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第162話 その平穏の中に戻りたくて

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 マルペルとダリアを引き連れ、気絶したパエニアの従者たちの元へと急ぎ、パエデロスの中央通りを行き交う人々の視線を浴びながらも、無事介抱にあたった。

 やはり外傷もなく、ただ殺気にあてられて気を失っていただけだったので、目を覚ましたときにはもう何事もなかったかのように振る舞い、一先ず安堵。

 我はといえば別にこれといったことをしたわけでもなく、ただ魔王の存在を報告しただけで、いたずらに緊迫感を煽っただけのような気がしないでもない。

 ともあれ、それからダリアは自警団に発破をかけて警備を強化。
 マルペルの方も、治療薬や聖水を多く仕入れるよう指示。
 向こうもまたいつ何をしてくるのか分かったものではないからな。

「ロータスの耳には直ぐ届くと思うけど、さすがに駆けつけてはこないでしょうね」
「戴冠式を中止するわけにもいきませんからね。この場は私たちにできることをしっかりやっておきましょう」

 粗方のことはどうやら終わったようで、ちょっとした騒動もとりあえず無事に済んだということになり、不穏なざわめきは次第になくなっていった。

 とはいえ、それはこの場でのことが収拾ついただけのこと。
 まだあの雑踏の中には現状を把握できていないものも多くいるだろう。

「何よフィー。ボーッとしちゃって」
「ん? ああ。まだ突然のことに頭がついていかなくてな」

 街を歩いていたら突然、魔王と出くわすなんて経験、そうはないからな。
 まあ、このパエデロスの住民にとってはさほど珍しくないのかもしれないが。

 それよりも、どうして誰もあの存在感に気付かずにいられたのか。
 リコリスを前にしていただけで、卒倒しそうなほどの気迫だったというのに。

 現に、パエニアの従者たちも殺気だけで失神してしまったし。

 ひょっとすると、あの強い殺意は純粋に我だけに向いていたのかもしれない。
 だからこそ、周囲の誰も認識することができなかったのだと。

 そう思うと、とどのつまり、リコリスはそれほどまでに恨みを抱いていた?
 あるいは、途方もない失望を覚えていたとも言える。

 何せ、かつて魔王を名乗っていたくせして、勇者に敗北して、今やこんなにも弱体化した挙げ句、平然と勇者のいる街に居着いてるのだから。

 あの静かな口調からは汲み取れないほどの気迫があったのは間違いなく、温厚そうに振る舞っていたのも、相当感情を押し殺していたのだろう。

 またいつ現われるのか分かったものではないが、あの様子では多分何かの機会を狙っていることは明白。みだりに、無差別に襲撃しようという意図はなさそうだったし、もしそうならとっくに我どころか、パエデロスは奇襲に遭っていたはず。

「ふぅ……、日も暮れてきたようだな」

 見上げてみれば空は赤く染まろうとしていた。

「我は、ミモザの店に寄ってから屋敷に戻る」
「おい待てよ、フィー。俺様もついてってやるぜ」

 ふと、パエニアが我の手を掴む。
 そういえば直ぐそばにいたんだったと今さらのように思い返した。
 どうも思考もまとまらなくなってきているようだ。

「いいじゃない、フィー。男子にエスコートしてもらいなよ」
「……確かに、途中だったな。なら、最後まで頼もうか」

 無気力。身体中から何か色んなものが抜け出していった気分だ。

「それじゃあパエニアくん、フィーのことをよろしくね」
「お、おう」

 ダリアにそう言われ、パエニアはなんとも言えない表情を浮かべていた。

 ※ ※ ※

 夕暮れの街の中、パエニアに手を引かれ、さっきまで気を失っていた従者を引き連れて、我はミモザの店の方へと向かっていた。
 リコリスと会ったことがなかったかのように、中断された時間が再開されたよう。

