第153話 海沿いの宿舎で

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 外は夜の帳が降り、眺めれば満天の星空、見下ろせば月明かりも映る漆黒の海。静かな波の音と、生徒たちの賑やかな声が重なる。皆で浜辺に焚かれた火を囲い、臨海学校の思い出話に花を咲かせているところだろう。

 その青春の輪の中に、我がいないのが何とも空しいところなのだが。

 我は一人、海辺の近くに建設されたネルムフィラ魔導士学院の生徒専用の宿舎の中、窓辺からその光景を見下ろしていた。

 それは何故かって、思っていた以上にあの洞窟内で遭遇した巨大ヤドカリとの戦闘によるダメージが大きかったからに他ならない。

 危うく身体を寸断されかねない怪力バサミで締め付けられたしな。おまけに、まともに使えやしないのに高度な魔法を無理やりぶっ放してしまった。これが思いの外、響いていて回復も遅い。

 仕方なく、他の生徒たちよりも一足早く宿舎で身体を休めているというわけだ。

 治療に当たってもらった魔法薬学に精通しているカーネ教師には、しこたま罵倒を浴びせられた挙げ句、魔力の伝達を司る体内の神経がズタズタになっているとのことで、とびきりクソマズイ薬をどっさりと置いていかれた。まだ飲みきれていない。

 さっきまでミモザもそこにいたのだが、さすがに折角の貴重な学校行事をこんなところで過ごさせるのも忍びなく、「我のことは気にするな」と、引き続きオキザリスをつけて臨海学校のレクリエーションの場へと向かわせた。

 自分から言っておいてなんだが、失敗だった気がする。
 思っていた以上に退屈というか寂しいというか。

 普段も屋敷では使用人に囲まれていたし、ひとりぼっちでベッドの中にいて、賑やかな連中を外側から眺めるのも孤独感を増長させられる。

 ぁー、ミモザ、戻ってこないかなぁー……。

 ぼんやりと窓の外に見える賑やかな焚き火を眺めていると、部屋にノックの音が入り込んできた。誰だろうか。もうミモザが戻ってきたのか。
 そんな我の期待を裏切るかの如く、今度は声が飛んできた。

「フィー、いるか。入るぞ」
 声の主は、パエニアだった。まだ我も許可を出したつもりはないのだが、ドアはキィと音を立てて開かれる。

「具合はどうだよ」
 何やら手元に大きな器を抱えているのが目に映った。

「まあ、そんなには悪くないな。カーネに大量の薬を飲まされたし。それよりも、パエニア。お前はなんでここに? あっちの賑やかな方のが楽しいんじゃないのか?」
「別に何処にいようと俺様の勝手だ。ほら、マーガが作った蟹ガラのスープ。ちょっと美味かったから持ってきてやったぜ。飯は食えるんだろ?」
「そうだな。そういえば、薬くらいしか口にしてなかったな。気が利くではないか」

 ベッド横のサイドテーブルにコトっと、いい匂いのするスープが置かれる。
 なんだかこれではパエニアに看病されているみたいだな。

 ずっとクソマズイ薬ばかりだったから口直しには丁度良かった。
 甲殻類の出汁がとれた海の味が口の中に広がり、身体も温まるよう。

「まったく……どういう風の吹き回しなんだか。我といたって楽しくないだろうに」
「それは、その……あれだ。社交辞令って奴だ。俺様はこれでも貴族なんでね」

 笑わせてくれる。普段、学校ではいつも威圧的な態度のくせに。

「フィーには助けられたしな。魔法の指導もそうだし、あのヤドカリのときも、助けられちまった。結局、俺が何度も足を引っ張ってたんだよな」
「なんだ、気にしていたのか。それを言うなら我も、お前には何度も助けられたぞ。お互いさまというものではないか」

