ひだまり荘のロキシー
ー/ー ロキシーという猫がいた。
銀灰色の毛並みに金色の瞳。
どこか哲学者めいた落ち着きをまとったその猫は、住宅街の片隅に建つ古びたアパート「ひだまり荘」の主のような存在だった。
飼い主は、そこで一人暮らしをしている定年退職後の老人、梶浦さん。亡くなった妻が残したこの猫を、梶浦さんは宝物のように大切にしていた。
「ロキシー、今日は少し冷えるな」
声をかけると、ロキシーは短く「ニャ」と応え、当然のようにストーブの前へ陣取る。
傍目には、ごくありふれた老人と猫の暮らしだ。しかし二人――一人と一匹の間には、言葉にしなくても通じる確かな絆があった。
ある日の午後、梶浦さんが散歩中に倒れ、そのまま救急搬送される騒ぎが起きた。
命に別状はなかったものの、入院は数日間に及んだ。鍵のかかった部屋に、誰にも気づかれずロキシーだけが残されていた。
異変に気づいたのは、隣室に住む大学生の健太だった。いつも夕方になると聞こえてくる梶浦さんの独り言が途絶え、代わりに、ドア越しに切羽詰まった鳴き声が響いていたのだ。
大家に連絡し、梶浦さんの入院を知った彼は、借り受けた鍵で隣室に入った。
そこには、空の餌皿の横で小さく丸まり、震えているロキシーがいた。
健太が手を伸ばすと、普段は距離を保つその猫が、すがるように指を舐めた。
健太は、梶浦さんが退院するまでロキシーの世話を引き受けることにした。
数日後。杖をつきながら帰宅した梶浦さんは、玄関先で立ち尽くした。
ロキシーが駆け寄り、精一杯の力で足元に頭を擦りつけてきたからだ。
「……すまん。寂しい思いをさせたな」
震える手で背中を撫でる梶浦さんを見て、健太は以前から気になっていたことを口にした。
「ロキシーって、どうしてそんなに強そうな名前なんですか?」
佐藤さんは少し照れたように笑った。
「家内がね、つけたんだ。ロック音楽が好きで……ロックスターみたいに、皆に愛されて、強く生きてほしいって。でもこの子、実は臆病で寂しがり屋でね。名前負けだって、よく二人で笑ってたよ」
健太は、その名前に込められた祈りのような愛情に、胸が熱くなった。
今、ロキシーは梶浦さんの膝の上で、喉を鳴らしている。
その音は、「僕はここにいる」と静かに伝えているようだった。
ロキシーは、ただの猫ではない。
一人の老人の過去と現在、そしてこれからをそっとつなぎ留める、世界でたった一匹のヒーローなのだ。
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