第163話 掲げられた正義
ー/ー 人種も、身分も、何も関係なく、太陽の下を人々が行き交う。
ここ数日もかなりの賑わいだったと思うが、今日という日はまた格別だ。
世界中の人々が押し寄せているのかと思うほど。
それというのも、まさに本日、ロータスの戴冠式が行われるからに他ならない。
教会広場の前には舞台が整えられており、今か今かと人々が待機していた。
勿論のこと、レッドアイズ国の面々も重装備して警戒している。
舞台の真ん前には、赤絨毯も敷き詰められており、我の記憶にもある各国の要人たちがずらっと並び、どっしりと座っている。
たかだか辺境の街が国を名乗るだけで大げさな、などというものはこの場にはいないだろう。世界でもまれに見る多種族国家であり、それを収めるのがあの勇者ロータスだというのだから、これは歴史の動く瞬間でもある。
陽気な賑わいと、緊迫した空気が、混ざりに混ざらず奇妙な温度差を生んでいる。
そんな中、我は何をしているのかと言えば、あの雑踏に紛れたら踏みつぶされかねないので、教会広場に急遽設けられた高台の上にいた。
できるだけ多くの人たちを取り入れるように設置されたテラスになっているのだが、ここも既に人がぎゅうぎゅうに押し寄せてきていて、床もミシミシ言っている。
魔法で補強しているから簡単には壊れないとか言ってたが、これは不安を覚える。
教会の正面にある舞台を取り囲うように、三階層ほどの高さがあって、それぞれに座席も設けられている他、すぐ近くの店から食事や酒が注文できる仕組みだ。
言ってみれば、もはや仮設で増設されたビアガーデンみたいなものか。
一番上の見晴らしのよい席をとれたので、教会前の舞台を上から一望できる。
戴冠式が終えれば取り壊してしまうらしいが、勿体ないと思わないでもない。
舞台の上にはレッドアイズの王子兄弟――つまり、コリウスやソレノスが即席の玉座に座り、待機中だ。その周りにはカーネやマーガ、リンドーも気を張っている。
そして舞台の中央には一際大きな玉座がこしらえてある。
あそこにあの男――勇者ロータスが座るのだろうな。
舞台を降りた直ぐそば、教会の入り口付近にはダリアとマルペルも見張っている。
なんという厳戒態勢だろう。見ているだけで息が詰まりそうだ。
少しでも緊張感を和らげるために、チップスをつまみながら水で流し込む。
食欲を煽る塩っ気が、芋の風味とほどよく調和して美味だ。
やはり、こういうときは旨いものを食べるに限る。
「お嬢様、お水のおかわりをお持ちしました」
「うむ」
特に何を言う前に、オキザリスが新しい水差しを手配してくる。
よくもまあ、この人混みの中を平然と動き回れるものだ。
本当は、レッドアイズ産のワインをいただきたかったが、さすがにこの状況で酒を嗜むわけにもいくまい。
今日の戴冠式の警備に当たっているのは何もレッドアイズ国の連中だけではない。
この教会の広場やその周囲、なんだったらパエデロスの全域に至るまで、我の屋敷で雇っている使用人たちも配備している。
我にできることはそんなに多くないが、パエデロスの歴史が動こうとしている今日というこの日を邪魔されたくはない。
もちろん、我がわざわざ見晴らしのいいところにいるのも、その理由の一つだ。
果たして、新生魔王軍を名乗る連中が何処からどのように攻めてくるか。
決して何かしらの予告状が届いたわけではないが、既にレッドアイズの王子は襲撃されている。加えて、わざわざ魔王自らパエデロスを訪れたのだ。
何もないことに越したことはないが、前回失敗したからもう諦めた、などと考えるほど平和ボケしちゃいない。
正直、リコリスが何を考えているのかまでは分からないが、あれから目立った動きをしてこなかったことから、今日何かけしかけてくると思っていいだろう。
今日を無事で過ごせばそれで終わるということでもないが、少なくとも大きな節目となる戴冠式を無事に終わらせることはパエデロスないしは世界の歴史に関わる重大な事項なのだ。
なんだか、チップスの味がしなくなってきた。
それに水を飲んでいるのに、無性に喉が渇いてきた。
見下ろしていると、教会の扉が静かに開いた。
中から現われたのは、誰もが待ち望んでいた勇者ロータスの像、そのものだ。
これから戦場に赴くのかというくらい、勇ましい格好をしており、その腰にはかつて我の心臓を貫いたあの女神の聖剣を携えている。
あの姿を見るのも久しぶりだな。これはこれで身震いしてしまうものがある。
ロータスが一歩、また一歩と踏み出すだけで広場は喝采。
はち切れんばかりの拍手と、歓声が彼を迎え入れていた。
まるで英雄の凱旋そのものではないか。
壇上に上がり、マントを翻す。
なんか、黄色い声援が飛び交っているような気がするのだが。
ソレノス王子が立ち上がり、それにやや遅れてコリウス王子も立ち上がる。
見慣れた顔ぶればかりなせいか、形式張った流れに違和感を覚えないでもない。
