第165話 逆襲の魔王

ー/ー



 一つの生命が、今、目の前で潰えた。
 志半ば、まだ冠も戴く前、王の座に就くその前に倒れ、数多の無念を束ねていただろうに、その死に顔は苦もない清々しさに満ちている。

「――尊き魂に、世界樹(ユグドラシル)への導きを」

 聖職者であるマルペルが、横たわる勇者を前に両手を組み、祈りを捧げる。
 その目蓋の下に溜め込んだ涙をこぼさぬよう、顔は天を仰ぐ。

 行き場のない憤りが込み上げてきて仕方なかった。目に付くものを手当たり次第、殴り倒したくなるような衝動も拳の中に留めた。
 おそらく、この場にいるものたちも同じ気持ちを抱えているのだろう。

「フィーちゃん。あなた、酷い怪我をしていますね。ジッとしていてください」

 そういってマルペルは治癒の魔法を我に向ける。暖かく優しい光がみるみるうちに傷を癒やすのと同時に、そういえば自分が怪我を負っていることを今さら思い出す。

 同じ魔法で最も治療すべきものを治療できなかった悲痛の感情は流石に堪えきれなかったようで、マルペルの表情は見ているのが辛いくらい歪んでいた。
 どうしてこんな風に簡単に治すことができなかったのかと嘆いているかのよう。

 まだ、この教会の外にいる民衆たちは、この状況を理解できていない。
 ずっと支援側と思われていたレッドアイズ国に、裏切り者がいただなんて考えもしいない。

 今も勇者ロータスの復活を待っている者もいるだろう。
 あの扉を一枚隔てた先で、一縷の望みをただただ信じて。

「た、大変ですっ! ご報告しますっ!」

 扉の隙間から身体をねじ込むようにして、兵士が一人、教会の中へと転がり込んできた。物凄く血相を変えているし、慌てているのは一目見て分かる。

「どうしたの? 何があったの?」

 ダリアが歩み寄り、床で息を切らしている兵士に声を掛ける。
 気を抜いたら泣き出してしまいそうなトーンだ。

「ね、ネルムフィラ魔導士学院が何者かに占拠されてしまいました!」

 一同が困惑した声をあげる。

「この教会広場付近と比べれば警戒度は低かったと思うけど、あそこだって完全に無防備じゃなかったはずよ」

 我もダリアと同じ疑問を持った。

「それが、その……、内通者がいたらしく……、初めから計画されていたようで」
「えええっ!? なんで? どうしてですか? 学校を乗っ取っちゃう意味が分かんないと思うんですけども」

 マーガがフードを被るのも忘れて慌てふためく。

「ええと、それは私にも分かりません……、正体不明の集団でして、このようなものを置いていきました」
「ソイツは魔力水晶かね。どうやらレッドアイズにも普及している一般的な映像や音声を伝達する類いの魔具のようだが……」

 手のひらに収まるくらい小さな水晶をひょいとカーネは兵士から受け取り、まじまじと眺める。そんな便利なものが当たり前に普及してるのか、レッドアイズ。

「カーネ、通信が可能なら繋いでみて。向こうからのメッセージがあるかも」
「言われずとも」

 ダリアの言葉にムッとした表情を浮かべつつも、カーネは水晶に魔力を込める。
 すると淡い光を放ち、水晶はカーネの手から離れて宙に浮く。

 浮遊する水晶はその場でクルクルと回りながらも、何か映像を映し出す。
 一つの小さな影と、大きな四つの影だ。
 あたかもそこに忽然と現われたかのような存在感を醸し出す。

『――――あら、どうかしら。聞こえているかしら』

 小さな影はこちらが水晶を起動させたことを察知したのか、語りかける。
 その声の主は紛れもなく、魔王リコリスのものだった。

「リコリス! お前、一体どういうつもりなんだ!」
『ああ、その声はさっちゃん。さっちゃんね。どうしてそんなところにいるのか分からないけれど、手間が省けたわ。うふふ……』

 相変わらず掴み所の分からない女だ。

「お前の目的を話せと言っているんだ! 何のつもりで勇者を攻撃した? 何故、魔導士学院なんかを占拠しているんだ!」
『それはね、私が魔王だから』

 それは答えになっているのか?

