【勇者組】多種族国パエデロス

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 他を寄せ付けない圧倒的な技術革新により、数百年先の未来を歩んでいるとも言われている軍事国家レッドアイズ。その水面下には未だ弛まぬ努力が積み重ねられており、羨望の声もあれば畏怖の声も入り交じり、一触即発の混沌状態にあった。

 そんな国に秩序をもたらすべく、勇者の称号を持つ男が他国をも巻き込んで平定のために大きく働きかけていた。その名も、ロータス・ネルムフィラ。今、世界で最も愛され、世界で最も嫌われている男だ。

 経歴だけを見れば、彼の功績ほど偉大なものはなく、それこそがまさに今日(こんにち)におけるレッドアイズ国の名声や栄光の根幹でもあった。

 そんな勇者ロータスは、世界の掃き溜め、汚物の集積場などと揶揄されていた辺境の地パエデロスを訪れ、周囲からは偽善だ、蛮勇だと反対の声も上がる中、治安維持に尽くし、とうとう異種族、混血種も差別されない楽園のような街へと変貌させた。

 このパエデロスを巡り、世界の歯車は苛烈なまでに軋み、回ろうとしていた。

「ロータス。お前の雄志もついに実を結ぶときがきたようだ」
「恐悦至極に存じます、閣下」

 荘厳で重々しい空気に満ちたホールの中央。騎士団に見守られる中、円卓を囲って十数名にも及ぶ各国の要人たちが鎮座していた。そこで発せられる言葉の一つ一つは計り知れぬほどの重圧をまとい、常人ならば恐れ多く一言たりとも声を出せない。

 世界の変容は、この円卓の上で行われる。

「異を唱えるものは居るか」

 消え入りそうなほど枯れた男の声が、この上なく大音声に聞こえるほどホール内に響き渡っていく。ややもすれば水を打ったように静まりかえった。

「ではここに可決としよう。ロータス・ネルムフィラ。貴殿を多種族国パエデロスの初代国王とする」

 拍手が飛び交い、通り雨のような音が反響していった。
 何の異論もなく、あたかも円満にことが進められていったようにも思わされたが、円卓を囲う者全てが納得した表情というわけでもなかった。

 それというのも、今回の会議の中で可決に至った国が多種族国家であることが何よりも危険視されていたためだ。

 人間族だけの国、エルフだけの国、ドワーフだけの国といった単一種族の国家は多く、その中に移民が隠れ住むこと自体は珍しくはなかった。

 貴族や平民、種族を隔てて居住区を分ける国も決して存在していなかったわけでもない。だが、歴史の中で最も争いの火種を抱えているとされているのは、異種族間による不協和ばかり。

 今、この円卓会議の中には全てが平等であり、優劣というものを排他されているが、それはあくまで形式上のものでしかなく、議論が何事もなく進んでいるのは各国のパワーバランスによって保たれているからに過ぎない。

 誰も平和などという幻想を抱いてなどいない。
 誰が戦争の引き金を引くのかを見張っているだけだ。

 しかし、そこに今、多種族国パエデロスという一石が投じられた。
 しかも、その国王は平和ボケの勇者ロータスときた。
 軍事国家レッドアイズと親密な関係にあるとなれば尚のこと無視できない。

 パエデロスをただの辺境の地にあるだけの都市だと思う者はさすがにこの場にはいなかった。あらゆる種族の文化や文明、技術が混ざり合い、未知の領域にまで足を踏み入れている恐ろしい場所とさえ認識されているだろう。

 加えて、パエデロスには、レッドアイズ国からの多大な支援により、魔導士学院なるものも設立され、魔法技術の向上にも一役買っている。
 勇者の撒いた種が芽吹こうとしているといえば聞こえはいいが、それは他国からしてみれば脅威にもなりかねない、疑惑の温床だ。

