第三百八十五話
ー/ー まず、栃木支部の連中と相まみえるは、高梨。相対する栃木支部の支部長でありながら、和氣の暴走を食い止めるべく一念発起、信一郎と共に計画を立案、実行した、勇気と気品ある支部長である。
しかし、高梨が目にした光景は、これまでの冷静な構成員の様子ではなかった。
その理由こそ、構成員たちが屍生人を彷彿とさせるほどに、人間としての理性を消していたのだ。涎を垂らし、白目を剥き、生気を喪ったような。足取りはおぼつかず、チーティングドライバーを扱うほどの知能こそないものの、それぞれが根源的欲求に従う。
人間として備わっているはずの欲望の内、『食欲』を劇的に増進させるような肉体改造が施されていたのだ。
「クワ――セロ――」
「ハラガ、ヘッタ……」
「ニク……ニクゥ……!」
彼らが夢遊病患者として譫言を述べるかのように、何か一つの文言しか喋らないままに連絡橋を侵攻していく。
「――嘘でしょ、何で皆……何で皆そうなっちゃったの……!?」
以前院らに、栃木支部内には『高梨派』と『和氣派』が存在し、それぞれが意見を対立させていた、と語っていた。しかし、高梨の目にしている光景が幻でないのなら、高梨派も和氣派も一切関係なしに、その全てが屍生人のように成り果てていたのだ。
「皆、正気を取り戻して!! 和氣の思惑に嵌っちゃあ駄目なんだよ!!」
心の底から叫ぶ高梨であったが、それが屍生人らの本能を的確に刺激していく。五感が鋭敏に研ぎ澄まされた状況下で、高梨と言う『ニク』にありつこうとするのだ。人間を喰らうという、そもそも倫理的に歯止めが掛かっている人間の欲望を、改造したことにより上限解放。その食欲に向かう力強さは本物であった。
スーツ姿である程度体裁を整えていたはずが、皆一様に獣のような体勢で襲い掛かっていく。通常人間の犬歯はそこまで伸びないはずが、まるで吸血鬼を彷彿とさせるほどに鋭利なものへ変わっていた。
複数名が飛びついて、高梨に咬み付こうとするも――彼女は仮にも支部長であり、アクションで名を馳せる女優であった。
実に華麗な後ろ回し蹴りにて、それぞれの顔面を一蹴する。その実にあっぱれな蹴りに宿るは……『炎』であった。
「――丙良くん、信玄くん、灰崎君……君らには私の素性に関して伝えてはいなかったけれど……因子持ちである以前に……ライセンスだって保有した、支部長なんだ」
それらの構成員数名を、悔やみながらも炎で燃やし戦闘不能状態に持ち込んだ高梨。しかし、理性を無くした彼らを見据える目は――他でもなく支部長としてのものへと変わった。多くの責任を負いながらも、和氣の暴走を食い止めるべく立ち上がった、支部長としての高梨の姿がそこにあったのだ。
「……私の掲げる理想は、実に甘いものかもしれない。目的が違うから一概には言えないだろうけど……犬も食わないような下らない理想かもしれない。でも……私は支部長に就任した時、誓ったんだ――」
胸を己の拳で強く叩き、己に魔力によって出来上がった炎を纏わせる。それと共に、高梨の周りにある英雄の幻像が現れ、彼女自身を後ろから抱き締める。
「――それは、私の因子……『クレオパトラ』に誓ったものと一緒。『人の悪意に晒された人に、心からの救済を』。私が味わった『痛み』を……誰にも味わわせたくない。最初からカルマに忠誠なんて誓っていない私だからこそ……本来あるべき宗教としての救いを与えたい。誰かを傷付けて、誰かを害して、誰かを殺して――その先に待ち受ける下らない偶像崇拝の未来なんて、たかが知れているッ!!」
未だ、信一郎にすら明かしていない、高梨自身の『痛み』。それが、彼女を突き動かす原動力になりうるのだ。
「随分、威勢良いじゃあねえの? 支部長さんよォ」
そんな高梨の心からの叫びに呼応してか、屍生人の軍勢を率いる存在――和氣と向き合うのだった。東京都某所にて、テイクアウトで大きめのチキンレッグを骨ごと噛み砕き、ものの二口で食べ終わるのだった。
「……和氣和弘」
