【???】さっちゃん
ー/ー 月の民の娘、フィテウマ・サタナムーンが魔王を名乗り出て、新たなる魔王軍を結成していたが、早速も計画は酷く頓挫していた。
構成員の殆どは、先代魔王の従者と、実の父親に仕えていたものたちばかり。
魔王軍のノウハウを知るベテラン揃いだと当初はフィテウマも楽観的に考えていたが、それが問題だったとは予想だにしなかっただろう。
先代魔王の従者も数が少なく、また実力者と呼べるものもそう多くはなかった。
何せ、長いこと病床に伏せていたのだ。ある者は潮時と考え、ある者は呆れ果て、次々に魔王軍から離れていって当然と言えた。
その上、新人魔王であるフィテウマに人望など皆無。先代魔王の盟友の娘というネームバリューでは面白がって集まってくる輩さえもいたほど。
先代の意志を継いで世界の管理者となる覚悟などないに等しかった。
「くぬぬ……、なんでこんなに少ないのだ! これでは魔王軍とは言えないのだ!」
フィテウマは床の上を仰向けになってジタバタする。
魔王としての威厳もへったくれもない。
見た目が少女なこともあり、まさに駄々っ子のよう。
「魔王様、ご報告が」
「お、なんだ? 新しい人材か?」
部屋に飛び込んできた従者に、喜々として飛び起きる。
「いえ、先日採用された新人が任務を無視し、独断で人里に襲撃したとのこと。魔王様の名を吹聴しながら暴れ回っているとか」
とんでもない報告に、フィテウマも口をあんぐりと開けて放心した。
「な、な、な! なんでどいつもこいつも勝手なことをするのだ! そもそも襲えなんて指示は出してないぞ! この前もそれで騒動になったではないか!」
人望がないということは忠誠もないということ。
魔王という名の下に活動していれば何でも免罪されると勘違いしている者も多く、そのあたりも全く管理しきれていなかった。
「魔王様、ご報告です」
「こ、今度は何だ!?」
「魔王様のご命令で出陣していたダンデラー共和国での戦況についてです」
「おお、あそこは潤沢な魔力を私利私欲のために独占していたところだな。今、どんな状況になっているのだ?」
「我が魔王軍は圧倒的な戦力の前に太刀打ちできず、返り討ちに遭い、無様にも敗走してきたとのことです」
これにはフィテウマもズコーっとコケる始末。
新人教育もままならず、命令無視が横行。
かといって忠実に命令通りに動いても戦力不足が深刻すぎて結局何も成し得ない。
どっちつかずの板挟み。魔王軍の解散がフィテウマの脳裏を過ぎる。
前途多難とはまさにこのことで、若いフィテウマにとっては何もかもが重荷でしかなく、舵を取る方向すら分からなかった。
「くっそぉぉぉっ! 何処かにスッゴい人材は転がっていないのか!」
床に穴を空けんばかりの勢いでフィテウマは地団駄を踏む。
先代はもういないし、先代の盟友である父親に会わせる顔もない。
「――待てよ? そういえば、先代の魔王には娘がいたはず」
「あの……魔王様。お言葉ですが、彼女はおやめになった方がよいかと」
「何故だ。そんなに論外なのか?」
「いえ、そういうわけではございませんが……」
何やら言葉を濁す従者に、苛立ちを覚えつつも、フィテウマは足踏みすることに飽きた様子で、一つの目的を定める。
「もうこうなったらダメで元々、説得しに私が直々に出向いてくれよう!!」
そういって、フィテウマは特に意味もなく高笑いしてみせるのだった。
※ ※ ※
地下の深い層、大地が火を吹くような灼熱の地。
生命を拒むような荒々しいその場所に、目を疑うような城が建っていた。
これこそが先代の魔王の居城だった場所。
今でこそ、ほとんど無人に近い廃墟のようになっていたが、ここには先代魔王の一人娘が今もひっそりと隠れ住んでいるのだという。
