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第95話 海色ダイビング

ー/ー



どこまでも広がる青い空間。
天井がきらきらと光る様子は、子供の頃にプールの底から上を見上げた時を思い出す。
時折視界の中に現れる魚の姿が、ここが水中であるということを認識させる。

なんだか、限りなく不思議な気持ちだ。
水中なのに、普通に呼吸ができている。
そのうえ、手足に水の抵抗を感じない。
おまけに、体がまったく濡れていない。

「すごい…水の中なのに息が出来る…」

「海人の力を受けると水中で暮らせるようになる、とは聞いたことがあったが…実際になってみるとすごい状況だな…」
煌汰達も同じ気持ちなようだ。
水の中なのに、普通に息を吸ったり吐いたりできるというのはなんとも奇妙な感覚である。
「え、陸人って水中では息ができないの?」

「そりゃあな…海人だって、地上では息が出来ないだろ?」

「いや…私達は陸でも息はできるよ」

「え、そうなのか?」

「うん。だから海面から顔を出したり、地上に上がる事も珍しくないんだ。あんまり奥には行けないけどね」

「なるほど、確かに海人は海面に顔を出して航行中の船の乗員に話しかけたり、港に上がってきたりするというからな」

「それ、私達だね。私達水守人は、みんな基本的に陸人に興味があるの。だから動いてる船を見かけると、乗ってる人に声をかけたくなるの。そのままついていって、港に上がることだってあるよ」

「港に上がる、って…陸で歩けるのか?」

「もちろん。ちょっと体が重くなるけど、動けなくはないよ。あまり長い時間はいれないけどね」
海人の性質はよくわからないが、たぶん体が重くなるというのは体を支えてくれていた浮力がなくなるからで、地上に長居できないというのは体が乾いてしまうからだろう。
だが…何と言うか、一回地上を歩いてる海人を見てみたい気持ちになった。

「っていうか、リトは陸に上がったことあるのか?」

「ううん。でも、父さんと母さんから色々聞いてる。父さんたちは、陸に上がった事があるから」

「そうか…あ、そうだ。海人系種族に会えたら聞きたい事があったんだけど、いいか?」
樹が質問を始めた。
「なに?」

「地上には、海に水が流れ出してる川ってのがあるんだが、そこに『川人』って異人がいる。それも海人の…君らの仲間なのか?」

「うん、そうだよ。川人っていうのは、塩気のない水で暮らす私達の仲間。本当は、海人に近い種族なんだけどね」

「やっぱりそうだったのか…そんな気はしてた。…」
樹は、謎にぐるぐると体を回転させた。
「しっかし、海の中ってのは落ち着くな。これも、海人の力か?」

「うん。私達の力は、私達の能力だけでなく心も同じものを与えられるの。だから海の中にいると落ち着くし、水に触ると入りたくなるんだよ」
やはり、さっき海に触れた時どうしようもなく飛び込みたくなったのは、それ故だったか。
だが、仮にそのような心理的な変化がなかったとしても、今の状況に心地よさを感じていたと思う。
俺は、水の中に潜る事は嫌いではないのだ…泳ぎはさして上手くないが。

「そっか…いやー、海中っていいな!」

「本当だね!あ、そう言えば君…リトだっけ?何歳なの?だいぶ若いように見えるけど…」

「私は17だよ。この海で50年暮らしてる」

「てことは、3年の命を持ってるのか。海人はみんなそうなの?」

「いや、種族によって違うよ。海人は5年、魚人は6年、深海人(ふかうみびと)は8年…あとはわからない」

「深海人?それって…なに、深海にいる海人?」

「そう。200メートルより深い海に住む私達の仲間。私達よりずっと強いけど、ほとんど浮上してこない。だから、そうそう会えない」

「へえ…海人って、結構いろいろいるんだね。この世界には、まだまだ僕らの知らない異人がいるんだろうなあ…ワクワクするぜ!」
樹と煌汰がはしゃぎ始めたので、俺は本題に入る。

「君らの集落ってのはどこにあるんだ?」

「ここからずっと西。距離は40フェードくらいかな」

「フェード?」

「海人が使う長さの単位だな。たしか、1フェードは約5キロだったか」
樹の代わりに、柳助が解説してくれた。
「そうか。てことは…え、200キロ!?」
さすがに遠い気がする。
陸地でも、そんな距離を移動するのは大変だ。