「以前、俺を打ち負かしたあの時から……お前だけは絶対に許さねェ、俺が喰らってやると言ったな。もう、俺にはそれほどの力がある。それに……『俺の仲間』だってそうだ」
その言葉とともに、和氣の背後から現れるは、『高梨派』の幹部四名。中学生時代から交流が合った面子であるからこそ、高梨の心はほんの少し揺れる。しかし、眉をほんの少し動かすだけで強い瞳は変わらず。
「……へぇ、アンタ芸能界に現在進行形で居座っているからこそ、メンタルバケモノじゃあねえの。普通だったら……あの山梨元支部長であるレイジーだったか、アイツのように情けなく感情を乱すと思ったのによォ」
「――貴方、他支部の心配するくらいには余裕が生まれたんだ。自分がそうなるだなんて可能性を過ぎらせない辺り、慢心の塊だよね」
無論、同じ教会と言う組織内で起こったことのため、山梨での一件も周知している。諜報隊が齎したものではあるが、彼女が山梨支部の支部長であったことも、同じ教会構成員と言うことで記憶消去の影響を受けていないために、来栖善吉が山梨支部の全てを乗っ取ったことも知っている。その結果、レイジーがしのびの里にて保護していた存在、元大人たちに殺されたことも――知っている。
その一件を経て、高梨は自分よりも年端もいかない少女が、その身に背負うものにしては実に重すぎると考えていた。心を酷く痛め、当時から暴走気味の和氣を排他する覚悟が生まれたのだ。年下のレイジーが覚悟を以って行動していたことから、勇気を貰ったのだ。
「――貴方こそ、元々芸能界にいたってのもあって……随分性根が悪いのね。よその分野にもその悪名は聞こえてくるくらいには……性格の悪さが顕れていたらしいから。所詮、弱者にしか噛み付けないような……食欲と胃袋要領だけ誇れる程度の駄犬扱いされていたわけだけど」
「馬鹿言え。俺はそれ以上に……身を粉にしながら業界を必死に生きていただけだぜ? 外野にどんなことを言われようと、俺のルールでやってきただけだ」
「へえ。それがあれだけ山ほどの問題行動って訳。プロ意識の欠片も無いんじゃあないかしら。所詮、食い意地と要領だけの、『偽りのFF《フード・ファイト》キング』って訳なのね」
その高梨の挑発的な一言に眉を顰める和氣。周りの構成員を下げさせ、自らが前に立つ。あまり表情を表に出してこそいないが、明確に怒気を滲ませていたのだ。
「――お前ら、学園を潰せ、俺が許す。この裏切り者は俺が相手する」
「へえ。案外煽り耐性無いんだ。元芸能人の癖に、スルースキルもないのね。問題行動だけじゃアなくて、女性蔑視の性的問題発言ばかりが出てきたのよね。付いてくる女なんて、基本的に貴方の金目当てだったわね。お世辞にも見た目は並より少し優れたくらいだものね。まだあれだけの騒ぎを起こした来栖善吉の方が、所業はともかくとして人間的にも社会人としても圧倒的に恵まれていたわ。五斂子社ってかなりコンプラ意識立っていたらしいから」
和氣を釘付けにするため、慣れない煽りを繰り返す高梨。その煽りは非常に効果的であったのか、完全に和氣の怒りが頂点に達していた。
「裏切り者、だなんて。私からしてみれば……私にクーデターを仕掛ける貴方こそ裏切り者でしかないのに。結局自分本位でしか物事を考えられない、『脳足りん』……って事でしょう?」
「――なら、どっちが強いかを端的に示してやろうじゃあねえか」
その言葉に危険性を察知した高梨は、すぐさまその場から走り去ろうとする。少し距離を取ってから、意表を突こうとした結果である。
しかし、和氣は違っていた。構成員を先に行かせてから、和氣は虚空に手をかざし、一息にそれを握りつぶした瞬間に――高梨が逃げようとした先の地点が盛大に抉れ、そこで爆破でもされたかのように舗装が消え去ったのだ。
「――ハハッ、こりゃあ良い!! これが、これが……!! これが『人工因子』の力か!!」
(……人工因子とか、聞いたことない……!? カルマからの援護が、無能力者をこれほどの存在にまで覚醒させたの……!?)