フィテウマは転移魔法の組み込まれていた一室へと降り立つ。
以前にも何度か訪れた記憶はあったし、つい最近にも父親に連れてこられた記憶もはっきりと残っていたのだが、急な気温の変化に度肝を抜かれる。
「くぅ……相変わらずここは熱いのだ」
暑いという次元ではなく熱いが正しい。何せ城の周囲はまともな動植物すら生息できないような環境であり、炎の中に飛び込んでいるのと同義だ。
それでも一応、城の内部にはある程度の熱気を遮断するような魔法も組み込まれていたのだが、それを加味しても南国の炎天下よりずっと熱い。暑いではなく熱い。
「とにかく、ここに魔王の娘がいるはず。絶対に連れ帰ってやるのだ!」
そう意気込んで、フィテウマは城の中を探索していく。
元魔王の城の廊下は驚くほど広く、巨人がすれ違えるほどの高さと幅があり、部屋と部屋の間を移動するだけでも相当な距離となった。
さすがに熱気にまいってきた頃合い。
ふと、フィテウマは何故かヒンヤリとした空気を感じる。
そしてソレが視界に入り、目を疑った。
「な、なんでこんなところに……」
廊下を曲がった突き当たり。床から天井にまでかけて、凍結していた。
凍るどころか水分もすぐに蒸発してなくなりそうな城内だというのにも関わらず。
歩を進めると急激に冷え込んでいき、その一帯だけが途轍もない冷気に満ちていることが分かった。
「もしかして、ここにいるのか?」
カチンコチンに凍結した壁の中に扉を見つける。
まだ確信を持てなかったフィテウマだったが、一縷の望みをかけて扉へ進む。
ツルツルとした床を何度か転びそうになりながらも、そこへ辿り着く。
『――誰?』
どうやって凍り付いた扉を開こうか考えていたところで、フィテウマの耳に直接響くような声が聞こえてきた。
「私は、魔王だ」
『――嘘。だって、魔王は私のパパだもの』
「何を言っているのだ。お前の父上はとっくに亡くなっただろう」
『そういえばそうだった。パパ死んじゃったんだった。忘れたかったのに、思い出させないで。悲しい。悲しくて心が凍てついてしまいそうよ』
心どころか部屋そのものが凍てついているのだが――といったツッコミを胸にしまい込み、フィテウマは扉に向かって話しかける。
「私は、お前の父上から継いで魔王になったのだ」
『あら、じゃあ、私、魔王の娘じゃなくなったのね。ということは、あなたの娘ということになるのかな? ねえ、あなたはどう思う?』
「いや、別にそうはならんだろう。元魔王の娘でいいではないか」
どうにも掴み所がないというか、気まぐれにもほどがある。
無気力というべきか、何にも関心がないというべきか。
『ねえ。あなたは誰?』
「む? 私はフィテウマ・サタナムーンだ」
『長い。言いづらい。ややこしい。さっちゃんでいい?』
「それでも構わん。だから私の話を聞い――」
『私、リコリス・ルキフェルナ。よろしくね。さっちゃん』
話のテンポが掴めない。話題を切り出したくても向こうのペースに振り回される。
そんなもやもやを抱えつつも、フィテウマは堪える。
どうやら向こうはフィテウマに興味を示した感触があったから。
「なあ、リコリス。お前の父上から受け継いだ魔王軍が大変なのだ。だから――」
『いや。魔王軍なんて面倒でつまらないことを口にしないで。それよりももっと私とお話ししましょうよ、さっちゃん』
そのとき、床から天井にかけてバリバリと氷塊に亀裂が入り、扉が開く。
刺すような冷気が漏れ出してくる部屋の奥から姿を現したのは、淡い月明かりの如く麗しき乳白色の髪を持ち、燃ゆる炎の如く朱色の瞳の少女だった。
「ねえ、いいでしょ?」
これが魔王フィテウマと、元魔王の娘リコリスの初めての出会いだった。
