「はぁ……全く、手も足もでなかったでござる…………」
「………………」
手合わせを終えたシロは、目に見えて落ち込んでいた。
元気だけが取り柄のこいつが、こんな姿になってるのを見ると居た堪れなくなるが、何と声を掛ければいいか解らん。
時刻は、午後5時過ぎ。
逆算すると、俺達は雪之丞の時よりも長くやり合ってたわけか。軽くやって終わらせる気だったのに、やたら長引いちまったな。
「やれやれ、やっと終わったか………お主等も物好きじゃのう」
ずっと中に居た爺さんが、扉から顔を出す。いい加減、長過ぎるんで様子でも見に来たのか?
「止めるに、止めれなかったんだ……」
そんな溜息混じりに呟く爺さんに、俺も同じように返す。
「取り敢えず入ろうぜ、このままじゃ風邪引いちまう……」
そう言って、雪之丞が身震いする。真冬の空気は冷たい。俺達は動いてたからいいが、律儀にもずっと俺達を立見していたこいつには相当キツそうだな。
「そうだな………行くぞシロ」
「はい……」
そう言われて、シロも渋々立ち上がる。
そして、全員が中に入るとシロの有り様を見る爺さんが口を開く。
「こっ酷くやられたのぉ、お主等もう少し加減してやっても良かったのではないか?」
「加減はしてたよ……なぁ?」
「ああ、極力怪我しないように__」
「………………」
爺さんへ抗議する途中で言葉を呑み込む。
シロの落ち込んだ表情が余計暗くなっちまった……一生懸命やったのに加減されたなんて、傷に塩を塗られたのと一緒だったか?
「気ぃ落とすなよ、お前の動きは悪くなかった!」
「そうだ、今回の失敗を次に活かせばいいだろ?」
雪之丞の奴も、俺と同じことを考えてたらしい。
2人一緒になって慌ててフォローする…………っても、俺達すげぇ “ありきたり” なことしか言ってねぇな。
「うぅ……精進するでござる」
効果薄だな……未だ沈んだままのシロの表情を見て思ったが、これ以上何か言っても逆効果だろうし、後は本人に乗り越えて貰うしか無いよな。
「まぁ……なんじゃ、しんみりしても仕方ない。シロ、飯でも食っていくか?マリアに何か作らせよう」
「「………………」」
何で家主じゃねぇアンタが、そんなこと言うんだ?なんて思ったが、ここはグッと堪える。確かに爺さんの言う通り、少しでもシロを明るくしないと…………
「いえ……折角のご好意でござるが、7時前までに帰らないと美神殿に怪しまれるで拙者はこれで失礼するでござるよ」
「そうか、では仕方ないのぉ……」
……そう言や、そうだったな。
先生に内緒にしてる以上、怪しまれるのは不味い。
「そうか…………ん?でも、今から電車に乗っても姐さんのとこ間に合わなくねぇか?」
「いや、違うな……シロ、お前走って来たんだろ?」
「その通りでござる、美神殿の事務所とここはそう離れてない故、余裕でござった」
「はっ!?走ってきた!!姐さんとこから?」
「人狼の体力なら余裕なんだよ……」
この中で唯一事情を知らずに驚く雪之丞だったが、俺は別のことを気にしていた。
「お前傷だらけじゃねぇか、帰れるのか?」
改めてシロを見る。
手加減したとは言え、何回も殴られたり(顔以外)、転んだりしたせいで全身打撲痕や擦り傷だらけだ。オマケに服は埃だらけでボロボロ……こりゃ、例え帰れたとしても絶対先生にバレるぞ。
「こんな傷、へっちゃらでござる!美神殿には転んだと伝えるでござる」
「いや、流石に無理がある……ホレッ」
俺は文珠を1個取り出すとシロに放ってやる。
そして、それを軽快な動作で受け取るシロ。文珠をしげしげと眺め……
「…………この漢字は、なんて読むのでござ__おぉっ!……体から痛みが消えていくでござる」
『治』は、まだこいつには読めないようだったが、構わず文珠を発動。霊気の癒やしによって、一瞬で全快するシロ。
「お前には、まだ見せてなかったな。それは『文珠』って言って、俺の新しい力だ。さっきの珠に文字を刻むことによって、色んな効果を発揮出来る」
「も、文珠……!?あの目玉といい、今の力といい先生は少し会わなくなった間に、とんでもない高みに到達してるのでござるな!!」
「いちいち大袈裟だ……」
んな大したもんじゃねぇよ。文珠はともかく、俺自身はな…………
「帰るなら途中まで送ってやるよ。俺の部屋は知ってるよな?」
「送る……?あ、勿論覚えているでござるが…………?」
ずっと動きっぱなしだったシロを走って帰らすのは、何だか忍びないからな……ただ、あの事務所には流石に行けない。俺の部屋も少し離れてはいるけど、ここよりは全然近いし丁度いいだろ。
「じゃあ皆、俺はこいつを送るから。今日は、戻らないで自分の部屋で寝るわ」
「おう、じゃあなシロ!暇なら、また相手してやるから来い♪」
「了解じゃ、気を付けろよ」
「横島さん・シロ・お疲れ様」
「え!?え……!?」
皆、口々に言葉を挨拶の言葉を交わす中、1人だけ状況を飲み込めないシロ。
「今から俺のアパートまで、『転移』する」
「て、テンイ??」
「ああ……とにかく俺のアパート、そこの入口は思いだせるな?」
「は、はいでござる……」
「今、頭に思い浮かべてくれ…………思い浮かべたか?」
「はい!!」
よし、転移だ!
