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第159話 そこにある平和は手放しがたい

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 ロータスたちとの議論は、さほど時間を費やすことはなかった。
 新生魔王軍なる水面下の組織の目的も不明瞭であることと、リンドーの指揮のもとコリウス王子の護衛強化がバッチリだったこともあり、進展しようもない。

 まあ、ロータス自身、多忙の身だから打ち切られたところもあるが。

 目的はレッドアイズ国に対する報復か、あるいは世界への見せしめか。
 間もなくパエデロスに訪れる大きな変革は、各国から注目されているはずだ。
 その最中に、王子が暗殺でもされてみろ。信頼は地を貫いて底の底、どん底だ。

 そうなればレッドアイズ国も巻き込んで、世界から批難されるだろう。
 もちろん、それが本当に目的なのかどうかは分からない。
 分からない以上、するべきことは守りを固める他ないだろう。

「それじゃあフィー。共有できる情報があったら頼むよ」
「ああ。そんなものがあるならな」

 そんな悪辣な言葉を返し、我は教会を後にする。
 冷たい空気から一点、街の賑やかな空気に飲まれる。温度差で風邪引きそうだ。

 突き放す言い方にはなるが、事実、我は新生魔王軍のことなど全く知らん。
 むしろ、誰か教えてくれたっていいじゃないかとさえ思う。

 セバスチャンも、我の近況まで把握していたのなら情報よこしてくれよとも思ったが、そもそも我は勇者に心臓を貫かれ、魔力丸ごと消失させられてザコザコのヘボヘボになったから追放されたんだった。

 いわばもう赤の他人。情報を横流しにするメリットもないな。悲しいことに。

 そう、所詮は我も魔王軍から追放された身。今さら新しい魔王軍なんてものが沸いて出てきたとしてもいずれにせよ今の我に居場所などないのだ。

 自分としてはそういう未練は断ち切ったつもりだし、何なら浄血のせいで余計に弱体化が加速していったのだが、この期に及んで魔王軍の名を耳にすれば、やはりまだ心の何処かに引っかかるものがあるような気がしてならない。

 今こうして、パエデロスに定住し、令嬢のフリをしているのも、ロータスとの停戦協定があるからであり、それを容易く破棄できる立場にあるのならとうにしている。

 勇者ロータスの庇護下にあるからこそ我は生きていられるし、ロータスに協力をしているからこそ我は我の望む平穏の中で過ごせている。

 しかし、仮にロータスをねじ伏せるほどの力が我にあったとしても、それを持ってロータスとの約束を破るほどの理由を作れそうになかった。
 悲しいかな、ロータスと敵対する理由が思い浮かばないとは。

 見てみろ、この街を。
 ロータスがどれだけ苦労を重ねてきたのか一目瞭然ではないか。

 レッドアイズ国からやってきたものばかりではないぞ。
 パエデロスに移住して長い者もロータスの恩恵をよく理解している。

 そうでもなければ、多種族が笑顔ですれ違う街などありはしない。

 アイツの中にある理想、アイツ自身が積み上げてきたものを破壊しようという者がいるであれば、義務ではないにせよ、守る義理くらいギリギリあるというものだ。

「おいおい、フィー。こんなとこで何ほっつき歩いてんだ? しかも一人で」
「ん?」

 振り返ってみると、ガタイのいい従者を二人ほど引き連れた少年が一人。
 一応このパエデロスでも資産家として有名なところの御曹子パエニアだ。
 相変わらずも小生意気な顔をしている。

「なんだ、パエニアか。お前こそ、ここは貴族街から遠いぞ」
「俺の方は別にいいだろうが。散歩だよ、散歩。……ったく、のんきな面しやがって。ほんのついこの前学院の生徒が襲撃されて騒ぎになってたっていうのによ」
「ほう、我のことを心配してくれてるのか?」

 いつもならオキザリスを連れているところだが、アイツは今、ミモザの店の方にいるからな。とはいえ、こんな白昼堂々この我がパエデロスの中心で何者かに襲われてたまるものか。

