第164話 悪役
ー/ー 血まみれのロータスが教会の中へと担ぎ込まれていき、広場は途轍もなく喧騒に溢れかえっていた。混乱は収まりそうにない。何より、我自身が一番混乱していた。
急いで我も人混みを掻き分けるようにして教会へと急いだ。途中、蹴り飛ばされたり、誰かの肘が顔面を殴打したりしたが、気にする余裕もない。
混乱に乗じて、どうにか教会の中に潜り込めたが、外のけたたましい騒音に比べれば、酷く静かなものだった。
「どうして……、どうしてっ? なんで、治癒できないんですか!?」
マルペルが全身を発光させる勢いで治癒の魔法を放っている。
しかし、簡易なクッションを敷かれ、床の上に仰向けになったロータスの容態は一向によくなる気配がない。
神聖な教会の床に、血の海が広がっていくばかりだ。
目の当たりにする光景は何もかも信じられない。
あんなに護衛に囲まれて、あんなにも観衆の注目を浴びている中、あのロータスが、どうして今、血まみれになっているというのか。これだけ迅速に治療にあたっているというのに、なんで何もできないでいるのか。
命が一刻一刻と消失していく様を、ゆっくりと待つばかり。
こんなことってあるのか?
「おい、ロータス。しっかりしろ! 勇者たるお前が、なんて様だ!」
「フィーか……。すまないな……、どうやら油断してしまったらしい……」
傷口が、深いなんてものじゃなかった。奇妙なことに、身体に拳が入るくらいの大きさの穴が空いており、しかもそれが今も広がろうとしている。
一目見て分かった。これは呪いの込められた魔法の塊を体内に打ち込まれたのだ。
それが身体の内側から蝕み、治癒すらできなくさせている。
「おい、マーガ! 早くこの呪いをどうにかしろ!」
「やってますやってますやってますよぉ!! さっきからずっと!! なのに、侵蝕が早すぎて、追いつかなくて、ああもう! ロータスさん! ロータスさん!」
いつものフードも外し、素顔のまま泣きじゃくった顔を見せる呪いのエキスパートはロータスの身体にしがみつかんばかりだ。
「どけ、キッキバル」
「ひゃいっ!」
それを片手で押しのけて割り込んできたのはカーネだ。コップ一杯のくつくつと煮える薬をロータスの胴体から広がる穴に流し込む。
穴の中から煙こそ噴きあがったが、状況がよくなっているようには思えない。
「ぐぅ……、なんという強力な魔力だ。どれだけ練り込まれているのか」
「マーガ……それにカーネも……ありがとう。だけど……ゲホッ……、ああ、どうやら俺はもう、ダメらしい……」
「何を弱気なことを言っておるのだ!」
思わず掴みかかりたかったが、すんでのところで留まる。
この馬鹿げた圧倒的な魔力による暴力。紛れもなく人間には成し得ない領域の者。月の民くらいしか考えられない。
だが、そんな強力な魔力の塊をどうやってロータスの中に打ち込んだのか。
そもそも、それだけの魔力となると多くの者が感知できるはずだ。いくらヘボヘボの我だって、身体を崩壊させるほどの魔力がこもった呪いを全く感じ取れないなんてあるはずがない。
しかし、現に今、我が感じ取れているのは残りカスみたいな僅かな魔力。今も尚、ロータスの身体を蝕んでいるのに、微弱すぎる。
何か、魔力を感じさせないもので包み込んでいるかのよう。
それがとどのつまり、どういうことになるのか。
途方も無い魔力の塊を包み込んだ何かを、魔法を使わず、且つ目にも留まらない速さでロータスを狙ったということだ。
そんな方法があるのか。そう思い至り、我はあのとき、ロータスが倒れる直前に聞いた乾いた音を過去に聞いたことがあることを思い出した。
確かそう。あれは我がロータスとともにレッドアイズ国に行ったときだ。
「これは……、銃だ」
じゅう……。
ロータスが弱々しく呟いたその単語は、我の頭を強く揺さぶった。
軍事国家レッドアイズで開発が進んでいた、銃器という武器。魔法の弾丸を筒状の先端から発射することができる代物で、あの時点ではまだ試作段階で実戦には使われていないと言っていた。
問題なのはそこではない。どうして、レッドアイズで試作段階だったはずの武器で、計り知れないほどの魔法の弾丸を発射できるのか。
魔王リコリスによって、レッドアイズの技術が盗まれた?
