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第三百七十一話

ー/ー



 事態を聞いた信一郎は、院のために命を張った上田を、誠心誠意弔うことを決めた。それに対し、院自身も賛同、協力することにした。しかし、この状況下で生徒たちにいらぬ心配を与えないよう、礼安やエヴァ同様院の音楽フェス参加も無かったことにする形で、その日は終わった。
 元々、礼安が居なくなってから物寂しくなった寮を少なからず彩っていたのは、上田の存在が大きかった。
 異性ではあるものの、色恋に発展しないという誠実さを買った部分もあるのだが、それ以上に礼安のようなお節介焼きであったため、そこそこの騒々しさが恋しかったのだ。普段から世話を焼くのは主に院の方であったが、世話を焼かれることもしばしばあった。その相互作用を齎す二人の関係性こそ、院の生きる活力になっていたのだ。
 それが、今。院に全てを託した結果、再び一人きりになった。手にしている一枚のヒーローライセンスを、明かりのついていない真っ暗の部屋にて、泣き腫らした顔のまま静かに見上げる。
 そこに記されていたのは、『冥界の女主人・エレシュキガル』。他でもなく、二枚目のライセンス元である『イシュタル』の姉にあたる冥界にて絶対的な権力を持つ女主神であり、冥界が主戦場であれば基本的に無類の強さを誇る。彼女の冥界に布く法は絶対であり、効力は絶大。地上を祖とする神にとっては、天敵そのものである。

「――これほどの力を保有しておきながら……自分はそうでもないだなんて。謙遜は日本人の美徳と言われていますが……因子元が怒ってしまいますわ」

 泣き疲れた院は、そのライセンスを胸に抱きながら、静かに眠りについた。一人きりの、明かりすらつけない室内で。
 本来なら、物寂しさがあるかもしれない。だが、不思議と温かさが備わっていた。昨今の日本の夏は夜すら寝苦しいものがあるが、院にとってはこの程度屁でもない。抱き枕として礼安に抱きつかれようと、熱に対しては耐性がある。

(……冥界の炎、ですか。案外……居心地は悪くないのかもしれませんわ)

 完全に消え去ってしまった上田に、心からの礼を述べながら、意識を深く落としていくのだった。


 その翌日。話を聞きつけた透と渡部が、院の寮に訪れていた。既にある程度の流れは知った上で彼女の心情を汲めており、後はそれを研ぎ澄ませていくだけの詰めの作業に入っていたために、少しでも心と体の余裕を作るべく休みを取ろうとしていた矢先に、上田の訃報を聞いたのだった。
 それを無視できるほど、落ちぶれてはいなかったのだ。

「――そうか、上田先輩が……院に己が因子を宿したヒーローライセンスを託した、と……礼安の時を思い出すな」

「……そう言えば、加賀美ちゃん……そうだったね。あの子、合同演習会から礼安ちゃんに付きっきりで修行に付き合っていたけれど……きっとライセンスになる前から惹かれ合うものがあったんだろうね」

 未だ泣き腫らしたままの、少々なっていない表情のままの院であったが、弱々しく笑顔を取り繕って透らに重要事項を伝えた。

「――私は、今回の音楽(ミュージック)フェスと学園祭……参加を辞退いたします。元々二人一組が参加条件な中、事実上の喪中である上に……それを楽しむほどの心の余裕はありませんので」

 これまでの丹精込めた準備も、事あるごとに東京に出向いてあらゆる資料を購入、自分の糧にしていた院。しかし、上田亡き今それを発表することは叶わない。
 透と渡部は、何も言わずに院の決断を聞いていた。もし、この場に礼安がいたのなら、礼安のチームに事情を信一郎に話し参戦させることを選択するだろうが……いまその行動が適しているとはどうも思えなかった。

「――ですが、基本的には学園祭当日、基本的に観客やVIPの方々も、そして学生の皆さんも揃って地下演習場に入って、懸命に用意した催し事を全力で楽しむでしょう。私はその催し事が円滑に進むよう、地上側の警備に入ろうと思います。この間予告状を出した栃木支部が気になりますし。高梨さんに万が一のことがあってはいけませんわ」