『この素敵なお城、とっても居心地が悪いけれど、楽しいわ。面白いものが沢山!』

 抑揚のない声で言われても感情が今ひとつ伝わってこないし、意味が分からない。

『……魔王様に代わり説明しよう』

 リコリスの横から別な影が揺らいで前に出る。
 なんか何処かで見たことがあるような顔だ。そう思っていたら、この場にいる面々が面を食らったみたいに険しい面をしている。

『我々新生魔王軍はこのレッドアイズの技術の宝庫ともいえるネルムフィラ魔導士学院を拠点とし、パエデロスを制圧。そして次いでは世界を支配する。魔王の新たな歴史が紡がれるのである』
『ろ~ちゃんには今までいっぱい、い~~~っぱい頑張ってもらっちゃったけどね、ぜぇーんぶ、うちらが横取りされてもらっちゃいます~!』
『元より勇者の活動は某らの理想とは相容れず目障りだった故。一時こそ利害の一致により行動を共にしたこともあったが、それも本日限り』
『茶番じみたロータスの妄想じみた理想を掲げる思想には愛想を尽かした。つまりはそういうこと。これからは新しい魔王の時代が幕開けってこと』

 思い出した。こいつら、ロータスの仲間だ。
 かつてロータスと行動をともにし、我の魔王軍と戦ったあの、勇者の仲間たちだ。

 高貴な法衣を纏う男はロベリア・エリナス。知的な凜々しさを放つ見た目の通り、賢者とも呼ばれるレッドアイズでも名高い上位魔術師。

 一見すると遊び慣れていそうな勝負服に身を包む女はカルミア・ラウレル。ギャンブラーとしても名を馳せている彼女は、ああ見えて世界で指折りの占い師。

 怒張した筋肉を隠しきれない拳法着の男はサフラン・クロッカス。純粋な力で言えばあのロータスやリンドーを遙かに凌駕する豪腕を持つ武闘家。

 吟遊詩人のような格好をした細身の男はナルシス・ダフデイルス。あのレッドアイズの軍事力に三割は貢献しているという高度技術を持つ魔導技師。

「あなたたちが、ロータスを裏切ったっていうの?」
『それは少し語弊がある。我々は最初からあの男の仲間になったつもりはない。その方が都合が良かっただけである』

 ロータスは無条件に多くの人間に尊敬されているものかと勝手に思っていたが、当然このような輩もいるのだな。それがまさかかつての仲間の中にいたとは。
 我も、パエデロスで少し長く過ごしすぎたようだ。

『けっけっけ~♪ ダリねえさん、そんなに怒ってると小じわが目立っちゃうよん♪ うちらだってさ、慈善事業ってのは勘弁願いたいのよ。儲かんないんだしさぁ~』
「ふざけるなカルミア。貴様らには失望したぞ。よりによって魔王軍に寝返るとは。そこまで地に墜ちるとは……!」

 眼鏡越しに眼光が貫通する勢いでカーネが睨み付ける。
 本人がこの場にいたのならそのまま消し炭にされていそうだな。

『失望とは笑止。あの勇者に尻尾を振り、戯れにかまけている某らも大概であろう。その言葉をそのまま返してくれよう』
「そ、そんな……サフランさん、酷いです……尻尾振るだなんて、私たちはワンちゃんじゃないですよ。戯れじゃなく真面目にロータスさんに協力しているんですよ!」

 ここまで話が通じない相手もないな。
 ロータスも少しは手を組む相手を考えるべきだったな。
 それがこのような結末を招いたのだから、なんと浮かばれない。

『これは下克上だよ。ロベリアもカルミアもサフランも、そしてこの僕ナルシスも、ロータスの築き上げた世界なんてまっぴらごめんってこと。これからは魔王リコリス様の時代の幕開けなのさ』


