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第158話 賑やかで平和な街をよそに

ー/ー



 いつだったか、ミモザの店にまで押しかけてきたソレノス王子にプロポーズされたとき、わざわざ断りを入れにレッドアイズ国まで足を運んだことがあった。

 そのときは丁度、魔王討伐記念感謝祭が開催されている時期で、勇者を称える賑やかしい光景が広がっていたのを覚えている。

 まさか、それと似たような光景をこのパエデロスで見ることになるとは。

「パエデロス建国記念日セールだよ! 今しか買えない特別な品を見てってくれ!」
「さあさあ、レッドアイズ国からきた名物、ロータスの剣のレプリカだ!」
「号外! 号外! あの勇者がついに、国王様に即位されたぞ!」

 ぅ、うわぁー……。そんな感想と溜め息しか出てこない。
 長旅からロータスが帰ってきたかと思えば、数日もしないうちにこんな有様だ。

 ロータス、ロータス、ロータス……。
 まるでネルムフィラ魔導士学院みたいではないか。

 パエデロスの大通りは建国を記念して、まさしくお祭り騒ぎ。
 人間やエルフ、ドワーフにオーガ、その他諸々。そんな色々な種族の混ざり合った街は今、かつてないほどに賑わっていた。

 いつの間にロータスが国王に、などとは言うまい。これまでも何度か機会を伺っていたのは知っているし、今日か明日かと思っていたのも事実。
 ただ、いざその日が来てしまうと、やはり幾分か抵抗はあるな。

「フィーちゃん、待ってましたよ」

 教会広場の人だかりを抜けた先、その女僧侶は我の姿を確認するなり、すぐさま駆け寄ってきて――おっぱいで締め付けに掛かってきた。

「ぐえー」

 この平和なパエデロスで過ごしていて、何度か命の危機に陥ったことはあったが、一番我の命を奪いかけているのはこのマルペルなんじゃないのか?

「――ケホッ。で、ロータスは来ておるのか?」
「ええ、プディカさんもリンドーさんもいますよ」

 ウゲ、リンドーはともかく、あの女もいるのか。
 先日、ダリアに聞いた話によれば、ロータスはプディカとともにレッドアイズ国に向かっていたらしい。そういえば、臨海学校では姿を見ないと思った。

 亜人を同伴させることで異種族との提携アピールを狙っていたようだが、はたしてあの女を連れていって有意義だったのかどうか。

 一応、アレはアレで、千年近くある歴史と伝統を持った森の長を二百年くらいやっていた女だから地位や威厳はともかくとして、差別的思想に対して引っかき回すようなものはあるといえばあると言えなくもない。

 実際、各国首脳を囲った会議の場に出席して、ロータスが国王に即位するにまで至ったのだから、過程など知るよしもないが、結果さえよければ問題なかろう。

「それにしても、今日はミモザちゃんもオキザリスちゃんも連れてないんですね」
「ん? ああ、ミモザはしばらく学校が休みだというので久しぶりに店にこもって従業員たちと新しい魔具の開発に勤しんでいる。オキザリスは念のための護衛だ」

 休みの理由はもちろん、臨海学校での襲撃事件のせいだ。
 狙いはコリウス王子と分かっているとはいえ、巻き添えを食わない保証もない。
 そんなわけでネルムフィラ魔導士学院もしばらくは夏期休暇となった。

「そんなことよりロータスの方はどうなんだ。色々重なって大変なんじゃないのか」
「あら、フィーちゃん、そんなにロータスさんのこと心配してくれるんですか?」

 どうしてそこで嬉しそうな顔をするのか分からんのだが。

 パエデロスは多種族国家となり、自身も国王となり、それでいてネルムフィラ魔導士学院の責任者を務めながらも、今は新生魔王軍の出現と、コリウス王子の命が狙われていると来ている。ロータスって、身体は一つじゃないのか。心臓持つのか。

 パエデロスも今はお祭りで浮かれている状態ではあるが、いつそれが崩されるか分かったものではない。とんでもなく神経すり減ってそうだ。
 一体何が奴を駆り立てているのやら。まったく、行動原理が分からん男よ。

 我はマルペルに促されるまま、教会の中へと立ち入る。
 神聖な空気に満ちるこの空間に馴染みつつある自分にそれなりの嫌悪を覚えるが、ともあれ身廊を抜けて奥の部屋へと進む。

「やあ、フィー。待ってたよ」

 そこには黄金の髪をした長身のエルフ女と、それよりもガタいのいい巨漢の男、そしてその二人と比べると実に頼りなく見えてしまう男が長テーブルに待っていた。
 改めて思うが、何の集まりなんだ、これ。

 元エルフの族長に、軍事国家兵隊の教官、かつて世界を救った現国王。
 そこに元魔王が同じ長テーブルにつくというこの珍妙な状況はなんだ。

「一応、国王への即位、おめでとうと言っておくべきか」
「ありがとう、嬉しいよ。戴冠式の準備もあってね、こちらも少しごたついてるけれど、一先ずは優先的に進めたい話がある」