 なんだか、パエニアにしてはいつになくしおらしい。

「そうじゃなくて、な……」
「ん、なんだ?」
「フィー、お前に言いたいことがあった」

 口をモゴモゴして、一体何を言いたいのだ、コイツは。

「ずっとバタバタしていて言いそびれてたんだ。ええと、その、だな。あ、ぁー……ぁりがとう。……そ、そ、そんだけだ! じゃあな! 身体を大事にしろよ!」

 そんな一言を吐き捨てるように言うと、顔を真っ赤にして猛烈な勢いで部屋から飛び出して行ってしまった。仮にもレディが寝ている部屋にいきなり飛び込んできておいて、デリカリーのない小僧め。

 わざわざそんなことを言いに来たのか。アイツもまだまだ幼稚なガキだな。
 だが、まあ、パエニアもなかなか可愛らしいところがあるではないか。
 普段からそう素直にしていればいいものを。

「ふん……、ありがとう、ね」

 我だって、何度か言いそびれておったわ。パエニアに先に言われてしまったな。
 人のこと言えた義理ではないではないか。

 もう一度、パエニアが置いていったスープを口元に運ぶ。
 我も、もう少し素直にしていれば、よかったのかもしれんな。

「ああ、少しぬるくなってしまったが、温まるスープだ」

 まだ窓の外は賑やかで、砂浜に燃ゆる灯りが眩しく見えるよう。平穏といえばその通りで、その場所もまたあの勇者が目論む平和の象徴にも思えた。
 だからこそ、海底洞窟に降りかかった奇妙な異変に作為的なものを感じてしまう。

 この平和なひとときが、何者かによって破壊されようとしているのでは。
 それは、今の我にとっては不都合でもあり、望ましいことでは決してなかった。
 ネルムフィラ魔導士学院を狙ったものだとしたのなら尚更。

 毎度毎度、ロータスの奴に加担するのは勘弁被りたい話なのだが、憶測が正しいとするならば悠長に構えていられるような状況でもないだろう。
 どうか、取り越し苦労であってほしい。そう願いつつ,我はまた窓辺から外の景色を見下ろすのだった。

 ※ ※ ※

 翌朝、太陽も昇りかけの時刻、我を含むネルムフィラ魔導士学院の生徒たちは、早々にパエデロスへと帰ることとなった。

 本来の予定ではもう少し滞在し、またダンジョン探索も予定していたらしいが、昨日のこともあって中止せざるをえないとのことだ。まあ、そりゃそうだ。

 というわけで、朝の遊泳をする余裕もなく、一同は手配された馬車に乗り込み、海を後にする。割と泳ぐ気満々だった生徒も多かったらしく、不満を露わにしていた。

 そうでなくとも、宿舎のベッドが思っていたより高級品じゃなかったとか、寝心地が悪かっただとか、延々と下らない文句を垂れ流す声も聞こえてきたほど。

 わがままなのは結構なことだが、少々呑気というか、呆れてしまう。

 ほとんどの生徒はあの巨大ヤドカリと遭遇していないからか、それほど命拾いした実感が沸いていないのだろう。下手したら半数以上の生徒が喰われていたか、ハサミによって無感情になぶり殺しにされていた可能性さえあったのだ。

 よくもまあ、死傷者を最小限に抑えられたものだと感心するばかり。値の張る寝具よりも価値のあるものを持ち帰れたのだから、教職員たちは感謝こそされど文句を言われる筋合いもあるまいて。

「フィーしゃん、身体の方は大丈夫なんれすか?」
「ん? ああ、一晩眠ったら大分良くなった。痛みもほとんどないぞ」
「痛みを感じたら直ぐにお申し付け下さい。薬の予備も手配しております」