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 一つの生命が、今、目の前で潰えた。
 志半ば、まだ冠も戴く前、王の座に就くその前に倒れ、数多の無念を束ねていただろうに、その死に顔は苦もない清々しさに満ちている。
「――尊き魂に、世界樹《ユグドラシル》への導きを」
 聖職者であるマルペルが、横たわる勇者を前に両手を組み、祈りを捧げる。
 その目蓋の下に溜め込んだ涙をこぼさぬよう、顔は天を仰ぐ。
 行き場のない憤りが込み上げてきて仕方なかった。目に付くものを手当たり次第、殴り倒したくなるような衝動も拳の中に留めた。
 おそらく、この場にいるものたちも同じ気持ちを抱えているのだろう。
「フィーちゃん。あなた、酷い怪我をしていますね。ジッとしていてください」
 そういってマルペルは治癒の魔法を我に向ける。暖かく優しい光がみるみるうちに傷を癒やすのと同時に、そういえば自分が怪我を負っていることを今さら思い出す。
 同じ魔法で最も治療すべきものを治療できなかった悲痛の感情は流石に堪えきれなかったようで、マルペルの表情は見ているのが辛いくらい歪んでいた。
 どうしてこんな風に簡単に治すことができなかったのかと嘆いているかのよう。
 まだ、この教会の外にいる民衆たちは、この状況を理解できていない。
 ずっと支援側と思われていたレッドアイズ国に、裏切り者がいただなんて考えもしいない。
 今も勇者ロータスの復活を待っている者もいるだろう。
 あの扉を一枚隔てた先で、一縷の望みをただただ信じて。
「た、大変ですっ! ご報告しますっ!」
 扉の隙間から身体をねじ込むようにして、兵士が一人、教会の中へと転がり込んできた。物凄く血相を変えているし、慌てているのは一目見て分かる。
「どうしたの? 何があったの?」
 ダリアが歩み寄り、床で息を切らしている兵士に声を掛ける。
 気を抜いたら泣き出してしまいそうなトーンだ。
「ね、ネルムフィラ魔導士学院が何者かに占拠されてしまいました!」
 一同が困惑した声をあげる。
「この教会広場付近と比べれば警戒度は低かったと思うけど、あそこだって完全に無防備じゃなかったはずよ」
 我もダリアと同じ疑問を持った。
「それが、その……、内通者がいたらしく……、初めから計画されていたようで」
「えええっ!? なんで? どうしてですか? 学校を乗っ取っちゃう意味が分かんないと思うんですけども」
 マーガがフードを被るのも忘れて慌てふためく。
「ええと、それは私にも分かりません……、正体不明の集団でして、このようなものを置いていきました」
「ソイツは魔力水晶かね。どうやらレッドアイズにも普及している一般的な映像や音声を伝達する類いの魔具のようだが……」
 手のひらに収まるくらい小さな水晶をひょいとカーネは兵士から受け取り、まじまじと眺める。そんな便利なものが当たり前に普及してるのか、レッドアイズ。
「カーネ、通信が可能なら繋いでみて。向こうからのメッセージがあるかも」
「言われずとも」
 ダリアの言葉にムッとした表情を浮かべつつも、カーネは水晶に魔力を込める。
 すると淡い光を放ち、水晶はカーネの手から離れて宙に浮く。
 浮遊する水晶はその場でクルクルと回りながらも、何か映像を映し出す。
 一つの小さな影と、大きな四つの影だ。
 あたかもそこに忽然と現われたかのような存在感を醸し出す。
『――――あら、どうかしら。聞こえているかしら』
 小さな影はこちらが水晶を起動させたことを察知したのか、語りかける。
 その声の主は紛れもなく、魔王リコリスのものだった。
「リコリス! お前、一体どういうつもりなんだ!」
『ああ、その声はさっちゃん。さっちゃんね。どうしてそんなところにいるのか分からないけれど、手間が省けたわ。うふふ……』
