第156話 失望どころじゃない

ー/ー



「まずは、壁を張らせてもらおうか――弾ける泡沫の壁(ポッピンソーダ)!」

 ブクブクブク……っと馬車の周囲に泡を発生させる。瞬く間に、壁のように盛り上がり、包み込んでいった。不格好だが、守りとしては強いぞ。

「この泡の壁は熱にも強く、電撃も分散する。打撃は勿論、斬撃だって弾くぞ」
「くっ……厄介なものを……!」

 まあ、泡なんで時間が経つと勝手に消えるんですけどね、初見さん。
 今のヘボヘボな我がそんな強固な壁を持続して使えるわけがなかろうが。

 馬車を取り囲む連中が攻撃をけしかけてくる。我の言葉を聞いていなかったのか、はたまた我の言葉がハッタリではないことを確かめるためか、火炎をぶつけたり、冷風をぶつけたり、電撃をぶつけたり、それで叩いたり斬ったり。

 総勢十人以上の格闘の末、王子が乗っている馬車は無傷を保たれる。
 どうだ、凄いだろう。あと何十秒くらい持つのか知らんけど。

「ならば、コリウス王子の前に邪魔な貴様を抹殺してくれる」

 やべぇよ……やべぇよ……ここにくるまで空間魔法とかバンバン使いまくったし,今も結構強力な防御魔法も使っちゃったし、ミモザからもらってきた魔石が全然残ってない。ここにきて戦闘できないとか正気か?

 鋼鉄巨神の黒弾丸(キャノンボーラー)とか貪欲なる美食家共(ビストローヴァー)みたいな攻撃魔法は無理。とっておきの切り札である叢雲の彼方を辿り超えてゆくもの(ウサギトネコトショウネンノユメ)に至っては仮に使えたとしても全身が粉微塵に弾け飛ぶに違いない。

 なんで我の使える魔法は燃費が悪い上に制御が面倒臭いものばっかなんだ。いや、今は全然使えないんですけどね!

「覚悟しろ、何処の馬の骨とも分からぬ小娘が」

 なんか黒幕っぽい男が、超絶強力な殺意増し増しの魔法を我に向かって放とうとしている。終わったか、これはもう終わったか。
 眼前に死が迫ってくる――そんな刹那、唐突に我の目の前に髑髏が出現する。
 なんだ、何故いきなり骸骨の壁が?

「あの! あの、ちょっと、待ってもらえませんか……その、困りますので、はい」

 聞き覚えのあるおどおどした声。ふと見上げてみると、黒いローブをすっぽりと被った影がそこにあった。あれは呪術師にして教師、マーガ・キッキバルではないか。

 そして、目の前に出てきたものをよく見てみると、昨日洞窟で襲ってきたあの巨大ヤドカリ、骨喰い寄居虫(スカル・ハーミット)――の殻だった。なんで殻だけ?
 何にせよ、骸骨を固められて作られた殻を壁にして、我の身は守られたらしい。

「ちぃっ、また邪魔が入ったか」
「まだちょっと状況、分かってない感じなんですけど、あなたが王子の命を狙ってる、っていうのは分かりました。許しませんので、私、先生ですから!」

 なんだかカッコつかないな、この教師。いやでも、助かった。
 空間魔法の使い手がいなかったらどうしようかと思ってたところだ。

「よく持ちこたえてくれましたね。あなた、うちの生徒ですよね。おめでとうございます……じゃなくて、ありがとうございます。あとでいっぱい褒めてあげますよ」
 喋るときは喋ることをまとめてから喋ってくれ。

 などと間抜けな会話をよそに、マーガ教師はヤドカリの殻の上に立ったまま、次なる魔法を繰り出す。空間がビリビリと震え始めたかと思えば、マーガを中心にして、嵐のような突風が巻き起こり、辺りを包んでいた白い霧がまとめて弾け飛ぶ。

 霧の晴れた向こうは、何台もの馬車が森の中を右往左往していた。あれはネルムフィラ魔導士学院の生徒たちが乗っている馬車で間違いないだろう。
 みんな隔離された空間から戻ってきたのだ。