しかし、高梨が目にした光景は、これまでの冷静な構成員の様子ではなかった。
その理由こそ、構成員たちが屍生人を彷彿とさせるほどに、人間としての理性を消していたのだ。涎を垂らし、白目を剥き、生気を喪ったような。足取りはおぼつかず、チーティングドライバーを扱うほどの知能こそないものの、それぞれが根源的欲求に従う。
人間として備わっているはずの欲望の内、『食欲』を劇的に増進させるような肉体改造が施されていたのだ。
「クワ――セロ――」
「ハラガ、ヘッタ……」
「ニク……ニクゥ……!」
彼らが夢遊病患者として譫言を述べるかのように、何か一つの文言しか喋らないままに連絡橋を侵攻していく。
「――嘘でしょ、何で皆……何で皆そうなっちゃったの……!?」
以前院らに、栃木支部内には『高梨派』と『和氣派』が存在し、それぞれが意見を対立させていた、と語っていた。しかし、高梨の目にしている光景が幻でないのなら、高梨派も和氣派も一切関係なしに、その全てが屍生人のように成り果てていたのだ。
「皆、正気を取り戻して!! 和氣の思惑に嵌っちゃあ駄目なんだよ!!」
心の底から叫ぶ高梨であったが、それが屍生人らの本能を的確に刺激していく。五感が鋭敏に研ぎ澄まされた状況下で、高梨と言う『ニク』にありつこうとするのだ。人間を喰らうという、そもそも倫理的に歯止めが掛かっている人間の欲望を、改造したことにより上限解放。その食欲に向かう力強さは本物であった。
スーツ姿である程度体裁を整えていたはずが、皆一様に獣のような体勢で襲い掛かっていく。通常人間の犬歯はそこまで伸びないはずが、まるで吸血鬼を彷彿とさせるほどに鋭利なものへ変わっていた。
複数名が飛びついて、高梨に咬み付こうとするも――彼女は仮にも支部長であり、アクションで名を馳せる女優であった。
実に華麗な後ろ回し蹴りにて、それぞれの顔面を一蹴する。その実にあっぱれな蹴りに宿るは……『炎』であった。
「――丙良くん、信玄くん、灰崎君……君らには私の素性に関して伝えてはいなかったけれど……因子持ちである以前に……ライセンスだって保有した、支部長なんだ」
それらの構成員数名を、悔やみながらも炎で燃やし戦闘不能状態に持ち込んだ高梨。しかし、理性を無くした彼らを見据える目は――他でもなく支部長としてのものへと変わった。多くの責任を負いながらも、和氣の暴走を食い止めるべく立ち上がった、支部長としての高梨の姿がそこにあったのだ。
「……私の掲げる理想は、実に甘いものかもしれない。目的が違うから一概には言えないだろうけど……犬も食わないような下らない理想かもしれない。でも……私は支部長に就任した時、誓ったんだ――」
胸を己の拳で強く叩き、己に魔力によって出来上がった炎を纏わせる。それと共に、高梨の周りにある英雄の幻像が現れ、彼女自身を後ろから抱き締める。
「――それは、私の因子……『クレオパトラ』に誓ったものと一緒。『人の悪意に晒された人に、心からの救済を』。私が味わった『痛み』を……誰にも味わわせたくない。最初からカルマに忠誠なんて誓っていない私だからこそ……本来あるべき宗教としての救いを与えたい。誰かを傷付けて、誰かを害して、誰かを殺して――その先に待ち受ける下らない偶像崇拝の未来なんて、たかが知れているッ!!」
未だ、信一郎にすら明かしていない、高梨自身の『痛み』。それが、彼女を突き動かす原動力になりうるのだ。
「随分、威勢良いじゃあねえの? 支部長さんよォ」
そんな高梨の心からの叫びに呼応してか、屍生人の軍勢を率いる存在――和氣と向き合うのだった。東京都某所にて、テイクアウトで大きめのチキンレッグを骨ごと噛み砕き、ものの二口で食べ終わるのだった。
「……和氣和弘」
「以前、俺を打ち負かしたあの時から……お前だけは絶対に許さねェ、俺が喰らってやると言ったな。もう、俺にはそれほどの力がある。それに……『俺の仲間』だってそうだ」
