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第三百七十話

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 院の死の淵に、軟弱な精神の男に、そんな言葉を投げかけられて、情けない気持ちにならない訳がない。自分よりも二歳年下の、自分以上の力を保有している後輩に、ここまでの情けを掛けられて、惨めにならない訳がない。まだ、罵倒してくれる方が心が安らいだ。

「……何で、何で……! 何で俺を悪く言わない!? 普通……普通……こんな情けない俺は……悪く言われて当然だってのに……!!」

「――何で、でしょうね。いつもだったら……「しゃんとしなさい」くらいの一言は投げかけるでしょうが……私はそんな『人間臭い』あり方を許したせい、ですかね」

 思い返すは、東京都内での出来事。まだ、上田青空と言う男の性質を真に理解しきっていない時のこと。同世代の不良に対して接する『本当の姿』を許容した、あるいは許容されたあの時。

「――空元気で、それで本当の顔を滅多に見せない……『自分に一切優しくない』、その一面。非常に……私の心から愛する、我が最愛の妹・瀧本礼安(タキモト ライア)と言う存在……それに似ていたのですわ。だからこそ……多少情けなくたって……許せたんですわ」

 今、大勢の前に姿を一切見せない、(くだん)の最強の英雄(ヒーロー)科一年次。入学前には神奈川支部とのいざこざを解決、入学後にも埼玉支部の起こした事件を数年越しに解決したかと思えば――茨城支部が引き起こした合同演習会での騒ぎの解決、間を開けて千葉県で起こった新生山梨支部の大事件を解決する重要人物の一人になる、実に浮世離れしたような存在。
 この姉にして、そしてあの親にして、あの異常(アブノーマル)な在り方と強さが存在する。
 到底、自分がそんな異常存在と『似ている』だなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと考えていたのだ。遠く及ばない、路傍の石。それこそが自分なんだと考えていた。
 しかし、撫でる手は弱々しくも……次第に実の妹に向けるような、慈愛のみを残した覇気のない手に変貌していく。命の導線も、あと数分ほどで完全に切れてしまうだろう。それでも、恨み節の一つすら投げかけることなく、上田青空と言う生きることに固執した存在を心から肯定していたのだ。
 それはなぜ?
 他でもなく、『瀧本礼安(タキモト ライア)に似ていた』から。
 実に常軌を逸していて、実に普遍的で。二律背反のようで、似た者同士で。
 そして、遂に。上田は涙を乱暴に拭き去ると――自らのバッグの中に丁寧にしまわれた『ブランクライセンス』を手に取ったのだ。
 それによって起こることを、千葉での一件以降礼安から聞いていた院は、力なく上田に手を伸ばす。自分の前で誰かが居なくなるだなんて、院はもう御免であった。それが、自分の命が消えてしまうかもしれない、そんな瀬戸際であったとしても。
 しかし、もう声は出ない。喉が完全に高温によって涸れ果ててしまったため。

「――そうかい。俺が……あんな超新星(スーパースター)と似ているだなんて……光栄(さいこう)なこと言ってくれるじゃあないかよ」

 その目は、非常に恐怖に歪んでいた。唇は小刻みに震え、これから擲つ命を心から惜しむような、実に人間が抱くには適切過ぎる恐怖に、全身を完全に支配されていたのだ。


「――なら、あらゆる未練を残して……より未来に可能性のある女の子に……全てを託したって良いだろ!! 俺が、あれほどの努力の天才と一緒だなんて言ってくれたら……そこで俺が気合の一つも入れられないでどうすんだよ!!」


 わざと大声を出し、少しでも恐怖心を押さえつけているのは目に見えている。虚勢を張って、少しでも死の現実に向き合っている事実を打ち消したい、『漢』とは思えない情けなさが内包されている。

「俺はかつて片思い抱いていた女の子を目の前で殺された!! 今置かれている状況も似たようなもんだろ!! なら、なら!!」

 それが、彼にとっての未練の一つ。目の前で救えなかった命。二の轍を踏んだら、それは男がどうこうではなく、学習能力が欠如していることに他ならない。それだけは、上田は許せなかった。
 学ばないことは、人間である以上許されない。それが、相対している状況上人が異なって居ようと、そこで日和ったら人間ではない。これ以上人でなし未満に成り下がったら――きっと上田は自死を選ぶ。多少なり情けなくとも、そこの境界線は跨ぎたくなかった。