 というか、空間魔法を無理やり剥がしやがったぞ、この呪術師。
 やっぱり我と違ってまともな魔法が使えると力技いけるから羨ましいな。

 霧が晴れたことにより、襲撃者たちの姿も露わになる。
 それと同時に、馬車の中から教職員たちも飛び出してくる。
 よかった。形勢が逆転したようだ。

「王子を死守しろ! 急げ!」

 レッドアイズ国の護衛たちが一斉にこちらの馬車に向かって走ってきた。
 さすがにこの状況、向こうにとっては分が悪いだろう。
 それを察せないほど相手も愚鈍ではない。一気に散り散りに逃げていく。

「仕方ない……この場は退かせてもらおう」
「それ、許すと思う?」

 黒幕っぽい男が立ち去ろうとしたその矢先、赤髪の魔女が立ちはだかる。
 ずいぶんと遅れてきたではないか、ダリア。

「ぐはっ!」

 次の瞬間には、魔法をぶっ放されてあえなくダウンする。
 弱っ! 黒幕みたいな奴、弱っ!

「ぐぅ……」
「おやおや、作戦はどうやら失敗のようですね」

――ッ!? 誰? いきなり誰!?

 見てみると、森の中の方、少し距離を置いた位置に、身なりの整った何者かが立っていた。貴族の誰かかと思ったが、少なくともネルムフィラ魔導士学院の関係者ではないことだけは間違いない。

「おい……手を貸せ。このままじゃ……」
「イヤです」
 食い気味に切る。なんだ、あの男は。アイツの仲間なのか?

「はぁー……やれやれ、失望してしまいましたよ」
「なんだと! てめぇの考えた作戦じゃねえか!」
「いえいえ違いますよ。私が失望したのはね、あなたではなく、そっちですそっち」

 と、何故か分からないが、我の方を指さして言う。
 なんで我が失望されなきゃならんのよ。

「まさか、人間たちの側にいるとは思いませんでしたよ。フィテウマさん。いえ、元魔王様と呼んだ方がよろしいですかね?」

 そこで我は、ハッとした。その紳士ぶった男の顔が、骸骨だったことに。

「お、お、お前……、せ、セバスチャン!?」
「ええ、お久しぶりです。生きておられるどころか、何やら大金持ちのご令嬢気取りだとか噂はかねがね。まったく、楽しそうで何より」

 なんという嫌味ったらしい毒舌っぷり。相変わらずにもほどがある。
 骨しかないスケルトンの男、セバスチャン。お前もまだ生きてたのか。

 というか、そこにいる黒幕っぽい奴は黒幕でも何でもなかったんか。どさくさに紛れてそのまま逃げていったし。

「こんなところで会うとは思ってなかったぞ。魔王軍も消滅したと聞いてたし」
「ああ、まあ、そうですね。あなたの魔王軍はとっくに消えてなくなりましたとも。ですから、今は新生魔王軍という感じでやってますよ」

 さらっと爆弾発言するでないわ!

「新生魔王軍? 何それ、私、初耳なんだけど」
「おや、あなたは勇者の仲間のダリアさんでしたか。これはこれは初めまして、ですよね。私の方は一方的に知っているんですが。学校の先生やってるそうで」

 カタカタカタと骨を鳴らして笑う。骨だから表情とか分からんのだけどな。

「ちょっと、フィー。この不死者(アンデッド)、アンタの知り合い?」
「元魔王軍の幹部だ。おい、セバスチャン、何を企んでいるんだ」
「考えれば分かることではないですか? 弱体化しておつむもザコザコのよわよわのヘボヘボでカスカスのしぼりカス元魔王様には分かりませんか、そうですか。失望どころじゃないですね」

 相変わらずえげつない毒舌っぷり。我、泣いちゃうぞ。

「ゆっくりとお話しする時間もありませんので、この場は退きますよ。失礼」

 ダリアが魔法を放ち、さらに後方からマーガも魔法を放つ。
 だが、そんなものを意にも介さず、スケルトンの紳士は闇の中に溶けるようにしてスゥっと消失していった。逃げ足の速い、したたかな男だ。