 そういって、オキザリスは薬瓶を差し出してくる。いや勘弁してくれ。昨晩の蟹のスープの余韻もなくなるほど飲んだのだから、もうしばらくは飲みたくない。

 しかし、カーネの薬の効力は本物だ。身体が真っ二つに千切れてもあっさり再生できたんじゃないかというくらい、我の身体は快復していた。

 このまま、パエデロスに帰るまでゆったりと馬車に揺られていれば、気付いた頃には全快しているだろう。それだけは確信を持って言える。


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 外は夜の帳が降り、眺めれば満天の星空、見下ろせば月明かりも映る漆黒の海。静かな波の音と、生徒たちの賑やかな声が重なる。皆で浜辺に焚かれた火を囲い、臨海学校の思い出話に花を咲かせているところだろう。
 その青春の輪の中に、我がいないのが何とも空しいところなのだが。
 我は一人、海辺の近くに建設されたネルムフィラ魔導士学院の生徒専用の宿舎の中、窓辺からその光景を見下ろしていた。
 それは何故かって、思っていた以上にあの洞窟内で遭遇した巨大ヤドカリとの戦闘によるダメージが大きかったからに他ならない。
 危うく身体を寸断されかねない怪力バサミで締め付けられたしな。おまけに、まともに使えやしないのに高度な魔法を無理やりぶっ放してしまった。これが思いの外、響いていて回復も遅い。
 仕方なく、他の生徒たちよりも一足早く宿舎で身体を休めているというわけだ。
 治療に当たってもらった魔法薬学に精通しているカーネ教師には、しこたま罵倒を浴びせられた挙げ句、魔力の伝達を司る体内の神経がズタズタになっているとのことで、とびきりクソマズイ薬をどっさりと置いていかれた。まだ飲みきれていない。
 さっきまでミモザもそこにいたのだが、さすがに折角の貴重な学校行事をこんなところで過ごさせるのも忍びなく、「我のことは気にするな」と、引き続きオキザリスをつけて臨海学校のレクリエーションの場へと向かわせた。
 自分から言っておいてなんだが、失敗だった気がする。
 思っていた以上に退屈というか寂しいというか。
 普段も屋敷では使用人に囲まれていたし、ひとりぼっちでベッドの中にいて、賑やかな連中を外側から眺めるのも孤独感を増長させられる。
 ぁー、ミモザ、戻ってこないかなぁー……。
 ぼんやりと窓の外に見える賑やかな焚き火を眺めていると、部屋にノックの音が入り込んできた。誰だろうか。もうミモザが戻ってきたのか。
 そんな我の期待を裏切るかの如く、今度は声が飛んできた。
「フィー、いるか。入るぞ」
 声の主は、パエニアだった。まだ我も許可を出したつもりはないのだが、ドアはキィと音を立てて開かれる。
「具合はどうだよ」
 何やら手元に大きな器を抱えているのが目に映った。
「まあ、そんなには悪くないな。カーネに大量の薬を飲まされたし。それよりも、パエニア。お前はなんでここに? あっちの賑やかな方のが楽しいんじゃないのか?」
「別に何処にいようと俺様の勝手だ。ほら、マーガが作った蟹ガラのスープ。ちょっと美味かったから持ってきてやったぜ。飯は食えるんだろ?」
「そうだな。そういえば、薬くらいしか口にしてなかったな。気が利くではないか」
 ベッド横のサイドテーブルにコトっと、いい匂いのするスープが置かれる。
 なんだかこれではパエニアに看病されているみたいだな。
 ずっとクソマズイ薬ばかりだったから口直しには丁度良かった。
 甲殻類の出汁がとれた海の味が口の中に広がり、身体も温まるよう。
「まったく……どういう風の吹き回しなんだか。我といたって楽しくないだろうに」
「それは、その……あれだ。社交辞令って奴だ。俺様はこれでも貴族なんでね」
 笑わせてくれる。普段、学校ではいつも威圧的な態度のくせに。
「フィーには助けられたしな。魔法の指導もそうだし、あのヤドカリのときも、助けられちまった。結局、俺が何度も足を引っ張ってたんだよな」