「なら……俺の命、使ってくれよ。俺は未来予知者(プロフェット)じゃあねえし、詳しいことは分からねえけど……俺の力はきっと……『ギルガメッシュ王』に献上するなら――最上級の『力』だと思うからさ」


 そう語ると、ブランクライセンスを握り締めながらも、同時に同じ手で院の弱々しい手を握り締める。院の体の中に、上田が持ち合わせていた魔力が大量に流れ込んでいく。有無を言わせないように、左手で彼女の口を優しく抑えながら。
 次第に、院の体は正常なものに戻っていき、喉の渇きによって声が一切出せない状況であった中で、ライセンスと院に全てを託し消えていく上田に、嗚咽の声をあげながら、涙するのだった。

「――本当なら、少しでも青春を謳歌したかったよ。高校デビューと言わんばかりに、一人称まで変えて、立ち居振る舞いまで変えたってのに。もう、弱々しい『僕』から卒業したつもりだってのに……とめどなく溢れる感情は……全部『僕』の物ばかりだよ」

 如実に、人間の道を踏み外していく上田。ノイズと共に魔力の残滓と同化していく。これまでの軽薄な男としての表情ではなく、一人の気弱な青年としての物に。本当の表情を見せたかと思っていたら、それすらも自らの見栄を取り繕うために被っている皮であった。
 しかし、事実上の死の間際において、ようやく『上田青空(ウエダ ソラ)』を理解でき、邂逅できた院は、消えかかる左手を(かたど)っている魔力の粒子を直接喰らいながら、上体を起こしていき彼の頬に優しく手を当てるのだった。

「……それでも。ようやく『貴方』に会えたこと、光栄に思いますわ。ここまで恐怖に心を掌握されているのにも拘らず……最期の最期までその恐怖を我が物とし、残された勇気を奮い立て私なんかを生かしてくださるその心に……心からの敬意を払いたいですわ」

『――そうかい。ならさ……僕の『初めて』……貰ってくれないか? 君たち、最強の存在たちは男に一切の興味はないだろうけど……その事実があれば――あの世でも少しくらいはデカい顔出来そうだからさ』

「――私の『初めて』は、既に礼安に捧げたので……それでも宜しければ」

 既に実体を伴わない、魔力だけの存在であった上田。きっと、ちゃんとした実体を持つ院と『しよう』と、その事実はそこに存在せずに消え失せてしまうかもしれない。
 それでも、勇敢な存在への手向けとして、『それ』は適切であると認識した院は――上田の唇を奪ったのだ。女の頭を寄せることなど、ほぼが消え失せた状況にて出来るはずもないためである。

「――女性優位であるキスは……不本意でしたか」

『まさか。僕の初物を……君が受け取ってくれて良かった。趣味じゃアなかったら……口(ゆす)いだって良いよ。でもこれで……安心して逝けるよ』

 恐怖心は、確かに底に存在する。未だに、事実上の死の実感に蝕まれながら、この世界から完全に消えてしまうことに、絶望と困惑に掌握されていることだろう。
 それでも、『未来を託す』という行為に、一切の希望を抱いていない訳でない。寧ろ、そういった物語は心打たれ、心から涙するほどに敬愛するものだ。英雄や武器科に所属する以上、そんな悲しみに塗れた終末≪ラスト≫を望む訳ではないが、そんな終わり方も『有り』だと自覚しているのだ。


『癖はあるだろうが……将来訪れるであろう戦いの中でも、その力を有効活用してくれ。『俺』が生きた証であり、『僕』の形見同然だ。あらゆる力を喰らって喰らって……全ての悪を『冥界の炎』で灼き尽くしてくれ。何でも燃やす力だ、悪食と言われようと……今やその力は僕の――『誇り』だ』


 その言葉を遺言に、上田青空(ウエダ ソラ)と言う『漢』は、完全に消滅した。最期に見せた、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった情けない笑顔は、無情にも回復した院の慟哭を誘うには十分であった。



