第151話 ハサミ挟まれ
ー/ー
天井まで届くほどの大きさで、壁のように行く手を阻む、寄せ集めの頭蓋骨で塗り固められた殻を背負ったとんでもないヤドカリ。
見たくもなかったが、見えてしまった。アイツがちょっと動いたことで、通路の向こう側がチラリと見えてしまった。……コイツ、仲間がいる。
ゴリゴリと岩壁を削るように、その巨大ヤドカリ――骨喰い寄居虫は洞窟内を窮屈そうに動き始める。その様はまさに、壁が向こうから迫ってくるような威圧感。
「おい、パエニア! 立て! いつまでへたりこんでるんだ!」
まだパエニアの奴は尻餅をついたまま、間近で骨喰い寄居虫を見上げていた。
あのままでは危ない。奴は凶暴で、しかも肉食なんだ。
「こ、こ、こんなの……話が違う……」
「このバカ野郎!」
我は思わず、竦み上がって動けそうにないパエニアに駆け寄り、地面から引きはがす勢いで持ち上げる。その間、骨喰い寄居虫は既に標的に目を付けていた。
岩のようなゴツゴツのハサミが我とパエニア目掛けて振り下ろす。
「早く逃げろ、パエニア!」
腕をぶん回し、我はパエニアを後方に放り投げる。
丁度、カシア・アレフヘイムの姿になっていたからこそできた芸当だ。いつもの姿だと体格が小さすぎて無理だっただろう。
そのまま巨大なハサミを間一髪で避けるも、地面に亀裂が入るほどの衝撃が地面越しに伝わってくる。あまりの揺れっぷりに、バランスが崩された。
まずい、と思ったときには既に後方から迫ってきていた二体目の骨喰い寄居虫が言葉通りに押し寄せてきていた。
「ぐああぁっ!」
次の瞬間、何が起こったか。デカい図体のクセして、俊敏な動きで二体目の骨喰い寄居虫が我の身体をハサミで捕捉してきたのだ。
巨大なハサミに挟まれ、そのまま我の身体が地面から離れる。
ハサミといっても切断するような刃はついていなかったが、その強靱なパワーは本気を出していれば容易に胴体を千切れるだろう。エグい。ヤバい。グロい。
「こ、この……離せ……っ!」
幸いだったのは、向こうはこちらを捕まえただけに留まったことだろうか。
それでも、背骨がギシギシと悲鳴上げる程度には激痛が走っているのだが。
油断しすぎた。あれだけパエニアに言っておいてこの体たらく。情けないの度を超しているぞ。もう少し警戒心を持っていればこうはならなかっただろうに。
「お、お前ら二人は……今のうちに逃げろ! バリケードまで戻ればさすがにこいつらも狭くて追ってこれな――ウギィ!?」
ハサミが軽く動く。それだけで我の身体はバッキボキだ。なんという馬鹿力。
さながら無邪気な子供に遊ばれる人形にでもなった気分だ。
「そんな! カシアさんを置いていけませんよ!」
「……我は大丈夫だ。大型の魔法でどうにかできる。だが、そうなるとこの洞窟がどうなるか分からん。お前らが近くにいる方が危険だ」
「そんなザマでカッコつけかよ!」
カッコつけとかそういう次元じゃなくて、マジで我が魔法使うと何処まで影響及ぼすか分からんから警告してるっちゅうに。
そうこうしているうちにも、洞窟内の壁に、いたるところから亀裂が入り始めている。海水がピューピューと漏れ出して、あと何かちょっとした衝撃を与えたらヤバいことになりそうなのが目に見えていた。
「いいから……逃げろって、言っておる、だろうが! ここは、任せろ!」
はよ行って。本当苦しいの、このハサミ。身体千切れそうなの。
「……分かりました。カシアさん、ボク、信じてますから」
「チッ……そのまま死ぬんじゃねえぞ!」
なんとか説得できたらしい。
二人が道を戻っていき、姿が見えなくなるのを確認する。
一方でヤドカリでぎゅうぎゅう詰め状態の洞窟内は本当に窮屈で仕方ないようで、さっきからヤドカリ同士で押し合いが続いている。
