最悪の聖地
ー/ー
よく、分からなかった。
6度顕れる? 5度顕れて、討伐された?
顕れるって、なんだ?
討伐されたって、じゃあ、ルカの両親は? そうだ、ルミィナが後見人のような役目を担っているのは理解できる。けど、そういえばルカの両親はどこにいるんだ?
殺されたのか? だからルミィナがルカの面倒をみている?
様々な疑問が湧き出ては、互いに複雑に混じり合う。
じゃあ、だったら、つまり、なら。そんな言葉が何度も何度も出ては消えて、何を考えていたのかすらも曖昧にしてしまう。
要するに、オレはこれ以上なく混乱していた。
「混乱している様だから説明するわね。
真祖は卵から生まれるわけではないの。通常は数百年に1度、突然世界に発生する精霊のような存在よ。生物として繁殖して子孫を残すことはない。理解した?」
「発生……って、ことは……真祖って、親はいないし……じゃあ、ルカを含んで6人しか、本当にいないんですか……?」
「ええ。そしてルカちゃん以外の真祖はとっくの昔に殺されているわね。世界に生まれる真祖はルカちゃんで最後。
教会としては遺された呪いの一方を解決する機会が目前に迫っているわけ。ルカちゃんの存在が知られれば、その討伐隊は今までで最大の規模になるでしょうね」
驚愕するほかない。そんな神話に由来する存在が現に目の前にいるなんて、実感できない。そして自分がその眷属になったのだと言われても、自分ごととして捉えられない。
まさに真祖という存在が世界から永遠に消滅するかも知れない瀬戸際に、こうして当事者として立っている。そんなことを知らされても、知らされた程度で納得するだけの頭が…………オレにはなかった。
「教会にとって真祖がどんな存在で、なぜ狙われるのかは理解できた?」
「…………頭では」
「そう。記憶を喪失しているにしては、宗教や国についてすんなり理解できるのね…………あの村で高度な教育を受けられるとは思えないけど…………」
一瞬、ルミィナの瞳に興味の色が宿る。だが、オレに返せる答えはない。曖昧な表情を浮かべる他なかった。
「まあ、今はいいでしょう。なぜ『穢れ』になったのかも理解できたでしょうし、実感は後から嫌でも追い付くから安心なさい」
皮肉なくらいにこやかに、全く安心できない予告を受ける。
オレはそれに対して乾いた笑みすら浮かべることができなかった。
だが、少しは自分の立場が分かった気がする。
つまりオレが今後考えるべきこと。生活する上で遵守すべきこと。それは、教会勢力に関わらないことだ。世間と接点を持つことを避け、これら勢力から逃れ続ける。そんな一生を送る他ない。
「…………」
なんだかそれは、とても窮屈で……虚しい人生に思える。ルカが、自分がオレに恨まれないかを気にする訳が、少し分かった気がした。
だからこそ、そんなルカの目の前で暗い顔なんてできない。
「分かりました。じゃあ、その物騒な宗教連中に関わらないようにしろってことですよね。なんだか規模の大きい勢力らしいし、少し窮屈かも知れないけど、大丈夫です」
あえて明るく言ってみたつもりだ。我ながらうまくできたと思う。
なのに、そんなオレの言葉に安堵するはずのルカの表情は、期待したものとは違っていた。
「それは無理ね」
「……むり?」
断定した口調。ルカの表情は相変わらず沈鬱としたもので、これから告げられる言葉に耐えるために身構えているような、そんな雰囲気すら感じた。
「ここ教国はね、『クリシエ教』揺籃の地なのよ。
クリシエ教が生まれ、育まれ、弥漫した現代においても、変わらず教会勢力の中央としての機能を果たしているのがシグファレム。大陸に広がる教会勢力の頂点にして大元。
分かりやすく例を挙げればね、この国で下された決定が、その翌日には大陸中の教会で読み上げられる。そういう場所よ」
「……………………」
絶望的情報か叩きつけられる。
心を逃す隙間なく、淀みなく。無理矢理頭に詰め込まれて、ぐちゃぐちゃと。
「ここに産まれた時点で教会の影響圏、その中心地に身を置いているということなのよ。この国にいながら教会勢力と関わらないなんて不可能。それどころか、この大陸でクリシエ教の影響が何もない国なんて存在しない。
比較的影響の薄い国はあるけれど、まあその程度ね」
………………………これが、ルカの陰鬱な空気の理由だ。
これを知ったオレに構えていた、のか……。
「分かりました。それは確かに、注意が必要ですね」
それは、全く意に反して……いや、それどころか完全に無意識に出たものだった。