 ひとたびロータスが手のひらを返せば、はたまたロータスが誰かの傀儡にでもなろうものなら世界はひっくり返る。これほどまでに危ない橋があるだろうか。

 空気は重いだけに留まらない。ピリピリと緊迫しており、次に誰かの言葉が発せられたら瞬時に破裂してしまいそうなほど息苦しかった。

「なんだい、異論なしで可決されたってのに、不服な面ばかりじゃないかい」

 鋭利な刃物が射し込まれたかのように、緊迫が引き裂かれる。歯に衣着せない物言いを放ったのは、太陽に照らされる小麦の如く美しきなだらかな黄金の髪を持ち、大空のように澄みきった蒼い瞳を持つ女エルフだった。

 王族とも貴族とも違う、この円卓会議の場においては異物に等しい彼女は、二百年ほど集落の長を務めていたプディカ・アレフヘイムだった。

 故あって、ロータスの治めるパエデロスに設立された魔導士学院の指導者として任命され、今は異種族の代表としてこの場にいる。

 正式に招かれたというよりも、ロータスが連れてきたようなもので、ひたすらに奇異な眼差しを向けられていた。だからこそか、彼女は大層不機嫌だった。

「暴言は慎みたまえ、プディカ・アレフヘイム」
「口を悪しとして、目を良しとする。そういうのは釈然としないね。ここは平等の間なのだろう? 何故、皆言葉を飲み込んじまってるんだい?」

 ふんぞり返り腕を組む彼女の態度をよそに、平等という言葉はあまりにも不釣り合いのように思わされる。ただ、それでも反論の声が飛び交うことはなかった。
 余裕のある面持ちでいられる者自体、そう多くはないのだ。

 レッドアイズ国と、またレッドアイズ国との繋がりがあるパエデロスほど、どう転ぶかも分からない代物はない。誰も望んでこそいなかったが、今この瞬間にも戦争の引き金が引かれるそのときを虎視眈々として待っていた。

 何故なら、本当にそんなことになろうものなら、レッドアイズ国を叩く絶好の機会であり、レッドアイズ国を陥落させられれば世界的な名声も栄誉も欲しいままにできるといっても過言ではない。

 反面、レッドアイズ国に太刀打ちできる国家など限られており、いち早く同盟の算段を整えなければならない状況にまで追い込まれてしまうことも容易に想像できた。
 そんな状態で、勇者ロータスに対して異を唱えることの危険性を理解できない者がこの場にいるものか。誰もが自ら引き金を引きたくはなかったのだ。

 彼は――勇者ロータス・ネルムフィラは、かつて世界を恐怖に陥れたとされる魔王を討ち、軍事国家レッドアイズの名を世界的に知らしめた真の英雄。
 力を持つ者とは即ち、恐怖を継承されていることと同義。それは強い権力を持つ者ほど悍ましく感じられる。

 今回の会議でロータスは一国の王と認められることとなったが、無論それも一朝一夕のものではなく、束ねてきた功績があったからこそのこと。

 おそらく、何度評決をとっても同じ結果となるだろう。それ自体はロータスの努力の賜といっても差し支えないが、脅威が上重ねされているようなものでしかない。

「異論はなく可決された。これ以上の議論は認められない。ここで異議を申し立てられようと、ひっくり返される道理もない」
「そうだ、その通りだ。次に考えるべきはロータス王の戴冠式である。神聖なる会議を穢してはならない」

 火がついたように喧騒の如く声が飛び交うも、一瞬にしてまた静まりかえり、円卓の上は凍てつくような空気を纏い始める。
 元々部外者に近い立場とは言え、プディカは居心地悪そうにまた腕を組む。

 こうして、いつ破裂するか分からない空気を保ったまま、円卓を囲う各国の要人たちは、当たり障りのない言葉を重ね、議論を進めていく。

 結局この日に可決した議題は、ロータス王の即位とその戴冠式の日取りまで。
 極めて鈍行な話し合いとなったのだった。


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次のエピソードへ進む 第157話 もう一人の魔王?


