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第五章「決意」

ー/ー



 遺伝子学学会の権威・十河孝特集

 美和は読んでいた雑誌を見てはっとした。彼が自己紹介をした時に、十河都と名乗っていた。都と孝の名字が一緒だった。

『僕は父親を憎んでいる』

 美和は都とのやり取りを思い出した。

 ――十河孝。
 ――彼が都の父親であっているの?

 気になって都と孝を携帯で検索をした。孝の情報は確実に見つかった。デザインズ・ベイビーを作るために、たくさんの人を殺してきたとの噂もある。

 デザインズ・ベイビーの研究を使い日本中の遺伝子情報を書き換えて、日本全土を支配しようとしている情報が美和の目に飛び込んでくる。 テレビとの態度やラジオの声は、穏やかな印象があった。  

 孝に日本の未来を任せていたら、安心だと勝手に作り上あげていた「十河孝」がいた。美和の中で孝の理想が崩れ落ちていく。 

 噂が本当なのだとしたら、人々の幸せを奪い気持ちを踏みにじっているだけだ。 比べて都は面白いほど、情報が出てこない。 都の存在を消しているかのようである。

 誰かが意図的に消しているのかもしれない。ネットを閉じると、携帯を放り投げた。

  いすに全身を預ける。

 都に何を返せるのだろうか。
 いすが鈍い音を立てた。

『私たちよりも賢い人間がいるのね。いいなぁ。私も遺伝子操作を受けて生まれたかったわ』

 軽はずみな発言だった。 何気ない言葉は都を傷つけた。 情報が消されていた件だってそうだ。

 裏で糸を引いているのは、彼の実の家族ではないだろうか。

 表立って姿を見せないのも、孝を油断させるためである。美和は推測を立てていく。美波も都を預かってから、保育園は通えなくても、小学校へ通わせるために、行政と話をした。

 父親の家庭内暴力から逃げてきたのではないかと、携帯電話で撮った都の傷の写真を見せる。シェルターに入れるつもりはなく、見捨てるなんてできなかった。

 養子縁組に関して、問いかけてみた。

 普通親家庭なら実親との関係は続くし、特別養子縁組の場合は配偶者が必要なために、一人親家庭は難しいとの説明だった。美波にとって条件は厳しかった。

 養子縁組が難しいのなら、名前を相田に変えられないかと、普通の生活ができないのかと、投げかけてみた。名前を変える方法はありますよ、と役所から内容を聞いた。

 仕事を休んで、手続きに必要な書類を、整えて家庭裁判所に行ったのである。しばらくして、父親の家庭内暴力のためと、「相田都」と名乗れる許可がでたのだ。戸籍も相田家に入れるし、学校にも通える。

 役所から戻ってきた美波の表情は、満足そうだった。都は家族になったのだと、帰ってきてすぐに教えてくれた。

 美和にとって制度の説明は難しかった。あまり、記憶にはない。ただ、覚えているのは、「相田家」としての大きな動きとしてだった。
 
 美和は母親の強さとたくましさを、見た日を回想していた。皆、最大限の力を出し切ろうとしている。

 発揮しようとしている。

 ――なのに、私は何をしていた?
 ――何を見てきた?
 
 ――何と向き合ってきた?

 ぼんやりと過ごしてきて、戦わずに安全な場所で正義を振りかざしていただけだった。傍観者でしかなかった。

 姉だと騒いでいい顔をしていたかっただけだ。自己満足に酔っていただけだ。都の気持ちを組んであげていなかった。

 思いを押し付けていただけだった。役にも立たず、戦力外である。都ともまともに話すらできていなかった。

 ――都が怒るのは当然だわ。
 ――私は彼の上辺しか見ていなかったのね。

 ――都を思っていなかった。
 ――でも、何を言えばいい?

 ――声をかければいいの?
 ――「家族として愛している?」

 ――私たちと一緒にいてほしい?
 ――軽い言葉で、振り返ってくれる?
 