頭は未だに絶望すればいいのか、諦めればいいのかすら分かっていなかった。なのに、ルカの顔を視界に入れた瞬間、彼女の望まない言葉だけは口にできないと思った。
より正確には、言葉が出た後に、そう気づいたのだ。
「今の話を聞いて、どれだけ自分が危うい立場か理解できました。けど、その上でこうしてルカは生きていて、ここで守られている。
なら、その教会連中の目を欺く手段があるってことですよね」
ルミィナの意外そうな様子が印象的だった。それはルカもだ。2人はオレがもっと狼狽えるものだと考えていたらしい。
実際、それはオレもだった。
今の言葉もまた、無意識的に発していた言葉だ。まるで脳を介さず、脊髄に別の人格が宿ったような不気味な感覚。
こういう風に言われたら、こう答えるのが自然だという流れ。それに運ばれているに過ぎないのに、かといって思考停止している訳でもない。
不思議な浮遊感の中に、オレはいた。
「それが理解できているなら話が早いわね」
ルミィナの口角は、微妙に上がっている。嬉しい誤算に機嫌を良くしたといった感じだ。
「教会の人間でも、大半はルカちゃんや坊やが人間か否かを疑問に思うことはないはずよ。
例えば坊やに質問するけど、坊やはルカちゃんが真祖だと分かった? 言われて初めて分かったんじゃないかしら。
それとも眷属にだけ分かる特徴でもある? それは私には分からないから、あるなら言いなさい」
「あ、……そうか」
ルミィナが何を言いたいかはすぐに理解できた。
オレはルカを真祖なんてものだとは知らなかったじゃないか。いや、それどころか人間でないこと自体分からなかった。こうして説明されても尚、心のどこかで笑い飛ばしたい自分を自覚できる。
オレが人間ではないという事実。そしてそれをあっさりと承知している様子などから、ようやく理性が『ルカ = 真祖』ということを説得されてくれただけだ。
だからつまり、他人がルカを見ても、吸血鬼であるどころか人外であることすら知ることはないってことだ。
「理解、できました……オレにも、ルカが真祖だなんて分からなかった!
じゃあ、オレはどうですか……?! オレは、何か吸血鬼だってバレるような何か、変なことはないですか?!」
気持ちが急くのが、自分でも分かる。けれど、止められなかった。
ルカがこれなら、その眷属になったらしいオレだって、人間と区別できる点はないはずだ!
いや、厳密にはオレは自分の姿を鏡で詳しく見たりする機会はなかったから断言できないし、もっと言うなら、真祖が人と区別できない外見だからって、その眷属もそうだという保証はないし、そもそもオレは目覚めた時点で人間じゃなくなっていたはずだ。人間の頃のオレの姿なんて知らない。なら、人間から見れば同族ではないと判断するに足りる異常を見過ごしている可能性も無視できない。
それでも!
それでも言い切って欲しかった……。
大丈夫だと、約束して欲しかった。
じゃないと、オレだけが危険に取り残された様な絶望に捕まってしまうから…………。
「大丈夫だよ。アトラ」
だからだろう。
その優しく、それでいてきっぱりと、誤解しようもないほどに力強い響きに、これほど救われたのは……。
「どこも変じゃない。アトラはちゃんと、人と同じになってるから。私と一緒だから」
「…………」
ホッとした。ルカの言葉に、その嘘のない瞳に心底から安堵して、オレは冷静なつもりが、ひどく怯えていたことを知る。
本当に今のこの現状が怖かったのだと、やっと自覚した。
知らない、覚えてもいない村で目覚めて、死体だらけで、殺して殺されてまた目覚めて、語られるのはオレが殺されるとか探されるとか、オレの落ち度や行動が原因でもない事情ばかりだった……自分でどうしようもない怖いことばかりだった……。
自覚がないから落ち着いていたんじゃない。オレは…………単に怖くて、考えることから逃避していただけだったんだ…………。
「………………………そう、なんだ…………安心した……、ありがとう……、ありがとう、ルカ…………」
声が震える。視界がぼやける。
せめてルカとは、全く同じ事情を共有できていることに、オレはどうしようもなく感謝するのだった。
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よく、分からなかった。
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顕れるって、なんだ?
