第150話 それは蟹じゃない
ー/ー
「こっちですよ、こっちの道です~」
先導するコリウスのウキウキっぷりたるや、よっぽど我と出会えて嬉しかったと見える。我としてはもう二度とこの姿で会うつもりはなかったのだがな。
ただでさえ、あの学校に通う度に高頻度で遭遇していたし。
「あのクソ王子、いつになくテンション高すぎだろ……」
「まったくだ」
こんな水浸しで、やたらと狭い通路をよくもまあズンズンと進めるものだ。一度通った道とはいえ、もう少し慎重に進むべきだろう。仮にも危険区域だぞ。
「ここから先が通常ルートですよ」
それは一目見て分かった。何せ露骨なまでにデカいバリケードがついていて、「ここから先、ネルムフィラ魔導士学院の生徒は立ち入りを禁ずる」という文言がデカデカと書いてあったから。
お前、飄々とした顔でよくここを素通りできたな。
というか、職員も見張っていなかったのか?
見回してみても、姿形は見当たらなかった。マジかよ。
「……いしょっと。ったく、こんだけバカでかく危険、危険って書いてあんのに、なんで平気な面して通ってんだよ、アイツは」
「学校に入る前からもレッドアイズ国の城からしょっちゅう抜け出したりしてたようだからな。抜け道通るくらい今更なんとも思わんのかもな」
本当、はた迷惑なバカ王子だ。わざわざ変なルートを通ってこなければ我と出会うこともなかっただろうに。狙ってやってるのかと思ってしまうわ。
通常ルート、と言ったが、正確には学生でも通れるレベルの浅い階層だ。先ほどまで通ってきた危険区域とは段違いに、まるで整備されたかのような感じに思える。
洞窟内もぼんやりと明るくなっているし、ここからなら周囲を照らす灯りの魔具も必要ないだろう。
「ええと、今、この辺りですね」
「ふむ。例の分岐点まではそう遠くないようだな」
「蟹だか何だか知らないが、さすがにもういなくなってんじゃねえか?」
道を塞ぐほど沸いて出てきているのだからおそらくはそこいらが縄張りとみて間違いはなさそうだ。ともなれば、まだうようよといてもおかしくはない。
問題はそれを通り抜けられるかどうかなのだが……。
「ちなみに聞いておくが、コリウス。お前はどの程度の魔法を使える? 一応あの学校で学んできたのであろう?」
「えへへ……それが、まあ、実はまだボク、魔石なしだとまともに使えないんですよ。だから途中まではずっとペアの子に任せっきりで……」
記憶している限りでは、コリウスには潜在魔力がなかった。そして、ミモザのように魔力を感知したり、掌握するような技量もなかったはず。
謙遜ではなく、本当に大した魔法が使えないのだろう。
「……例えば、小石を弾く程度の魔法は使えるか?」
「無理、ですね。あ、でも火花くらいなら出せます」
さすがに話にならん。
「パエニア。お前だけが頼りだ」
「お、おう」
ガシっとパエニアの肩を抱きつつ強めに言っておく。
別に我も魔法が使えないということはなく、いくらかミモザ特製の魔石も持ってきてはいるが、今の我には制御しきれていないのが実情。
少し前までならいくらでも魔力を掌握できたが、その感覚でホイホイ魔法を使おうものなら暴発しかねない。そのくらい基礎能力は下がっている。
言うなれば身の丈に合わない大剣を担いでいるような状態。
下手したらパエニアのように洞窟の壁を破壊してしまう可能性が高い。
よほど相手が生半可な魔法を退けられないか、または数が多すぎたりしない限りは対処できそうではあるが、危険区域を外れた今なら多分そんな心配をする必要もないだろう。
「きっとカシアさんなら大丈夫ですよね! ボクはできるだけ足を引っ張らないように頑張ります!」
うぅ……我の実力の方に期待されているのが心苦しい。
思えば、これまでコリウスの前ではひたすら大型の魔法ばっか使っていたような気もするし、あのときより弱体化しているなどとは露とも知らんだろう。
正体でもボロを出せないのに、ろくな魔法を使うことができないことも悟られないようにまたボロを出せないとは、二重に厄介な状況になってしまったものだ。
「さあ、進むぞ。その蟹とやらを退けて、とっととこの洞窟を脱出だ!」
※ ※ ※
水たまりまみれ、海水まみれの洞窟内は、来たときこそ面倒臭くて大変だった印象があったが、一度危険区域を探索してしまうと、なんだか散歩コースのように気軽に思えてしまうから不思議なものだ。
ここまでくるとコリウスの先導も必要なく、地図をなぞるだけで着実に出口の方へと向かうだけ。やはりバカみたいに暴れさえしなければ、冒険の素人でも素通りできる簡単なダンジョンなのだな。
パエニアみたいに海底洞窟で爆発系魔法をぶっ放す阿呆もそうはいないだろうし、護身用魔法を会得した生徒たちが腕試しするには丁度よかったのだろう。
だが、ちょっと腑に落ちないことがある。魔法の使えないコリウスはともかく、普通に魔法の使えていたペアや、王子の護衛とはぐれてしまうほど対処できないことなんてこの洞窟で起こりうるものなのだろうか。
例え不慮の事態が起こったとしても、職員たちがあちこちに待機しているのならどうとでもなりそうなものだが。
そういえば、さっきから誰ともすれ違っていない。職員の姿も見当たらない。
なんだ、この違和感は。
「おい、王子。ここ行き止まりだぞ。お前、地図の見方間違えたんじゃねえのか?」
何の気なしに、パエニアが壁に手をつく。
「え……? う、うわああぁぁぁっ!?」
かと思ったその時、何を見たのか、パエニアが背中から倒れ、尻餅をつく。
「どうした、パエニア」
「な、な、なんだよこれ……ほ、骨……?」
こんなところで何かの死骸でも見つけたのか?
