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第154話 白い闇に紛れる未知の敵

ー/ー



 馬車に揺られ、ついついうたた寝していた頃合いだった。出発のときは、ワイワイぎゃーぎゃーとうるさかった馬車の中が、いやに静まりかえっていることに気付く。

 何かがおかしいと囁く声だけが耳に届く。一体何がどうおかしいというのか。

 ああ、そうだ。他の馬車の音がまるで聞こえてこないのだ。ネルムフィラ魔導士学院の生徒は結構な数いて、それを乗せるだけの馬車も相当な数あったはずだ。

 長蛇の列と言わんばかりに馬車が並んでいて、車輪が地面を叩く音も重なり合うほどガタゴト、ガタゴトと耳を刺激していた。それが今、不思議と聞こえない。
 正確に言えば、我が今乗っている馬車の分の音しかない。

「ぅ……ん? なんで、こんなに静かなんだ?」

 眠気で床に張り付く身体を引きはがす。
 馬車の外を見ると、向こうが見えないほど深い霧が立ちこめており、一寸先は真っ白けで、進んでいるのかどうかも分からない状況だった。

「気付かれましたか、お嬢様」
「オキザリス。いつからこの状態だ?」
「ほんのつい先ほどです。森の中に差し掛かったところ、霧が出始め、気付いたときにはもう既にこのような状態になっておりました」

 馬車内にいるクラスメイトたちも、不安がっている様子だ。そんな状況で我の直ぐそばにいたミモザは普通に眠りこけていて、床に転がっていた。

「おい、ミモザ起きろ。外の様子がおかしいんだ」
「ふみゃぁ~……? はへ? なんれひゅかぁ?」
 軽く身体を揺すると、芋虫のように身体をくねらせ、大あくびとともに起きる。

「おそとがまっしろ、でふね……?」
 寝ぼけた様子でミモザは馬車の外に視線を向ける。

「というか、こんな視界も悪いのにいつまで馬車を走らせているんだ」
「この馬車の御者は魔導機兵(オートマタ)です。特別な指示を出さないと止まりません」
 そういえばそうだった。だからといって、霧の中を進ませていたら馬たちも戸惑うだろうに。よくもまあ、止まらないでいられるものだ。

「魔導機兵(オートマタ)しゃんが手綱を握っているなら、このままでも目的地まで運んでくれるじゃないでふか?」
「確かに、奴らは見えようと見えまいと一度記録した道を忠実に辿るようにできてはいるが、それは今通っている道が記録した通りだった場合だ」

 馬車の外は何も見えないだけじゃない。何も聞こえない。他の馬車の音は勿論、鳥のさえずり声や、風の音さえ聞こえてこない。
 それはとどのつまり、我らの乗っている馬車の周囲は空間ごと切り取られている可能性が高いということだ。今どんな道を進んでいるのか分かったものではない。

「ミモザ。馬車の周囲に誰かの気配は感じられるか?」
「えぇーとぉ……、ちょっとよく分からないれす……、この霧、濃い魔素でできてるみたいで、霧の向こうまで探れないでふ」

 魔力感知がチート級のミモザでも分からないとなると相当だな。むしろ、濃い魔素の霧だからこそ、そこでシャットアウトされているのかもしれない。

「お嬢様、ワタクシめが外の様子を見てまいりましょうか?」
「ダメだ。もし、空間が隔離されているとしたら下手に馬車から降りるのは危険だ。戻ってこれなくなるかもしれん」

 さすがにこの状況、何らかの自然現象だとは思わないぞ。

「フィーしゃん……、やっぱりこれって誰かの魔法なんれすかね?」
「間違いなく、な」

 外部から術者が何かしらの魔法によって空間を歪めているに違いない。
 だが、そうなるとそれが誰の仕業で、何の目的なのか。

 海底洞窟で骨喰い寄居虫(スカル・ハーミット)をけしかけた奴と同一の犯人であるならば、ネルムフィラ魔導士学院の生徒の中の誰かを狙っての犯行だろう。
 生徒全員をまとめて行方不明にさせるつもりだったとしても不思議はない。

