第160話 突然の遭遇

ー/ー



 奇妙と言えば奇妙な光景ではある。何故、我はパエニアと手を繋いでパエデロスの中央広場を歩いているのだろうか。

 パエニアの護衛も後ろからついてきているから二人きりというわけでもないが。

 見慣れた街も不思議と違う場所のように思えてきた。いつもみたいにミモザがいるわけでもオキザリスがいるわけでもないからな。

「――ということはなんだ。パエニア、お前は我よりも長くパエデロスで過ごしていることになるのか」
「つっても、俺様は外に出ることも滅多になかったけどな。そんときは貴族街なんてのもなかったし」
「今よりもずっと治安が悪い時期だろう? 外に出ただけで身ぐるみ剥がされるではないか」

 取り留めもない話。意外にも我も知らないようなパエデロスの話が飛び交ってくるのは退屈しなかった。

 大した歴史のない土地とは思っていたが、移住してきて長い貴族も少なくはない。

 冒険者や行商人を金で雇い、道楽に耽るものもいれば、パエニアのラクトフロニア家のように投資で街を潤すような奇特な貴族もいるものなのだな。

 荒事の多い街の中、金で物事を解決する親を見て、パエニアはこんなに性格のねじ曲がった奴になってしまったのかと思うと、何か感情が沸いてこないでもない。

「なんだよ、フィー。何を笑ってやがんだ」
「いやなに、あの学校で同じ教室のクラスメイトだったのにパエニアのことを何も知らなかったのだなと思っただけだ」

 思えば、パエニアからしてみれば、我の方が新参のようなもので、後からやってきたくせに目立つようなことばかりして、気付いた頃にはパエデロスでも随一の令嬢と呼ばれるにまで至った。相当疎ましかったのではないだろうか。

 初めてパエニアから絡んできたときの態度を思うと、我に対して強い感情を抱いていたことは否定できまい。

「それじゃ、どうなのだ? 長く過ごしてきたパエデロスは、こんなにも大きくなって、もうすぐ一つの国になるというのは、どんな気分だ?」
「なんつーか、よく分かんねえんだよな。俺様は別に変わってないのに、街だけが急に目まぐるしく変わって。取り残された気分だぜ」
「だが、パエデロスがここまで発展していったのも、ラクトフロニア家の恩恵でもあるのだろう? 取り残されたのではなく、変化の渦中ではないか」

 実感が沸かないのは、やはりパエニア自身がこの街で何かをしたわけではないというところもあるのだろう。

 治安の悪い街の片隅に引き籠もり、少しずつロータスの手によって変えられていく街を眺めるだけの日々。

 不本意だが、積極的に自分から街に貢献してきた我とは真逆ではあるのか。

「ちっ……、なあ、俺様のことはもういいだろ? お前のことも聞かせろよ」
「なんだ? 我の何を聞きたいのだ?」

 お前の正体は、とか聞かれたら「元亜人」としか答えるつもりはないぞ。
 実は魔王だったとか、そういうのは面倒だし、証明する手段すらないし。

「お前……あの王子とは、どういう関係なんだよ」
「は?」
「いや、だから、あのレッドアイズの、コリウスとかいう奴だよ!」

 予想だにしない質問に意表を突かれる。
 なんでここでアイツの名前が出てくるんだ。

「お前言ってただろ、プロポーズされたとか何とか。どういう経緯があったら王子からプロポーズされたりするんだよ。つか、少し前にも噂になってたよな」

 そこに異様に食い下がってくるのは何故だ。

 あの、ミモザの店に王子兄弟が攻め込んできて買い物ついでにプロポーズしてきた事件のことは頑張って揉み消したつもりだが、さすがにパエデロス現地にいるパエニアには誤魔化しようもなかったか。

「それは、そんな複雑な話じゃない……アレだ。お忍びでちょっとミモザの魔具に使う素材を調達してたら偶然、たまたま、あの王子と出会って、助けてやったら懐かれただけの話だ。我も正体を隠すためにミモザの姉の格好しておったし、そのせいでちょっとややこしくなったのだが……」
「それだけなのか?」
「ま、まあ、王子を助けたってことで、アイツの兄のソレノスがお礼を言いに、わざわざミモザのところまでやってきて騒ぎになったのが一番大きいかもしれんな」

 レッドアイズ国の王子プロポーズ事件のせいで、どれだけ迷惑を被ったか。

「それじゃあ、あの王子のことはどう思ってるんだよ」
「ど、どう思ってるか? あんなの、面倒臭いただのガキだ。どうとも思っとらん。ちょっと助けたくらいでプロポーズだのラブレターだの、迷惑してるくらい」
「ら、ラブレターだと? そんなことまでしてんのかよ、アイツは!」

 そこ、食いつく?

