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第三百八十二話

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 ただジェットコースターに何の細工も無しに乗り込まされた礼安。隣に居る存在がカルマ、と言うこと以外、一切違和感のないものであった。エヴァに関しては、具合の悪さを多少なり引きずっており、乗り物酔いの危険性しかないジェットコースターには乗ることなく、近くの木陰で休んでいた。
 そこにやってくるは、カルマの傍にいた、謎の人物。気配をそれなりに消しながらも、エヴァにキンキンに冷えたスポーツドリンクのペットボトルを手渡すのだった。

「――毒物は否が応でも警戒するのですが、その点についてはどうするんですか」

「その点については、大丈夫。蓋はそもそも開けてないし、今日に関してはカルマさん自身皆に『手出し無用』だって言ってるし。その言いつけを守らなかったら、逆に私たちが殺されちゃうからねェ」

「……なら、証明でも何でもしてみせて。構成員に毒見でもなんでもさせればいいじゃアないの。こちとら、貴方がた教会は基本信用していないので」

 口を尖らせたまま、傍にいた見張りの構成員にペットボトルを手渡す。紙コップを事前に用意していたために、それに注いで飲むと、何ら異常が出ずに平然としていた。魔力をそれにぶつけ、ある程度の成分も汲み取ったものの、そこに異常はない。

「確認は、出来ましたか。エヴァ・クリストフ様」

「――ええ。貴方が死んだとしたら、礼安さんを連れてさっさと帰るに限ったんですけどね」

 嫌々そのペットボトルを受け取って、持ち込んでいた胃薬をきっちり規定量飲み込む。なるべく即効性の高いものを持ってきてはいたが、最低でも三十分ほど要するため安静にしている必要性があった。

「――しっかし、カルマさんも遊び心がある。確かに持ち掛けた交換条件としては教会側に寄ったものかもしれないけれど……それでも本当に学園に追加戦力を寄せていない時点で、約束はしっかり守る辺りちゃんとしている。だからこそ、多くの信者を抱えているのかも」

「……それは、基本的に英雄学園学園長、不破信一郎(フワ シンイチロウ)もそうだと思うんだけど?」

「アレは基本的に敵を騙すために味方から欺いている、非常に信頼を得にくい方法だ。それで離れてしまう存在などどうだっていいと考えている、根っこが知れない存在でしかない。覚えがないとは言わせないぞ?」

 確かに山梨の一件の中で、エヴァは信一郎にそれら絡みで一度食い掛ったことがある。それでも、エヴァは最終的に信一郎を許した。不確定要素を世にばら撒く行為は、往々にして忌み嫌われる行為であることを知っているからこそ、先以って入念に調べ上げ、緻密(ちみつ)な計画を立てた上であの山梨支部、ひいては五斂子(ゴレンシ)社に喧嘩を売りに行ったのだ。

「――私は、それでも信一郎さんを信じる。どこまで行っても、愚直に生徒のためを思って行動できる、教職者の鏡のような人だから。そうじゃアなかったら――あそこまであの学園は大きくなっていない」

「あっそ。なぁんだ、少しくらいこっちの理論に乗ってくれたって良いのに」

「乗るわけがないでしょうに、何せ私たちと貴方たちは敵対関係にある。どう転ぼうと、今は(しのぎ)を削り合うしかない。歩み寄る姿勢なんて、どちらにもまず無いんだから」

 お互いに悪態を()きながらも、ふとエヴァの腕に巻いておいた腕時計に目が行く。基本的に、デバイスを確認すれば済む話なのだが、それを敵対行為だと見られたくないエヴァ自身が、簡単な策として腕時計を用意したのだが――どうも様子がおかしかったのだ。

「――へえ。その事実には、もう少し後で気付くかと思った。察しが良いねえ、流石」

「……『時の流れ』が、おかしい……!?」

 体感にして、入園してものの十数分程度だと感じていたエヴァ。実際、体内時計は狂っていない自信がある。それは納期云々を守るために、自分自身が磨いたテクニックの一つであったからだ。
 しかし、絶対にそうはならないはずなのにも拘らず。時刻は既に『朝十時』となっていたのだ。秒針を始めとしたすべての時計の針が、異常な速度で回転している。今日この時、この場の時間の流れが、おかしくなっていたのだ。
 思わず、木陰から飛び出すエヴァ。時計が示している内容は虚偽では無く、雲の動きから光の動きまで、全てが狂っていたのだ。

「――まあ、最初のタイミングで『来ない』って選択を選ばなくて良かったね、エヴァ・クリストフ。もし来なかったのなら――こんな出鱈目(でたらめ)な力を保有する教祖が乗り込んでくる可能性だってあったんだから。そうなったら……きっと本来の目的である学園祭やら音楽(ミュージック)フェスやら、全て無意味。あの場に招致したVIPも何もかも、ぜーんぶ皆殺しになっていたかも……ね?」

「……ッ」

「まあ、その点私が言えたことではないけれど……貴女たちは選択を間違わなかった、って事。選択肢を間違った瞬間に、自分の目標やら夢やら、あるいは欲望の根源やら、全部ひねり潰されて完全に試合終了(ゲームオーバー)。大衆は教会に救いを求め縋り、日本と言う法治国家が、政教分離なんて一切なってない、完全宗教国家に変貌していたことだろうね」

 末恐ろしいことが語られながらも、エヴァは謎の人物を睨みつける。当人がしでかしたことではない上に、自分たちの選択が間違っていないことを知れただけで儲けものであったが、何気ない選択肢を間違った瞬間に自分たちは終わってしまう、そんな薄氷の上に立たされた存在であることを思い知らされたのだった。