 何せ、どの生徒にしても貴族や王族など、将来的な影響力の高い連中ばかりだ。
 一人でも欠けようものなら、パエデロスの信用問題を超えて、レッドアイズ国のさらなる不祥事として発展していってしまうことだろう。

 だとすれば明確な悪意、明瞭な敵意があると見ていい。

 相手は単独か、複数か。術者だとしてどれほどの技量があるのか。
 この馬車一台分だけでなく、全ての馬車を丸ごと霧で包んでいるとしたらとんでもない規模になるが、それならば何故最初からそうしなかったのか。

 骨喰い寄居虫にしてもそうだ。わざわざ生徒たちが海底洞窟を探索している最中じゃなくとも、無作為にけしかければいい。
 ただ単に襲撃するだけならもっと効率のいいタイミングもあっただろう。

 ネルムフィラ魔導士学院の職員たちの実力を見定めている?
 事実、昨日のヤドカリ騒動で大怪我を負ったのはコリウスの護衛だけだった。生徒たちには大きな危害が及ぶことはなかったらしい。

 まあ、我はほとんど自滅という形で被害を被ったわけだが。

 仮にもネルムフィラ魔導士学院のバックには世界に誇る軍事力を持つレッドアイズ国がいるのだから、相手もそれをよく理解して慎重になっているともとれる。

 逆に、もし本当にそうなのだとしたら、相手はこちらが強大な力を持っていると分かっていて尚も襲撃しているということになる。

 ネルムフィラ魔導士学院を突っつけば必然とレッドアイズが出てくるも同然だぞ。軍事国家にケンカを売ろうとする輩なんてそうはいまい。

 恐ろしく無鉄砲か、相応の力を持っているか。前者であってほしいが。

「――! お嬢様、今、霧の中に気配を感じました」
「何?」

 相変わらず、お前の察知能力どうなってるんだ。
 我には何も感じなかったぞ。第一、音も聞こえなかったし。

「方角は? まだいるのか?」
「馬車の後方です。一瞬だけこちらの様子を伺っているようでした」

 なんで一瞬の気配を読めるんだよ。
 というツッコミはさておき、どうやら向こうはこちらの選別をしているようだ。

 ネルムフィラ魔導士学院の生徒全員というよりも、特定の誰かを狙っていると見ていいのかもしれない。そうなると、大分絞れてきそうだが……。

「オキザリス。また何かの気配を感じたら……我の身体を引け」

 そういって、我は意を決して馬車の外側に身を乗り出す。
 やはり周囲は白い闇に包まれて何も見えない。

「おい、誰か見てるのか?」

 我の声は空しく虚空に消えていく。

「どうだ、オキザリス。何かの気配を感じとれたか?」
「いえ。もうこの近くには何もいないようです」

 これで判明したとまでは言わないが、これだけ大胆に姿を見せたのに我に何の関心もないところを見ると、やはり狙いは特定の誰かか。

「もし我を狙っているとしたら今ので気配を晒していただろうな」
「え……? じゃあ誰か狙われている人がいるってことれふか?」
「おそらくな」

 本当に標的を一人に絞っていたとして、パエデロスでも随一の資産家と言われているこの我をシカトするということはソレ以上の奴ということになるが、だとしたらもうアイツくらいしかいないんじゃないのか?

「ふむ……」

 他の生徒たちを無差別に襲わずピンポイントに標的だけを狙う意図は分からんが、向こうには確かな殺意があるはずだ。
 各馬車を丸ごと隔離して、一つ一つを調べて標的を探している最中だとしたら、ゆっくりしている暇はないな。

 ダリアやマーガ、カーネにリンドーたちが動けていて、既に護衛に回っているのなら何の問題はないと言えるが、これだけの広範囲に及ぶ高度な空間魔法だ。
 果たしてどれだけ対応できているのかは分からない。

