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第四章「憎悪」

ー/ー



 都は体調を考えて有名高校の普通科に、美和は特進クラスへと進学をしていた。普通科の都は校章がついた白いポロシャツに、グレーのズボンだった。

特進科コースはプリッツスカートになるだけである。科は違っても、それぞれの学生生活を送っていた。クラスメートからの情報で、時々美和の話が聞こえてくる時もあった。


動くたびにふわりと、揺れるスカートを都は目で追っていく。 


『遺伝子界の権威――十河孝氏によると、デザインズ・ベイビー第一世代の山口鈴(りん)さんの情報処理能力と身体能力は、試作品よりは高く、紅い瞳と紫がかった紺色の髪が、特徴の中学二年生です。この先、鈴さんの精神世界も開ける話もしていて、一層楽しみになりそうです』

 

都の耳にニュースが入ってきた。作っていた朝ご飯の支度をしていた手を止める。第一世代――つまり、自分よりも上の能力をもつ者がでてきた。


もしかしたら、第二世代の研究まで着手しているかもしれない。都は二年の早さで、孝が作り上げたとかと思うとゾッとした。
実験のスピードは速まっている。


遅かれ早かれ、同じデザインズ・ベイビーとして、敵として鈴と会う可能性もある。孝の支配下におかれている人物である。要注意人物なのだと、見ておいた方がいい。


 箸を並べて置いた。


 夜に看護師として、働いている美波は、まだ帰っていない。朝ご飯を作り、二人での食事が毎日の日課になっている。隣に座っている都が無言でテレビを消した。
 
 テレビやラジオに出演している孝を、実の父親だと話していない。話題にするつもりはなかった。


奈美が殺された話もしていない。
話して何か変化があるのか。



救いがあるのか。
諦めもあった。


 過度な思いもしんどいだけである。


都は彼女たちには、真っ白なままでいてほしかった。心を汚す必要はない。汚い部分を見せるつもりはなかった。言葉を飲み込む。孝の話題を聞いたせいなのか気分が重い。


 グルグルと視界も回る。胃液が上へとあがってくる。地に足がつかなくて、ふらふらしてしまう。立っているのも精一杯だった。弱っている姿を見せたくない。都は美和に指摘されないために、何とか気力で抑え込んだ。

 

――彼女の前で倒れるわけにはいかない。
――能無し!


弱っているせいか、嫌な言葉の数々がよみがってくる。


――奈美と同じで役立たず!
――顔も見たくない!


孝から向けられるなめ回すみたいな視線は、体感として記録されていた。
毒蛇みたいに締め付けてくる。

むしろ、その毒で息を止められたら、どれだけ楽になれるのだろうか。
 死ねたらいいことか。


――面倒を見ているのだから、ありがたく思え!
 ――私の血を引いている時点で腹が立つ!


 ――生きている価値はないな!



孝の声が再生される。心の奥底にあるのは、人権を無視した孝の暴言もあった。都は道具であって、「人」として認識されていない。


刺さった棘は今でも抜けない。鈍い痛みを伴っていた。痛みと刺さった棘も抜けないまま、ゆっくり、ゆっくりとむしばまれていく。


心は悲鳴をあげていた。


「美和。僕は遺伝子実験が正しいとは思えない」
「なぜ、都は言いきれるの? 私たちよりも賢い人間が居るのね。いいなぁ。私も遺伝子操作を受けて生まれたかったわ」


 よくも軽く言えるなと、都は瞳を細める。


「美和は実験に賛成か?」
「私はすごいことだと思うけどな」


「僕は反対だ。美和は、実験が失敗する可能性は考えていないのか?
自分の子どもが失敗作だったら? 教授には近づかない方がいい」


息子を実験台にして、自然の摂理に背か逆らっている 。そんな人物が人間界の頂点に立つなんて、ありえなかった。立ち続けるなんて、許されない。
自分の命と引き替えになってもよかった。