「フィー、お前さ」
「なんだ」
「あんまし強がってばっかいんなよ」

 ぼそっと、そんなことを言われる。
 パエニアにそんなことを言われる筋合いもないと思うのだが。

「こんなに手が震えてるくせによ、バカじゃねえの」
「む……」

 隠すつもりがあったわけでもないが、やはりこうしているとバレてしまうか。
 やはり、我は我が思う以上に、臆病になっておるのかもしれん。

「お前も、手が震えているではないか」
「こ、これは違えよ! お前の震えが移っただけだ!」

 本当に、一体どっちが強がってばかりなんだか。
 こんな勇者の仲間たちに比べれば大した実力も無い小僧のくせして、我を安心させようなどとは生意気だ。

「なあ、フィー。魔王って一体なんなんだよ。お前は何処までのことを知ってんだ? あのリコリスとかいう奴も、なんでお前と知り合いなのかも分かんねえ」
「我が何でもかんでも阿呆みたいに喋ると思うなよ。……まあ、どうしても聞きたいというのなら答えてやってもいいが」

 無意味に、譲歩してしまう。これに対し、パエニアは口をつぐむ。
 ほんの少しの間を置いて、吐息と一緒に言葉を吐いた。

「……やっぱ、どうでもいいや。聞いたところでどうもしようもねえし。どっちにしたって、フィーはフィーで変わんねえんだろ?」

 察していたのかどうかは定かではない。本当に興味がないだけなのかもしれない。
 パエニアがそれ以上の言葉を口にする前に、目的の場所へと辿り着く。

 今日は休日としていることもあって、いつものような長蛇の列もなく、大通りからもれてきた程度の人しかいない、ミモザの店の玄関前だ。

 中には明かりが灯っていて、なんだか賑やかそうな声も聞こえてくる。
 ミモザとその従業員たちが新しい魔具の開発に勤しんでいることだろう。

「パエニア」
「なんだよ」
「ありがとうな」

 そんな言葉を添えながら、我はそっとパエニアから手を離す。
 そして、店の玄関をノックし、振り向き様にもう一度パエニアの方を見る。

「今日の貴様のエスコートは満点としておいてやろう」
「だからなんでお前はいつもそんな態度なんだよ」

 そういって、パエニアは従者二人を引き連れて踵を返す。

「俺様が送ってやるのはここまでだ。せいぜい夜道に気をつけろよ、フィー」

 夕闇の中に消えていく背中を見送りつつも、開いた玄関の方へと向き直る。
 扉の向こうから姿を現したのは、オキザリスだった。

「お嬢様、お待ちしておりました。ミモザ様は只今、奥の工房にいらっしゃいます」

 我が特に何を言うまでもなく、目つきの悪いメイドは全てを察しているかのように状況を的確かつ手短に説明する。多分だが、扉を開ける前の時点で既に我がここに来ていることを察していたんじゃないか。

 馴染んだ店内を進み、工房の方へと進む。
 いつもの笑い声も聞こえてきて、我の中で固まっていた何かがほぐされるよう。

 そこには、太陽に照らされる小麦のような髪と透き通る空のような青い瞳のエルフであるミモザを中心として、褐色肌のエルフのデニア、黒髪を個性的に結ったヤスミと、黒光りの筋肉の目立つハーフオーガのノイデス、そして一際小さいドワーフのサンシが固まって談合していた。

「あ、フィーしゃん。きてくれたんでふね!」

 こちらに気付くなり、ミモザは立ち上がり、とてとてと向かってくる。
 我はそれを両腕で受け止めて、優しく抱きしめた。
 今日一日で身体中から抜け出していった何かが充填されていくような気分だ。