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 他を寄せ付けない圧倒的な技術革新により、数百年先の未来を歩んでいるとも言われている軍事国家レッドアイズ。その水面下には未だ弛まぬ努力が積み重ねられており、羨望の声もあれば畏怖の声も入り交じり、一触即発の混沌状態にあった。
 そんな国に秩序をもたらすべく、勇者の称号を持つ男が他国をも巻き込んで平定のために大きく働きかけていた。その名も、ロータス・ネルムフィラ。今、世界で最も愛され、世界で最も嫌われている男だ。
 経歴だけを見れば、彼の功績ほど偉大なものはなく、それこそがまさに今日《こんにち》におけるレッドアイズ国の名声や栄光の根幹でもあった。
 そんな勇者ロータスは、世界の掃き溜め、汚物の集積場などと揶揄されていた辺境の地パエデロスを訪れ、周囲からは偽善だ、蛮勇だと反対の声も上がる中、治安維持に尽くし、とうとう異種族、混血種も差別されない楽園のような街へと変貌させた。
 このパエデロスを巡り、世界の歯車は苛烈なまでに軋み、回ろうとしていた。
「ロータス。お前の雄志もついに実を結ぶときがきたようだ」
「恐悦至極に存じます、閣下」
 荘厳で重々しい空気に満ちたホールの中央。騎士団に見守られる中、円卓を囲って十数名にも及ぶ各国の要人たちが鎮座していた。そこで発せられる言葉の一つ一つは計り知れぬほどの重圧をまとい、常人ならば恐れ多く一言たりとも声を出せない。
 世界の変容は、この円卓の上で行われる。
「異を唱えるものは居るか」
 消え入りそうなほど枯れた男の声が、この上なく大音声に聞こえるほどホール内に響き渡っていく。ややもすれば水を打ったように静まりかえった。
「ではここに可決としよう。ロータス・ネルムフィラ。貴殿を多種族国パエデロスの初代国王とする」
 拍手が飛び交い、通り雨のような音が反響していった。
 何の異論もなく、あたかも円満にことが進められていったようにも思わされたが、円卓を囲う者全てが納得した表情というわけでもなかった。
 それというのも、今回の会議の中で可決に至った国が多種族国家であることが何よりも危険視されていたためだ。
 人間族だけの国、エルフだけの国、ドワーフだけの国といった単一種族の国家は多く、その中に移民が隠れ住むこと自体は珍しくはなかった。
 貴族や平民、種族を隔てて居住区を分ける国も決して存在していなかったわけでもない。だが、歴史の中で最も争いの火種を抱えているとされているのは、異種族間による不協和ばかり。
 今、この円卓会議の中には全てが平等であり、優劣というものを排他されているが、それはあくまで形式上のものでしかなく、議論が何事もなく進んでいるのは各国のパワーバランスによって保たれているからに過ぎない。
 誰も平和などという幻想を抱いてなどいない。
 誰が戦争の引き金を引くのかを見張っているだけだ。
 しかし、そこに今、多種族国パエデロスという一石が投じられた。
 しかも、その国王は平和ボケの勇者ロータスときた。
 軍事国家レッドアイズと親密な関係にあるとなれば尚のこと無視できない。
 パエデロスをただの辺境の地にあるだけの都市だと思う者はさすがにこの場にはいなかった。あらゆる種族の文化や文明、技術が混ざり合い、未知の領域にまで足を踏み入れている恐ろしい場所とさえ認識されているだろう。
 加えて、パエデロスには、レッドアイズ国からの多大な支援により、魔導士学院なるものも設立され、魔法技術の向上にも一役買っている。
 勇者の撒いた種が芽吹こうとしているといえば聞こえはいいが、それは他国からしてみれば脅威にもなりかねない、疑惑の温床だ。