簡単な会釈を返しあい、いよいよロータスは前に出る。
『ぁー……、まずは、ありがとう。これだけは先に言わせてくれ』
拡声の魔具を使っているのか、広場一杯にロータスの声が響き渡る。
『今日という日を迎えられたのは、ひとえに、この街の住民たち、みんなの協力があったからこそだ。そこは、感謝してもしきれない。俺の力だけでは成し得なかった』
あれほどまでざわついていた声がシンと静まりかえっている。
皆、ロータスの言葉に集中しているのだろう。
『今日、このとき、パエデロスは国となる。誰もが分け隔てなく、手を取り合って暮らせる、平和の象徴として、これから世界へ、語り継がれていくことだろう』
言葉に熱がこもっているのが、ここにいても伝わる。
『まだ、俺が国王になることを、受け入れられない人もいるかもしれない。だけど、ついてきてほしい。俺の目指す理想、俺の目指す平和を、このパエデロスにいるみんなと分かち合いたいんだ』
ロータスの目指している理想か。それははたして一体どんなものなのだろうな。
元々バラバラな種族が勝手に集まってくるだけの無法地帯の土地を、ここまで治安の良い街に、そして平和な国へと築き上げてきたのは、紛れもなくロータスの手腕。
ロータスの手で掲げられた正義が成し得た国であることを否定できる者はいない。
「それでは、ロータス。こちらへ」
ソレノス王子が玉座の前へと促す。そして、いつの間にか壇上に上がってきていたマルペルが冠を両手で支えるように持っていた。
あの冠をロータスの頭に被せることで、戴冠式は成立する。
今このとき、多種族国家の王ロータスが誕生するのだ。
大衆が見守る中、ロータスは膝を折り、頭を垂れる。
広場中の皆が息を飲み、その歴史的瞬間を目の当たりにしようとしていた。
そんなときだ。
乾いた破裂音が、広場に響いた。
何の音だ? 疑問に思っていると、また同じような音が響く。
すると、今度は、悲鳴があがっていた。
どうした、何が起こったんだ。
舞台の上、玉座の前、膝を折ったロータスは――そのまま倒れた。
マルペルは、冠を持ったまま硬直している。
ソレノス王子が駆け寄り、その背中を追ってコリウス王子も近付く。
なんだ。どういうことだ。
どうして、ロータスは倒れている?
どうして、玉座の前に血が流れている?
レッドアイズ国の兵士たちが一斉に舞台の上に飛び上がっていき、ものの一瞬で覆い隠してしまった。今、我は、何を目撃したのだろうか。
悲鳴が、耳障りだった。
ここ数日もかなりの賑わいだったと思うが、今日という日はまた格別だ。
世界中の人々が押し寄せているのかと思うほど。
それというのも、まさに本日、ロータスの戴冠式が行われるからに他ならない。
教会広場の前には舞台が整えられており、今か今かと人々が待機していた。
勿論のこと、レッドアイズ国の面々も重装備して警戒している。
舞台の真ん前には、赤絨毯も敷き詰められており、我の記憶にもある各国の要人たちがずらっと並び、どっしりと座っている。
たかだか辺境の街が国を名乗るだけで大げさな、などというものはこの場にはいないだろう。世界でもまれに見る多種族国家であり、それを収めるのがあの勇者ロータスだというのだから、これは歴史の動く瞬間でもある。
陽気な賑わいと、緊迫した空気が、混ざりに混ざらず奇妙な温度差を生んでいる。
そんな中、我は何をしているのかと言えば、あの雑踏に紛れたら踏みつぶされかねないので、教会広場に急遽設けられた高台の上にいた。
できるだけ多くの人たちを取り入れるように設置されたテラスになっているのだが、ここも既に人がぎゅうぎゅうに押し寄せてきていて、床もミシミシ言っている。
魔法で補強しているから簡単には壊れないとか言ってたが、これは不安を覚える。
教会の正面にある舞台を取り囲うように、三階層ほどの高さがあって、それぞれに座席も設けられている他、すぐ近くの店から食事や酒が注文できる仕組みだ。
言ってみれば、もはや仮設で増設されたビアガーデンみたいなものか。
一番上の見晴らしのよい席をとれたので、教会前の舞台を上から一望できる。
戴冠式が終えれば取り壊してしまうらしいが、勿体ないと思わないでもない。
舞台の上にはレッドアイズの王子兄弟――つまり、コリウスやソレノスが即席の玉座に座り、待機中だ。その周りにはカーネやマーガ、リンドーも気を張っている。
そして舞台の中央には一際大きな玉座がこしらえてある。
あそこにあの男――勇者ロータスが座るのだろうな。
舞台を降りた直ぐそば、教会の入り口付近にはダリアとマルペルも見張っている。
なんという厳戒態勢だろう。見ているだけで息が詰まりそうだ。
少しでも緊張感を和らげるために、チップスをつまみながら水で流し込む。
食欲を煽る塩っ気が、芋の風味とほどよく調和して美味だ。
やはり、こういうときは旨いものを食べるに限る。
「お嬢様、お水のおかわりをお持ちしました」
「うむ」
特に何を言う前に、オキザリスが新しい水差しを手配してくる。