構成員の殆どは、先代魔王の従者と、実の父親に仕えていたものたちばかり。
魔王軍のノウハウを知るベテラン揃いだと当初はフィテウマも楽観的に考えていたが、それが問題だったとは予想だにしなかっただろう。
先代魔王の従者も数が少なく、また実力者と呼べるものもそう多くはなかった。
何せ、長いこと病床に伏せていたのだ。ある者は潮時と考え、ある者は呆れ果て、次々に魔王軍から離れていって当然と言えた。
その上、新人魔王であるフィテウマに人望など皆無。先代魔王の盟友の娘というネームバリューでは面白がって集まってくる輩さえもいたほど。
先代の意志を継いで世界の管理者となる覚悟などないに等しかった。
「くぬぬ……、なんでこんなに少ないのだ! これでは魔王軍とは言えないのだ!」
フィテウマは床の上を仰向けになってジタバタする。
魔王としての威厳もへったくれもない。
見た目が少女なこともあり、まさに駄々っ子のよう。
「魔王様、ご報告が」
「お、なんだ? 新しい人材か?」
部屋に飛び込んできた従者に、喜々として飛び起きる。
「いえ、先日採用された新人が任務を無視し、独断で人里に襲撃したとのこと。魔王様の名を吹聴しながら暴れ回っているとか」
とんでもない報告に、フィテウマも口をあんぐりと開けて放心した。
「な、な、な! なんでどいつもこいつも勝手なことをするのだ! そもそも襲えなんて指示は出してないぞ! この前もそれで騒動になったではないか!」
人望がないということは忠誠もないということ。
魔王という名の下に活動していれば何でも免罪されると勘違いしている者も多く、そのあたりも全く管理しきれていなかった。
「魔王様、ご報告です」
「こ、今度は何だ!?」
「魔王様のご命令で出陣していたダンデラー共和国での戦況についてです」
「おお、あそこは潤沢な魔力を私利私欲のために独占していたところだな。今、どんな状況になっているのだ?」
「我が魔王軍は圧倒的な戦力の前に太刀打ちできず、返り討ちに遭い、無様にも敗走してきたとのことです」
これにはフィテウマもズコーっとコケる始末。
新人教育もままならず、命令無視が横行。
かといって忠実に命令通りに動いても戦力不足が深刻すぎて結局何も成し得ない。
どっちつかずの板挟み。魔王軍の解散がフィテウマの脳裏を過ぎる。
前途多難とはまさにこのことで、若いフィテウマにとっては何もかもが重荷でしかなく、舵を取る方向すら分からなかった。
「くっそぉぉぉっ! 何処かにスッゴい人材は転がっていないのか!」
床に穴を空けんばかりの勢いでフィテウマは地団駄を踏む。
先代はもういないし、先代の盟友である父親に会わせる顔もない。
「――待てよ? そういえば、先代の魔王には娘がいたはず」
「あの……魔王様。お言葉ですが、彼女はおやめになった方がよいかと」
「何故だ。そんなに論外なのか?」
「いえ、そういうわけではございませんが……」
何やら言葉を濁す従者に、苛立ちを覚えつつも、フィテウマは足踏みすることに飽きた様子で、一つの目的を定める。
「もうこうなったらダメで元々、説得しに私が直々に出向いてくれよう!!」
そういって、フィテウマは特に意味もなく高笑いしてみせるのだった。
※ ※ ※
地下の深い層、大地が火を吹くような灼熱の地。
生命を拒むような荒々しいその場所に、目を疑うような城が建っていた。
これこそが先代の魔王の居城だった場所。
今でこそ、ほとんど無人に近い廃墟のようになっていたが、ここには先代魔王の一人娘が今もひっそりと隠れ住んでいるのだという。
フィテウマは転移魔法の組み込まれていた一室へと降り立つ。