 ――私たちを見てくれる?
 ――いけない。

 ――私は相変わらず、自分しか考えてないのね。         

 ――甘すぎる。

 ――都が相手にしようとしているのは、実の親かもしれないのよ?

 都が戦おうとしているのは、孝である。孝が都の親だとしても、子供をコントロールするなんて、許されなかった。家族への暴力を認められない。 美和の瞳は怒りで燃えている。

『教授には近づくな』

 都に警告されながらも、会いに行かなければ怒りは収まらない。自分ではセーブできない。怒りのエネルギーは大きかった。

 ――そうだ。
 ――私が教授に直接会いに行けばいいじゃない。

 美和は立ち上がる。靴を履いていると、美波が声をかけてくる。

「美和。でかけるの?」
「十河孝教授に会いに行って来る」

 美和は思った。家族を捨ててまで遺伝子学を、学んだと自慢するなら教えてほしい。美和の前で分かりやすく解説をしてほしかった。

 解説ができないのなら、教授と都の父親だと名乗らないでいてもらいたかった。

「落ち着きなさい。今は私たちのやれることを、やった方がいいわ」

 美和の手首を美波はつかんだ。 頭の中が冷静になっていく。

 ――私が冷静にならないと。

 デザインズ・ベイビーだとしても、美和と美波の家族だ。都は生きている。相田家にいるのは「相田都」である。「十河都」ではない。「都」は「都」であって、一人の人間である。 美和は深呼吸をした。感情が落ち着いてくる。 