「ち、ちげぇよ! 魔法の反動が痛ぇって涙流してた奴が平然と歩き回ってんのがおかしいっつってんだよ!」
「何をそんなムキになっておるのだ」

 第一、痛みで涙なんて流しとらんわ。確かに結構痛かったが、カーネの魔法薬でどうにか痛みは治まっている。むしろ薬のまずさで泣いたか。
 ただ、やはり連日の負荷は自分で思う以上に酷いものだったらしく、しばらく激しい魔法は使うなと釘を刺されてしまった。

 ので、今持ち合わせている魔石は、いつものミモザの魔力の蓄積石(パワージェム)ではなく、記憶させておいた魔法を発動させるタイプのものだけだ。
 制御とか融通が利かないのが玉に瑕だが、護身用としては十分だろう。

「……お前さ、帰りの馬車でも無茶してたっていうじゃねえか。魔法の使い方は完璧なんだろうが、身体ぶっ壊してまで使うことねえだろ。バカじゃねえの?」
「まあ、一理ある。我もバカになったものだ。そこにある平和を手放しがたいと思ってしまったのだ。あの勇者に感化されてしまってな」

 この視界に収まる範囲には争いなど忘れてしまえるほどの平和が広がっている。勇者ロータスが築き上げた、世界からしていればほんの一握りの平和が。

「さすがに今日は無茶することにもならんだろう。ここは教会広場だぞ。何かあれば勇者やその仲間が真っ先に飛んでくるパエデロスでも最も平和な区画だからな」
「本当お前、考え方がお気楽な奴だな。自分の身に何かあった後じゃ誰か来たって手遅れだろうが」

 だって、襲われたとしても自衛の手段はいくらでもあるし。
 そんなことを思っていたら、不意に、パエニアは我のふところまでつかつかと踏み込んで握った拳をスンと腹に持ってくる。

「ほら、こんなに油断してやがる。俺様が命を狙ってたらどうすんだよ」
 そんな殺気のこもってない拳を突き付けながら言われてもな。

「ならどうしてくれる? 我をエスコートでもしてくれるのか?」
 パエニアの拳を掴み、特に何の気なしにそんな言葉を放った。

 ところが、そこでパエニアが硬直する。顔を真っ赤にして、どっちを向いているのかも分からないくらいに目を泳がせて。なんなんだこいつは。

「は、ハンっ! そこまでいうのなら、この俺様が、お前をエスコートしてやろうじゃんか! こっ、光栄に思えよ!」

 見栄を張ってるのが見え見えなのだが、別に断る理由があるわけでもない。どうせ街を適当に散策するだけだったし、屋敷に帰っても部屋にこもるくらいしかないし。
 今はミモザの店も準備で忙しいだろうから立ち寄れないしな。

 前だったらまだ我も魔法構築の指南くらいならできていたが、今の我ではミモザに教えられることなどないに等しい。熟練の従業員たちも揃っているから、むしろ邪魔にもなりかねない。寄るにしても帰り際くらいだろう。

「平和ボケした我を、せいぜい守ってくれよ、パエニア」
「……ッ! お、おぅ……」
「……?」

 ふと、手を貸してやったら急に態度がおとなしくなった。
 女の扱いに慣れてないのか、コイツは。やはりまだまだガキだな。
 これではどっちがエスコートするのやら。

「そういえば、先日の臨海学校を除くと、学院の外で会ったのは初めてだったな」
「ん? あ、ああ、そうだったかもな」
「この街のことはどのくらい知っておるのだ? 道案内くらいはできるのだろう?」

 我も結構パエデロスはあちこちまで歩き回っているから知らない道はない。
 逆に、パエニアの方は普段からこんな風に散策することはあるのだろうか。
 魔導士学院ではしょっちゅう馬車通学だったし。