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 院の死の淵に、軟弱な精神の男に、そんな言葉を投げかけられて、情けない気持ちにならない訳がない。自分よりも二歳年下の、自分以上の力を保有している後輩に、ここまでの情けを掛けられて、惨めにならない訳がない。まだ、罵倒してくれる方が心が安らいだ。
「……何で、何で……! 何で俺を悪く言わない!? 普通……普通……こんな情けない俺は……悪く言われて当然だってのに……!!」
「――何で、でしょうね。いつもだったら……「しゃんとしなさい」くらいの一言は投げかけるでしょうが……私はそんな『人間臭い』あり方を許したせい、ですかね」
 思い返すは、東京都内での出来事。まだ、上田青空と言う男の性質を真に理解しきっていない時のこと。同世代の不良に対して接する『本当の姿』を許容した、あるいは許容されたあの時。
「――空元気で、それで本当の顔を滅多に見せない……『自分に一切優しくない』、その一面。非常に……私の心から愛する、我が最愛の妹・|瀧本礼安《タキモト ライア》と言う存在……それに似ていたのですわ。だからこそ……多少情けなくたって……許せたんですわ」
 今、大勢の前に姿を一切見せない、|件《くだん》の最強の|英雄《ヒーロー》科一年次。入学前には神奈川支部とのいざこざを解決、入学後にも埼玉支部の起こした事件を数年越しに解決したかと思えば――茨城支部が引き起こした合同演習会での騒ぎの解決、間を開けて千葉県で起こった新生山梨支部の大事件を解決する重要人物の一人になる、実に浮世離れしたような存在。
 この姉にして、そしてあの親にして、あの|異常《アブノーマル》な在り方と強さが存在する。
 到底、自分がそんな異常存在と『似ている』だなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと考えていたのだ。遠く及ばない、路傍の石。それこそが自分なんだと考えていた。
 しかし、撫でる手は弱々しくも……次第に実の妹に向けるような、慈愛のみを残した覇気のない手に変貌していく。命の導線も、あと数分ほどで完全に切れてしまうだろう。それでも、恨み節の一つすら投げかけることなく、上田青空と言う生きることに固執した存在を心から肯定していたのだ。
 それはなぜ?
 他でもなく、『|瀧本礼安《タキモト ライア》に似ていた』から。
 実に常軌を逸していて、実に普遍的で。二律背反のようで、似た者同士で。
 そして、遂に。上田は涙を乱暴に拭き去ると――自らのバッグの中に丁寧にしまわれた『ブランクライセンス』を手に取ったのだ。
 それによって起こることを、千葉での一件以降礼安から聞いていた院は、力なく上田に手を伸ばす。自分の前で誰かが居なくなるだなんて、院はもう御免であった。それが、自分の命が消えてしまうかもしれない、そんな瀬戸際であったとしても。
 しかし、もう声は出ない。喉が完全に高温によって涸れ果ててしまったため。
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 その目は、非常に恐怖に歪んでいた。唇は小刻みに震え、これから擲つ命を心から惜しむような、実に人間が抱くには適切過ぎる恐怖に、全身を完全に支配されていたのだ。
「――なら、あらゆる未練を残して……より未来に可能性のある女の子に……全てを託したって良いだろ!! 俺が、あれほどの努力の天才と一緒だなんて言ってくれたら……そこで俺が気合の一つも入れられないでどうすんだよ!!」
 わざと大声を出し、少しでも恐怖心を押さえつけているのは目に見えている。虚勢を張って、少しでも死の現実に向き合っている事実を打ち消したい、『漢』とは思えない情けなさが内包されている。
「俺はかつて片思い抱いていた女の子を目の前で殺された!! 今置かれている状況も似たようなもんだろ!! なら、なら!!」
 それが、彼にとっての未練の一つ。目の前で救えなかった命。二の轍を踏んだら、それは男がどうこうではなく、学習能力が欠如していることに他ならない。それだけは、上田は許せなかった。