 相変わらず掴み所の分からない女だ。
「お前の目的を話せと言っているんだ! 何のつもりで勇者を攻撃した? 何故、魔導士学院なんかを占拠しているんだ!」
『それはね、私が魔王だから』
 それは答えになっているのか?
『この素敵なお城、とっても居心地が悪いけれど、楽しいわ。面白いものが沢山!』
 抑揚のない声で言われても感情が今ひとつ伝わってこないし、意味が分からない。
『……魔王様に代わり説明しよう』
 リコリスの横から別な影が揺らいで前に出る。
 なんか何処かで見たことがあるような顔だ。そう思っていたら、この場にいる面々が面を食らったみたいに険しい面をしている。
『我々新生魔王軍はこのレッドアイズの技術の宝庫ともいえるネルムフィラ魔導士学院を拠点とし、パエデロスを制圧。そして次いでは世界を支配する。魔王の新たな歴史が紡がれるのである』
『ろ~ちゃんには今までいっぱい、い~~~っぱい頑張ってもらっちゃったけどね、ぜぇーんぶ、うちらが横取りされてもらっちゃいます~!』
『元より勇者の活動は某らの理想とは相容れず目障りだった故。一時こそ利害の一致により行動を共にしたこともあったが、それも本日限り』
『茶番じみたロータスの妄想じみた理想を掲げる思想には愛想を尽かした。つまりはそういうこと。これからは新しい魔王の時代が幕開けってこと』
 思い出した。こいつら、ロータスの仲間だ。
 かつてロータスと行動をともにし、我の魔王軍と戦ったあの、勇者の仲間たちだ。
 高貴な法衣を纏う男はロベリア・エリナス。知的な凜々しさを放つ見た目の通り、賢者とも呼ばれるレッドアイズでも名高い上位魔術師。
 一見すると遊び慣れていそうな勝負服に身を包む女はカルミア・ラウレル。ギャンブラーとしても名を馳せている彼女は、ああ見えて世界で指折りの占い師。
 怒張した筋肉を隠しきれない拳法着の男はサフラン・クロッカス。純粋な力で言えばあのロータスやリンドーを遙かに凌駕する豪腕を持つ武闘家。
 吟遊詩人のような格好をした細身の男はナルシス・ダフデイルス。あのレッドアイズの軍事力に三割は貢献しているという高度技術を持つ魔導技師。
「あなたたちが、ロータスを裏切ったっていうの?」
『それは少し語弊がある。我々は最初からあの男の仲間になったつもりはない。その方が都合が良かっただけである』
 ロータスは無条件に多くの人間に尊敬されているものかと勝手に思っていたが、当然このような輩もいるのだな。それがまさかかつての仲間の中にいたとは。
 我も、パエデロスで少し長く過ごしすぎたようだ。
『けっけっけ~♪ ダリねえさん、そんなに怒ってると小じわが目立っちゃうよん♪ うちらだってさ、慈善事業ってのは勘弁願いたいのよ。儲かんないんだしさぁ~』
「ふざけるなカルミア。貴様らには失望したぞ。よりによって魔王軍に寝返るとは。そこまで地に墜ちるとは……!」
 眼鏡越しに眼光が貫通する勢いでカーネが睨み付ける。
 本人がこの場にいたのならそのまま消し炭にされていそうだな。
『失望とは笑止。あの勇者に尻尾を振り、戯れにかまけている某らも大概であろう。その言葉をそのまま返してくれよう』
「そ、そんな……サフランさん、酷いです……尻尾振るだなんて、私たちはワンちゃんじゃないですよ。戯れじゃなく真面目にロータスさんに協力しているんですよ!」
 ここまで話が通じない相手もないな。
 ロータスも少しは手を組む相手を考えるべきだったな。
 それがこのような結末を招いたのだから、なんと浮かばれない。
『これは下克上だよ。ロベリアもカルミアもサフランも、そしてこの僕ナルシスも、ロータスの築き上げた世界なんてまっぴらごめんってこと。これからは魔王リコリス様の時代の幕開けなのさ』