孝の実験を見逃すわけにはいかなかった。見逃してしまえば、自分も同類になってしまう。思惑通りになって、孝はまだか、まだかと獲物を待ちわびている。


首元を食いちぎろうとしている。


――簡単に食いちぎられてやるものか。





孝が牙を向けてくるのならば、都は全面的に前へでて、全身全霊をかけて盾になる。簡単に背中を向けるつもりはない。残る力を振り絞って隆を止めるつもりでいた。都は朝食をパンだけ食べ立ち上がる。パンを食べただけでも、美和への譲歩でもあった。


「調子が悪いの?」
「別に」



「都。あなたは一体何者なの?」
「何者、か。生きているだけの亡霊だよ」


「待って、都。お母さんも心配していたわ。私たちだと頼りにならない?」
「頼るつもりはない」


都は美和の言葉を、突っぱねた。


「ねぇ、都」
「美和に一つだけ教えてあげようか?」



 



「なぁに?」
「僕は父親を憎んでいる」


失敗作として生まれた場合、使えないと判断されて、殺される。
都がいた場所は、甘くはない。湊や湊がいても耐え続けてきた。


奈美は死に湊の行方は分からない。捜したかったが、都が大きく動くと孝に生きていると、気づかれてしまうかもしれない。



できれば、会いたかった。
話がしたい。


声が聞きたい。
抱きしめてほしかった。


――話して何ができる?
――同情して泣く?

――大変だったね、と眺めるつもり?


 ありふれた言葉の羅列は、都には響かない。



「都が言いきれる理由が分からないわ」
「分からなくていい」

「お願い。自分を大切にして」
「大切に?」

都が笑う。
一番嫌いな言葉だった。

取り繕った内容だけで、何が守れる?
何の行動ができる?


言うだけだったらいくれでも言える。





「何? 私、間違っているかしら?」
「同情なんていらない」


「都!」



都はスクールかばんを持つと、リビングを出て行った。



 








 








 









