【???】魔王の終章、そして序章へ
ー/ー 大地が火を吹く灼熱の地。命を寄せつけぬ過酷な環境にその居城は鎮座していた。
自然から賜る魔力の管理者である通称、魔王と呼ばれる者の拠点だ。
彼はもう年老いていた。
風前の灯火とはまさにこのことで、もう長いこと病床に伏せていた。
管理者としての仕事を全うできず、悪戯に時だけが過ぎていく。
その間も世界から湯水のように溢れ出す魔力は、無知な者たちに貪られるばかり。
本来であれば羽虫を潰すが如く、排除するのが魔王の勤め。
無限のように思わされるその資源にも、やはり限りというものはあるためだ。
「吾が輩についてきた者たちよ……、そろそろ宣告せねばなるまい。吾が輩はもう間もなく朽ちて塵となる。この身は世界へと還るだろう……」
年老いて尚、山のように巨大なその男は、地鳴りにも近い震えた声で言う。
一言たりとも聞き漏らすまいと男を囲む従者たちは耳を澄ませる。
その中で一人、身なりの良い紳士のような男が前に出る。
「年のせいにするのなら生まれ変わってはいかがです。あなたが戻ってくるまで数百年でも待ってあげますよ?」
「ふふふ……、貴様は本当に意地の悪いこと言う。だが、吾が輩はもう疲れたのだ。これ以上、世界に留まりたくはない。全て世界樹に捧げるつもりだ」
その言葉で、一層ざわめきが増す。
あまりにも弱気な発言に狼狽えた空気が伝播していく。
「先代には悪いが、吾が輩も魔王の席から降りる」
「では、次なる魔王は誰にするんです? やはり、あなたの娘に譲るのですか?」
「そうしたいところだが……本人が望まぬだろう」
魔王の娘に譲らないとなると一体誰が次の魔王になるというのか。
悲嘆の声がぶつかり合い、次第に従者たちに統率もなくなっていく。
「若き月の民を募れ。その中から優れた魔力を保持するものを次なる魔王とする」
「やはり、月の民にしか魔王は務まりませんか」
「不服なら、貴様が立候補してもよいのだぞ」
「滅相もない。誰が好き好んで魔王に就きますか」
従者にあるまじき暴言を吐きつつも、身なりの良い紳士は一歩引く。
そして、ざわめいた空気を払うように言い放つ。
「魔王様の声が聞こえなかったのですか? 直ちに若き月の民をここに集めなさい。我こそは魔王となる雄志を持った者を」
その男の言葉で、ようやくして従者たちは困惑から立ち直っていく。
次なる魔王を探さなければ。そんな使命感を抱いて。
しかし、そんな矢先、唐突に部屋の外から何者かが飛び込んでくる。
扉を蹴破る勢いで、参上したのは何とも小さな少女だった。
月のような銀髪、血のような赤い目。
それは魔王の城にはあまりにも場違いに見えた。
「ふっはっは!! 魔王よ!!! 次なる魔王は、この私に任せるといい!!!」
まるで無邪気でおてんばな少女。一体何処から迷い込んできたのか。
従者たちが取り押さえに掛かるも、次の瞬間、ピタリと止まる。
何故なら、次に部屋に飛び込んできたその巨漢に圧倒されたからだ。
こちらも山のように巨大。少女などあっさり踏みつぶされそうなほど。
「こらこら、フィテウマ。勝手に入っちゃいかん!」
「サタナムーンか……。みっともない姿を見せてしまったな……」
「こちらこそ、うちの娘がとんだ無礼を」
巨漢はフィテウマと呼んだ少女を手のひらにそっと収める。
それでも収まりがつかないのか、駄々っ子のように少女は暴れていた。
「元気なことはいいことだ。ところでどうだサタナムーンよ。吾が輩を次いで魔王になってはみないか?」
「ご冗談を。我もこう見えて若くはない。求めているのは若い月の民であろう?」
「なんだ、聞いていたのか」
「立ち聞きするつもりはなかったのだがな。もう長くはないとは聞いていたが」
