表示設定
表示設定
目次 目次




空色をさがして 前編

ー/ー




​ 朝七時十二分。住宅街の端にある古いバス停には、たいてい二人が並ぶ。



 一人は、白い髪を上品にまとめ、季節ごとに色の違うストールを巻いた年配の女性。
もう一人は、黒いリュックを足元に置き、スマートフォンの画面を伏せて立つ青年だ。


 二人の間に、挨拶はない。おはよう、という一言さえ、この静かな調和を乱すノイズのように感じられるからだ。


それでも、互いの存在は、朝の風景の一部として自然に受け入れられていた。


​ 晴れた朝、女性は決まって空を見上げる。

顎のラインをすっと伸ばし、今日という一日を飲み込むように深く息を吸う。

青年はその横顔を視界の端に入れながら、自分もつられるように空を仰ぐ。

鱗雲が流れている日もあれば、突き抜けるような青に眼球が痛む日もある。

言葉は交わさないが、二人の視線は同じ空のキャンバスをなぞっていた。



​ 雨の日は、少しだけ距離が縮まる。

バス停の小さな屋根を分け合う形になるからだ。女性の持つ花柄の傘が風に小さく揺れると、青年は無意識に、彼女に雨粒が跳ねないよう、水たまりを避ける位置へ一歩下がる。


女性はその背中に向け、心の中でだけ「ありがとう」と呟く。雨音だけが、二人の間にある沈黙を埋めていた。



​ ある火曜日、少し強い風が吹いた。女性が首元に巻いていた、淡い藤色のストールが解け、羽ばたくように乱れた。

女性は少し慌て、指先を泳がせる。
青年は助けを呼ぶような視線を送ることはしなかった。

ただ、彼女が自分で整えるまでの数秒間、そっと視線を落として自分の靴先を見つめていた。







​ 


 








スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 空色をさがして 後編


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



​ 朝七時十二分。住宅街の端にある古いバス停には、たいてい二人が並ぶ。
 一人は、白い髪を上品にまとめ、季節ごとに色の違うストールを巻いた年配の女性。
もう一人は、黒いリュックを足元に置き、スマートフォンの画面を伏せて立つ青年だ。
 二人の間に、挨拶はない。おはよう、という一言さえ、この静かな調和を乱すノイズのように感じられるからだ。
それでも、互いの存在は、朝の風景の一部として自然に受け入れられていた。
​ 晴れた朝、女性は決まって空を見上げる。
顎のラインをすっと伸ばし、今日という一日を飲み込むように深く息を吸う。
青年はその横顔を視界の端に入れながら、自分もつられるように空を仰ぐ。
鱗雲が流れている日もあれば、突き抜けるような青に眼球が痛む日もある。
言葉は交わさないが、二人の視線は同じ空のキャンバスをなぞっていた。
​ 雨の日は、少しだけ距離が縮まる。
バス停の小さな屋根を分け合う形になるからだ。女性の持つ花柄の傘が風に小さく揺れると、青年は無意識に、彼女に雨粒が跳ねないよう、水たまりを避ける位置へ一歩下がる。
女性はその背中に向け、心の中でだけ「ありがとう」と呟く。雨音だけが、二人の間にある沈黙を埋めていた。
​ ある火曜日、少し強い風が吹いた。女性が首元に巻いていた、淡い藤色のストールが解け、羽ばたくように乱れた。
女性は少し慌て、指先を泳がせる。
青年は助けを呼ぶような視線を送ることはしなかった。
ただ、彼女が自分で整えるまでの数秒間、そっと視線を落として自分の靴先を見つめていた。
​