討伐されたって、じゃあ、ルカの両親は? そうだ、ルミィナが後見人のような役目を担っているのは理解できる。けど、そういえばルカの両親はどこにいるんだ?
殺されたのか? だからルミィナがルカの面倒をみている?
様々な疑問が湧き出ては、互いに複雑に混じり合う。
じゃあ、だったら、つまり、なら。そんな言葉が何度も何度も出ては消えて、何を考えていたのかすらも曖昧にしてしまう。
要するに、オレはこれ以上なく混乱していた。
「混乱している様だから説明するわね。
真祖は卵から生まれるわけではないの。通常は数百年に1度、突然世界に発生する精霊のような存在よ。生物として繁殖して子孫を残すことはない。理解した?」
「発生……って、ことは……真祖って、親はいないし……じゃあ、ルカを含んで6人しか、本当にいないんですか……?」
「ええ。そしてルカちゃん以外の真祖はとっくの昔に殺されているわね。世界に生まれる真祖はルカちゃんで最後。
教会としては遺された呪いの一方を解決する機会が目前に迫っているわけ。ルカちゃんの存在が知られれば、その討伐隊は今までで最大の規模になるでしょうね」
驚愕するほかない。そんな神話に由来する存在が現に目の前にいるなんて、実感できない。そして自分がその眷属になったのだと言われても、自分ごととして捉えられない。
まさに真祖という存在が世界から永遠に消滅するかも知れない瀬戸際に、こうして当事者として立っている。そんなことを知らされても、知らされた程度で納得するだけの頭が…………オレにはなかった。
「教会にとって真祖がどんな存在で、なぜ狙われるのかは理解できた?」
「…………頭では」
「そう。記憶を喪失しているにしては、宗教や国についてすんなり理解できるのね…………あの村で高度な教育を受けられるとは思えないけど…………」
一瞬、ルミィナの瞳に興味の色が宿る。だが、オレに返せる答えはない。曖昧な表情を浮かべる他なかった。
「まあ、今はいいでしょう。なぜ『穢れ』になったのかも理解できたでしょうし、実感は後から嫌でも追い付くから安心なさい」
皮肉なくらいにこやかに、全く安心できない予告を受ける。
オレはそれに対して乾いた笑みすら浮かべることができなかった。
だが、少しは自分の立場が分かった気がする。
つまりオレが今後考えるべきこと。生活する上で遵守すべきこと。それは、教会勢力に関わらないことだ。世間と接点を持つことを避け、これら勢力から逃れ続ける。そんな一生を送る他ない。
「…………」
なんだかそれは、とても窮屈で……虚しい人生に思える。ルカが、自分がオレに恨まれないかを気にする訳が、少し分かった気がした。
だからこそ、そんなルカの目の前で暗い顔なんてできない。
「分かりました。じゃあ、その物騒な宗教連中に関わらないようにしろってことですよね。なんだか規模の大きい勢力らしいし、少し窮屈かも知れないけど、大丈夫です」
あえて明るく言ってみたつもりだ。我ながらうまくできたと思う。
なのに、そんなオレの言葉に安堵するはずのルカの表情は、期待したものとは違っていた。
「それは無理ね」
「……むり?」
断定した口調。ルカの表情は相変わらず沈鬱としたもので、これから告げられる言葉に耐えるために身構えているような、そんな雰囲気すら感じた。
「ここ教国はね、『クリシエ教』揺籃の地なのよ。
クリシエ教が生まれ、育まれ、弥漫した現代においても、変わらず教会勢力の中央としての機能を果たしているのがシグファレム。大陸に広がる教会勢力の頂点にして大元。
分かりやすく例を挙げればね、この国で下された決定が、その翌日には大陸中の教会で読み上げられる。そういう場所よ」
「……………………」
絶望的情報か叩きつけられる。
心を逃す隙間なく、淀みなく。無理矢理頭に詰め込まれて、ぐちゃぐちゃと。
「ここに産まれた時点で教会の影響圏、その中心地に身を置いているということなのよ。この国にいながら教会勢力と関わらないなんて不可能。それどころか、この大陸でクリシエ教の影響が何もない国なんて存在しない。