いや、違う。おそらくもっと信じがたいことだ。
その場にいた全員がその答えに行き着いて、青ざめる。
まさかと思いたかった。
「レッドアイズ国に内通者が、裏切り者がいたとでもいうのか?」
カーネが怒りを露わにした口調で言う。
軍事国家レッドアイズの技術力は世界に誇る。それは魔法の技術という面で極めてきたとされる月の民を凌駕するほどに。
ただ銃器の製法を盗んだ程度では、こんなものは製造できない。
驚異的な魔力と、それを掌握する技術力が合わさらなければ、勇者を撃ち抜く兵器など造れるはずがないのだ。
あの教会の広場には、感知できるほどの魔力は感じられなかったが、警戒にあたっていたレッドアイズ国のものなら無数にいた。あの中の誰か、または何人かが、まさにこのタイミングで、ロータスを狙ったとしか考えられない。
「マーガ、貴様か? 貴様がロータスの命を奪おうとしたのか?」
「ひぇっ!? ちちちち、違いますよカーネ先生、じゃなくてカーネ先輩! といいますか、あなたは私の隣にいたじゃないですか! 銃とかそんなの構えてたらすぐに分かっちゃいますって! それを言い出したらカーネ先輩も」
「この私を疑うだと? それこそ笑止。この強力な呪いはよほど精通していなければ生成できない。直接的に手を下さずとも技術だけを譲渡したという可能性だって」
そこで二人の間に押し入ったのはダリアだった。
「やめて! 今、それどころじゃないんだから!」
「ああ……、そうだ……。お互いを疑っても仕方ない……グッ……」
「ろ、ロータスさん! もう喋らないでください!」
そうこうしているうちにも、ロータスに空いた穴は大きく広がっており、まるで深淵を覗き込んでいるかのよう。とても正視に耐えるものではない。
「俺も……、自分の正義を、心酔すぎた……。それが、この有様なんだ……。ずっと、多くの反対を、押し切ってきた……。それで平和が得られるなら、誰に嫌われてもいい、って思っていたから……、ゲボッ! グボッ!」
ロータスの口からも、血が滴る。意識があるかも分からないくらい、酷い状態なのは医師じゃなくても見れば分かる。
「フィー……、ちょっと、頼まれてくれないか……?」
「こんなときにまで我を頼るとは、とんだ勇者だな」
「……パエデロスは……、これから大きな混乱に、飲まれていくだろう……、だけど、誰かがいがみ合う、そんな世界を、残して逝くわけには、いかない……」
もはや何処を向いているかも分からない瞳で、我の方角を定めようとする。
「俺の目指した、平和を……、平穏の世界を……、継いでくれないか?」
何処までもお人好しな奴だ。呆れてしまう。
「貴様は誰とも敵対しない、平等という正義を掲げていた。それによって、パエデロスはこんなにも発展した。それは偉大であり、雄大なことであった。誇るといい。だが、我は貴様の掲げた正義を継ぐつもりなど毛頭ない」
両手を添えてロータスの顔を真正面に据える。
「我は、貴様の成し得なかった、成りきることのできなかった、悪役を買ってやる。それくらい我に背負わせろ」
「…………ありがとう」
ひねり出した最期の言葉は何処までも優しく、そして穏やかだった。
急いで我も人混みを掻き分けるようにして教会へと急いだ。途中、蹴り飛ばされたり、誰かの肘が顔面を殴打したりしたが、気にする余裕もない。
混乱に乗じて、どうにか教会の中に潜り込めたが、外のけたたましい騒音に比べれば、酷く静かなものだった。
「どうして……、どうしてっ? なんで、治癒できないんですか!?」
マルペルが全身を発光させる勢いで治癒の魔法を放っている。
しかし、簡易なクッションを敷かれ、床の上に仰向けになったロータスの容態は一向によくなる気配がない。
神聖な教会の床に、血の海が広がっていくばかりだ。
目の当たりにする光景は何もかも信じられない。
あんなに護衛に囲まれて、あんなにも観衆の注目を浴びている中、あのロータスが、どうして今、血まみれになっているというのか。これだけ迅速に治療にあたっているというのに、なんで何もできないでいるのか。
命が一刻一刻と消失していく様を、ゆっくりと待つばかり。
こんなことってあるのか?