 アイツのために我が動く義理などないのだが、かといって、こんなところでボーッと時間を費やすのも気分が悪いな。


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 馬車に揺られ、ついついうたた寝していた頃合いだった。出発のときは、ワイワイぎゃーぎゃーとうるさかった馬車の中が、いやに静まりかえっていることに気付く。
 何かがおかしいと囁く声だけが耳に届く。一体何がどうおかしいというのか。
 ああ、そうだ。他の馬車の音がまるで聞こえてこないのだ。ネルムフィラ魔導士学院の生徒は結構な数いて、それを乗せるだけの馬車も相当な数あったはずだ。
 長蛇の列と言わんばかりに馬車が並んでいて、車輪が地面を叩く音も重なり合うほどガタゴト、ガタゴトと耳を刺激していた。それが今、不思議と聞こえない。
 正確に言えば、我が今乗っている馬車の分の音しかない。
「ぅ……ん? なんで、こんなに静かなんだ?」
 眠気で床に張り付く身体を引きはがす。
 馬車の外を見ると、向こうが見えないほど深い霧が立ちこめており、一寸先は真っ白けで、進んでいるのかどうかも分からない状況だった。
「気付かれましたか、お嬢様」
「オキザリス。いつからこの状態だ?」
「ほんのつい先ほどです。森の中に差し掛かったところ、霧が出始め、気付いたときにはもう既にこのような状態になっておりました」
 馬車内にいるクラスメイトたちも、不安がっている様子だ。そんな状況で我の直ぐそばにいたミモザは普通に眠りこけていて、床に転がっていた。
「おい、ミモザ起きろ。外の様子がおかしいんだ」
「ふみゃぁ~……? はへ? なんれひゅかぁ?」
 軽く身体を揺すると、芋虫のように身体をくねらせ、大あくびとともに起きる。
「おそとがまっしろ、でふね……?」
 寝ぼけた様子でミモザは馬車の外に視線を向ける。
「というか、こんな視界も悪いのにいつまで馬車を走らせているんだ」
「この馬車の御者は魔導機兵《オートマタ》です。特別な指示を出さないと止まりません」
 そういえばそうだった。だからといって、霧の中を進ませていたら馬たちも戸惑うだろうに。よくもまあ、止まらないでいられるものだ。
「魔導機兵《オートマタ》しゃんが手綱を握っているなら、このままでも目的地まで運んでくれるじゃないでふか?」
「確かに、奴らは見えようと見えまいと一度記録した道を忠実に辿るようにできてはいるが、それは今通っている道が記録した通りだった場合だ」
 馬車の外は何も見えないだけじゃない。何も聞こえない。他の馬車の音は勿論、鳥のさえずり声や、風の音さえ聞こえてこない。
 それはとどのつまり、我らの乗っている馬車の周囲は空間ごと切り取られている可能性が高いということだ。今どんな道を進んでいるのか分かったものではない。
「ミモザ。馬車の周囲に誰かの気配は感じられるか?」
「えぇーとぉ……、ちょっとよく分からないれす……、この霧、濃い魔素でできてるみたいで、霧の向こうまで探れないでふ」
 魔力感知がチート級のミモザでも分からないとなると相当だな。むしろ、濃い魔素の霧だからこそ、そこでシャットアウトされているのかもしれない。
「お嬢様、ワタクシめが外の様子を見てまいりましょうか?」
「ダメだ。もし、空間が隔離されているとしたら下手に馬車から降りるのは危険だ。戻ってこれなくなるかもしれん」
 さすがにこの状況、何らかの自然現象だとは思わないぞ。
「フィーしゃん……、やっぱりこれって誰かの魔法なんれすかね?」
「間違いなく、な」
 外部から術者が何かしらの魔法によって空間を歪めているに違いない。
 だが、そうなるとそれが誰の仕業で、何の目的なのか。
 海底洞窟で|骨喰い寄居虫《スカル・ハーミット》をけしかけた奴と同一の犯人であるならば、ネルムフィラ魔導士学院の生徒の中の誰かを狙っての犯行だろう。
