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誰がための免罪符

ー/ー




「旦那……黒の旦那、聞いてやすかい?」

「ああ、悪い。少しぼーっとして」

「そりゃいけねぇ、大丈夫ですかい」

「俺は大丈夫だ。話を中断してすまなかった」

 談話室にて、俺はとある男と話していた。彼は、フランチェスコ・ポワティエ。ストーンハーストの修道士のひとりだ。

 フランチェスコは、160cm程度の身長をした小太りの男だ。人当たり良さそうな容貌を持ち、尚且つ面倒見も良い。異邦人である俺にも、気さくに話しかけてくれる。

 元々、フランチェスコは名の知れた商家の次男坊だったらしい。家を継ぐことも出来ない上に、跡取りである実兄から煙たがられ、逃げるようにストーンハーストの修道士になったのだ、と以前笑い話として俺に話してくれた。

 物怖じしないで人と関わりを持つことができるのは、商家で培われた生きる術であったのだろう。

 異邦人である俺を、最初こそ目に見えて煙たがっていた修道士たちの中にも、フランチェスコのように親しみを感じて話しかけてくる人も増えてきた。

 しかし、いくら仲良くなっても、何故か多くの修道士は俺のことをアンドリューという名で呼ばず、こちらではまずお目にかからない黒髪から取って「黒のお方」であったり、「黒殿」と呼ぶのだ。 

 アジア人特有の彫りの浅い顔立ちの俺は、ここにいるスラブ系やゲルマン系の顔立ちの人々の中において一際異彩を放っている。彼らにとって、俺はどうあっても異邦人でしかない。それは、仕方がないことなのかもしれない。ただ悲観することはない。

 俺には幸運にもアマルがいる。彼女は俺を色眼鏡無しで見てくれ、慕ってくれている。それがどれだけ俺の救いになっているか。アマルには、感謝してもしたりない。

「では、話を続けても?」

「ああ、頼む」

 俺は頷くと、真剣に耳を傾ける。

 今でこそ修道院に置いて貰えているが、いつ何時出ていかねばならなくなる状況が来るかもしれない。そのために、俺はこの時代の知識を教授してもらっている。

 この地で生きる覚悟はできていないとはいえ、いつまでも環境がそれを待ってくれるという保証はない。で、あるならば、自身にできる行い、また知識を少しでも増やしておいて損はないだろう。幸運にもここは、教師役にことかかないのだから。

 元々、人々に説法を行うフランチェスコを含めた修道士たちは、何かを伝え教えるということがべらぼうに上手いのだ。

 身ぶり手振り、声のトーンであったり、抑揚の付け方など、文字が読めない多くの人々に、教義を理解してもらえるよう考えられているのだ。

「ええと、どこまで話していましたかね。うーん……ああ、そういや行商人のとこまででした。こほん。さて、行商人とは、町と町を移動しながら商品を売り歩く者たちを言います。ただ彼らの商品を買うときは、うんと目を光らせなければなりませんぜ。それは、悪質な商売をする不届きものが多くいるからです。例えば小麦粉に石灰を混ぜ、量を増し平然とした顔で売り付ける、何てことは日常的に行われています」

 はい、先生! と俺はぴんと手を上げて質問する。フランチェスコは何でもどうぞ、と得意気に質問を促した。

「フランチェスコ、でもそんなことをして信用をなくせば、商売ができなくならないか?」

「……そうではない、というのが何とも悲しいですがね。学のある者はまだしも、平民は自身が騙されていることを気づけない場合が多いのです。それに、都市から離れた田舎の農村では、行商人の存在が重宝されるため、ある程度の行いは目をつぶらざるを得ないという実情があります。もちろん、そうではない公正な行商人も存在しますので、一概には言えませんが」

「……なるほど、そんなものなのか」

「ええ、それに彼らは色んな場所を行き交うため、様々な情報を持っています。彼らの付き合いは、慎重に、尚且つ有効に行うべきなのです。あまり深入りしすぎると、痛い目に合いますので、程ほどの距離感を保つことが望ましいでしょう」