 心なしか、ロータス痩せたか? とんでもなく心労を重ねてきたと見える。
 言葉を続ける前にグラスに水を注ぎ、溜め息ごと飲み干す勢いで一杯あおった。

「新生魔王軍について、だ」

 息をつくように言葉をこぼす。疲労感のたまった口ぶりだ。

「もうダリアとマルペルに知ってることは大体話したと思うが、我の知る情報は少ないぞ。旧魔王軍の元幹部が加入していて、他の残党もいるかは不明だ」
「その、新生魔王軍ってのは実在するのかい? ワタシにはどうも胡散臭くって仕方ない。混乱を招くための口から出任せって線もあるんじゃないか?」

 正直、それは我の口からは断言できないのだが。

「つっても、襲撃されたのは事実なんだ。俺の方でも色々と調べさせてもらったぜ。海底洞窟の探索やら、馬車道に残された痕跡探しやら、俺の兵隊引き連れて雑用よ」

 多分、今一番情報を持ってるのはリンドーだろうな。

「答えだけ言わせてもらうが、大きな組織が動いているってのは確かだ。レッドアイズ側でも追ってる組織はいくつかあるが、武具や魔具の密輸に関わってる組織の中から今回の襲撃事件との繋がりも見えてきた」
「水面下で、我も知らない新生魔王軍が動いているということか」
「明確に新生魔王軍と名乗ってるのかまでは分からないが、概ねその通りだ」

 セバスチャンがその場の舌先三寸で嘘を吹聴してるとは思えないし、少なくともその大きな組織とやらに関わっているのは間違いない。
 名称や呼称はともかくとして、コリウス王子を狙った暗殺部隊は実在している。

「フン、面倒な話だ。今も何処で何を企んでるか分からん連中が、このパエデロスのあちこちに散らばっている可能性があるってことかい」

 しかも、よりにもよって建国記念のお祭りが開かれるこのタイミングでだ。
 誰も分け隔てなく受け入れるパエデロスは、他国からも沢山の行商人や貴族や王族がわんさかと集まってきている。

 レッドアイズの王子の命を狙う者が紛れ込んでいたとしても、分かりようがない。
 かといって、今さらこのお祭りを止めさせるわけにもいかないだろう。
 新国王ロータスの戴冠式だって控えているのだから。

「ロータス、どうする。貴様はどう考えておるのだ?」
「……いずれにせよ、レッドアイズが標的にされていることは間違いない。王子の護衛を徹底し、件の組織の動向を見張るしかないな」