◇◇◇
「おおおおおおおっ!!!本当に……本当に先生のアパートまで来たでござる!これも『文珠』の力という奴でござるかぁ?」
「声が大きい……!ああ、そうだ。使い方次第で何でも出来る」
いきなり周りの景色が変わって、興奮するシロを宥めながら説明する。
腕時計を確認すると5時半を回ったところか、これなら余裕で事務所まで着けるだろ。
そう思ってシロを見ると、さっきの興奮と打って変わって “しんみり” した表情で下を向いていた。
「先生は、本当に何でも出来るのでござるなぁ……始めて会った時から、只者ではないと思ってましたが、その想いがますます強くなり申した」
「だから、大袈裟だよ……確かに文珠は、便利な力だけどな」
だが、シロにはそんな俺の答えなんて耳に入ってないようだった。そして、ボソッと呟く。
「今日は、先生に拙者の修行の成果を見て貰おうと張り切ってたでござる、強くなった拙者を見て貰えば、先生も拙者を褒めてくれるんじゃないかと…………でも駄目でござった……こんな体たらくでは、先生に呆れられてしまいます。拙者も、まだまだでござるな……」
「……………………」
………………なるほど。
あの異様な食い付きは一重に認めて貰いたかったからか。
ぽんっ……
「!?先生……」
無言で頭に手を乗せられて戸惑うシロに、俺も呟く。
「バ〜カ……お前が努力してるのは、ちゃんと解ってたよ。雑魚霊を相手にしてた時からな。あんな短かった霊波刀を長く出来るようになったじゃねぇか!前よりも、お前は成長してる」
「で、でも……お2人に、掠りもしなかっでござる」
「武威も言ってたろ?「お前の動きは悪くない」って……今当てれないなら、当てられるように努力すりゃいい。また、相手してやる。だから、無理に背伸びしようとすんな」
「くぅ……」
俺の言葉に更に下を向くシロ…………やべぇな、泣いちまったか?
「先生ぇ〜〜〜〜〜!!!!」
「だぁっ!だから、顔を舐めんじゃねぇ!!」
いきなり抱き着かれたと思った次の瞬間に、顔を舐め回される。糞が!元気じゃねぇか、こいつ!!
「止めぇ!!」
「キャウンッ!」
やっとの思いで引き剥がす頃には、顔中唾液まみれにされてた……
「おらっ!もう、時間ないんだろ?早く帰れ!!」
怒鳴りながら、シロを押しこくる!
ったく、獣臭えな……こいつが帰ったら、このまま銭湯でも行くか?
「明日も行くでござる!!♪」
「もう、来んな!馬鹿野郎!!」
嬉しそうに尻尾をブンブンしながら、走り去るシロへ更に悪態をついてやる…………まぁ、元気になったからいいか。
速攻で夜の街に消えていく銀髪を見送りながら、そう思った。
◇◇◇
ガチャッ
「ただいま〜で、ござる♪」
「お帰りなさい、シロちゃん今日は遅かったね」
「い、いや〜……つい散歩に夢中になって、地方まで出てしまったでござるよ」
「ふ〜ん、あれ!服ボロボロになってない?」
「え、ああ、これは……その、そうだ!足を滑らせて土手を転がり落ちてしまったでござる」
「ええっ!?大変じゃない、怪我とかしてないの?」
「へ、へっちゃでござるよ!人狼は頑丈でござる!!そ、それより汚れてしまっているので、シャワーを浴びても良いでござるか?」
「うん、別に構わないよ」
「そうでござるか!では、失礼するでござる」
「!!?」
シロちゃんが私の前を通り過ぎる瞬間、彼女の体にこびり付いた “霊気の残滓” に私の鼻が反応した。
シロちゃんには遠く及ばないけど、幽霊時代の習慣から私も嗅覚で霊気を嗅ぎ分けられる。
そして、この人の霊気は忘れられるはずもない……
「シロちゃん、横島さんに会いに行ったんだ……」