「当たり前だろ? 俺様にこの街で知らねえことなんてないぜ」
「ほう、ならば期待させてもらうとするか」


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 ロータスたちとの議論は、さほど時間を費やすことはなかった。
 新生魔王軍なる水面下の組織の目的も不明瞭であることと、リンドーの指揮のもとコリウス王子の護衛強化がバッチリだったこともあり、進展しようもない。
 まあ、ロータス自身、多忙の身だから打ち切られたところもあるが。
 目的はレッドアイズ国に対する報復か、あるいは世界への見せしめか。
 間もなくパエデロスに訪れる大きな変革は、各国から注目されているはずだ。
 その最中に、王子が暗殺でもされてみろ。信頼は地を貫いて底の底、どん底だ。
 そうなればレッドアイズ国も巻き込んで、世界から批難されるだろう。
 もちろん、それが本当に目的なのかどうかは分からない。
 分からない以上、するべきことは守りを固める他ないだろう。
「それじゃあフィー。共有できる情報があったら頼むよ」
「ああ。そんなものがあるならな」
 そんな悪辣な言葉を返し、我は教会を後にする。
 冷たい空気から一点、街の賑やかな空気に飲まれる。温度差で風邪引きそうだ。
 突き放す言い方にはなるが、事実、我は新生魔王軍のことなど全く知らん。
 むしろ、誰か教えてくれたっていいじゃないかとさえ思う。
 セバスチャンも、我の近況まで把握していたのなら情報よこしてくれよとも思ったが、そもそも我は勇者に心臓を貫かれ、魔力丸ごと消失させられてザコザコのヘボヘボになったから追放されたんだった。
 いわばもう赤の他人。情報を横流しにするメリットもないな。悲しいことに。
 そう、所詮は我も魔王軍から追放された身。今さら新しい魔王軍なんてものが沸いて出てきたとしてもいずれにせよ今の我に居場所などないのだ。
 自分としてはそういう未練は断ち切ったつもりだし、何なら浄血のせいで余計に弱体化が加速していったのだが、この期に及んで魔王軍の名を耳にすれば、やはりまだ心の何処かに引っかかるものがあるような気がしてならない。
 今こうして、パエデロスに定住し、令嬢のフリをしているのも、ロータスとの停戦協定があるからであり、それを容易く破棄できる立場にあるのならとうにしている。
 勇者ロータスの庇護下にあるからこそ我は生きていられるし、ロータスに協力をしているからこそ我は我の望む平穏の中で過ごせている。
 しかし、仮にロータスをねじ伏せるほどの力が我にあったとしても、それを持ってロータスとの約束を破るほどの理由を作れそうになかった。
 悲しいかな、ロータスと敵対する理由が思い浮かばないとは。
 見てみろ、この街を。
 ロータスがどれだけ苦労を重ねてきたのか一目瞭然ではないか。
 レッドアイズ国からやってきたものばかりではないぞ。
 パエデロスに移住して長い者もロータスの恩恵をよく理解している。
 そうでもなければ、多種族が笑顔ですれ違う街などありはしない。
 アイツの中にある理想、アイツ自身が積み上げてきたものを破壊しようという者がいるであれば、義務ではないにせよ、守る義理くらいギリギリあるというものだ。
「おいおい、フィー。こんなとこで何ほっつき歩いてんだ? しかも一人で」
「ん?」
 振り返ってみると、ガタイのいい従者を二人ほど引き連れた少年が一人。
 一応このパエデロスでも資産家として有名なところの御曹子パエニアだ。
 相変わらずも小生意気な顔をしている。
「なんだ、パエニアか。お前こそ、ここは貴族街から遠いぞ」
「俺の方は別にいいだろうが。散歩だよ、散歩。……ったく、のんきな面しやがって。ほんのついこの前学院の生徒が襲撃されて騒ぎになってたっていうのによ」
「ほう、我のことを心配してくれてるのか?」