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 都は体調を考えて有名高校の普通科に、美和は特進クラスへと進学をしていた。普通科の都は校章がついた白いポロシャツに、グレーのズボンだった。
特進科コースはプリッツスカートになるだけである。科は違っても、それぞれの学生生活を送っていた。クラスメートからの情報で、時々美和の話が聞こえてくる時もあった。
動くたびにふわりと、揺れるスカートを都は目で追っていく。 
『遺伝子界の権威――十河孝氏によると、デザインズ・ベイビー第一世代の山口鈴(りん)さんの情報処理能力と身体能力は、試作品よりは高く、紅い瞳と紫がかった紺色の髪が、特徴の中学二年生です。この先、鈴さんの精神世界も開ける話もしていて、一層楽しみになりそうです』
都の耳にニュースが入ってきた。作っていた朝ご飯の支度をしていた手を止める。第一世代――つまり、自分よりも上の能力をもつ者がでてきた。
もしかしたら、第二世代の研究まで着手しているかもしれない。都は二年の早さで、孝が作り上げたとかと思うとゾッとした。
実験のスピードは速まっている。
遅かれ早かれ、同じデザインズ・ベイビーとして、敵として鈴と会う可能性もある。孝の支配下におかれている人物である。要注意人物なのだと、見ておいた方がいい。
 箸を並べて置いた。
 夜に看護師として、働いている美波は、まだ帰っていない。朝ご飯を作り、二人での食事が毎日の日課になっている。隣に座っている都が無言でテレビを消した。
 テレビやラジオに出演している孝を、実の父親だと話していない。話題にするつもりはなかった。
奈美が殺された話もしていない。
話して何か変化があるのか。
救いがあるのか。
諦めもあった。
 過度な思いもしんどいだけである。
都は彼女たちには、真っ白なままでいてほしかった。心を汚す必要はない。汚い部分を見せるつもりはなかった。言葉を飲み込む。孝の話題を聞いたせいなのか気分が重い。
 グルグルと視界も回る。胃液が上へとあがってくる。地に足がつかなくて、ふらふらしてしまう。立っているのも精一杯だった。弱っている姿を見せたくない。都は美和に指摘されないために、何とか気力で抑え込んだ。
――彼女の前で倒れるわけにはいかない。
――能無し!
弱っているせいか、嫌な言葉の数々がよみがってくる。
――奈美と同じで役立たず!
――顔も見たくない!
孝から向けられるなめ回すみたいな視線は、体感として記録されていた。
毒蛇みたいに締め付けてくる。
むしろ、その毒で息を止められたら、どれだけ楽になれるのだろうか。
 死ねたらいいことか。
――面倒を見ているのだから、ありがたく思え!
 ――私の血を引いている時点で腹が立つ!
 ――生きている価値はないな!
孝の声が再生される。心の奥底にあるのは、人権を無視した孝の暴言もあった。都は道具であって、「人」として認識されていない。
刺さった棘は今でも抜けない。鈍い痛みを伴っていた。痛みと刺さった棘も抜けないまま、ゆっくり、ゆっくりとむしばまれていく。
心は悲鳴をあげていた。
「美和。僕は遺伝子実験が正しいとは思えない」
「なぜ、都は言いきれるの? 私たちよりも賢い人間が居るのね。いいなぁ。私も遺伝子操作を受けて生まれたかったわ」
 よくも軽く言えるなと、都は瞳を細める。
「美和は実験に賛成か?」
「私はすごいことだと思うけどな」
「僕は反対だ。美和は、実験が失敗する可能性は考えていないのか?
自分の子どもが失敗作だったら? 教授には近づかない方がいい」
息子を実験台にして、自然の摂理に背か逆らっている 。そんな人物が人間界の頂点に立つなんて、ありえなかった。立ち続けるなんて、許されない。
自分の命と引き替えになってもよかった。
孝の実験を見逃すわけにはいかなかった。見逃してしまえば、自分も同類になってしまう。思惑通りになって、孝はまだか、まだかと獲物を待ちわびている。
首元を食いちぎろうとしている。
――簡単に食いちぎられてやるものか。
孝が牙を向けてくるのならば、都は全面的に前へでて、全身全霊をかけて盾になる。簡単に背中を向けるつもりはない。残る力を振り絞って隆を止めるつもりでいた。都は朝食をパンだけ食べ立ち上がる。パンを食べただけでも、美和への譲歩でもあった。
「調子が悪いの?」
「別に」
「都。あなたは一体何者なの?」
「何者、か。生きているだけの亡霊だよ」
「待って、都。お母さんも心配していたわ。私たちだと頼りにならない?」
「頼るつもりはない」
都は美和の言葉を、突っぱねた。
「ねぇ、都」
「美和に一つだけ教えてあげようか?」
「なぁに?」
「僕は父親を憎んでいる」
失敗作として生まれた場合、使えないと判断されて、殺される。
都がいた場所は、甘くはない。湊や湊がいても耐え続けてきた。
奈美は死に湊の行方は分からない。捜したかったが、都が大きく動くと孝に生きていると、気づかれてしまうかもしれない。
できれば、会いたかった。
話がしたい。
声が聞きたい。
抱きしめてほしかった。
――話して何ができる?
――同情して泣く?
――大変だったね、と眺めるつもり?
 ありふれた言葉の羅列は、都には響かない。
「都が言いきれる理由が分からないわ」
「分からなくていい」
「お願い。自分を大切にして」
「大切に?」
都が笑う。
一番嫌いな言葉だった。
取り繕った内容だけで、何が守れる?
何の行動ができる?
言うだけだったらいくれでも言える。
「何? 私、間違っているかしら?」
「同情なんていらない」
「都!」
都はスクールかばんを持つと、リビングを出て行った。