「新商品の方は捗っておるのか?」
「はいっ。今度のお祭りに向けて、たっくさん用意できましら。みなしゃんからもアイディアもらったんでふ」

 この純朴な笑みを見るだけで、全てが満たされていく。
 だから、我はこれを守らなければならないのだ。

 使命感でも義務感でもない。これはただの我のわがまま。


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 マルペルとダリアを引き連れ、気絶したパエニアの従者たちの元へと急ぎ、パエデロスの中央通りを行き交う人々の視線を浴びながらも、無事介抱にあたった。
 やはり外傷もなく、ただ殺気にあてられて気を失っていただけだったので、目を覚ましたときにはもう何事もなかったかのように振る舞い、一先ず安堵。
 我はといえば別にこれといったことをしたわけでもなく、ただ魔王の存在を報告しただけで、いたずらに緊迫感を煽っただけのような気がしないでもない。
 ともあれ、それからダリアは自警団に発破をかけて警備を強化。
 マルペルの方も、治療薬や聖水を多く仕入れるよう指示。
 向こうもまたいつ何をしてくるのか分かったものではないからな。
「ロータスの耳には直ぐ届くと思うけど、さすがに駆けつけてはこないでしょうね」
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 粗方のことはどうやら終わったようで、ちょっとした騒動もとりあえず無事に済んだということになり、不穏なざわめきは次第になくなっていった。
 とはいえ、それはこの場でのことが収拾ついただけのこと。
 まだあの雑踏の中には現状を把握できていないものも多くいるだろう。
「何よフィー。ボーッとしちゃって」
「ん? ああ。まだ突然のことに頭がついていかなくてな」
 街を歩いていたら突然、魔王と出くわすなんて経験、そうはないからな。
 まあ、このパエデロスの住民にとってはさほど珍しくないのかもしれないが。
 それよりも、どうして誰もあの存在感に気付かずにいられたのか。
 リコリスを前にしていただけで、卒倒しそうなほどの気迫だったというのに。
 現に、パエニアの従者たちも殺気だけで失神してしまったし。
 ひょっとすると、あの強い殺意は純粋に我だけに向いていたのかもしれない。
 だからこそ、周囲の誰も認識することができなかったのだと。
 そう思うと、とどのつまり、リコリスはそれほどまでに恨みを抱いていた?
 あるいは、途方もない失望を覚えていたとも言える。
 何せ、かつて魔王を名乗っていたくせして、勇者に敗北して、今やこんなにも弱体化した挙げ句、平然と勇者のいる街に居着いてるのだから。
 あの静かな口調からは汲み取れないほどの気迫があったのは間違いなく、温厚そうに振る舞っていたのも、相当感情を押し殺していたのだろう。
 またいつ現われるのか分かったものではないが、あの様子では多分何かの機会を狙っていることは明白。みだりに、無差別に襲撃しようという意図はなさそうだったし、もしそうならとっくに我どころか、パエデロスは奇襲に遭っていたはず。
「ふぅ……、日も暮れてきたようだな」
 見上げてみれば空は赤く染まろうとしていた。
「我は、ミモザの店に寄ってから屋敷に戻る」
「おい待てよ、フィー。俺様もついてってやるぜ」
 ふと、パエニアが我の手を掴む。
 そういえば直ぐそばにいたんだったと今さらのように思い返した。
 どうも思考もまとまらなくなってきているようだ。
「いいじゃない、フィー。男子にエスコートしてもらいなよ」
「……確かに、途中だったな。なら、最後まで頼もうか」
 無気力。身体中から何か色んなものが抜け出していった気分だ。
「それじゃあパエニアくん、フィーのことをよろしくね」
「お、おう」
 ダリアにそう言われ、パエニアはなんとも言えない表情を浮かべていた。
 ※ ※ ※