 学ばないことは、人間である以上許されない。それが、相対している状況上人が異なって居ようと、そこで日和ったら人間ではない。これ以上人でなし未満に成り下がったら――きっと上田は自死を選ぶ。多少なり情けなくとも、そこの境界線は跨ぎたくなかった。
「なら……俺の命、使ってくれよ。俺は|未来予知者《プロフェット》じゃあねえし、詳しいことは分からねえけど……俺の力はきっと……『ギルガメッシュ王』に献上するなら――最上級の『力』だと思うからさ」
 そう語ると、ブランクライセンスを握り締めながらも、同時に同じ手で院の弱々しい手を握り締める。院の体の中に、上田が持ち合わせていた魔力が大量に流れ込んでいく。有無を言わせないように、左手で彼女の口を優しく抑えながら。
 次第に、院の体は正常なものに戻っていき、喉の渇きによって声が一切出せない状況であった中で、ライセンスと院に全てを託し消えていく上田に、嗚咽の声をあげながら、涙するのだった。
「――本当なら、少しでも青春を謳歌したかったよ。高校デビューと言わんばかりに、一人称まで変えて、立ち居振る舞いまで変えたってのに。もう、弱々しい『僕』から卒業したつもりだってのに……とめどなく溢れる感情は……全部『僕』の物ばかりだよ」
 如実に、人間の道を踏み外していく上田。ノイズと共に魔力の残滓と同化していく。これまでの軽薄な男としての表情ではなく、一人の気弱な青年としての物に。本当の表情を見せたかと思っていたら、それすらも自らの見栄を取り繕うために被っている皮であった。
 しかし、事実上の死の間際において、ようやく『|上田青空《ウエダ ソラ》』を理解でき、邂逅できた院は、消えかかる左手を|模《かたど》っている魔力の粒子を直接喰らいながら、上体を起こしていき彼の頬に優しく手を当てるのだった。
「……それでも。ようやく『貴方』に会えたこと、光栄に思いますわ。ここまで恐怖に心を掌握されているのにも拘らず……最期の最期までその恐怖を我が物とし、残された勇気を奮い立て私なんかを生かしてくださるその心に……心からの敬意を払いたいですわ」
『――そうかい。ならさ……僕の『初めて』……貰ってくれないか? 君たち、最強の存在たちは男に一切の興味はないだろうけど……その事実があれば――あの世でも少しくらいはデカい顔出来そうだからさ』
「――私の『初めて』は、既に礼安に捧げたので……それでも宜しければ」
 既に実体を伴わない、魔力だけの存在であった上田。きっと、ちゃんとした実体を持つ院と『しよう』と、その事実はそこに存在せずに消え失せてしまうかもしれない。
 それでも、勇敢な存在への手向けとして、『それ』は適切であると認識した院は――上田の唇を奪ったのだ。女の頭を寄せることなど、ほぼが消え失せた状況にて出来るはずもないためである。
「――女性優位であるキスは……不本意でしたか」
『まさか。僕の初物を……君が受け取ってくれて良かった。趣味じゃアなかったら……口|濯《ゆす》いだって良いよ。でもこれで……安心して逝けるよ』
 恐怖心は、確かに底に存在する。未だに、事実上の死の実感に蝕まれながら、この世界から完全に消えてしまうことに、絶望と困惑に掌握されていることだろう。
 それでも、『未来を託す』という行為に、一切の希望を抱いていない訳でない。寧ろ、そういった物語は心打たれ、心から涙するほどに敬愛するものだ。英雄や武器科に所属する以上、そんな悲しみに塗れた終末≪ラスト≫を望む訳ではないが、そんな終わり方も『有り』だと自覚しているのだ。
『癖はあるだろうが……将来訪れるであろう戦いの中でも、その力を有効活用してくれ。『俺』が生きた証であり、『僕』の形見同然だ。あらゆる力を喰らって喰らって……全ての悪を『冥界の炎』で灼き尽くしてくれ。何でも燃やす力だ、悪食と言われようと……今やその力は僕の――『誇り』だ』
 その言葉を遺言に、|上田青空《ウエダ ソラ》と言う『漢』は、完全に消滅した。最期に見せた、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった情けない笑顔は、無情にも回復した院の慟哭を誘うには十分であった。