だからといってそんなに大げさに驚かなくても。
そう思って、我はパエニアの触れた壁を見る。妙に白っぽい。
何故だかそこだけ岩の壁じゃない。なんだこれは。
よくよく眺めてみると、変にゴツゴツと出っ張っている箇所は、何かの形をしていた。骨という表現は正しいが、それは人の頭。つまり頭蓋骨だった。
まるで無数の頭蓋骨を固めたかのような不気味なオブジェ。まさかこんなものが自然にできたものとは到底思えない。
「あ、違います! それは壁じゃないです! カニです!」
何言ってんだこのバカ王子。そうツッコもうとした次の瞬間だ。
ゴゴゴゴゴと重々しい音を響かせて、洞窟が揺れ動く。いや、正確には目の前の壁が生きているかのように動き始めたのだ。そして、骨まみれの壁がゆっくりと回転していき、その姿を現す。
それは壁なんかじゃなかった。奴の甲羅だったのだ。
「ちょ、な、なんなんだよ、コイツは一体!? これがカニなのか?」
堅い甲殻に身を包み、巨大なハサミを持つ、水生生物。
だが、コイツは違う。断じて蟹なんかではない。
「それは蟹じゃない、ヤドカリだ!」
目の前に壁のように立ちはだかるソレは人食いで知られる獰猛な水生生物。
「コイツの名前は骨喰い寄居虫。捕食した奴の骨を自らの盾にする凶暴なヤドカリだ。背負ってる殻は過去にコイツに食われた犠牲者たちだろう」
「おいおいおい、そんなのがいるなんて聞いてねえ! ってか、王子! こんなやべえのがいるんだったら最初っから言えよ!」
「え? ボク、言いませんでしたっけ? 大きなカニたちが暴れたせいでみんなとはぐれちゃったって」
勘違いした我も悪かったが、こんなのがいるとは想定もしていなかったわ。
というよりか、今、コリウスの奴、不穏な発言をしなかったか?
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ただでさえ、あの学校に通う度に高頻度で遭遇していたし。
「あのクソ王子、いつになくテンション高すぎだろ……」
「まったくだ」
こんな水浸しで、やたらと狭い通路をよくもまあズンズンと進めるものだ。一度通った道とはいえ、もう少し慎重に進むべきだろう。仮にも危険区域だぞ。
「ここから先が通常ルートですよ」
それは一目見て分かった。何せ露骨なまでにデカいバリケードがついていて、「ここから先、ネルムフィラ魔導士学院の生徒は立ち入りを禁ずる」という文言がデカデカと書いてあったから。
お前、飄々とした顔でよくここを素通りできたな。
というか、職員も見張っていなかったのか?