「どうしたの?」

「いや、遠すぎだろ…一体何日かかんだよ」

「そう?ここからなら、4時間くらいで行けるけど」

「…え?」

「みんなに私の力を与えてあるから、私と同じ速度で泳げるようになってるはず。あ、私は1時間で大体10フェード泳げるよ」
10フェード…ってことは、50キロか。
シンプルに驚いた。この子の泳ぐ速度は時速50キロ…。
船の事はよくわからないが、地上だと自動車並みの速度である。
17歳、って言ってたよな。そんな若い女の子が、そんなスピードで泳げるのか。
異人が人ならざる存在であるのだと、改めて認識させられた気がする。
「それで、その…申し訳ないんだけど、今からすぐに向かってくれる?みんなが心配なの…」

「もちろんだ。すぐに向かおう…西、でいいんだよな?」

「うん。…ありがとうね、本当に」

「いいんだよ。4時間か…泳いだことないけど、まあ何とかなるよな!よし…行こう!」




それから、俺たちの海旅が始まった。
と言っても、ひたすら真っ直ぐ泳ぐだけだが。
ところが、これが普通に面白かった。
魚を始め、様々な生物を見られた。
いずれも、人間界にはいないものばかり。
しかも、気になるものはリトが解説してくれる。
なんだか、VRを見ているような気分だ。
海の旅が、こんなにも楽しいものだとは。

リトや他の仲間たちと話しながら、自分でも信じられないくらいの速度で泳いだ。
もちろんこんな距離、こんな速度で泳いだ事はなかったが、長時間泳ぐのもまったく苦にならなかった。
いつか、この広大な海を気の向くままに旅できたらな…なんて思ってしまった。
一人では無理だが、リトのような海人の力を借りる事が出来れば、あるいは…。

様々な海の生物たち、そして変化してゆく海底の地形。
それらを見、また海に生きる異人と話しながら、澄み渡る海をゆく。
穏やかで透き通った、美しい海。
そこを泳ぐ事が、とても崇高な事のように感じられた。