「なんなのよ、あのホネ男!」
「筋肉も臓器もないのにどうやって動いているんでしょうか? 不思議です」

 気付いたときにはもう襲撃者たちは去っていて、呆気にとられる我らだけがその場に残されただけだった。


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「まずは、壁を張らせてもらおうか――|弾ける泡沫の壁《ポッピンソーダ》!」
 ブクブクブク……っと馬車の周囲に泡を発生させる。瞬く間に、壁のように盛り上がり、包み込んでいった。不格好だが、守りとしては強いぞ。
「この泡の壁は熱にも強く、電撃も分散する。打撃は勿論、斬撃だって弾くぞ」
「くっ……厄介なものを……!」
 まあ、泡なんで時間が経つと勝手に消えるんですけどね、初見さん。
 今のヘボヘボな我がそんな強固な壁を持続して使えるわけがなかろうが。
 馬車を取り囲む連中が攻撃をけしかけてくる。我の言葉を聞いていなかったのか、はたまた我の言葉がハッタリではないことを確かめるためか、火炎をぶつけたり、冷風をぶつけたり、電撃をぶつけたり、それで叩いたり斬ったり。
 総勢十人以上の格闘の末、王子が乗っている馬車は無傷を保たれる。
 どうだ、凄いだろう。あと何十秒くらい持つのか知らんけど。
「ならば、コリウス王子の前に邪魔な貴様を抹殺してくれる」
 やべぇよ……やべぇよ……ここにくるまで空間魔法とかバンバン使いまくったし,今も結構強力な防御魔法も使っちゃったし、ミモザからもらってきた魔石が全然残ってない。ここにきて戦闘できないとか正気か?
 |鋼鉄巨神の黒弾丸《キャノンボーラー》とか|貪欲なる美食家共《ビストローヴァー》みたいな攻撃魔法は無理。とっておきの切り札である|叢雲の彼方を辿り超えてゆくもの《ウサギトネコトショウネンノユメ》に至っては仮に使えたとしても全身が粉微塵に弾け飛ぶに違いない。
 なんで我の使える魔法は燃費が悪い上に制御が面倒臭いものばっかなんだ。いや、今は全然使えないんですけどね!
「覚悟しろ、何処の馬の骨とも分からぬ小娘が」
 なんか黒幕っぽい男が、超絶強力な殺意増し増しの魔法を我に向かって放とうとしている。終わったか、これはもう終わったか。
 眼前に死が迫ってくる――そんな刹那、唐突に我の目の前に髑髏が出現する。
 なんだ、何故いきなり骸骨の壁が?
「あの! あの、ちょっと、待ってもらえませんか……その、困りますので、はい」
 聞き覚えのあるおどおどした声。ふと見上げてみると、黒いローブをすっぽりと被った影がそこにあった。あれは呪術師にして教師、マーガ・キッキバルではないか。
 そして、目の前に出てきたものをよく見てみると、昨日洞窟で襲ってきたあの巨大ヤドカリ、|骨喰い寄居虫《スカル・ハーミット》――の殻だった。なんで殻だけ?
 何にせよ、骸骨を固められて作られた殻を壁にして、我の身は守られたらしい。
「ちぃっ、また邪魔が入ったか」
「まだちょっと状況、分かってない感じなんですけど、あなたが王子の命を狙ってる、っていうのは分かりました。許しませんので、私、先生ですから!」
 なんだかカッコつかないな、この教師。いやでも、助かった。
 空間魔法の使い手がいなかったらどうしようかと思ってたところだ。
「よく持ちこたえてくれましたね。あなた、うちの生徒ですよね。おめでとうございます……じゃなくて、ありがとうございます。あとでいっぱい褒めてあげますよ」
 喋るときは喋ることをまとめてから喋ってくれ。
 などと間抜けな会話をよそに、マーガ教師はヤドカリの殻の上に立ったまま、次なる魔法を繰り出す。空間がビリビリと震え始めたかと思えば、マーガを中心にして、嵐のような突風が巻き起こり、辺りを包んでいた白い霧がまとめて弾け飛ぶ。
 霧の晴れた向こうは、何台もの馬車が森の中を右往左往していた。あれはネルムフィラ魔導士学院の生徒たちが乗っている馬車で間違いないだろう。
 みんな隔離された空間から戻ってきたのだ。