「あ、それについてなんだけどよ……」

「? 何ですの、透?」

 しかし、透にその先の言葉を言う底なしの勇気はなかった。ただでさえ、信頼できる相棒を目の前で喪った後、自分たちがこれまでお忍びで接していた高梨幸香(タカナシ サチカ)が、もしかしたら栃木支部と繋がっている存在かもしれない、だなんて――口が裂けても言えなかった。
 これ以上、短期間に心が壊れるような事態に見舞われたら……いくら精神面になんのある礼安ではないとはいえ、その後の戦いや遠い未来に待ち受ける『計画』の実行に支障が出るかもしれなかった。

「――いや、何でも無ェ。忘れてくれ」

「……なら、良いのですけど……」

 重く淀んだ空気感の中、渡部が院の手を取る。多くの苦労を知った手であるが、それを労わるように、撫で摩りながら俯いた。

「……元々、上田先輩……高梨幸香(タカナシ サチカ)さんのことを好いていたの。ただそれは「あわよくば」とか、そう言うのじゃアないの。以前聞かせてもらったのは……『片思いしていた女の子に、生き写しかのようなレベルで似ている』って。だから、VIPとして出演が決まってから……どことなく気が気じゃあない印象だったの」

 その瞬間、院は不思議と合点がいった。そのどうも微妙な反応の答えこそ、それであったのだ。彼女の表情を真剣に見ることは出来ずに、一挙手一投足を訝しげに見つめる。それは、想い人に似ていたからこその微妙な態度であったのだ。
 それに、彼女と生まれた県が一緒。そこに運命はないのかもしれないが、奇妙な偶然を感じざるを得ない。一般人の皮を被った因子持ちと、芸能人でありながら因子持ちである存在。それは何かしらのシンパシーを抱いて当然であった。

「――決めた! 俺も……音楽(ミュージック)フェスの参加は取りやめる!」

「えぇっ!? かなり細部まで詰めたのに!?」

「……まあ、渡部先輩が言いたいことは十分分かるッス。でも……俺は『真なる英雄(ヒーロー)』を目指したいんス。渡部先輩には悪いことをしているッスけど……院と勝負できないなら、正直そのフェスに意味は見いだせないんスよ」

 元々、透の参加意義は、そこまで強固なものでは無かった。自然と高い完成度を保ち続けていた院・上田ペアに勝ちたいという、非常に漠然とした願いからここまでやってきた。それに、透には芸能界に進む道なんてものは最初から存在しないために、参加意義が完全に消失したのだ。
 しかし、この状況下にて、予告状も出ている状況で、ハードスケジュールになることは目に見えている。フェスに参加して学園祭のシフトに加わりながら栃木支部とドンパチ、だなんて……体がいくつあっても足らないだろう。

「――あの時、渡部先輩はいなかったッスけど……学園祭当日、栃木支部が押しかけて来るらしいんス。学園長宛てに届いた手紙……もとい、予告状に記されていた通りッス。もし気になるなら……今すぐその予告状を所有している学園長にカチコミかけたっていいッスよ」

 その事実を聞かされて、暢気していた気分のままであった渡部は、これまで積み上げてきたものが無駄になる喪失感を味わいながらも、不思議と少数精鋭が集まる『学園防衛隊』に参加したような気がして、本来のお人よしさを取り戻していたのだ。

「……分かった、私も学園祭、音楽フェスはバックレよ! 後輩ちゃんたちがそこまで勇ましく教会と戦う意思を見せるなら……この場に居合わせた私も頑張るしかないよね!!」