この分なら、あの二人に追いつくことはないだろう。
「さて……ここでやられたら本当にカッコ悪いな」
ヤドカリに挟まれたままな時点で既にかなりカッコ悪いのだが。
「いい加減、そろそろ離してもらうぞ――焦熱の弾!」
我がそう唱えると、火炎を纏う玉が目の前に形成される。自分で作っておいてなんだが、滅茶苦茶熱い。本来はコイツを大砲みたいにぶつける魔法なのだが、そこまでの制御はしきれていない。ただただ熱い玉が風船のように膨らんでいくだけだ。
だが、それでも十分だった。
普段冷たい水辺で過ごす熱耐性のないヤドカリ風情には相当キツかったらしい。分かりやすいくらいに怯み、そのままあっさり我を離してくれた。
「痛てて……、ああ、骨にヒビが入ったかもしれん……」
地面に虚しくボトっと落とされた我は腰をさすりつつ、ゆっくり立ち上がる。
火炎玉はまだ残っている。集中力を切らすと弾け飛ぶかもしれん。
かといってまだコイツを消すわけにもいかない。
このヤドカリどもが火炎玉で怯んでいる隙に、次の一手を打たねば。
「持ちこたえてくれよ――無垢なる蒼き薔薇の芳香」
我の懐でパキンパキンと魔石が割れていく音が聞こえる。それと同時に、腕がもぎれそうなほどに脈動しているのを感じていた。
激しい魔力の流れが我の中に起こっているのだろう。途端に、全身が鉛のようにずっしりと重くなっていくかのよう。
何がどうなっているのかは明白だ。身の丈に合わない魔法を使っているせいで、身体の方にえげつないレベルの負荷が掛かっているのだ。
大きな岩を持ち上げて筋肉痛に、とかそんな生易しいものではない。
なまじ、ミモザお手製の魔石――魔力の蓄積石の性能が良すぎるものだから、魔力を抽出するのにも力技。それをさらに練り上げて魔法に構築するのも力技。詠唱が完了して発動に至るまでの遅延が長い。
「ふぅ……、はぁ……、まったく、難儀な身体だ」
集中力を切らさぬよう、全身に力を込める。そして、ようやくそれは完成した。
地面から茨を纏う蔓が生えてくる。見る見るうちに急成長していき、天井や壁を蔓が覆い尽くしていった。ヤドカリどもも巻き添えだ。蔓に巻き取られて、もがくこともできなくなる。
ポン、と蔓の先から蒼い花が咲く。
次から次へとポン、ポンと咲き乱れていき、洞窟内だった場所は、ものの一瞬にして蔓の壁によって補強された蒼い薔薇の通路へと変貌を遂げる。
甘い香りも立ちこめてきて、少し気分も落ち着いてきた。
この魔法は、本来防御に特化したものだ。茨によって外敵からも身を守れる。
堅く丈夫に成長するので、ちょっとやそっとの刺激ではどうにもならない。
とりあえず洞窟が崩落するのも防げたし、骨喰い寄居虫の動きも封じ込めることができた。なんとか上手くいったものだな。
とはいえ、問題がなかったわけではない。思っていた以上に蔓が伸びている。床も壁も天井も蔓まみれ。ここまでするつもりはなかった。
完全に暴走してしまっているな。
やはり完璧には制御できていなかったのだろう。おかげで身体ももうボロボロだ。
「カシアさん! 大丈夫ですか!?」
「なんだよ、この蔓は……? まるで森じゃねえか!」
向こうの方からコリウスとパエニアが駆けつけてくる。
あの阿呆どもめ。あれだけ逃げろと言ったのにもう戻ってくるとは。
文句を言ってやりたかったが、そんな気力も残ってなかった。
自分の魔法にこうも振り回されるとは。ほとほと呆れ果ててしまう。
「ああっ! カシアさん!! 危ないっ!!!」
コリウスが叫ぶ。我はまだ油断していたことを痛感してしまった。
振り返った先、そこには三体目の骨喰い寄居虫が目前まで迫っていたのだから。