その言葉とともに、和氣の背後から現れるは、『高梨派』の幹部四名。中学生時代から交流が合った面子であるからこそ、高梨の心はほんの少し揺れる。しかし、眉をほんの少し動かすだけで強い瞳は変わらず。
「……へぇ、アンタ芸能界に現在進行形で居座っているからこそ、メンタルバケモノじゃあねえの。普通だったら……あの山梨元支部長であるレイジーだったか、アイツのように情けなく感情を乱すと思ったのによォ」
「――貴方、他支部の心配するくらいには余裕が生まれたんだ。自分がそうなるだなんて可能性を過ぎらせない辺り、慢心の塊だよね」
無論、同じ教会と言う組織内で起こったことのため、山梨での一件も周知している。諜報隊が齎したものではあるが、彼女が山梨支部の支部長であったことも、同じ教会構成員と言うことで記憶消去の影響を受けていないために、来栖善吉が山梨支部の全てを乗っ取ったことも知っている。その結果、レイジーがしのびの里にて保護していた存在、元大人たちに殺されたことも――知っている。
その一件を経て、高梨は自分よりも年端もいかない少女が、その身に背負うものにしては実に重すぎると考えていた。心を酷く痛め、当時から暴走気味の和氣を排他する覚悟が生まれたのだ。年下のレイジーが覚悟を以って行動していたことから、勇気を貰ったのだ。
「――貴方こそ、元々芸能界にいたってのもあって……随分性根が悪いのね。よその分野にもその悪名は聞こえてくるくらいには……性格の悪さが顕れていたらしいから。所詮、弱者にしか噛み付けないような……食欲と胃袋要領だけ誇れる程度の駄犬扱いされていたわけだけど」
「馬鹿言え。俺はそれ以上に……身を粉にしながら業界を必死に生きていただけだぜ? 外野にどんなことを言われようと、俺のルールでやってきただけだ」
「へえ。それがあれだけ山ほどの問題行動って訳。プロ意識の欠片も無いんじゃあないかしら。所詮、食い意地と要領だけの、『偽りのFF《フード・ファイト》キング』って訳なのね」
その高梨の挑発的な一言に眉を顰める和氣。周りの構成員を下げさせ、自らが前に立つ。あまり表情を表に出してこそいないが、明確に怒気を滲ませていたのだ。
「――お前ら、学園を潰せ、俺が許す。この裏切り者は俺が相手する」
「へえ。案外煽り耐性無いんだ。元芸能人の癖に、スルースキルもないのね。問題行動だけじゃアなくて、女性蔑視の性的問題発言ばかりが出てきたのよね。付いてくる女なんて、基本的に貴方の金目当てだったわね。お世辞にも見た目は並より少し優れたくらいだものね。まだあれだけの騒ぎを起こした来栖善吉の方が、所業はともかくとして人間的にも社会人としても圧倒的に恵まれていたわ。五斂子社ってかなりコンプラ意識立っていたらしいから」
和氣を釘付けにするため、慣れない煽りを繰り返す高梨。その煽りは非常に効果的であったのか、完全に和氣の怒りが頂点に達していた。
「裏切り者、だなんて。私からしてみれば……私にクーデターを仕掛ける貴方こそ裏切り者でしかないのに。結局自分本位でしか物事を考えられない、『脳足りん』……って事でしょう?」
「――なら、どっちが強いかを端的に示してやろうじゃあねえか」
その言葉に危険性を察知した高梨は、すぐさまその場から走り去ろうとする。少し距離を取ってから、意表を突こうとした結果である。
しかし、和氣は違っていた。構成員を先に行かせてから、和氣は虚空に手をかざし、一息にそれを握りつぶした瞬間に――高梨が逃げようとした先の地点が盛大に抉れ、そこで爆破でもされたかのように舗装が消え去ったのだ。
「――ハハッ、こりゃあ良い!! これが、これが……!! これが『人工因子』の力か!!」
(……人工因子とか、聞いたことない……!? カルマからの援護が、無能力者をこれほどの存在にまで覚醒させたの……!?)
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