自分の手の中に実の娘を握りながらもサタナムーンと呼ばれた巨漢は肩を落とす。
「わざわざすまなかったな。吾が輩の城までお見舞いとは」
「療養するならもう少し涼しいところの方が良かったのではないか?」
「はっはっは、吾が輩にはこれくらいの方が丁度いい」
そこに横たわる、しわがれた男が息づかい荒く笑う。
それをよそに、男の手の中から少女がまた飛び出してくる。
「私を無視するでないわ!!」
「ああ、忘れるところであった。小娘よ、お前は魔王になりたいのか?」
「そうだ!! 今の魔王は魔王としての仕事を果たすのも難しくなっていると父上が言っていた!! だからこそ、私が、この私が魔王になってやろう!!!!」
きゃんきゃんとやかましく少女が叫ぶ。
その言葉に、しまったという表情を浮かべたのは勿論サタナムーンだ。
「くっくっく……、不甲斐ない魔王で悪かったな。しかし、それも間違いではない。時代は常に巡り、変容していく。若い風というものは必要だ。こんな老いぼれがいつまでものさばってどうするというのか……」
しみじみと、魔王は何処か遠くを見つめ、記憶を反芻する。
そしてもう一度、目の前にちょこんといる小さな少女に視線を戻す。
「ああ、フィテウマ。大きくなったな。これから、もっと大きくなっていくだろう。お前も父上と同じ、月の民なのだからな。吾が輩の代わりを頼まれてくれるか?」
「勿論だ!! 私はもっと、もっともっと大きくなって、偉大で雄大な魔王になってみせるのだ!!!!」
見ていられないといった面持ちで、サタナムーンは目を伏せる。
しかし、魔王はこの上なく穏やかな表情で少女を見下ろした。
「結構、結構。だが、こればかりは教えておいてやろう。魔王であることを偉大とも雄大とも思ってはならない……、魔王とはこの広い世界から見れば、ただの嫌われ者……悪役にすぎないのだ……、忘れないでほしい」
「魔王は、悪役……なのか?」
「そうだ。己が信念を貫こうと、正義を抱こうと、理解されることなどないと知れ。管理者とは名ばかりの……、汚れ役ということ、だ……」
次第に、魔王の声が弱々しいものになっていく。
そろそろ彼に残された時間も少ないのだろう。それは明白だった。
「なあ、いいか、サタナムーン」
「どうした、我が盟友よ」
「魔王という名の称号を――お前の娘に譲ることを、許してはくれぬか?」
「魔王様、一体何を!?」
従者たちが動揺を隠しきれぬ様をありありと表に出す。
よもや今際の際に血迷ったのかと思わされるほど。
「我の娘を魔王に、だと? それは正気か?」
「くっくっく……、正気だ。何、今すぐにとは言わぬ。何処の馬の骨とも分からぬような阿呆に譲りたくはない。だが、吾が輩の娘は魔王にはなりたくはないようだ。だからこそ、月の民の血を引き、お前の魔力を受け継いだ、このフィテウマならば、譲ってもいいと言っているのだ……」
少女はポカーンとする。言っている言葉の意味はあまり汲み取れてはいない。
ただ、自分が魔王になってもよい、と言われていることだけは明瞭に理解できた。
一方サタナムーンは困惑の色を見せるが、それを妥当とは薄々感じていた。
むしろ、心の何処かではそうあってほしかった願望も、多少なりあった。
「今一度、宣告しよう……吾が輩についてきた者たちよ……、若き月の民を募れ。そして、優れた魔力を保持するものを、魔王とする……」
それは、彼の遺言となる。
その彼の言葉通り、従者たちは世界中から月の民をかき集めた。
ところが既に、この世界には月の民はそれほど多くは残っていなかった。
そうして、それからしばらくの後、彼の意思を継ぐ新たなる魔王として君臨したのは、彼の盟友の娘――フィテウマだったことは、言うまでもない。