 フランチェスコはそこまで言って、談話室の入り口に視線をやった。話に夢中だった俺は気づかなかったが、鋭い眼差しでこちらを見ている修道士が立っていた。

「フランチェスコ、またそんな男と話しているのか」

「おや、サルス殿。出会い頭に、あまり穏やかでないですねぇ」 

 フランチェスコは、肩をすぼめて困ったようにため息をついた。

 くそ、嫌な男に会ってしまったと、俺は心の中で毒づく。この男はサルス・ニールセン修道士。年の頃は30歳程度。サルスは厳格な戒律主義者にして、排他主義者。簡単に言うと、とんでもなくいけすかない奴。 

 こいつ絶対……暇だな。

 さらに何が腹立つかというと、彼はイケメンなのだ。そうイケメンなのである。それも爽やかな金髪好青年風(中身がねちっこいのであくまでも風だが)の出で立ち。ほんとなんなのだろうか。殴っても良いだろうか。

「ふん。こいつと関わるのは止めておけ。穢らわしい異教徒だぞ」

「サルス殿、そんな滅多なことを口にするべきではありやせんよ」

 嗜めるフランチェスコの言葉を鼻で笑い、ギロリと俺を睨み付けてくる。

「本当のことを言ったまでだ。貴様、どうせあの売女に誘惑されているのであろう。……畜生にも劣るあの女に。何て下劣な、吐き気がする」

 それを聞いて、怒りで視界が真っ赤に染まる。

「……おい、このイケメンクソ野郎、お前今なんて言った? 俺のことをどう悪く言おうが良い。どうぞ、お好きに。ただ、アマルのことを悪く言うことは、絶対に許さないぞ! 表に出ろ、ぶん殴ってやる!」 