 コイツ、最後に休んだの、一体いつなんだろうな。
 そう思うくらいには、やつれた顔が疲弊を物語っていた。

「新生魔王軍の戦力は未知数だ。だが一度二度は退けたのだ。慢心しなければ勇者率いるパエデロスに敵はない。そうであろう?」
「心強いよ、フィー」

 自分で言っておいてなんだが、無性にむず痒くなった。


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 いつだったか、ミモザの店にまで押しかけてきたソレノス王子にプロポーズされたとき、わざわざ断りを入れにレッドアイズ国まで足を運んだことがあった。
 そのときは丁度、魔王討伐記念感謝祭が開催されている時期で、勇者を称える賑やかしい光景が広がっていたのを覚えている。
 まさか、それと似たような光景をこのパエデロスで見ることになるとは。
「パエデロス建国記念日セールだよ! 今しか買えない特別な品を見てってくれ!」
「さあさあ、レッドアイズ国からきた名物、ロータスの剣のレプリカだ!」
「号外! 号外! あの勇者がついに、国王様に即位されたぞ!」
 ぅ、うわぁー……。そんな感想と溜め息しか出てこない。
 長旅からロータスが帰ってきたかと思えば、数日もしないうちにこんな有様だ。
 ロータス、ロータス、ロータス……。
 まるでネルムフィラ魔導士学院みたいではないか。
 パエデロスの大通りは建国を記念して、まさしくお祭り騒ぎ。
 人間やエルフ、ドワーフにオーガ、その他諸々。そんな色々な種族の混ざり合った街は今、かつてないほどに賑わっていた。
 いつの間にロータスが国王に、などとは言うまい。これまでも何度か機会を伺っていたのは知っているし、今日か明日かと思っていたのも事実。
 ただ、いざその日が来てしまうと、やはり幾分か抵抗はあるな。
「フィーちゃん、待ってましたよ」
 教会広場の人だかりを抜けた先、その女僧侶は我の姿を確認するなり、すぐさま駆け寄ってきて――おっぱいで締め付けに掛かってきた。
「ぐえー」
 この平和なパエデロスで過ごしていて、何度か命の危機に陥ったことはあったが、一番我の命を奪いかけているのはこのマルペルなんじゃないのか?
「――ケホッ。で、ロータスは来ておるのか?」
「ええ、プディカさんもリンドーさんもいますよ」
 ウゲ、リンドーはともかく、あの女もいるのか。
 先日、ダリアに聞いた話によれば、ロータスはプディカとともにレッドアイズ国に向かっていたらしい。そういえば、臨海学校では姿を見ないと思った。
 亜人を同伴させることで異種族との提携アピールを狙っていたようだが、はたしてあの女を連れていって有意義だったのかどうか。
 一応、アレはアレで、千年近くある歴史と伝統を持った森の長を二百年くらいやっていた女だから地位や威厳はともかくとして、差別的思想に対して引っかき回すようなものはあるといえばあると言えなくもない。
 実際、各国首脳を囲った会議の場に出席して、ロータスが国王に即位するにまで至ったのだから、過程など知るよしもないが、結果さえよければ問題なかろう。
「それにしても、今日はミモザちゃんもオキザリスちゃんも連れてないんですね」
「ん? ああ、ミモザはしばらく学校が休みだというので久しぶりに店にこもって従業員たちと新しい魔具の開発に勤しんでいる。オキザリスは念のための護衛だ」
 休みの理由はもちろん、臨海学校での襲撃事件のせいだ。
 狙いはコリウス王子と分かっているとはいえ、巻き添えを食わない保証もない。
 そんなわけでネルムフィラ魔導士学院もしばらくは夏期休暇となった。
「そんなことよりロータスの方はどうなんだ。色々重なって大変なんじゃないのか」
「あら、フィーちゃん、そんなにロータスさんのこと心配してくれるんですか?」
 どうしてそこで嬉しそうな顔をするのか分からんのだが。
 パエデロスは多種族国家となり、自身も国王となり、それでいてネルムフィラ魔導士学院の責任者を務めながらも、今は新生魔王軍の出現と、コリウス王子の命が狙われていると来ている。ロータスって、身体は一つじゃないのか。心臓持つのか。
 パエデロスも今はお祭りで浮かれている状態ではあるが、いつそれが崩されるか分かったものではない。とんでもなく神経すり減ってそうだ。
 一体何が奴を駆り立てているのやら。まったく、行動原理が分からん男よ。
 我はマルペルに促されるまま、教会の中へと立ち入る。
 神聖な空気に満ちるこの空間に馴染みつつある自分にそれなりの嫌悪を覚えるが、ともあれ身廊を抜けて奥の部屋へと進む。
「やあ、フィー。待ってたよ」
 そこには黄金の髪をした長身のエルフ女と、それよりもガタいのいい巨漢の男、そしてその二人と比べると実に頼りなく見えてしまう男が長テーブルに待っていた。
 改めて思うが、何の集まりなんだ、これ。
 元エルフの族長に、軍事国家兵隊の教官、かつて世界を救った現国王。
 そこに元魔王が同じ長テーブルにつくというこの珍妙な状況はなんだ。
「一応、国王への即位、おめでとうと言っておくべきか」
「ありがとう、嬉しいよ。戴冠式の準備もあってね、こちらも少しごたついてるけれど、一先ずは優先的に進めたい話がある」
 心なしか、ロータス痩せたか? とんでもなく心労を重ねてきたと見える。
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「新生魔王軍について、だ」
 息をつくように言葉をこぼす。疲労感のたまった口ぶりだ。
「もうダリアとマルペルに知ってることは大体話したと思うが、我の知る情報は少ないぞ。旧魔王軍の元幹部が加入していて、他の残党もいるかは不明だ」
「その、新生魔王軍ってのは実在するのかい? ワタシにはどうも胡散臭くって仕方ない。混乱を招くための口から出任せって線もあるんじゃないか?」
 正直、それは我の口からは断言できないのだが。
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「答えだけ言わせてもらうが、大きな組織が動いているってのは確かだ。レッドアイズ側でも追ってる組織はいくつかあるが、武具や魔具の密輸に関わってる組織の中から今回の襲撃事件との繋がりも見えてきた」
「水面下で、我も知らない新生魔王軍が動いているということか」
「明確に新生魔王軍と名乗ってるのかまでは分からないが、概ねその通りだ」
 セバスチャンがその場の舌先三寸で嘘を吹聴してるとは思えないし、少なくともその大きな組織とやらに関わっているのは間違いない。
 名称や呼称はともかくとして、コリウス王子を狙った暗殺部隊は実在している。
「フン、面倒な話だ。今も何処で何を企んでるか分からん連中が、このパエデロスのあちこちに散らばっている可能性があるってことかい」
 しかも、よりにもよって建国記念のお祭りが開かれるこのタイミングでだ。
 誰も分け隔てなく受け入れるパエデロスは、他国からも沢山の行商人や貴族や王族がわんさかと集まってきている。
 レッドアイズの王子の命を狙う者が紛れ込んでいたとしても、分かりようがない。
 かといって、今さらこのお祭りを止めさせるわけにもいかないだろう。
 新国王ロータスの戴冠式だって控えているのだから。
「ロータス、どうする。貴様はどう考えておるのだ?」
「……いずれにせよ、レッドアイズが標的にされていることは間違いない。王子の護衛を徹底し、件の組織の動向を見張るしかないな」
 コイツ、最後に休んだの、一体いつなんだろうな。
 そう思うくらいには、やつれた顔が疲弊を物語っていた。
「新生魔王軍の戦力は未知数だ。だが一度二度は退けたのだ。慢心しなければ勇者率いるパエデロスに敵はない。そうであろう?」
「心強いよ、フィー」
 自分で言っておいてなんだが、無性にむず痒くなった。