自然から賜る魔力の管理者である通称、魔王と呼ばれる者の拠点だ。
彼はもう年老いていた。
風前の灯火とはまさにこのことで、もう長いこと病床に伏せていた。
管理者としての仕事を全うできず、悪戯に時だけが過ぎていく。
その間も世界から湯水のように溢れ出す魔力は、無知な者たちに貪られるばかり。
本来であれば羽虫を潰すが如く、排除するのが魔王の勤め。
無限のように思わされるその資源にも、やはり限りというものはあるためだ。
「吾が輩についてきた者たちよ……、そろそろ宣告せねばなるまい。吾が輩はもう間もなく朽ちて塵となる。この身は世界へと還るだろう……」
年老いて尚、山のように巨大なその男は、地鳴りにも近い震えた声で言う。
一言たりとも聞き漏らすまいと男を囲む従者たちは耳を澄ませる。
その中で一人、身なりの良い紳士のような男が前に出る。
「年のせいにするのなら生まれ変わってはいかがです。あなたが戻ってくるまで数百年でも待ってあげますよ?」
「ふふふ……、貴様は本当に意地の悪いこと言う。だが、吾が輩はもう疲れたのだ。これ以上、世界に留まりたくはない。全て世界樹に捧げるつもりだ」
その言葉で、一層ざわめきが増す。
あまりにも弱気な発言に狼狽えた空気が伝播していく。
「先代には悪いが、吾が輩も魔王の席から降りる」
「では、次なる魔王は誰にするんです? やはり、あなたの娘に譲るのですか?」
「そうしたいところだが……本人が望まぬだろう」
魔王の娘に譲らないとなると一体誰が次の魔王になるというのか。
悲嘆の声がぶつかり合い、次第に従者たちに統率もなくなっていく。
「若き月の民を募れ。その中から優れた魔力を保持するものを次なる魔王とする」
「やはり、月の民にしか魔王は務まりませんか」
「不服なら、貴様が立候補してもよいのだぞ」
「滅相もない。誰が好き好んで魔王に就きますか」
従者にあるまじき暴言を吐きつつも、身なりの良い紳士は一歩引く。
そして、ざわめいた空気を払うように言い放つ。
「魔王様の声が聞こえなかったのですか? 直ちに若き月の民をここに集めなさい。我こそは魔王となる雄志を持った者を」
その男の言葉で、ようやくして従者たちは困惑から立ち直っていく。
次なる魔王を探さなければ。そんな使命感を抱いて。
しかし、そんな矢先、唐突に部屋の外から何者かが飛び込んでくる。
扉を蹴破る勢いで、参上したのは何とも小さな少女だった。
月のような銀髪、血のような赤い目。
それは魔王の城にはあまりにも場違いに見えた。
「ふっはっは!! 魔王よ!!! 次なる魔王は、この私に任せるといい!!!」
まるで無邪気でおてんばな少女。一体何処から迷い込んできたのか。
従者たちが取り押さえに掛かるも、次の瞬間、ピタリと止まる。
何故なら、次に部屋に飛び込んできたその巨漢に圧倒されたからだ。
こちらも山のように巨大。少女などあっさり踏みつぶされそうなほど。
「こらこら、フィテウマ。勝手に入っちゃいかん!」
「サタナムーンか……。みっともない姿を見せてしまったな……」
「こちらこそ、うちの娘がとんだ無礼を」
巨漢はフィテウマと呼んだ少女を手のひらにそっと収める。
それでも収まりがつかないのか、駄々っ子のように少女は暴れていた。
「元気なことはいいことだ。ところでどうだサタナムーンよ。吾が輩を次いで魔王になってはみないか?」
「ご冗談を。我もこう見えて若くはない。求めているのは若い月の民であろう?」
「なんだ、聞いていたのか」
「立ち聞きするつもりはなかったのだがな。もう長くはないとは聞いていたが」
自分の手の中に実の娘を握りながらもサタナムーンと呼ばれた巨漢は肩を落とす。
「わざわざすまなかったな。吾が輩の城までお見舞いとは」