比較的影響の薄い国はあるけれど、まあその程度ね」
………………………これが、ルカの陰鬱な空気の理由だ。
これを知ったオレに構えていた、のか……。
「分かりました。それは確かに、注意が必要ですね」
それは、全く意に反して……いや、それどころか完全に無意識に出たものだった。
頭は未だに絶望すればいいのか、諦めればいいのかすら分かっていなかった。なのに、ルカの顔を視界に入れた瞬間、彼女の望まない言葉だけは口にできないと思った。
より正確には、言葉が出た後に、そう気づいたのだ。
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実際、それはオレもだった。
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不思議な浮遊感の中に、オレはいた。
「それが理解できているなら話が早いわね」
ルミィナの口角は、微妙に上がっている。嬉しい誤算に機嫌を良くしたといった感じだ。
「教会の人間でも、大半はルカちゃんや坊やが人間か否かを疑問に思うことはないはずよ。
例えば坊やに質問するけど、坊やはルカちゃんが真祖だと分かった? 言われて初めて分かったんじゃないかしら。
それとも眷属にだけ分かる特徴でもある? それは私には分からないから、あるなら言いなさい」
「あ、……そうか」
ルミィナが何を言いたいかはすぐに理解できた。
オレはルカを真祖なんてものだとは知らなかったじゃないか。いや、それどころか人間でないこと自体分からなかった。こうして説明されても尚、心のどこかで笑い飛ばしたい自分を自覚できる。
オレが人間ではないという事実。そしてそれをあっさりと承知している様子などから、ようやく理性が『ルカ = 真祖』ということを説得されてくれただけだ。
だからつまり、他人がルカを見ても、吸血鬼であるどころか人外であることすら知ることはないってことだ。
「理解、できました……オレにも、ルカが真祖だなんて分からなかった!
じゃあ、オレはどうですか……?! オレは、何か吸血鬼だってバレるような何か、変なことはないですか?!」
気持ちが急くのが、自分でも分かる。けれど、止められなかった。
ルカがこれなら、その眷属になったらしいオレだって、人間と区別できる点はないはずだ!
いや、厳密にはオレは自分の姿を鏡で詳しく見たりする機会はなかったから断言できないし、もっと言うなら、真祖が人と区別できない外見だからって、その眷属もそうだという保証はないし、そもそもオレは目覚めた時点で人間じゃなくなっていたはずだ。人間の頃のオレの姿なんて知らない。なら、人間から見れば同族ではないと判断するに足りる異常を見過ごしている可能性も無視できない。
それでも!
それでも言い切って欲しかった……。
大丈夫だと、約束して欲しかった。
じゃないと、オレだけが危険に取り残された様な絶望に捕まってしまうから…………。
「大丈夫だよ。アトラ」
だからだろう。
その優しく、それでいてきっぱりと、誤解しようもないほどに力強い響きに、これほど救われたのは……。
「どこも変じゃない。アトラはちゃんと、人と同じになってるから。私と一緒だから」
「…………」
ホッとした。ルカの言葉に、その嘘のない瞳に心底から安堵して、オレは冷静なつもりが、ひどく怯えていたことを知る。
本当に今のこの現状が怖かったのだと、やっと自覚した。
知らない、覚えてもいない村で目覚めて、死体だらけで、殺して殺されてまた目覚めて、語られるのはオレが殺されるとか探されるとか、オレの落ち度や行動が原因でもない事情ばかりだった……自分でどうしようもない怖いことばかりだった……。
自覚がないから落ち着いていたんじゃない。オレは…………単に怖くて、考えることから逃避していただけだったんだ…………。
「………………………そう、なんだ…………安心した……、ありがとう……、ありがとう、ルカ…………」
声が震える。視界がぼやける。
せめてルカとは、全く同じ事情を共有できていることに、オレはどうしようもなく感謝するのだった。