 ひとたびロータスが手のひらを返せば、はたまたロータスが誰かの傀儡にでもなろうものなら世界はひっくり返る。これほどまでに危ない橋があるだろうか。
 空気は重いだけに留まらない。ピリピリと緊迫しており、次に誰かの言葉が発せられたら瞬時に破裂してしまいそうなほど息苦しかった。
「なんだい、異論なしで可決されたってのに、不服な面ばかりじゃないかい」
 鋭利な刃物が射し込まれたかのように、緊迫が引き裂かれる。歯に衣着せない物言いを放ったのは、太陽に照らされる小麦の如く美しきなだらかな黄金の髪を持ち、大空のように澄みきった蒼い瞳を持つ女エルフだった。
 王族とも貴族とも違う、この円卓会議の場においては異物に等しい彼女は、二百年ほど集落の長を務めていたプディカ・アレフヘイムだった。
 故あって、ロータスの治めるパエデロスに設立された魔導士学院の指導者として任命され、今は異種族の代表としてこの場にいる。
 正式に招かれたというよりも、ロータスが連れてきたようなもので、ひたすらに奇異な眼差しを向けられていた。だからこそか、彼女は大層不機嫌だった。
「暴言は慎みたまえ、プディカ・アレフヘイム」
「口を悪しとして、目を良しとする。そういうのは釈然としないね。ここは平等の間なのだろう? 何故、皆言葉を飲み込んじまってるんだい?」
 ふんぞり返り腕を組む彼女の態度をよそに、平等という言葉はあまりにも不釣り合いのように思わされる。ただ、それでも反論の声が飛び交うことはなかった。
 余裕のある面持ちでいられる者自体、そう多くはないのだ。
 レッドアイズ国と、またレッドアイズ国との繋がりがあるパエデロスほど、どう転ぶかも分からない代物はない。誰も望んでこそいなかったが、今この瞬間にも戦争の引き金が引かれるそのときを虎視眈々として待っていた。
 何故なら、本当にそんなことになろうものなら、レッドアイズ国を叩く絶好の機会であり、レッドアイズ国を陥落させられれば世界的な名声も栄誉も欲しいままにできるといっても過言ではない。
 反面、レッドアイズ国に太刀打ちできる国家など限られており、いち早く同盟の算段を整えなければならない状況にまで追い込まれてしまうことも容易に想像できた。
 そんな状態で、勇者ロータスに対して異を唱えることの危険性を理解できない者がこの場にいるものか。誰もが自ら引き金を引きたくはなかったのだ。
 彼は――勇者ロータス・ネルムフィラは、かつて世界を恐怖に陥れたとされる魔王を討ち、軍事国家レッドアイズの名を世界的に知らしめた真の英雄。
 力を持つ者とは即ち、恐怖を継承されていることと同義。それは強い権力を持つ者ほど悍ましく感じられる。
 今回の会議でロータスは一国の王と認められることとなったが、無論それも一朝一夕のものではなく、束ねてきた功績があったからこそのこと。
 おそらく、何度評決をとっても同じ結果となるだろう。それ自体はロータスの努力の賜といっても差し支えないが、脅威が上重ねされているようなものでしかない。
「異論はなく可決された。これ以上の議論は認められない。ここで異議を申し立てられようと、ひっくり返される道理もない」
「そうだ、その通りだ。次に考えるべきはロータス王の戴冠式である。神聖なる会議を穢してはならない」
 火がついたように喧騒の如く声が飛び交うも、一瞬にしてまた静まりかえり、円卓の上は凍てつくような空気を纏い始める。
 元々部外者に近い立場とは言え、プディカは居心地悪そうにまた腕を組む。
 こうして、いつ破裂するか分からない空気を保ったまま、円卓を囲う各国の要人たちは、当たり障りのない言葉を重ね、議論を進めていく。
 結局この日に可決した議題は、ロータス王の即位とその戴冠式の日取りまで。
 極めて鈍行な話し合いとなったのだった。