「療養するならもう少し涼しいところの方が良かったのではないか?」
「はっはっは、吾が輩にはこれくらいの方が丁度いい」
そこに横たわる、しわがれた男が息づかい荒く笑う。
それをよそに、男の手の中から少女がまた飛び出してくる。
「私を無視するでないわ!!」
「ああ、忘れるところであった。小娘よ、お前は魔王になりたいのか?」
「そうだ!! 今の魔王は魔王としての仕事を果たすのも難しくなっていると父上が言っていた!! だからこそ、私が、この私が魔王になってやろう!!!!」
きゃんきゃんとやかましく少女が叫ぶ。
その言葉に、しまったという表情を浮かべたのは勿論サタナムーンだ。
「くっくっく……、不甲斐ない魔王で悪かったな。しかし、それも間違いではない。時代は常に巡り、変容していく。若い風というものは必要だ。こんな老いぼれがいつまでものさばってどうするというのか……」
しみじみと、魔王は何処か遠くを見つめ、記憶を反芻する。
そしてもう一度、目の前にちょこんといる小さな少女に視線を戻す。
「ああ、フィテウマ。大きくなったな。これから、もっと大きくなっていくだろう。お前も父上と同じ、月の民なのだからな。吾が輩の代わりを頼まれてくれるか?」
「勿論だ!! 私はもっと、もっともっと大きくなって、偉大で雄大な魔王になってみせるのだ!!!!」
見ていられないといった面持ちで、サタナムーンは目を伏せる。
しかし、魔王はこの上なく穏やかな表情で少女を見下ろした。
「結構、結構。だが、こればかりは教えておいてやろう。魔王であることを偉大とも雄大とも思ってはならない……、魔王とはこの広い世界から見れば、ただの嫌われ者……悪役にすぎないのだ……、忘れないでほしい」
「魔王は、悪役……なのか?」
「そうだ。己が信念を貫こうと、正義を抱こうと、理解されることなどないと知れ。管理者とは名ばかりの……、汚れ役ということ、だ……」
次第に、魔王の声が弱々しいものになっていく。
そろそろ彼に残された時間も少ないのだろう。それは明白だった。
「なあ、いいか、サタナムーン」
「どうした、我が盟友よ」
「魔王という名の称号を――お前の娘に譲ることを、許してはくれぬか?」
「魔王様、一体何を!?」
従者たちが動揺を隠しきれぬ様をありありと表に出す。
よもや今際の際に血迷ったのかと思わされるほど。
「我の娘を魔王に、だと? それは正気か?」
「くっくっく……、正気だ。何、今すぐにとは言わぬ。何処の馬の骨とも分からぬような阿呆に譲りたくはない。だが、吾が輩の娘は魔王にはなりたくはないようだ。だからこそ、月の民の血を引き、お前の魔力を受け継いだ、このフィテウマならば、譲ってもいいと言っているのだ……」
少女はポカーンとする。言っている言葉の意味はあまり汲み取れてはいない。
ただ、自分が魔王になってもよい、と言われていることだけは明瞭に理解できた。
一方サタナムーンは困惑の色を見せるが、それを妥当とは薄々感じていた。
むしろ、心の何処かではそうあってほしかった願望も、多少なりあった。
「今一度、宣告しよう……吾が輩についてきた者たちよ……、若き月の民を募れ。そして、優れた魔力を保持するものを、魔王とする……」
それは、彼の遺言となる。
その彼の言葉通り、従者たちは世界中から月の民をかき集めた。
ところが既に、この世界には月の民はそれほど多くは残っていなかった。
そうして、それからしばらくの後、彼の意思を継ぐ新たなる魔王として君臨したのは、彼の盟友の娘――フィテウマだったことは、言うまでもない。
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