「だ、旦那! おち、落ち着いて! どうどう! サルス殿も、黒の旦那を挑発するような言葉はお控えくだせぃ!」

 慌てて、フランチェスコは俺を羽交い締めにしてくる。俺は何とか拘束を逃れようと踏ん張るが、中々抜け出せない。そんな俺をサルスは、冷たく見下ろした。

「……なんて、野蛮。なんて、無知。それが貴様の罪なのだ。恐れを知らぬか、白痴の者よ。人は斯くあるべきというのに」

 そう吐き捨てサルスは背を向けて、そのまま談話室を後にした。あの男が何が言いたいのか、全く理解できなかった。

 ただ胸に残るのは、サルスへの苛立ちと無力な自分に対しての怒りであった。





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「旦那……黒の旦那、聞いてやすかい?」
「ああ、悪い。少しぼーっとして」
「そりゃいけねぇ、大丈夫ですかい」
「俺は大丈夫だ。話を中断してすまなかった」
 談話室にて、俺はとある男と話していた。彼は、フランチェスコ・ポワティエ。ストーンハーストの修道士のひとりだ。
 フランチェスコは、160cm程度の身長をした小太りの男だ。人当たり良さそうな容貌を持ち、尚且つ面倒見も良い。異邦人である俺にも、気さくに話しかけてくれる。
 元々、フランチェスコは名の知れた商家の次男坊だったらしい。家を継ぐことも出来ない上に、跡取りである実兄から煙たがられ、逃げるようにストーンハーストの修道士になったのだ、と以前笑い話として俺に話してくれた。
 物怖じしないで人と関わりを持つことができるのは、商家で培われた生きる術であったのだろう。
 異邦人である俺を、最初こそ目に見えて煙たがっていた修道士たちの中にも、フランチェスコのように親しみを感じて話しかけてくる人も増えてきた。
 しかし、いくら仲良くなっても、何故か多くの修道士は俺のことをアンドリューという名で呼ばず、こちらではまずお目にかからない黒髪から取って「黒のお方」であったり、「黒殿」と呼ぶのだ。 
 アジア人特有の彫りの浅い顔立ちの俺は、ここにいるスラブ系やゲルマン系の顔立ちの人々の中において一際異彩を放っている。彼らにとって、俺はどうあっても異邦人でしかない。それは、仕方がないことなのかもしれない。ただ悲観することはない。
 俺には幸運にもアマルがいる。彼女は俺を色眼鏡無しで見てくれ、慕ってくれている。それがどれだけ俺の救いになっているか。アマルには、感謝してもしたりない。
「では、話を続けても?」
「ああ、頼む」
 俺は頷くと、真剣に耳を傾ける。
 今でこそ修道院に置いて貰えているが、いつ何時出ていかねばならなくなる状況が来るかもしれない。そのために、俺はこの時代の知識を教授してもらっている。
 この地で生きる覚悟はできていないとはいえ、いつまでも環境がそれを待ってくれるという保証はない。で、あるならば、自身にできる行い、また知識を少しでも増やしておいて損はないだろう。幸運にもここは、教師役にことかかないのだから。
 元々、人々に説法を行うフランチェスコを含めた修道士たちは、何かを伝え教えるということがべらぼうに上手いのだ。
 身ぶり手振り、声のトーンであったり、抑揚の付け方など、文字が読めない多くの人々に、教義を理解してもらえるよう考えられているのだ。
「ええと、どこまで話していましたかね。うーん……ああ、そういや行商人のとこまででした。こほん。さて、行商人とは、町と町を移動しながら商品を売り歩く者たちを言います。ただ彼らの商品を買うときは、うんと目を光らせなければなりませんぜ。それは、悪質な商売をする不届きものが多くいるからです。例えば小麦粉に石灰を混ぜ、量を増し平然とした顔で売り付ける、何てことは日常的に行われています」
 はい、先生! と俺はぴんと手を上げて質問する。フランチェスコは何でもどうぞ、と得意気に質問を促した。
「フランチェスコ、でもそんなことをして信用をなくせば、商売ができなくならないか?」
「……そうではない、というのが何とも悲しいですがね。学のある者はまだしも、平民は自身が騙されていることを気づけない場合が多いのです。それに、都市から離れた田舎の農村では、行商人の存在が重宝されるため、ある程度の行いは目をつぶらざるを得ないという実情があります。もちろん、そうではない公正な行商人も存在しますので、一概には言えませんが」
「……なるほど、そんなものなのか」
「ええ、それに彼らは色んな場所を行き交うため、様々な情報を持っています。彼らの付き合いは、慎重に、尚且つ有効に行うべきなのです。あまり深入りしすぎると、痛い目に合いますので、程ほどの距離感を保つことが望ましいでしょう」
 フランチェスコはそこまで言って、談話室の入り口に視線をやった。話に夢中だった俺は気づかなかったが、鋭い眼差しでこちらを見ている修道士が立っていた。
「フランチェスコ、またそんな男と話しているのか」
「おや、サルス殿。出会い頭に、あまり穏やかでないですねぇ」 
 フランチェスコは、肩をすぼめて困ったようにため息をついた。
 くそ、嫌な男に会ってしまったと、俺は心の中で毒づく。この男はサルス・ニールセン修道士。年の頃は30歳程度。サルスは厳格な戒律主義者にして、排他主義者。簡単に言うと、とんでもなくいけすかない奴。 
 こいつ絶対……暇だな。
 さらに何が腹立つかというと、彼はイケメンなのだ。そうイケメンなのである。それも爽やかな金髪好青年風(中身がねちっこいのであくまでも風だが)の出で立ち。ほんとなんなのだろうか。殴っても良いだろうか。
「ふん。こいつと関わるのは止めておけ。穢らわしい異教徒だぞ」
「サルス殿、そんな滅多なことを口にするべきではありやせんよ」
 嗜めるフランチェスコの言葉を鼻で笑い、ギロリと俺を睨み付けてくる。
「本当のことを言ったまでだ。貴様、どうせあの売女に誘惑されているのであろう。……畜生にも劣るあの女に。何て下劣な、吐き気がする」
 それを聞いて、怒りで視界が真っ赤に染まる。
「……おい、このイケメンクソ野郎、お前今なんて言った? 俺のことをどう悪く言おうが良い。どうぞ、お好きに。ただ、アマルのことを悪く言うことは、絶対に許さないぞ! 表に出ろ、ぶん殴ってやる!」 
「だ、旦那! おち、落ち着いて! どうどう! サルス殿も、黒の旦那を挑発するような言葉はお控えくだせぃ!」
 慌てて、フランチェスコは俺を羽交い締めにしてくる。俺は何とか拘束を逃れようと踏ん張るが、中々抜け出せない。そんな俺をサルスは、冷たく見下ろした。
「……なんて、野蛮。なんて、無知。それが貴様の罪なのだ。恐れを知らぬか、白痴の者よ。人は斯くあるべきというのに」
 そう吐き捨てサルスは背を向けて、そのまま談話室を後にした。あの男が何が言いたいのか、全く理解できなかった。
 ただ胸に残るのは、サルスへの苛立ちと無力な自分に対しての怒りであった。