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 ただジェットコースターに何の細工も無しに乗り込まされた礼安。隣に居る存在がカルマ、と言うこと以外、一切違和感のないものであった。エヴァに関しては、具合の悪さを多少なり引きずっており、乗り物酔いの危険性しかないジェットコースターには乗ることなく、近くの木陰で休んでいた。
 そこにやってくるは、カルマの傍にいた、謎の人物。気配をそれなりに消しながらも、エヴァにキンキンに冷えたスポーツドリンクのペットボトルを手渡すのだった。
「――毒物は否が応でも警戒するのですが、その点についてはどうするんですか」
「その点については、大丈夫。蓋はそもそも開けてないし、今日に関してはカルマさん自身皆に『手出し無用』だって言ってるし。その言いつけを守らなかったら、逆に私たちが殺されちゃうからねェ」
「……なら、証明でも何でもしてみせて。構成員に毒見でもなんでもさせればいいじゃアないの。こちとら、貴方がた教会は基本信用していないので」
 口を尖らせたまま、傍にいた見張りの構成員にペットボトルを手渡す。紙コップを事前に用意していたために、それに注いで飲むと、何ら異常が出ずに平然としていた。魔力をそれにぶつけ、ある程度の成分も汲み取ったものの、そこに異常はない。
「確認は、出来ましたか。エヴァ・クリストフ様」
「――ええ。貴方が死んだとしたら、礼安さんを連れてさっさと帰るに限ったんですけどね」
 嫌々そのペットボトルを受け取って、持ち込んでいた胃薬をきっちり規定量飲み込む。なるべく即効性の高いものを持ってきてはいたが、最低でも三十分ほど要するため安静にしている必要性があった。
「――しっかし、カルマさんも遊び心がある。確かに持ち掛けた交換条件としては教会側に寄ったものかもしれないけれど……それでも本当に学園に追加戦力を寄せていない時点で、約束はしっかり守る辺りちゃんとしている。だからこそ、多くの信者を抱えているのかも」
「……それは、基本的に英雄学園学園長、|不破信一郎《フワ シンイチロウ》もそうだと思うんだけど?」
「アレは基本的に敵を騙すために味方から欺いている、非常に信頼を得にくい方法だ。それで離れてしまう存在などどうだっていいと考えている、根っこが知れない存在でしかない。覚えがないとは言わせないぞ?」
 確かに山梨の一件の中で、エヴァは信一郎にそれら絡みで一度食い掛ったことがある。それでも、エヴァは最終的に信一郎を許した。不確定要素を世にばら撒く行為は、往々にして忌み嫌われる行為であることを知っているからこそ、先以って入念に調べ上げ、|緻密《ちみつ》な計画を立てた上であの山梨支部、ひいては|五斂子《ゴレンシ》社に喧嘩を売りに行ったのだ。
「――私は、それでも信一郎さんを信じる。どこまで行っても、愚直に生徒のためを思って行動できる、教職者の鏡のような人だから。そうじゃアなかったら――あそこまであの学園は大きくなっていない」
「あっそ。なぁんだ、少しくらいこっちの理論に乗ってくれたって良いのに」
「乗るわけがないでしょうに、何せ私たちと貴方たちは敵対関係にある。どう転ぼうと、今は|鎬《しのぎ》を削り合うしかない。歩み寄る姿勢なんて、どちらにもまず無いんだから」
 お互いに悪態を|吐《つ》きながらも、ふとエヴァの腕に巻いておいた腕時計に目が行く。基本的に、デバイスを確認すれば済む話なのだが、それを敵対行為だと見られたくないエヴァ自身が、簡単な策として腕時計を用意したのだが――どうも様子がおかしかったのだ。
「――へえ。その事実には、もう少し後で気付くかと思った。察しが良いねえ、流石」
「……『時の流れ』が、おかしい……!?」
 体感にして、入園してものの十数分程度だと感じていたエヴァ。実際、体内時計は狂っていない自信がある。それは納期云々を守るために、自分自身が磨いたテクニックの一つであったからだ。
 しかし、絶対にそうはならないはずなのにも拘らず。時刻は既に『朝十時』となっていたのだ。秒針を始めとしたすべての時計の針が、異常な速度で回転している。今日この時、この場の時間の流れが、おかしくなっていたのだ。
 思わず、木陰から飛び出すエヴァ。時計が示している内容は虚偽では無く、雲の動きから光の動きまで、全てが狂っていたのだ。
「――まあ、最初のタイミングで『来ない』って選択を選ばなくて良かったね、エヴァ・クリストフ。もし来なかったのなら――こんな|出鱈目《でたらめ》な力を保有する教祖が乗り込んでくる可能性だってあったんだから。そうなったら……きっと本来の目的である学園祭やら|音楽《ミュージック》フェスやら、全て無意味。あの場に招致したVIPも何もかも、ぜーんぶ皆殺しになっていたかも……ね?」
「……ッ」
「まあ、その点私が言えたことではないけれど……貴女たちは選択を間違わなかった、って事。選択肢を間違った瞬間に、自分の目標やら夢やら、あるいは欲望の根源やら、全部ひねり潰されて完全に|試合終了《ゲームオーバー》。大衆は教会に救いを求め縋り、日本と言う法治国家が、政教分離なんて一切なってない、完全宗教国家に変貌していたことだろうね」
 末恐ろしいことが語られながらも、エヴァは謎の人物を睨みつける。当人がしでかしたことではない上に、自分たちの選択が間違っていないことを知れただけで儲けものであったが、何気ない選択肢を間違った瞬間に自分たちは終わってしまう、そんな薄氷の上に立たされた存在であることを思い知らされたのだった。