに。奪われるつらさが分からないくせに」

 ――美和がここまで理解できないとは、思ってもいなかった。

 軽さに苛立ちが募っていく。

 ――僕だって好きで遺伝子操作を、受けてきたわけじゃない!
 ――助けたいと思うのなら、代わってくれよ!

 ――どうせ、父親の罪を見て見ぬふりをするだろう!

 自然と湧いてきた怒りに、拳を振り上げそうになるのを堪えた。怒りが込み上げてきたのは、久しぶりである。自分の中にある感情に驚いた。エネルギーを発散するために、己の手を握りしめる。

 ――美和に八つ当たりしても、変わらない。

 続いて怒りの感情を殺した。

 線引きをして踏み込ませないと、誓ったではないか。

 ――何を迷っている?

 茨の道を進むと決めたのは都自身だ。決断をしたのは自分である。突き進むしかない。次第に普段どおりの冷静さが戻ってくる。

 瞳には冷たさが戻ってきていた。




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 都は真っ黒な場所にいた。
 光もない。
 ただ、歩き続ける。
 すると、ぽっかりと大きな穴が開いて、真っ黒な手が伸びてきた。ゾクリと寒気がする。明らかに人の手ではない。
 都に向かって伸びてくる。逃げようとしても、迫ってくるスピードが早く捕まってしまった。
 首に絡まってくる。呼吸ができず、もがいても力が強くなるだけである。都を放そうとはしようとはしない。 お前に生きる意味はあるのか? と言われているみたいだった。
 暗闇にずり込まれそうになる前に、都は運よく目が覚めて飛び起きた。都が見たのは、孝の精神世界の中の一部だ。 ほんのごく一部だった。
 何も先が見えなかった。
 風景すらなかった。完全に闇に飲み込まれてしまっている。取り込まれてしまっている。ねっとりとした闇は、いまだに、体にまとまりついてくる感覚がある。
 自分の部屋で慣れている場所なのに、落ち着かない。都は反射的に周りを見て確かめた。暗めの色を使った本棚や机、パソコンが置いてあった。いつもと変わらない自分の部屋にホッとする。
 美和と和江には、もう少し明るい色を使えばいいと言われている。けれど、都にはこれが心地よかった。
 孝の業はどこまで、追いかけてくるのか。
解放すらも、許されないのか。
 体も日に日に弱っていっている。死は確実に歩みよってきている。ベッドから下りた。タイマーをかけたエアコンも切れて、夏の暑さと夢見が悪いせいで、汗ではりついたジャージとシャツが気持ち悪い。
 おぼつかない足取りで風呂場に向かった。 再び眠りにつけるわけがなく、頭からシャワーを浴びた。それでも、気持ち悪く不快感は消えない。鈴のニュースを聞いた時は、美和もいたため耐えきれた。我慢できた。
 さすがに、今回は我慢ならず、耐えきれなったのである。白い喉元は、ヒクリと痙攣してひきつった。
「はっ――ぅ、ぃ」
 か細い声が出て、何度も何度も胃液を吐く。食べた物を全て吐き出した。吐き終えると、口の中をゆすぎ顔も洗った。掃除をしてから、タオルで顔と体を拭く。
 吐ききったら、少しだけ落ち着いた。適当に持ってきた半袖シャツとズボンのジャージを着て、リビングのいすに座る。
 一人だけの部屋に時計の針の進む音だけが聞こえていた。現在の時刻は午前一時二十分。
  草木も眠る時間帯だった。
 だから、怖い夢を見てしまったのだろうか。
 美和も今日は休みで寝ている美波も、起きてはいないはずである。二人には話したとしても、おかしくなったと思われ心配されるのが目に見えていた。
 横から伸びてきた手は、都の髪の毛に触れる。都は美和の手を弾いた。
 パシリと乾いた音が響く。やってしまった、と都は思った。二人しかいないと分かっていた。体が拒否反応をしてしまっていた。
「起きていたのか?」
「勉強をしていたのよ。特進コースは課題が多いのよ」
 都の隣に美和は座った。相田家に来てから、学校に通えている。小学校は何冊ものドリルや問題集をやって、周囲に追いついた。そのあとは、中学まで卒業した。
 現在の都は体が弱くても高校に通う優等生だ。周囲が求めている理想の「都」を演じているだけだった。
 演じることには慣れていた。
 置かれたマグカップからは、ココアの甘い香りがした。用意してくれた美和には悪いと思っている。
 都は口をつける気分にはならなかった。吐いたせいで体は、飲食を受け付けない。
「泣かないのね」
「僕は泣くほど子供じゃない」
 美和は「家族愛」を振りかざしたいだけだ。「愛している」なんて薄っぺらかった。都合のいい言葉だけだ。都合よく利用しているとしか思えない。
 「家族愛」だけで、劇的に何かの変化はない。 起きるわけない。都の苦悩を美和は知らないはずである。
「私も都もまだ子供だわ」
「甘やかされるつもりはない」
「甘やえる時も必要だわ。そうでしょう?」
「感情なんて忘れたままだ」
「ねぇ、都の夢は何?」
「夢なんてないさ」
 時間が残っていない都に夢はない。 暗闇しか知らず――光も消える寸前だ。暗闇から抜け出せるのは、都が死ぬ時である。
「作ればいいじゃない。私も応援するわ」
「簡単そうに言うな」
「いくらでも取り返せると思うの」
「理想論なんて嫌いだ」
 都から見た美和には、明るい未来が待っていると思えた。好きな仕事をして結婚もできる。
 子供もできる。
 愛した者といられる幸せは、都には望めない。 都と美和ではおかれている環境が違っていた。
「もっと、私たちと話し合わない?いい答えが出るかもしれないわ」
「美和に何が分かる? 苦しみを知らないくせに。奪われるつらさが分からないくせに」
 ――美和がここまで理解できないとは、思ってもいなかった。
 軽さに苛立ちが募っていく。
 ――僕だって好きで遺伝子操作を、受けてきたわけじゃない!
 ――助けたいと思うのなら、代わってくれよ!
 ――どうせ、父親の罪を見て見ぬふりをするだろう!
 自然と湧いてきた怒りに、拳を振り上げそうになるのを堪えた。怒りが込み上げてきたのは、久しぶりである。自分の中にある感情に驚いた。エネルギーを発散するために、己の手を握りしめる。
 ――美和に八つ当たりしても、変わらない。
 続いて怒りの感情を殺した。
 線引きをして踏み込ませないと、誓ったではないか。
 ――何を迷っている?
 茨の道を進むと決めたのは都自身だ。決断をしたのは自分である。突き進むしかない。次第に普段どおりの冷静さが戻ってくる。
 瞳には冷たさが戻ってきていた。