 力こぶを作りながら、満面の笑みを見せる。もはややけくそのようなものを感じざるを得ないほどの底抜けの笑顔であったが、これで不安材料は一つ解消された。

「あとは……残りの人員をどうするかですが……」


「それに関しては心配ご無用。学園長である私が、何とか人員を募ろうじゃアないか。学園長、動きます」



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 事態を聞いた信一郎は、院のために命を張った上田を、誠心誠意弔うことを決めた。それに対し、院自身も賛同、協力することにした。しかし、この状況下で生徒たちにいらぬ心配を与えないよう、礼安やエヴァ同様院の音楽フェス参加も無かったことにする形で、その日は終わった。
 元々、礼安が居なくなってから物寂しくなった寮を少なからず彩っていたのは、上田の存在が大きかった。
 異性ではあるものの、色恋に発展しないという誠実さを買った部分もあるのだが、それ以上に礼安のようなお節介焼きであったため、そこそこの騒々しさが恋しかったのだ。普段から世話を焼くのは主に院の方であったが、世話を焼かれることもしばしばあった。その相互作用を齎す二人の関係性こそ、院の生きる活力になっていたのだ。
 それが、今。院に全てを託した結果、再び一人きりになった。手にしている一枚のヒーローライセンスを、明かりのついていない真っ暗の部屋にて、泣き腫らした顔のまま静かに見上げる。
 そこに記されていたのは、『冥界の女主人・エレシュキガル』。他でもなく、二枚目のライセンス元である『イシュタル』の姉にあたる冥界にて絶対的な権力を持つ女主神であり、冥界が主戦場であれば基本的に無類の強さを誇る。彼女の冥界に布く法は絶対であり、効力は絶大。地上を祖とする神にとっては、天敵そのものである。
「――これほどの力を保有しておきながら……自分はそうでもないだなんて。謙遜は日本人の美徳と言われていますが……因子元が怒ってしまいますわ」
 泣き疲れた院は、そのライセンスを胸に抱きながら、静かに眠りについた。一人きりの、明かりすらつけない室内で。
 本来なら、物寂しさがあるかもしれない。だが、不思議と温かさが備わっていた。昨今の日本の夏は夜すら寝苦しいものがあるが、院にとってはこの程度屁でもない。抱き枕として礼安に抱きつかれようと、熱に対しては耐性がある。
(……冥界の炎、ですか。案外……居心地は悪くないのかもしれませんわ)
 完全に消え去ってしまった上田に、心からの礼を述べながら、意識を深く落としていくのだった。
 その翌日。話を聞きつけた透と渡部が、院の寮に訪れていた。既にある程度の流れは知った上で彼女の心情を汲めており、後はそれを研ぎ澄ませていくだけの詰めの作業に入っていたために、少しでも心と体の余裕を作るべく休みを取ろうとしていた矢先に、上田の訃報を聞いたのだった。
 それを無視できるほど、落ちぶれてはいなかったのだ。
「――そうか、上田先輩が……院に己が因子を宿したヒーローライセンスを託した、と……礼安の時を思い出すな」
「……そう言えば、加賀美ちゃん……そうだったね。あの子、合同演習会から礼安ちゃんに付きっきりで修行に付き合っていたけれど……きっとライセンスになる前から惹かれ合うものがあったんだろうね」
 未だ泣き腫らしたままの、少々なっていない表情のままの院であったが、弱々しく笑顔を取り繕って透らに重要事項を伝えた。
「――私は、今回の|音楽《ミュージック》フェスと学園祭……参加を辞退いたします。元々二人一組が参加条件な中、事実上の喪中である上に……それを楽しむほどの心の余裕はありませんので」
 これまでの丹精込めた準備も、事あるごとに東京に出向いてあらゆる資料を購入、自分の糧にしていた院。しかし、上田亡き今それを発表することは叶わない。
 透と渡部は、何も言わずに院の決断を聞いていた。もし、この場に礼安がいたのなら、礼安のチームに事情を信一郎に話し参戦させることを選択するだろうが……いまその行動が適しているとはどうも思えなかった。