 生徒全員をまとめて行方不明にさせるつもりだったとしても不思議はない。
 何せ、どの生徒にしても貴族や王族など、将来的な影響力の高い連中ばかりだ。
 一人でも欠けようものなら、パエデロスの信用問題を超えて、レッドアイズ国のさらなる不祥事として発展していってしまうことだろう。
 だとすれば明確な悪意、明瞭な敵意があると見ていい。
 相手は単独か、複数か。術者だとしてどれほどの技量があるのか。
 この馬車一台分だけでなく、全ての馬車を丸ごと霧で包んでいるとしたらとんでもない規模になるが、それならば何故最初からそうしなかったのか。
 骨喰い寄居虫にしてもそうだ。わざわざ生徒たちが海底洞窟を探索している最中じゃなくとも、無作為にけしかければいい。
 ただ単に襲撃するだけならもっと効率のいいタイミングもあっただろう。
 ネルムフィラ魔導士学院の職員たちの実力を見定めている?
 事実、昨日のヤドカリ騒動で大怪我を負ったのはコリウスの護衛だけだった。生徒たちには大きな危害が及ぶことはなかったらしい。
 まあ、我はほとんど自滅という形で被害を被ったわけだが。
 仮にもネルムフィラ魔導士学院のバックには世界に誇る軍事力を持つレッドアイズ国がいるのだから、相手もそれをよく理解して慎重になっているともとれる。
 逆に、もし本当にそうなのだとしたら、相手はこちらが強大な力を持っていると分かっていて尚も襲撃しているということになる。
 ネルムフィラ魔導士学院を突っつけば必然とレッドアイズが出てくるも同然だぞ。軍事国家にケンカを売ろうとする輩なんてそうはいまい。
 恐ろしく無鉄砲か、相応の力を持っているか。前者であってほしいが。
「――! お嬢様、今、霧の中に気配を感じました」
「何?」
 相変わらず、お前の察知能力どうなってるんだ。
 我には何も感じなかったぞ。第一、音も聞こえなかったし。
「方角は? まだいるのか?」
「馬車の後方です。一瞬だけこちらの様子を伺っているようでした」
 なんで一瞬の気配を読めるんだよ。
 というツッコミはさておき、どうやら向こうはこちらの選別をしているようだ。
 ネルムフィラ魔導士学院の生徒全員というよりも、特定の誰かを狙っていると見ていいのかもしれない。そうなると、大分絞れてきそうだが……。
「オキザリス。また何かの気配を感じたら……我の身体を引け」
 そういって、我は意を決して馬車の外側に身を乗り出す。
 やはり周囲は白い闇に包まれて何も見えない。
「おい、誰か見てるのか?」
 我の声は空しく虚空に消えていく。
「どうだ、オキザリス。何かの気配を感じとれたか?」
「いえ。もうこの近くには何もいないようです」
 これで判明したとまでは言わないが、これだけ大胆に姿を見せたのに我に何の関心もないところを見ると、やはり狙いは特定の誰かか。
「もし我を狙っているとしたら今ので気配を晒していただろうな」
「え……? じゃあ誰か狙われている人がいるってことれふか?」
「おそらくな」
 本当に標的を一人に絞っていたとして、パエデロスでも随一の資産家と言われているこの我をシカトするということはソレ以上の奴ということになるが、だとしたらもうアイツくらいしかいないんじゃないのか?
「ふむ……」
 他の生徒たちを無差別に襲わずピンポイントに標的だけを狙う意図は分からんが、向こうには確かな殺意があるはずだ。
 各馬車を丸ごと隔離して、一つ一つを調べて標的を探している最中だとしたら、ゆっくりしている暇はないな。
 ダリアやマーガ、カーネにリンドーたちが動けていて、既に護衛に回っているのなら何の問題はないと言えるが、これだけの広範囲に及ぶ高度な空間魔法だ。
 果たしてどれだけ対応できているのかは分からない。
 アイツのために我が動く義理などないのだが、かといって、こんなところでボーッと時間を費やすのも気分が悪いな。