 夕暮れの街の中、パエニアに手を引かれ、さっきまで気を失っていた従者を引き連れて、我はミモザの店の方へと向かっていた。
 リコリスと会ったことがなかったかのように、中断された時間が再開されたよう。
「フィー、お前さ」
「なんだ」
「あんまし強がってばっかいんなよ」
 ぼそっと、そんなことを言われる。
 パエニアにそんなことを言われる筋合いもないと思うのだが。
「こんなに手が震えてるくせによ、バカじゃねえの」
「む……」
 隠すつもりがあったわけでもないが、やはりこうしているとバレてしまうか。
 やはり、我は我が思う以上に、臆病になっておるのかもしれん。
「お前も、手が震えているではないか」
「こ、これは違えよ! お前の震えが移っただけだ!」
 本当に、一体どっちが強がってばかりなんだか。
 こんな勇者の仲間たちに比べれば大した実力も無い小僧のくせして、我を安心させようなどとは生意気だ。
「なあ、フィー。魔王って一体なんなんだよ。お前は何処までのことを知ってんだ? あのリコリスとかいう奴も、なんでお前と知り合いなのかも分かんねえ」
「我が何でもかんでも阿呆みたいに喋ると思うなよ。……まあ、どうしても聞きたいというのなら答えてやってもいいが」
 無意味に、譲歩してしまう。これに対し、パエニアは口をつぐむ。
 ほんの少しの間を置いて、吐息と一緒に言葉を吐いた。
「……やっぱ、どうでもいいや。聞いたところでどうもしようもねえし。どっちにしたって、フィーはフィーで変わんねえんだろ?」
 察していたのかどうかは定かではない。本当に興味がないだけなのかもしれない。
 パエニアがそれ以上の言葉を口にする前に、目的の場所へと辿り着く。
 今日は休日としていることもあって、いつものような長蛇の列もなく、大通りからもれてきた程度の人しかいない、ミモザの店の玄関前だ。
 中には明かりが灯っていて、なんだか賑やかそうな声も聞こえてくる。
 ミモザとその従業員たちが新しい魔具の開発に勤しんでいることだろう。
「パエニア」
「なんだよ」
「ありがとうな」
 そんな言葉を添えながら、我はそっとパエニアから手を離す。
 そして、店の玄関をノックし、振り向き様にもう一度パエニアの方を見る。
「今日の貴様のエスコートは満点としておいてやろう」
「だからなんでお前はいつもそんな態度なんだよ」
 そういって、パエニアは従者二人を引き連れて踵を返す。
「俺様が送ってやるのはここまでだ。せいぜい夜道に気をつけろよ、フィー」
 夕闇の中に消えていく背中を見送りつつも、開いた玄関の方へと向き直る。
 扉の向こうから姿を現したのは、オキザリスだった。
「お嬢様、お待ちしておりました。ミモザ様は只今、奥の工房にいらっしゃいます」
 我が特に何を言うまでもなく、目つきの悪いメイドは全てを察しているかのように状況を的確かつ手短に説明する。多分だが、扉を開ける前の時点で既に我がここに来ていることを察していたんじゃないか。
 馴染んだ店内を進み、工房の方へと進む。
 いつもの笑い声も聞こえてきて、我の中で固まっていた何かがほぐされるよう。
 そこには、太陽に照らされる小麦のような髪と透き通る空のような青い瞳のエルフであるミモザを中心として、褐色肌のエルフのデニア、黒髪を個性的に結ったヤスミと、黒光りの筋肉の目立つハーフオーガのノイデス、そして一際小さいドワーフのサンシが固まって談合していた。
「あ、フィーしゃん。きてくれたんでふね!」
 こちらに気付くなり、ミモザは立ち上がり、とてとてと向かってくる。
 我はそれを両腕で受け止めて、優しく抱きしめた。
 今日一日で身体中から抜け出していった何かが充填されていくような気分だ。
「新商品の方は捗っておるのか?」
「はいっ。今度のお祭りに向けて、たっくさん用意できましら。みなしゃんからもアイディアもらったんでふ」
 この純朴な笑みを見るだけで、全てが満たされていく。
 だから、我はこれを守らなければならないのだ。
 使命感でも義務感でもない。これはただの我のわがまま。