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ep.52 ようやく横浜へ

ー/ー



 三度目の正直。蔦で出来た橋を慎重に慎重を重ねてすり足で渡り切る千寿流。
 無事に対岸までたどり着き地面を踏みしめることができると、ほっと胸を撫で下ろす。
 正直なところゆっくりと時間をかけて渡ったほうが、危険に晒される時間は多いんじゃないかと思う夜深だったが、ここを縄張りとしていた魔獣(マインドイーター)はいなくなった今、わざわざ口に出すことはないだろうと思い黙っていた。

「えひひ、さすがにもうあんなバケモノは襲ってこないよね? これでようやく、えっと、横浜だったっけ? 行けるんだよね?」

 昨日夜深に軽く話してもらったものの、地区の名前に確証を得られなかった千寿流は、歩きながら夜深にそう訊ねた。

「うん。でもご覧のあり様さ。かつて栄えていた面影は全くないね。これじゃあ人が住んでいるかも怪しいし、住んでいたとしても変わり者、話が通じるタイプじゃないかもしれないよ」

 目の前にはビルや家屋が倒壊してつくられた、天然のトンネルがいくつも見て取れた。これらもあのワーム型の魔獣(マインドイーター)のような巨大な魔獣(マインドイーター)がつくり上げたのだろうか。
 倒壊しないかという不安は拭えないものの、それ以外に道がないためなんとか恐怖心を抑え込んで通り抜けることにする。
 シャルは言わずもがな、昨日ホラー映画もびっくりの恐怖体験をした千寿流も多少なりとも耐性がついていた。
 トンネルとはいっても山に掘られたわけではない為、天井が吹き抜けになっている部分がいくつも確認できる。太陽と瓦礫に代わる代わる照らされてなんだかアトラクションのようで少し面白かった。

 やがて、吹き抜けた場所へとでる。崩壊の恐怖からの開放感からか千寿流は少し駆け足で先を急いだ。そして立ち止まり、その圧倒的な光景に思わずつばを飲み込んだ。
 目の前に広がるのは巨大な大穴――否、巨大な湖だった。
 大穴に視えたのはその水の色があまりにもどす黒く、真っ黒に染まっており、凪のように穏やかな水面だったからだ。
 凪のように穏やかということは、波紋を起こす要因たる生物が生息していないことを指していた。つまり、生物が生息できるような環境下にないということだ。
 待てども待てども水面は穏やかなまま。黒一色の湖は太陽から照らしつける光すらも飲み込んで、そこに静かに佇んでいる。それはあまりにも悲しい景色に違いない。
 千寿流は胸のあたりがキュッと締め付けられるような気がして、ぐっと胸の近くで拳を握り込む。

「うわー まっくろ すごいね」

「へえ、圧巻だね。こういった景色を楽しめるのも、僕たちディストピアに生きる人間の特権ってわけだ」

 遅れて千寿流のもとに歩いてきた夜深が、眼前を一望した後皮肉めいた発言をする。
 被害に遭った人々は海の底だろう。そんな不謹慎と言わざるを得ない発言を注意しようと夜深に顔を向け言いとどまった。
 なぜなら口元は笑ってはいたが、その表情はどこか悲しそうに視えたから。
 そうだ、夜深は皮肉屋だということを失念していた。口では憎まれ口をたたきつつも、人の気持ちを思いやれる人物なのだ。

「えひひっ」

「あれ、千寿流ちゃん、何かおかしいことでもあった? こんな絶望的な風景を見て笑えるようになったんなら、君もしっかりイカレてるよね」

「え、ちょ、違うよ! それは夜深ちゃんが!」

「僕が、なに?」

 それは夜深が悲しそうにしていたのが、自分と同じ気持ちでいてくれていたのが嬉しかったから。
 夜深と自分じゃあまりにも価値観が違うと思っていたから、そんな些細なことがすごく嬉しかった。

「あー ふたりだけで わらってる! シャルルも まぜて! なかまはずれにしないで!」

「わわ!」

 ぎゅっと千寿流に抱きつくシャル。
 バランスを崩しそうになるが、なんとか二三歩で踏みとどまり「ごめんシャルちゃん」と千寿流は頭を撫でてやった。そんなほのぼのとした空気を二人がつくり上げている傍ら――