 いつもならオキザリスを連れているところだが、アイツは今、ミモザの店の方にいるからな。とはいえ、こんな白昼堂々この我がパエデロスの中心で何者かに襲われてたまるものか。
「ち、ちげぇよ! 魔法の反動が痛ぇって涙流してた奴が平然と歩き回ってんのがおかしいっつってんだよ!」
「何をそんなムキになっておるのだ」
 第一、痛みで涙なんて流しとらんわ。確かに結構痛かったが、カーネの魔法薬でどうにか痛みは治まっている。むしろ薬のまずさで泣いたか。
 ただ、やはり連日の負荷は自分で思う以上に酷いものだったらしく、しばらく激しい魔法は使うなと釘を刺されてしまった。
 ので、今持ち合わせている魔石は、いつものミモザの|魔力の蓄積石《パワージェム》ではなく、記憶させておいた魔法を発動させるタイプのものだけだ。
 制御とか融通が利かないのが玉に瑕だが、護身用としては十分だろう。
「……お前さ、帰りの馬車でも無茶してたっていうじゃねえか。魔法の使い方は完璧なんだろうが、身体ぶっ壊してまで使うことねえだろ。バカじゃねえの?」
「まあ、一理ある。我もバカになったものだ。そこにある平和を手放しがたいと思ってしまったのだ。あの勇者に感化されてしまってな」
 この視界に収まる範囲には争いなど忘れてしまえるほどの平和が広がっている。勇者ロータスが築き上げた、世界からしていればほんの一握りの平和が。
「さすがに今日は無茶することにもならんだろう。ここは教会広場だぞ。何かあれば勇者やその仲間が真っ先に飛んでくるパエデロスでも最も平和な区画だからな」
「本当お前、考え方がお気楽な奴だな。自分の身に何かあった後じゃ誰か来たって手遅れだろうが」
 だって、襲われたとしても自衛の手段はいくらでもあるし。
 そんなことを思っていたら、不意に、パエニアは我のふところまでつかつかと踏み込んで握った拳をスンと腹に持ってくる。
「ほら、こんなに油断してやがる。俺様が命を狙ってたらどうすんだよ」
 そんな殺気のこもってない拳を突き付けながら言われてもな。
「ならどうしてくれる? 我をエスコートでもしてくれるのか?」
 パエニアの拳を掴み、特に何の気なしにそんな言葉を放った。
 ところが、そこでパエニアが硬直する。顔を真っ赤にして、どっちを向いているのかも分からないくらいに目を泳がせて。なんなんだこいつは。
「は、ハンっ! そこまでいうのなら、この俺様が、お前をエスコートしてやろうじゃんか! こっ、光栄に思えよ!」
 見栄を張ってるのが見え見えなのだが、別に断る理由があるわけでもない。どうせ街を適当に散策するだけだったし、屋敷に帰っても部屋にこもるくらいしかないし。
 今はミモザの店も準備で忙しいだろうから立ち寄れないしな。
 前だったらまだ我も魔法構築の指南くらいならできていたが、今の我ではミモザに教えられることなどないに等しい。熟練の従業員たちも揃っているから、むしろ邪魔にもなりかねない。寄るにしても帰り際くらいだろう。
「平和ボケした我を、せいぜい守ってくれよ、パエニア」
「……ッ! お、おぅ……」
「……?」
 ふと、手を貸してやったら急に態度がおとなしくなった。
 女の扱いに慣れてないのか、コイツは。やはりまだまだガキだな。
 これではどっちがエスコートするのやら。
「そういえば、先日の臨海学校を除くと、学院の外で会ったのは初めてだったな」
「ん? あ、ああ、そうだったかもな」
「この街のことはどのくらい知っておるのだ? 道案内くらいはできるのだろう?」
 我も結構パエデロスはあちこちまで歩き回っているから知らない道はない。
 逆に、パエニアの方は普段からこんな風に散策することはあるのだろうか。
 魔導士学院ではしょっちゅう馬車通学だったし。
「当たり前だろ? 俺様にこの街で知らねえことなんてないぜ」
「ほう、ならば期待させてもらうとするか」