「おい、ロータス。しっかりしろ! 勇者たるお前が、なんて様だ!」
「フィーか……。すまないな……、どうやら油断してしまったらしい……」
傷口が、深いなんてものじゃなかった。奇妙なことに、身体に拳が入るくらいの大きさの穴が空いており、しかもそれが今も広がろうとしている。
一目見て分かった。これは呪いの込められた魔法の塊を体内に打ち込まれたのだ。
それが身体の内側から蝕み、治癒すらできなくさせている。
「おい、マーガ! 早くこの呪いをどうにかしろ!」
「やってますやってますやってますよぉ!! さっきからずっと!! なのに、侵蝕が早すぎて、追いつかなくて、ああもう! ロータスさん! ロータスさん!」
いつものフードも外し、素顔のまま泣きじゃくった顔を見せる呪いのエキスパートはロータスの身体にしがみつかんばかりだ。
「どけ、キッキバル」
「ひゃいっ!」
それを片手で押しのけて割り込んできたのはカーネだ。コップ一杯のくつくつと煮える薬をロータスの胴体から広がる穴に流し込む。
穴の中から煙こそ噴きあがったが、状況がよくなっているようには思えない。
「ぐぅ……、なんという強力な魔力だ。どれだけ練り込まれているのか」
「マーガ……それにカーネも……ありがとう。だけど……ゲホッ……、ああ、どうやら俺はもう、ダメらしい……」
「何を弱気なことを言っておるのだ!」
思わず掴みかかりたかったが、すんでのところで留まる。
この馬鹿げた圧倒的な魔力による暴力。紛れもなく人間には成し得ない領域の者。月の民くらいしか考えられない。
だが、そんな強力な魔力の塊をどうやってロータスの中に打ち込んだのか。
そもそも、それだけの魔力となると多くの者が感知できるはずだ。いくらヘボヘボの我だって、身体を崩壊させるほどの魔力がこもった呪いを全く感じ取れないなんてあるはずがない。
しかし、現に今、我が感じ取れているのは残りカスみたいな僅かな魔力。今も尚、ロータスの身体を蝕んでいるのに、微弱すぎる。
何か、魔力を感じさせないもので包み込んでいるかのよう。
それがとどのつまり、どういうことになるのか。
途方も無い魔力の塊を包み込んだ何かを、魔法を使わず、且つ目にも留まらない速さでロータスを狙ったということだ。
そんな方法があるのか。そう思い至り、我はあのとき、ロータスが倒れる直前に聞いた乾いた音を過去に聞いたことがあることを思い出した。
確かそう。あれは我がロータスとともにレッドアイズ国に行ったときだ。
「これは……、銃だ」
じゅう……。
ロータスが弱々しく呟いたその単語は、我の頭を強く揺さぶった。
軍事国家レッドアイズで開発が進んでいた、銃器という武器。魔法の弾丸を筒状の先端から発射することができる代物で、あの時点ではまだ試作段階で実戦には使われていないと言っていた。
問題なのはそこではない。どうして、レッドアイズで試作段階だったはずの武器で、計り知れないほどの魔法の弾丸を発射できるのか。
魔王リコリスによって、レッドアイズの技術が盗まれた?
いや、違う。おそらくもっと信じがたいことだ。
その場にいた全員がその答えに行き着いて、青ざめる。
まさかと思いたかった。
「レッドアイズ国に内通者が、裏切り者がいたとでもいうのか?」
カーネが怒りを露わにした口調で言う。
軍事国家レッドアイズの技術力は世界に誇る。それは魔法の技術という面で極めてきたとされる月の民を凌駕するほどに。
ただ銃器の製法を盗んだ程度では、こんなものは製造できない。
驚異的な魔力と、それを掌握する技術力が合わさらなければ、勇者を撃ち抜く兵器など造れるはずがないのだ。
あの教会の広場には、感知できるほどの魔力は感じられなかったが、警戒にあたっていたレッドアイズ国のものなら無数にいた。あの中の誰か、または何人かが、まさにこのタイミングで、ロータスを狙ったとしか考えられない。
「マーガ、貴様か? 貴様がロータスの命を奪おうとしたのか?」
「ひぇっ!? ちちちち、違いますよカーネ先生、じゃなくてカーネ先輩! といいますか、あなたは私の隣にいたじゃないですか! 銃とかそんなの構えてたらすぐに分かっちゃいますって! それを言い出したらカーネ先輩も」
「この私を疑うだと? それこそ笑止。この強力な呪いはよほど精通していなければ生成できない。直接的に手を下さずとも技術だけを譲渡したという可能性だって」
そこで二人の間に押し入ったのはダリアだった。
「やめて! 今、それどころじゃないんだから!」
「ああ……、そうだ……。お互いを疑っても仕方ない……グッ……」
「ろ、ロータスさん! もう喋らないでください!」
そうこうしているうちにも、ロータスに空いた穴は大きく広がっており、まるで深淵を覗き込んでいるかのよう。とても正視に耐えるものではない。
「俺も……、自分の正義を、心酔すぎた……。それが、この有様なんだ……。ずっと、多くの反対を、押し切ってきた……。それで平和が得られるなら、誰に嫌われてもいい、って思っていたから……、ゲボッ! グボッ!」
ロータスの口からも、血が滴る。意識があるかも分からないくらい、酷い状態なのは医師じゃなくても見れば分かる。
「フィー……、ちょっと、頼まれてくれないか……?」
「こんなときにまで我を頼るとは、とんだ勇者だな」
「……パエデロスは……、これから大きな混乱に、飲まれていくだろう……、だけど、誰かがいがみ合う、そんな世界を、残して逝くわけには、いかない……」
もはや何処を向いているかも分からない瞳で、我の方角を定めようとする。
「俺の目指した、平和を……、平穏の世界を……、継いでくれないか?」
何処までもお人好しな奴だ。呆れてしまう。
「貴様は誰とも敵対しない、平等という正義を掲げていた。それによって、パエデロスはこんなにも発展した。それは偉大であり、雄大なことであった。誇るといい。だが、我は貴様の掲げた正義を継ぐつもりなど毛頭ない」
両手を添えてロータスの顔を真正面に据える。
「我は、貴様の成し得なかった、成りきることのできなかった、悪役を買ってやる。それくらい我に背負わせろ」
「…………ありがとう」
ひねり出した最期の言葉は何処までも優しく、そして穏やかだった。
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