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見たくもなかったが、見えてしまった。アイツがちょっと動いたことで、通路の向こう側がチラリと見えてしまった。……コイツ、仲間がいる。
ゴリゴリと岩壁を削るように、その巨大ヤドカリ――|骨喰い寄居虫《スカル・ハーミット》は洞窟内を窮屈そうに動き始める。その様はまさに、壁が向こうから迫ってくるような威圧感。
「おい、パエニア! 立て! いつまでへたりこんでるんだ!」
まだパエニアの奴は尻餅をついたまま、間近で骨喰い寄居虫を見上げていた。
あのままでは危ない。奴は凶暴で、しかも肉食なんだ。
「こ、こ、こんなの……話が違う……」
「このバカ野郎!」
我は思わず、竦み上がって動けそうにないパエニアに駆け寄り、地面から引きはがす勢いで持ち上げる。その間、骨喰い寄居虫は既に標的に目を付けていた。
岩のようなゴツゴツのハサミが我とパエニア目掛けて振り下ろす。
「早く逃げろ、パエニア!」
腕をぶん回し、我はパエニアを後方に放り投げる。
丁度、カシア・アレフヘイムの姿になっていたからこそできた芸当だ。いつもの姿だと体格が小さすぎて無理だっただろう。
そのまま巨大なハサミを間一髪で避けるも、地面に亀裂が入るほどの衝撃が地面越しに伝わってくる。あまりの揺れっぷりに、バランスが崩された。
まずい、と思ったときには既に後方から迫ってきていた二体目の骨喰い寄居虫が言葉通りに押し寄せてきていた。
「ぐああぁっ!」
次の瞬間、何が起こったか。デカい図体のクセして、俊敏な動きで二体目の骨喰い寄居虫が我の身体をハサミで捕捉してきたのだ。
巨大なハサミに挟まれ、そのまま我の身体が地面から離れる。
ハサミといっても切断するような刃はついていなかったが、その強靱なパワーは本気を出していれば容易に胴体を千切れるだろう。エグい。ヤバい。グロい。
「こ、この……離せ……っ!」
幸いだったのは、向こうはこちらを捕まえただけに留まったことだろうか。
それでも、背骨がギシギシと悲鳴上げる程度には激痛が走っているのだが。
油断しすぎた。あれだけパエニアに言っておいてこの体たらく。情けないの度を超しているぞ。もう少し警戒心を持っていればこうはならなかっただろうに。
「お、お前ら二人は……今のうちに逃げろ! バリケードまで戻ればさすがにこいつらも狭くて追ってこれな――ウギィ!?」
ハサミが軽く動く。それだけで我の身体はバッキボキだ。なんという馬鹿力。
さながら無邪気な子供に遊ばれる人形にでもなった気分だ。
「そんな! カシアさんを置いていけませんよ!」
「……我は大丈夫だ。大型の魔法でどうにかできる。だが、そうなるとこの洞窟がどうなるか分からん。お前らが近くにいる方が危険だ」
「そんなザマでカッコつけかよ!」
カッコつけとかそういう次元じゃなくて、マジで我が魔法使うと何処まで影響及ぼすか分からんから警告してるっちゅうに。
そうこうしているうちにも、洞窟内の壁に、いたるところから亀裂が入り始めている。海水がピューピューと漏れ出して、あと何かちょっとした衝撃を与えたらヤバいことになりそうなのが目に見えていた。
「いいから……逃げろって、言っておる、だろうが! ここは、任せろ!」
はよ行って。本当苦しいの、このハサミ。身体千切れそうなの。
「……分かりました。カシアさん、ボク、信じてますから」
「チッ……そのまま死ぬんじゃねえぞ!」
なんとか説得できたらしい。
二人が道を戻っていき、姿が見えなくなるのを確認する。
一方でヤドカリでぎゅうぎゅう詰め状態の洞窟内は本当に窮屈で仕方ないようで、さっきからヤドカリ同士で押し合いが続いている。