「なんだ、気にしていたのか。それを言うなら我も、お前には何度も助けられたぞ。お互いさまというものではないか」
 なんだか、パエニアにしてはいつになくしおらしい。
「そうじゃなくて、な……」
「ん、なんだ?」
「フィー、お前に言いたいことがあった」
 口をモゴモゴして、一体何を言いたいのだ、コイツは。
「ずっとバタバタしていて言いそびれてたんだ。ええと、その、だな。あ、ぁー……ぁりがとう。……そ、そ、そんだけだ! じゃあな! 身体を大事にしろよ!」
 そんな一言を吐き捨てるように言うと、顔を真っ赤にして猛烈な勢いで部屋から飛び出して行ってしまった。仮にもレディが寝ている部屋にいきなり飛び込んできておいて、デリカリーのない小僧め。
 わざわざそんなことを言いに来たのか。アイツもまだまだ幼稚なガキだな。
 だが、まあ、パエニアもなかなか可愛らしいところがあるではないか。
 普段からそう素直にしていればいいものを。
「ふん……、ありがとう、ね」
 我だって、何度か言いそびれておったわ。パエニアに先に言われてしまったな。
 人のこと言えた義理ではないではないか。
 もう一度、パエニアが置いていったスープを口元に運ぶ。
 我も、もう少し素直にしていれば、よかったのかもしれんな。
「ああ、少しぬるくなってしまったが、温まるスープだ」
 まだ窓の外は賑やかで、砂浜に燃ゆる灯りが眩しく見えるよう。平穏といえばその通りで、その場所もまたあの勇者が目論む平和の象徴にも思えた。
 だからこそ、海底洞窟に降りかかった奇妙な異変に作為的なものを感じてしまう。
 この平和なひとときが、何者かによって破壊されようとしているのでは。
 それは、今の我にとっては不都合でもあり、望ましいことでは決してなかった。
 ネルムフィラ魔導士学院を狙ったものだとしたのなら尚更。
 毎度毎度、ロータスの奴に加担するのは勘弁被りたい話なのだが、憶測が正しいとするならば悠長に構えていられるような状況でもないだろう。
 どうか、取り越し苦労であってほしい。そう願いつつ,我はまた窓辺から外の景色を見下ろすのだった。
 ※ ※ ※
 翌朝、太陽も昇りかけの時刻、我を含むネルムフィラ魔導士学院の生徒たちは、早々にパエデロスへと帰ることとなった。
 本来の予定ではもう少し滞在し、またダンジョン探索も予定していたらしいが、昨日のこともあって中止せざるをえないとのことだ。まあ、そりゃそうだ。
 というわけで、朝の遊泳をする余裕もなく、一同は手配された馬車に乗り込み、海を後にする。割と泳ぐ気満々だった生徒も多かったらしく、不満を露わにしていた。
 そうでなくとも、宿舎のベッドが思っていたより高級品じゃなかったとか、寝心地が悪かっただとか、延々と下らない文句を垂れ流す声も聞こえてきたほど。
 わがままなのは結構なことだが、少々呑気というか、呆れてしまう。
 ほとんどの生徒はあの巨大ヤドカリと遭遇していないからか、それほど命拾いした実感が沸いていないのだろう。下手したら半数以上の生徒が喰われていたか、ハサミによって無感情になぶり殺しにされていた可能性さえあったのだ。
 よくもまあ、死傷者を最小限に抑えられたものだと感心するばかり。値の張る寝具よりも価値のあるものを持ち帰れたのだから、教職員たちは感謝こそされど文句を言われる筋合いもあるまいて。
「フィーしゃん、身体の方は大丈夫なんれすか?」
「ん? ああ、一晩眠ったら大分良くなった。痛みもほとんどないぞ」
「痛みを感じたら直ぐにお申し付け下さい。薬の予備も手配しております」
 そういって、オキザリスは薬瓶を差し出してくる。いや勘弁してくれ。昨晩の蟹のスープの余韻もなくなるほど飲んだのだから、もうしばらくは飲みたくない。
 しかし、カーネの薬の効力は本物だ。身体が真っ二つに千切れてもあっさり再生できたんじゃないかというくらい、我の身体は快復していた。
 このまま、パエデロスに帰るまでゆったりと馬車に揺られていれば、気付いた頃には全快しているだろう。それだけは確信を持って言える。