 というか、空間魔法を無理やり剥がしやがったぞ、この呪術師。
 やっぱり我と違ってまともな魔法が使えると力技いけるから羨ましいな。
 霧が晴れたことにより、襲撃者たちの姿も露わになる。
 それと同時に、馬車の中から教職員たちも飛び出してくる。
 よかった。形勢が逆転したようだ。
「王子を死守しろ! 急げ!」
 レッドアイズ国の護衛たちが一斉にこちらの馬車に向かって走ってきた。
 さすがにこの状況、向こうにとっては分が悪いだろう。
 それを察せないほど相手も愚鈍ではない。一気に散り散りに逃げていく。
「仕方ない……この場は退かせてもらおう」
「それ、許すと思う?」
 黒幕っぽい男が立ち去ろうとしたその矢先、赤髪の魔女が立ちはだかる。
 ずいぶんと遅れてきたではないか、ダリア。
「ぐはっ!」
 次の瞬間には、魔法をぶっ放されてあえなくダウンする。
 弱っ! 黒幕みたいな奴、弱っ!
「ぐぅ……」
「おやおや、作戦はどうやら失敗のようですね」
――ッ!? 誰? いきなり誰!?
 見てみると、森の中の方、少し距離を置いた位置に、身なりの整った何者かが立っていた。貴族の誰かかと思ったが、少なくともネルムフィラ魔導士学院の関係者ではないことだけは間違いない。
「おい……手を貸せ。このままじゃ……」
「イヤです」
 食い気味に切る。なんだ、あの男は。アイツの仲間なのか?
「はぁー……やれやれ、失望してしまいましたよ」
「なんだと! てめぇの考えた作戦じゃねえか!」
「いえいえ違いますよ。私が失望したのはね、あなたではなく、そっちですそっち」
 と、何故か分からないが、我の方を指さして言う。
 なんで我が失望されなきゃならんのよ。
「まさか、人間たちの側にいるとは思いませんでしたよ。フィテウマさん。いえ、元魔王様と呼んだ方がよろしいですかね?」
 そこで我は、ハッとした。その紳士ぶった男の顔が、骸骨だったことに。
「お、お、お前……、せ、セバスチャン!?」
「ええ、お久しぶりです。生きておられるどころか、何やら大金持ちのご令嬢気取りだとか噂はかねがね。まったく、楽しそうで何より」
 なんという嫌味ったらしい毒舌っぷり。相変わらずにもほどがある。
 骨しかないスケルトンの男、セバスチャン。お前もまだ生きてたのか。
 というか、そこにいる黒幕っぽい奴は黒幕でも何でもなかったんか。どさくさに紛れてそのまま逃げていったし。
「こんなところで会うとは思ってなかったぞ。魔王軍も消滅したと聞いてたし」
「ああ、まあ、そうですね。あなたの魔王軍はとっくに消えてなくなりましたとも。ですから、今は新生魔王軍という感じでやってますよ」
 さらっと爆弾発言するでないわ!
「新生魔王軍? 何それ、私、初耳なんだけど」
「おや、あなたは勇者の仲間のダリアさんでしたか。これはこれは初めまして、ですよね。私の方は一方的に知っているんですが。学校の先生やってるそうで」
 カタカタカタと骨を鳴らして笑う。骨だから表情とか分からんのだけどな。
「ちょっと、フィー。この不死者《アンデッド》、アンタの知り合い?」
「元魔王軍の幹部だ。おい、セバスチャン、何を企んでいるんだ」
「考えれば分かることではないですか? 弱体化しておつむもザコザコのよわよわのヘボヘボでカスカスのしぼりカス元魔王様には分かりませんか、そうですか。失望どころじゃないですね」
 相変わらずえげつない毒舌っぷり。我、泣いちゃうぞ。
「ゆっくりとお話しする時間もありませんので、この場は退きますよ。失礼」
 ダリアが魔法を放ち、さらに後方からマーガも魔法を放つ。
 だが、そんなものを意にも介さず、スケルトンの紳士は闇の中に溶けるようにしてスゥっと消失していった。逃げ足の速い、したたかな男だ。
「なんなのよ、あのホネ男!」
「筋肉も臓器もないのにどうやって動いているんでしょうか? 不思議です」
 気付いたときにはもう襲撃者たちは去っていて、呆気にとられる我らだけがその場に残されただけだった。