以前にも何度か訪れた記憶はあったし、つい最近にも父親に連れてこられた記憶もはっきりと残っていたのだが、急な気温の変化に度肝を抜かれる。
「くぅ……相変わらずここは熱いのだ」
暑いという次元ではなく熱いが正しい。何せ城の周囲はまともな動植物すら生息できないような環境であり、炎の中に飛び込んでいるのと同義だ。
それでも一応、城の内部にはある程度の熱気を遮断するような魔法も組み込まれていたのだが、それを加味しても南国の炎天下よりずっと熱い。暑いではなく熱い。
「とにかく、ここに魔王の娘がいるはず。絶対に連れ帰ってやるのだ!」
そう意気込んで、フィテウマは城の中を探索していく。
元魔王の城の廊下は驚くほど広く、巨人がすれ違えるほどの高さと幅があり、部屋と部屋の間を移動するだけでも相当な距離となった。
さすがに熱気にまいってきた頃合い。
ふと、フィテウマは何故かヒンヤリとした空気を感じる。
そしてソレが視界に入り、目を疑った。
「な、なんでこんなところに……」
廊下を曲がった突き当たり。床から天井にまでかけて、凍結していた。
凍るどころか水分もすぐに蒸発してなくなりそうな城内だというのにも関わらず。
歩を進めると急激に冷え込んでいき、その一帯だけが途轍もない冷気に満ちていることが分かった。
「もしかして、ここにいるのか?」
カチンコチンに凍結した壁の中に扉を見つける。
まだ確信を持てなかったフィテウマだったが、一縷の望みをかけて扉へ進む。
ツルツルとした床を何度か転びそうになりながらも、そこへ辿り着く。
『――誰?』
どうやって凍り付いた扉を開こうか考えていたところで、フィテウマの耳に直接響くような声が聞こえてきた。
「私は、魔王だ」
『――嘘。だって、魔王は私のパパだもの』
「何を言っているのだ。お前の父上はとっくに亡くなっただろう」
『そういえばそうだった。パパ死んじゃったんだった。忘れたかったのに、思い出させないで。悲しい。悲しくて心が凍てついてしまいそうよ』
心どころか部屋そのものが凍てついているのだが――といったツッコミを胸にしまい込み、フィテウマは扉に向かって話しかける。
「私は、お前の父上から継いで魔王になったのだ」
『あら、じゃあ、私、魔王の娘じゃなくなったのね。ということは、あなたの娘ということになるのかな? ねえ、あなたはどう思う?』
「いや、別にそうはならんだろう。元魔王の娘でいいではないか」
どうにも掴み所がないというか、気まぐれにもほどがある。
無気力というべきか、何にも関心がないというべきか。
『ねえ。あなたは誰?』
「む? 私はフィテウマ・サタナムーンだ」
『長い。言いづらい。ややこしい。さっちゃんでいい?』
「それでも構わん。だから私の話を聞い――」
『私、リコリス・ルキフェルナ。よろしくね。さっちゃん』
話のテンポが掴めない。話題を切り出したくても向こうのペースに振り回される。
そんなもやもやを抱えつつも、フィテウマは堪える。
どうやら向こうはフィテウマに興味を示した感触があったから。
「なあ、リコリス。お前の父上から受け継いだ魔王軍が大変なのだ。だから――」
『いや。魔王軍なんて面倒でつまらないことを口にしないで。それよりももっと私とお話ししましょうよ、さっちゃん』
そのとき、床から天井にかけてバリバリと氷塊に亀裂が入り、扉が開く。
刺すような冷気が漏れ出してくる部屋の奥から姿を現したのは、淡い月明かりの如く麗しき乳白色の髪を持ち、燃ゆる炎の如く朱色の瞳の少女だった。
「ねえ、いいでしょ?」
これが魔王フィテウマと、元魔王の娘リコリスの初めての出会いだった。
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