「ふーん、こんな風になっちゃってるとはね。これはなかなか重たい事案だよ」

 千寿流たちに聴こえない声でそう呟くのだった。


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 三度目の正直。蔦で出来た橋を慎重に慎重を重ねてすり足で渡り切る千寿流。
 無事に対岸までたどり着き地面を踏みしめることができると、ほっと胸を撫で下ろす。
 正直なところゆっくりと時間をかけて渡ったほうが、危険に晒される時間は多いんじゃないかと思う夜深だったが、ここを縄張りとしていた|魔獣《マインドイーター》はいなくなった今、わざわざ口に出すことはないだろうと思い黙っていた。
「えひひ、さすがにもうあんなバケモノは襲ってこないよね? これでようやく、えっと、横浜だったっけ? 行けるんだよね?」
 昨日夜深に軽く話してもらったものの、地区の名前に確証を得られなかった千寿流は、歩きながら夜深にそう訊ねた。
「うん。でもご覧のあり様さ。かつて栄えていた面影は全くないね。これじゃあ人が住んでいるかも怪しいし、住んでいたとしても変わり者、話が通じるタイプじゃないかもしれないよ」
 目の前にはビルや家屋が倒壊してつくられた、天然のトンネルがいくつも見て取れた。これらもあのワーム型の|魔獣《マインドイーター》のような巨大な|魔獣《マインドイーター》がつくり上げたのだろうか。
 倒壊しないかという不安は拭えないものの、それ以外に道がないためなんとか恐怖心を抑え込んで通り抜けることにする。
 シャルは言わずもがな、昨日ホラー映画もびっくりの恐怖体験をした千寿流も多少なりとも耐性がついていた。
 トンネルとはいっても山に掘られたわけではない為、天井が吹き抜けになっている部分がいくつも確認できる。太陽と瓦礫に代わる代わる照らされてなんだかアトラクションのようで少し面白かった。
 やがて、吹き抜けた場所へとでる。崩壊の恐怖からの開放感からか千寿流は少し駆け足で先を急いだ。そして立ち止まり、その圧倒的な光景に思わずつばを飲み込んだ。
 目の前に広がるのは巨大な大穴――否、巨大な湖だった。
 大穴に視えたのはその水の色があまりにもどす黒く、真っ黒に染まっており、凪のように穏やかな水面だったからだ。
 凪のように穏やかということは、波紋を起こす要因たる生物が生息していないことを指していた。つまり、生物が生息できるような環境下にないということだ。
 待てども待てども水面は穏やかなまま。黒一色の湖は太陽から照らしつける光すらも飲み込んで、そこに静かに佇んでいる。それはあまりにも悲しい景色に違いない。
 千寿流は胸のあたりがキュッと締め付けられるような気がして、ぐっと胸の近くで拳を握り込む。
「うわー まっくろ すごいね」
「へえ、圧巻だね。こういった景色を楽しめるのも、僕たちディストピアに生きる人間の特権ってわけだ」
 遅れて千寿流のもとに歩いてきた夜深が、眼前を一望した後皮肉めいた発言をする。
 被害に遭った人々は海の底だろう。そんな不謹慎と言わざるを得ない発言を注意しようと夜深に顔を向け言いとどまった。
 なぜなら口元は笑ってはいたが、その表情はどこか悲しそうに視えたから。
 そうだ、夜深は皮肉屋だということを失念していた。口では憎まれ口をたたきつつも、人の気持ちを思いやれる人物なのだ。
「えひひっ」
「あれ、千寿流ちゃん、何かおかしいことでもあった? こんな絶望的な風景を見て笑えるようになったんなら、君もしっかりイカレてるよね」
「え、ちょ、違うよ! それは夜深ちゃんが!」
「僕が、なに?」
 それは夜深が悲しそうにしていたのが、自分と同じ気持ちでいてくれていたのが嬉しかったから。
 夜深と自分じゃあまりにも価値観が違うと思っていたから、そんな些細なことがすごく嬉しかった。
「あー ふたりだけで わらってる! シャルルも まぜて! なかまはずれにしないで!」
「わわ!」
 ぎゅっと千寿流に抱きつくシャル。
 バランスを崩しそうになるが、なんとか二三歩で踏みとどまり「ごめんシャルちゃん」と千寿流は頭を撫でてやった。そんなほのぼのとした空気を二人がつくり上げている傍ら――
「ふーん、こんな風になっちゃってるとはね。これはなかなか重たい事案だよ」
 千寿流たちに聴こえない声でそう呟くのだった。