「迷惑してるって割には、やたらと身を挺して守ろうとしてないか?」
「アイツはまあ、王子だしな。しかもレッドアイズの。パエデロスを支えてる国の王子がトラブルに巻き込まれるわけにもいくまい」
「俺様だって、このパエデロスに大きく貢献してるラクトフロニア家の御曹子だぞ」

 なんだ、急に。どうしてそこで自分を持ち上げてくるのだ。
 貴族と王族じゃ規模が違うだろう。しかも別にお前が貢献したわけじゃないし。
 そこまで自分を大きく見せたいのか? やれやれ、やっぱりパエニアも結局は意地を張りたいだけのただのガキと変わらないな。

「確かに我もお節介を焼きすぎてるところはあるのは分かっているつもりだ。しかし、パエデロスの平穏が乱されることは我にとっても不都合だからな。そうでもなければなんであんなガキを助けようとするものか」
「仕方なく、なのか?」
「仕方なく、なのだ」

 パエニアも一体何を気にしているのか分からんな。
 そんなにもコリウス王子と張り合いたいのか。

「目を離すとすぐ危険な橋を渡ろうとする阿呆だ。関わるだけで気も休まらん」
「そんな奴なら別に無理に――――」

 刹那。

 心臓が凍てつくような、衝撃が走る。
 さながら、鋭利に尖った氷塊を背中から押しつけられた気分。
 世界が一瞬にして絶対零度に包まれたのかと思うほど。

 時間が停止している? ……違う。
 圧倒的な、悍ましくも凄まじい、殺気に満ちた気配を感じる。

 さながら、蛇に睨まれた蛙とでもいうべきか。
 こんな街の中にあってはならないような存在が、威圧感を放つ。

 人間や、エルフや、ドワーフに、獣人、オーガなどの亜人も無数に行き交い、そこにはどんな誰がいても紛れ込んでしまうほどの密度があったのに、そこにいたソレは何者にも混ざらなかった。