よくもまあ、この人混みの中を平然と動き回れるものだ。
本当は、レッドアイズ産のワインをいただきたかったが、さすがにこの状況で酒を嗜むわけにもいくまい。
今日の戴冠式の警備に当たっているのは何もレッドアイズ国の連中だけではない。
この教会の広場やその周囲、なんだったらパエデロスの全域に至るまで、我の屋敷で雇っている使用人たちも配備している。
我にできることはそんなに多くないが、パエデロスの歴史が動こうとしている今日というこの日を邪魔されたくはない。
もちろん、我がわざわざ見晴らしのいいところにいるのも、その理由の一つだ。
果たして、新生魔王軍を名乗る連中が何処からどのように攻めてくるか。
決して何かしらの予告状が届いたわけではないが、既にレッドアイズの王子は襲撃されている。加えて、わざわざ魔王自らパエデロスを訪れたのだ。
何もないことに越したことはないが、前回失敗したからもう諦めた、などと考えるほど平和ボケしちゃいない。
正直、リコリスが何を考えているのかまでは分からないが、あれから目立った動きをしてこなかったことから、今日何かけしかけてくると思っていいだろう。
今日を無事で過ごせばそれで終わるということでもないが、少なくとも大きな節目となる戴冠式を無事に終わらせることはパエデロスないしは世界の歴史に関わる重大な事項なのだ。
なんだか、チップスの味がしなくなってきた。
それに水を飲んでいるのに、無性に喉が渇いてきた。
見下ろしていると、教会の扉が静かに開いた。
中から現われたのは、誰もが待ち望んでいた勇者ロータスの像、そのものだ。
これから戦場に赴くのかというくらい、勇ましい格好をしており、その腰にはかつて我の心臓を貫いたあの女神の聖剣を携えている。
あの姿を見るのも久しぶりだな。これはこれで身震いしてしまうものがある。
ロータスが一歩、また一歩と踏み出すだけで広場は喝采。
はち切れんばかりの拍手と、歓声が彼を迎え入れていた。
まるで英雄の凱旋そのものではないか。
壇上に上がり、マントを翻す。
なんか、黄色い声援が飛び交っているような気がするのだが。
ソレノス王子が立ち上がり、それにやや遅れてコリウス王子も立ち上がる。
見慣れた顔ぶればかりなせいか、形式張った流れに違和感を覚えないでもない。
簡単な会釈を返しあい、いよいよロータスは前に出る。
『ぁー……、まずは、ありがとう。これだけは先に言わせてくれ』
拡声の魔具を使っているのか、広場一杯にロータスの声が響き渡る。
『今日という日を迎えられたのは、ひとえに、この街の住民たち、みんなの協力があったからこそだ。そこは、感謝してもしきれない。俺の力だけでは成し得なかった』
あれほどまでざわついていた声がシンと静まりかえっている。
皆、ロータスの言葉に集中しているのだろう。
『今日、このとき、パエデロスは国となる。誰もが分け隔てなく、手を取り合って暮らせる、平和の象徴として、これから世界へ、語り継がれていくことだろう』
言葉に熱がこもっているのが、ここにいても伝わる。
『まだ、俺が国王になることを、受け入れられない人もいるかもしれない。だけど、ついてきてほしい。俺の目指す理想、俺の目指す平和を、このパエデロスにいるみんなと分かち合いたいんだ』
ロータスの目指している理想か。それははたして一体どんなものなのだろうな。
元々バラバラな種族が勝手に集まってくるだけの無法地帯の土地を、ここまで治安の良い街に、そして平和な国へと築き上げてきたのは、紛れもなくロータスの手腕。
ロータスの手で掲げられた正義が成し得た国であることを否定できる者はいない。
「それでは、ロータス。こちらへ」
ソレノス王子が玉座の前へと促す。そして、いつの間にか壇上に上がってきていたマルペルが冠を両手で支えるように持っていた。
あの冠をロータスの頭に被せることで、戴冠式は成立する。
今このとき、多種族国家の王ロータスが誕生するのだ。
大衆が見守る中、ロータスは膝を折り、頭を垂れる。
広場中の皆が息を飲み、その歴史的瞬間を目の当たりにしようとしていた。
そんなときだ。
乾いた破裂音が、広場に響いた。
何の音だ? 疑問に思っていると、また同じような音が響く。
すると、今度は、悲鳴があがっていた。
どうした、何が起こったんだ。
舞台の上、玉座の前、膝を折ったロータスは――そのまま倒れた。
マルペルは、冠を持ったまま硬直している。
ソレノス王子が駆け寄り、その背中を追ってコリウス王子も近付く。
なんだ。どういうことだ。
どうして、ロータスは倒れている?
どうして、玉座の前に血が流れている?
レッドアイズ国の兵士たちが一斉に舞台の上に飛び上がっていき、ものの一瞬で覆い隠してしまった。今、我は、何を目撃したのだろうか。
悲鳴が、耳障りだった。
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