「――ですが、基本的には学園祭当日、基本的に観客やVIPの方々も、そして学生の皆さんも揃って地下演習場に入って、懸命に用意した催し事を全力で楽しむでしょう。私はその催し事が円滑に進むよう、地上側の警備に入ろうと思います。この間予告状を出した栃木支部が気になりますし。高梨さんに万が一のことがあってはいけませんわ」
「あ、それについてなんだけどよ……」
「? 何ですの、透?」
 しかし、透にその先の言葉を言う底なしの勇気はなかった。ただでさえ、信頼できる相棒を目の前で喪った後、自分たちがこれまでお忍びで接していた|高梨幸香《タカナシ サチカ》が、もしかしたら栃木支部と繋がっている存在かもしれない、だなんて――口が裂けても言えなかった。
 これ以上、短期間に心が壊れるような事態に見舞われたら……いくら精神面になんのある礼安ではないとはいえ、その後の戦いや遠い未来に待ち受ける『計画』の実行に支障が出るかもしれなかった。
「――いや、何でも無ェ。忘れてくれ」
「……なら、良いのですけど……」
 重く淀んだ空気感の中、渡部が院の手を取る。多くの苦労を知った手であるが、それを労わるように、撫で摩りながら俯いた。
「……元々、上田先輩……|高梨幸香《タカナシ サチカ》さんのことを好いていたの。ただそれは「あわよくば」とか、そう言うのじゃアないの。以前聞かせてもらったのは……『片思いしていた女の子に、生き写しかのようなレベルで似ている』って。だから、VIPとして出演が決まってから……どことなく気が気じゃあない印象だったの」
 その瞬間、院は不思議と合点がいった。そのどうも微妙な反応の答えこそ、それであったのだ。彼女の表情を真剣に見ることは出来ずに、一挙手一投足を訝しげに見つめる。それは、想い人に似ていたからこその微妙な態度であったのだ。
 それに、彼女と生まれた県が一緒。そこに運命はないのかもしれないが、奇妙な偶然を感じざるを得ない。一般人の皮を被った因子持ちと、芸能人でありながら因子持ちである存在。それは何かしらのシンパシーを抱いて当然であった。
「――決めた! 俺も……|音楽《ミュージック》フェスの参加は取りやめる!」
「えぇっ!? かなり細部まで詰めたのに!?」
「……まあ、渡部先輩が言いたいことは十分分かるッス。でも……俺は『真なる|英雄《ヒーロー》』を目指したいんス。渡部先輩には悪いことをしているッスけど……院と勝負できないなら、正直そのフェスに意味は見いだせないんスよ」
 元々、透の参加意義は、そこまで強固なものでは無かった。自然と高い完成度を保ち続けていた院・上田ペアに勝ちたいという、非常に漠然とした願いからここまでやってきた。それに、透には芸能界に進む道なんてものは最初から存在しないために、参加意義が完全に消失したのだ。
 しかし、この状況下にて、予告状も出ている状況で、ハードスケジュールになることは目に見えている。フェスに参加して学園祭のシフトに加わりながら栃木支部とドンパチ、だなんて……体がいくつあっても足らないだろう。
「――あの時、渡部先輩はいなかったッスけど……学園祭当日、栃木支部が押しかけて来るらしいんス。学園長宛てに届いた手紙……もとい、予告状に記されていた通りッス。もし気になるなら……今すぐその予告状を所有している学園長にカチコミかけたっていいッスよ」
 その事実を聞かされて、暢気していた気分のままであった渡部は、これまで積み上げてきたものが無駄になる喪失感を味わいながらも、不思議と少数精鋭が集まる『学園防衛隊』に参加したような気がして、本来のお人よしさを取り戻していたのだ。
「……分かった、私も学園祭、音楽フェスはバックレよ! 後輩ちゃんたちがそこまで勇ましく教会と戦う意思を見せるなら……この場に居合わせた私も頑張るしかないよね!!」
 力こぶを作りながら、満面の笑みを見せる。もはややけくそのようなものを感じざるを得ないほどの底抜けの笑顔であったが、これで不安材料は一つ解消された。
「あとは……残りの人員をどうするかですが……」
「それに関しては心配ご無用。学園長である私が、何とか人員を募ろうじゃアないか。学園長、動きます」