「私は都の言葉で聞きたいの。美和だってそうでしょう?」
「私は無力だわ」

「無力でもちっぽけでもいいのよ。大切なのは積み重ねよ」
「そうね」

「都が帰って来たいと思える場所を作る。それだけよ」
「母さんは強いね」

「あなたも私の子供よ。強いから大丈夫」

 自分たちがバタバタしていたら、都に伝わる。笑顔を絶やさずに過ごしていれば、都にも届くはずである。隣で寄り添うだけで安心はできる。

「分かったわ。私も行動してみる」
「お願いね」

 美和は覚悟を決めて、手を握りしめた。





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 遺伝子学学会の権威・十河孝特集
 美和は読んでいた雑誌を見てはっとした。彼が自己紹介をした時に、十河都と名乗っていた。都と孝の名字が一緒だった。
『僕は父親を憎んでいる』
 美和は都とのやり取りを思い出した。
 ――十河孝。
 ――彼が都の父親であっているの?
 気になって都と孝を携帯で検索をした。孝の情報は確実に見つかった。デザインズ・ベイビーを作るために、たくさんの人を殺してきたとの噂もある。
 デザインズ・ベイビーの研究を使い日本中の遺伝子情報を書き換えて、日本全土を支配しようとしている情報が美和の目に飛び込んでくる。 テレビとの態度やラジオの声は、穏やかな印象があった。  
 孝に日本の未来を任せていたら、安心だと勝手に作り上あげていた「十河孝」がいた。美和の中で孝の理想が崩れ落ちていく。 
 噂が本当なのだとしたら、人々の幸せを奪い気持ちを踏みにじっているだけだ。 比べて都は面白いほど、情報が出てこない。 都の存在を消しているかのようである。
 誰かが意図的に消しているのかもしれない。ネットを閉じると、携帯を放り投げた。
  いすに全身を預ける。
 都に何を返せるのだろうか。
 いすが鈍い音を立てた。
『私たちよりも賢い人間がいるのね。いいなぁ。私も遺伝子操作を受けて生まれたかったわ』
 軽はずみな発言だった。 何気ない言葉は都を傷つけた。 情報が消されていた件だってそうだ。
 裏で糸を引いているのは、彼の実の家族ではないだろうか。
 表立って姿を見せないのも、孝を油断させるためである。美和は推測を立てていく。美波も都を預かってから、保育園は通えなくても、小学校へ通わせるために、行政と話をした。
 父親の家庭内暴力から逃げてきたのではないかと、携帯電話で撮った都の傷の写真を見せる。シェルターに入れるつもりはなく、見捨てるなんてできなかった。
 養子縁組に関して、問いかけてみた。
 普通親家庭なら実親との関係は続くし、特別養子縁組の場合は配偶者が必要なために、一人親家庭は難しいとの説明だった。美波にとって条件は厳しかった。
 養子縁組が難しいのなら、名前を相田に変えられないかと、普通の生活ができないのかと、投げかけてみた。名前を変える方法はありますよ、と役所から内容を聞いた。
 仕事を休んで、手続きに必要な書類を、整えて家庭裁判所に行ったのである。しばらくして、父親の家庭内暴力のためと、「相田都」と名乗れる許可がでたのだ。戸籍も相田家に入れるし、学校にも通える。
 役所から戻ってきた美波の表情は、満足そうだった。都は家族になったのだと、帰ってきてすぐに教えてくれた。
 美和にとって制度の説明は難しかった。あまり、記憶にはない。ただ、覚えているのは、「相田家」としての大きな動きとしてだった。
 美和は母親の強さとたくましさを、見た日を回想していた。皆、最大限の力を出し切ろうとしている。
 発揮しようとしている。
 ――なのに、私は何をしていた?
 ――何を見てきた?
 ――何と向き合ってきた?
 ぼんやりと過ごしてきて、戦わずに安全な場所で正義を振りかざしていただけだった。傍観者でしかなかった。
 姉だと騒いでいい顔をしていたかっただけだ。自己満足に酔っていただけだ。都の気持ちを組んであげていなかった。
 思いを押し付けていただけだった。役にも立たず、戦力外である。都ともまともに話すらできていなかった。
 ――都が怒るのは当然だわ。
 ――私は彼の上辺しか見ていなかったのね。
 ――都を思っていなかった。
 ――でも、何を言えばいい?
 ――声をかければいいの?
 ――「家族として愛している?」
 ――私たちと一緒にいてほしい?
 ――軽い言葉で、振り返ってくれる?
 ――私たちを見てくれる?
 ――いけない。
 ――私は相変わらず、自分しか考えてないのね。         
 ――甘すぎる。
 ――都が相手にしようとしているのは、実の親かもしれないのよ?
 都が戦おうとしているのは、孝である。孝が都の親だとしても、子供をコントロールするなんて、許されなかった。家族への暴力を認められない。 美和の瞳は怒りで燃えている。
『教授には近づくな』
 都に警告されながらも、会いに行かなければ怒りは収まらない。自分ではセーブできない。怒りのエネルギーは大きかった。
 ――そうだ。
 ――私が教授に直接会いに行けばいいじゃない。
 美和は立ち上がる。靴を履いていると、美波が声をかけてくる。
「美和。でかけるの?」
「十河孝教授に会いに行って来る」
 美和は思った。家族を捨ててまで遺伝子学を、学んだと自慢するなら教えてほしい。美和の前で分かりやすく解説をしてほしかった。
 解説ができないのなら、教授と都の父親だと名乗らないでいてもらいたかった。
「落ち着きなさい。今は私たちのやれることを、やった方がいいわ」
 美和の手首を美波はつかんだ。 頭の中が冷静になっていく。
 ――私が冷静にならないと。
 デザインズ・ベイビーだとしても、美和と美波の家族だ。都は生きている。相田家にいるのは「相田都」である。「十河都」ではない。「都」は「都」であって、一人の人間である。 美和は深呼吸をした。感情が落ち着いてくる。 
「私は都の言葉で聞きたいの。美和だってそうでしょう?」
「私は無力だわ」
「無力でもちっぽけでもいいのよ。大切なのは積み重ねよ」
「そうね」
「都が帰って来たいと思える場所を作る。それだけよ」
「母さんは強いね」
「あなたも私の子供よ。強いから大丈夫」
 自分たちがバタバタしていたら、都に伝わる。笑顔を絶やさずに過ごしていれば、都にも届くはずである。隣で寄り添うだけで安心はできる。
「分かったわ。私も行動してみる」
「お願いね」
 美和は覚悟を決めて、手を握りしめた。