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次のエピソードへ進む 第96話 リトの家族


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どこまでも広がる青い空間。天井がきらきらと光る様子は、子供の頃にプールの底から上を見上げた時を思い出す。
時折視界の中に現れる魚の姿が、ここが水中であるということを認識させる。
なんだか、限りなく不思議な気持ちだ。
水中なのに、普通に呼吸ができている。
そのうえ、手足に水の抵抗を感じない。
おまけに、体がまったく濡れていない。
「すごい…水の中なのに息が出来る…」
「海人の力を受けると水中で暮らせるようになる、とは聞いたことがあったが…実際になってみるとすごい状況だな…」
煌汰達も同じ気持ちなようだ。
水の中なのに、普通に息を吸ったり吐いたりできるというのはなんとも奇妙な感覚である。
「え、陸人って水中では息ができないの?」
「そりゃあな…海人だって、地上では息が出来ないだろ?」
「いや…私達は陸でも息はできるよ」
「え、そうなのか?」
「うん。だから海面から顔を出したり、地上に上がる事も珍しくないんだ。あんまり奥には行けないけどね」
「なるほど、確かに海人は海面に顔を出して航行中の船の乗員に話しかけたり、港に上がってきたりするというからな」
「それ、私達だね。私達水守人は、みんな基本的に陸人に興味があるの。だから動いてる船を見かけると、乗ってる人に声をかけたくなるの。そのままついていって、港に上がることだってあるよ」
「港に上がる、って…陸で歩けるのか?」
「もちろん。ちょっと体が重くなるけど、動けなくはないよ。あまり長い時間はいれないけどね」
海人の性質はよくわからないが、たぶん体が重くなるというのは体を支えてくれていた浮力がなくなるからで、地上に長居できないというのは体が乾いてしまうからだろう。
だが…何と言うか、一回地上を歩いてる海人を見てみたい気持ちになった。
「っていうか、リトは陸に上がったことあるのか?」
「ううん。でも、父さんと母さんから色々聞いてる。父さんたちは、陸に上がった事があるから」
「そうか…あ、そうだ。海人系種族に会えたら聞きたい事があったんだけど、いいか?」
樹が質問を始めた。
「なに?」
「地上には、海に水が流れ出してる川ってのがあるんだが、そこに『川人』って異人がいる。それも海人の…君らの仲間なのか?」
「うん、そうだよ。川人っていうのは、塩気のない水で暮らす私達の仲間。本当は、海人に近い種族なんだけどね」
「やっぱりそうだったのか…そんな気はしてた。…」
樹は、謎にぐるぐると体を回転させた。
「しっかし、海の中ってのは落ち着くな。これも、海人の力か?」
「うん。私達の力は、私達の能力だけでなく心も同じものを与えられるの。だから海の中にいると落ち着くし、水に触ると入りたくなるんだよ」
やはり、さっき海に触れた時どうしようもなく飛び込みたくなったのは、それ故だったか。
だが、仮にそのような心理的な変化がなかったとしても、今の状況に心地よさを感じていたと思う。
俺は、水の中に潜る事は嫌いではないのだ…泳ぎはさして上手くないが。
「そっか…いやー、海中っていいな!」
「本当だね!あ、そう言えば君…リトだっけ?何歳なの?だいぶ若いように見えるけど…」
「私は17だよ。この海で50年暮らしてる」
「てことは、3年の命を持ってるのか。海人はみんなそうなの?」
「いや、種族によって違うよ。海人は5年、魚人は6年、|深海人《ふかうみびと》は8年…あとはわからない」
「深海人?それって…なに、深海にいる海人?」
「そう。200メートルより深い海に住む私達の仲間。私達よりずっと強いけど、ほとんど浮上してこない。だから、そうそう会えない」
「へえ…海人って、結構いろいろいるんだね。この世界には、まだまだ僕らの知らない異人がいるんだろうなあ…ワクワクするぜ!」
樹と煌汰がはしゃぎ始めたので、俺は本題に入る。
「君らの集落ってのはどこにあるんだ?」
「ここからずっと西。距離は40フェードくらいかな」
「フェード?」
「海人が使う長さの単位だな。たしか、1フェードは約5キロだったか」
樹の代わりに、柳助が解説してくれた。
「そうか。てことは…え、200キロ!?」
さすがに遠い気がする。
陸地でも、そんな距離を移動するのは大変だ。
「どうしたの?」
「いや、遠すぎだろ…一体何日かかんだよ」
「そう?ここからなら、4時間くらいで行けるけど」
「…え?」
「みんなに私の力を与えてあるから、私と同じ速度で泳げるようになってるはず。あ、私は1時間で大体10フェード泳げるよ」
10フェード…ってことは、50キロか。
シンプルに驚いた。この子の泳ぐ速度は時速50キロ…。
船の事はよくわからないが、地上だと自動車並みの速度である。
17歳、って言ってたよな。そんな若い女の子が、そんなスピードで泳げるのか。
異人が人ならざる存在であるのだと、改めて認識させられた気がする。
「それで、その…申し訳ないんだけど、今からすぐに向かってくれる?みんなが心配なの…」
「もちろんだ。すぐに向かおう…西、でいいんだよな?」
「うん。…ありがとうね、本当に」
「いいんだよ。4時間か…泳いだことないけど、まあ何とかなるよな!よし…行こう!」
それから、俺たちの海旅が始まった。
と言っても、ひたすら真っ直ぐ泳ぐだけだが。
ところが、これが普通に面白かった。
魚を始め、様々な生物を見られた。
いずれも、人間界にはいないものばかり。
しかも、気になるものはリトが解説してくれる。
なんだか、VRを見ているような気分だ。
海の旅が、こんなにも楽しいものだとは。
リトや他の仲間たちと話しながら、自分でも信じられないくらいの速度で泳いだ。
もちろんこんな距離、こんな速度で泳いだ事はなかったが、長時間泳ぐのもまったく苦にならなかった。
いつか、この広大な海を気の向くままに旅できたらな…なんて思ってしまった。
一人では無理だが、リトのような海人の力を借りる事が出来れば、あるいは…。
様々な海の生物たち、そして変化してゆく海底の地形。
それらを見、また海に生きる異人と話しながら、澄み渡る海をゆく。
穏やかで透き通った、美しい海。
そこを泳ぐ事が、とても崇高な事のように感じられた。