この分なら、あの二人に追いつくことはないだろう。
「さて……ここでやられたら本当にカッコ悪いな」
ヤドカリに挟まれたままな時点で既にかなりカッコ悪いのだが。
「いい加減、そろそろ離してもらうぞ――|焦熱の弾《ボライド》!」
我がそう唱えると、火炎を纏う玉が目の前に形成される。自分で作っておいてなんだが、滅茶苦茶熱い。本来はコイツを大砲みたいにぶつける魔法なのだが、そこまでの制御はしきれていない。ただただ熱い玉が風船のように膨らんでいくだけだ。
だが、それでも十分だった。
普段冷たい水辺で過ごす熱耐性のないヤドカリ風情には相当キツかったらしい。分かりやすいくらいに怯み、そのままあっさり我を離してくれた。
「痛てて……、ああ、骨にヒビが入ったかもしれん……」
地面に虚しくボトっと落とされた我は腰をさすりつつ、ゆっくり立ち上がる。
火炎玉はまだ残っている。集中力を切らすと弾け飛ぶかもしれん。
かといってまだコイツを消すわけにもいかない。
このヤドカリどもが火炎玉で怯んでいる隙に、次の一手を打たねば。
「持ちこたえてくれよ――|無垢なる蒼き薔薇の芳香《ブルーローズイノセンス》」
我の懐でパキンパキンと魔石が割れていく音が聞こえる。それと同時に、腕がもぎれそうなほどに脈動しているのを感じていた。
激しい魔力の流れが我の中に起こっているのだろう。途端に、全身が鉛のようにずっしりと重くなっていくかのよう。
何がどうなっているのかは明白だ。身の丈に合わない魔法を使っているせいで、身体の方にえげつないレベルの負荷が掛かっているのだ。
大きな岩を持ち上げて筋肉痛に、とかそんな生易しいものではない。
なまじ、ミモザお手製の魔石――|魔力の蓄積石《パワージェム》の性能が良すぎるものだから、魔力を抽出するのにも力技。それをさらに練り上げて魔法に構築するのも力技。詠唱が完了して発動に至るまでの遅延《ロード》が長い。
「ふぅ……、はぁ……、まったく、難儀な身体だ」
集中力を切らさぬよう、全身に力を込める。そして、ようやくそれは完成した。
地面から茨を纏う蔓が生えてくる。見る見るうちに急成長していき、天井や壁を蔓が覆い尽くしていった。ヤドカリどもも巻き添えだ。蔓に巻き取られて、もがくこともできなくなる。
ポン、と蔓の先から蒼い花が咲く。
次から次へとポン、ポンと咲き乱れていき、洞窟内だった場所は、ものの一瞬にして蔓の壁によって補強された蒼い薔薇の通路へと変貌を遂げる。
甘い香りも立ちこめてきて、少し気分も落ち着いてきた。
この魔法は、本来防御に特化したものだ。茨によって外敵からも身を守れる。
堅く丈夫に成長するので、ちょっとやそっとの刺激ではどうにもならない。
とりあえず洞窟が崩落するのも防げたし、骨喰い寄居虫の動きも封じ込めることができた。なんとか上手くいったものだな。
とはいえ、問題がなかったわけではない。思っていた以上に蔓が伸びている。床も壁も天井も蔓まみれ。ここまでするつもりはなかった。
完全に暴走してしまっているな。
やはり完璧には制御できていなかったのだろう。おかげで身体ももうボロボロだ。
「カシアさん! 大丈夫ですか!?」
「なんだよ、この蔓は……? まるで森じゃねえか!」
向こうの方からコリウスとパエニアが駆けつけてくる。
あの阿呆どもめ。あれだけ逃げろと言ったのにもう戻ってくるとは。
文句を言ってやりたかったが、そんな気力も残ってなかった。
自分の魔法にこうも振り回されるとは。ほとほと呆れ果ててしまう。
「ああっ! カシアさん!! 危ないっ!!!」
コリウスが叫ぶ。我はまだ油断していたことを痛感してしまった。
振り返った先、そこには三体目の骨喰い寄居虫が目前まで迫っていたのだから。