 いつからそこにいた?
 最初からそこに立っていたのか?
 凍りついた世界の中、ソレは静かに佇んでいる。

 淡い月明かりの如く麗しき乳白色の髪を持ち、燃ゆる炎の如く朱色の瞳の少女。

 回りの雑踏はもう何も聞こえないのに、その少女のコツ、コツという足音だけが我の耳に届く。ゆっくり、ゆっくりと時の止まった繁華街をこちらに向かって進む。

 生気を感じられないほどの無機質な瞳が我を覗き込み、唇が静かに開く。

「お久しぶりね、さっちゃん」

 風がそよいだのかと錯覚するほど、抑揚のない声。
 にもかかわらず、その声は明瞭に聞こえてきた。
 我は、目の前にいる少女を知っている。

「久しぶりだな、リコリス」

 立っているだけでも気怠そうで、無気力そのものを表したかのようなその少女は、かつて魔王だった頃の我と変わらぬ力を持つ月の民――リコリス・ルキフェルナだ。

「リコリス。どうしてそんな少女のような幼い格好をしている?」
「あら――さっちゃんに合わせたのよ。どう? 似合うかしら?」

 何を考えているかも分からない少女は、ただそっとはにかんで見せた。


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 奇妙と言えば奇妙な光景ではある。何故、我はパエニアと手を繋いでパエデロスの中央広場を歩いているのだろうか。
 パエニアの護衛も後ろからついてきているから二人きりというわけでもないが。
 見慣れた街も不思議と違う場所のように思えてきた。いつもみたいにミモザがいるわけでもオキザリスがいるわけでもないからな。
「――ということはなんだ。パエニア、お前は我よりも長くパエデロスで過ごしていることになるのか」
「つっても、俺様は外に出ることも滅多になかったけどな。そんときは貴族街なんてのもなかったし」
「今よりもずっと治安が悪い時期だろう? 外に出ただけで身ぐるみ剥がされるではないか」
 取り留めもない話。意外にも我も知らないようなパエデロスの話が飛び交ってくるのは退屈しなかった。
 大した歴史のない土地とは思っていたが、移住してきて長い貴族も少なくはない。
 冒険者や行商人を金で雇い、道楽に耽るものもいれば、パエニアのラクトフロニア家のように投資で街を潤すような奇特な貴族もいるものなのだな。
 荒事の多い街の中、金で物事を解決する親を見て、パエニアはこんなに性格のねじ曲がった奴になってしまったのかと思うと、何か感情が沸いてこないでもない。
「なんだよ、フィー。何を笑ってやがんだ」
「いやなに、あの学校で同じ教室のクラスメイトだったのにパエニアのことを何も知らなかったのだなと思っただけだ」
 思えば、パエニアからしてみれば、我の方が新参のようなもので、後からやってきたくせに目立つようなことばかりして、気付いた頃にはパエデロスでも随一の令嬢と呼ばれるにまで至った。相当疎ましかったのではないだろうか。
 初めてパエニアから絡んできたときの態度を思うと、我に対して強い感情を抱いていたことは否定できまい。
「それじゃ、どうなのだ? 長く過ごしてきたパエデロスは、こんなにも大きくなって、もうすぐ一つの国になるというのは、どんな気分だ?」
「なんつーか、よく分かんねえんだよな。俺様は別に変わってないのに、街だけが急に目まぐるしく変わって。取り残された気分だぜ」
「だが、パエデロスがここまで発展していったのも、ラクトフロニア家の恩恵でもあるのだろう? 取り残されたのではなく、変化の渦中ではないか」
 実感が沸かないのは、やはりパエニア自身がこの街で何かをしたわけではないというところもあるのだろう。
 治安の悪い街の片隅に引き籠もり、少しずつロータスの手によって変えられていく街を眺めるだけの日々。
 不本意だが、積極的に自分から街に貢献してきた我とは真逆ではあるのか。
「ちっ……、なあ、俺様のことはもういいだろ? お前のことも聞かせろよ」
「なんだ? 我の何を聞きたいのだ?」
 お前の正体は、とか聞かれたら「元亜人」としか答えるつもりはないぞ。
 実は魔王だったとか、そういうのは面倒だし、証明する手段すらないし。
「お前……あの王子とは、どういう関係なんだよ」
「は?」
「いや、だから、あのレッドアイズの、コリウスとかいう奴だよ!」
 予想だにしない質問に意表を突かれる。
 なんでここでアイツの名前が出てくるんだ。
「お前言ってただろ、プロポーズされたとか何とか。どういう経緯があったら王子からプロポーズされたりするんだよ。つか、少し前にも噂になってたよな」
 そこに異様に食い下がってくるのは何故だ。
 あの、ミモザの店に王子兄弟が攻め込んできて買い物ついでにプロポーズしてきた事件のことは頑張って揉み消したつもりだが、さすがにパエデロス現地にいるパエニアには誤魔化しようもなかったか。
「それは、そんな複雑な話じゃない……アレだ。お忍びでちょっとミモザの魔具に使う素材を調達してたら偶然、たまたま、あの王子と出会って、助けてやったら懐かれただけの話だ。我も正体を隠すためにミモザの姉の格好しておったし、そのせいでちょっとややこしくなったのだが……」
「それだけなのか?」
「ま、まあ、王子を助けたってことで、アイツの兄のソレノスがお礼を言いに、わざわざミモザのところまでやってきて騒ぎになったのが一番大きいかもしれんな」
 レッドアイズ国の王子プロポーズ事件のせいで、どれだけ迷惑を被ったか。
「それじゃあ、あの王子のことはどう思ってるんだよ」
「ど、どう思ってるか? あんなの、面倒臭いただのガキだ。どうとも思っとらん。ちょっと助けたくらいでプロポーズだのラブレターだの、迷惑してるくらい」
「ら、ラブレターだと? そんなことまでしてんのかよ、アイツは!」
 そこ、食いつく?
「迷惑してるって割には、やたらと身を挺して守ろうとしてないか?」
「アイツはまあ、王子だしな。しかもレッドアイズの。パエデロスを支えてる国の王子がトラブルに巻き込まれるわけにもいくまい」
「俺様だって、このパエデロスに大きく貢献してるラクトフロニア家の御曹子だぞ」
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 貴族と王族じゃ規模が違うだろう。しかも別にお前が貢献したわけじゃないし。
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「確かに我もお節介を焼きすぎてるところはあるのは分かっているつもりだ。しかし、パエデロスの平穏が乱されることは我にとっても不都合だからな。そうでもなければなんであんなガキを助けようとするものか」
「仕方なく、なのか?」
「仕方なく、なのだ」
 パエニアも一体何を気にしているのか分からんな。
 そんなにもコリウス王子と張り合いたいのか。
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 心臓が凍てつくような、衝撃が走る。
 さながら、鋭利に尖った氷塊を背中から押しつけられた気分。
 世界が一瞬にして絶対零度に包まれたのかと思うほど。
 時間が停止している? ……違う。
 圧倒的な、悍ましくも凄まじい、殺気に満ちた気配を感じる。
 さながら、蛇に睨まれた蛙とでもいうべきか。
 こんな街の中にあってはならないような存在が、威圧感を放つ。
 人間や、エルフや、ドワーフに、獣人、オーガなどの亜人も無数に行き交い、そこにはどんな誰がいても紛れ込んでしまうほどの密度があったのに、そこにいたソレは何者にも混ざらなかった。
 いつからそこにいた?
 最初からそこに立っていたのか?
 凍りついた世界の中、ソレは静かに佇んでいる。
 淡い月明かりの如く麗しき乳白色の髪を持ち、燃ゆる炎の如く朱色の瞳の少女。
 回りの雑踏はもう何も聞こえないのに、その少女のコツ、コツという足音だけが我の耳に届く。ゆっくり、ゆっくりと時の止まった繁華街をこちらに向かって進む。
 生気を感じられないほどの無機質な瞳が我を覗き込み、唇が静かに開く。
「お久しぶりね、さっちゃん」
 風がそよいだのかと錯覚するほど、抑揚のない声。
 にもかかわらず、その声は明瞭に聞こえてきた。
 我は、目の前にいる少女を知っている。
「久しぶりだな、リコリス」
 立っているだけでも気怠そうで、無気力そのものを表したかのようなその少女は、かつて魔王だった頃の我と変わらぬ力を持つ月の民――リコリス・ルキフェルナだ。
「リコリス。どうしてそんな少女のような幼い格好をしている?」
「あら――さっちゃんに合わせたのよ。どう? 似合うかしら?」
 何を考えているかも分からない少女は、ただそっとはにかんで見せた。