見回してみても、姿形は見当たらなかった。マジかよ。
「……いしょっと。ったく、こんだけバカでかく危険、危険って書いてあんのに、なんで平気な面して通ってんだよ、アイツは」
「学校に入る前からもレッドアイズ国の城からしょっちゅう抜け出したりしてたようだからな。抜け道通るくらい今更なんとも思わんのかもな」
本当、はた迷惑なバカ王子だ。わざわざ変なルートを通ってこなければ我と出会うこともなかっただろうに。狙ってやってるのかと思ってしまうわ。
通常ルート、と言ったが、正確には学生でも通れるレベルの浅い階層だ。先ほどまで通ってきた危険区域とは段違いに、まるで整備されたかのような感じに思える。
洞窟内もぼんやりと明るくなっているし、ここからなら周囲を照らす灯りの魔具も必要ないだろう。
「ええと、今、この辺りですね」
「ふむ。例の分岐点まではそう遠くないようだな」
「蟹だか何だか知らないが、さすがにもういなくなってんじゃねえか?」
道を塞ぐほど沸いて出てきているのだからおそらくはそこいらが縄張りとみて間違いはなさそうだ。ともなれば、まだうようよといてもおかしくはない。
問題はそれを通り抜けられるかどうかなのだが……。
「ちなみに聞いておくが、コリウス。お前はどの程度の魔法を使える? 一応あの学校で学んできたのであろう?」
「えへへ……それが、まあ、実はまだボク、魔石なしだとまともに使えないんですよ。だから途中まではずっとペアの子に任せっきりで……」
記憶している限りでは、コリウスには潜在魔力がなかった。そして、ミモザのように魔力を感知したり、掌握するような技量もなかったはず。
謙遜ではなく、本当に大した魔法が使えないのだろう。
「……例えば、小石を弾く程度の魔法は使えるか?」
「無理、ですね。あ、でも火花くらいなら出せます」
さすがに話にならん。
「パエニア。お前だけが頼りだ」
「お、おう」
ガシっとパエニアの肩を抱きつつ強めに言っておく。
別に我も魔法が使えないということはなく、いくらかミモザ特製の魔石も持ってきてはいるが、今の我には制御しきれていないのが実情。
少し前までならいくらでも魔力を掌握できたが、その感覚でホイホイ魔法を使おうものなら暴発しかねない。そのくらい基礎能力は下がっている。
言うなれば身の丈に合わない大剣を担いでいるような状態。
下手したらパエニアのように洞窟の壁を破壊してしまう可能性が高い。
よほど相手が生半可な魔法を退けられないか、または数が多すぎたりしない限りは対処できそうではあるが、危険区域を外れた今なら多分そんな心配をする必要もないだろう。
「きっとカシアさんなら大丈夫ですよね! ボクはできるだけ足を引っ張らないように頑張ります!」
うぅ……我の実力の方に期待されているのが心苦しい。
思えば、これまでコリウスの前ではひたすら大型の魔法ばっか使っていたような気もするし、あのときより弱体化しているなどとは露とも知らんだろう。
正体でもボロを出せないのに、ろくな魔法を使うことができないことも悟られないようにまたボロを出せないとは、二重に厄介な状況になってしまったものだ。
「さあ、進むぞ。その蟹とやらを退けて、とっととこの洞窟を脱出だ!」
※ ※ ※
水たまりまみれ、海水まみれの洞窟内は、来たときこそ面倒臭くて大変だった印象があったが、一度危険区域を探索してしまうと、なんだか散歩コースのように気軽に思えてしまうから不思議なものだ。
ここまでくるとコリウスの先導も必要なく、地図をなぞるだけで着実に出口の方へと向かうだけ。やはりバカみたいに暴れさえしなければ、冒険の素人でも素通りできる簡単なダンジョンなのだな。
パエニアみたいに海底洞窟で爆発系魔法をぶっ放す阿呆もそうはいないだろうし、護身用魔法を会得した生徒たちが腕試しするには丁度よかったのだろう。
だが、ちょっと腑に落ちないことがある。魔法の使えないコリウスはともかく、普通に魔法の使えていたペアや、王子の護衛とはぐれてしまうほど対処できないことなんてこの洞窟で起こりうるものなのだろうか。
例え不慮の事態が起こったとしても、職員たちがあちこちに待機しているのならどうとでもなりそうなものだが。
そういえば、さっきから誰ともすれ違っていない。職員の姿も見当たらない。
なんだ、この違和感は。
「おい、王子。ここ行き止まりだぞ。お前、地図の見方間違えたんじゃねえのか?」
何の気なしに、パエニアが壁に手をつく。
「え……? う、うわああぁぁぁっ!?」
かと思ったその時、何を見たのか、パエニアが背中から倒れ、尻餅をつく。
「どうした、パエニア」
「な、な、なんだよこれ……ほ、骨……?」
こんなところで何かの死骸でも見つけたのか?
だからといってそんなに大げさに驚かなくても。
そう思って、我はパエニアの触れた壁を見る。妙に白っぽい。
何故だかそこだけ岩の壁じゃない。なんだこれは。
よくよく眺めてみると、変にゴツゴツと出っ張っている箇所は、何かの形をしていた。骨という表現は正しいが、それは人の頭。つまり頭蓋骨だった。
まるで無数の頭蓋骨を固めたかのような不気味なオブジェ。まさかこんなものが自然にできたものとは到底思えない。
「あ、違います! それは壁じゃないです! カニです!」
何言ってんだこのバカ王子。そうツッコもうとした次の瞬間だ。
ゴゴゴゴゴと重々しい音を響かせて、洞窟が揺れ動く。いや、正確には目の前の壁が生きているかのように動き始めたのだ。そして、骨まみれの壁がゆっくりと回転していき、その姿を現す。
それは壁なんかじゃなかった。奴の甲羅だったのだ。
「ちょ、な、なんなんだよ、コイツは一体!? これがカニなのか?」
堅い甲殻に身を包み、巨大なハサミを持つ、水生生物。
だが、コイツは違う。断じて蟹なんかではない。
「それは蟹じゃない、ヤドカリだ!」
目の前に壁のように立ちはだかるソレは人食いで知られる獰猛な水生生物。
「コイツの名前は|骨喰い寄居虫《スカル・ハーミット》。捕食した奴の骨を自らの盾にする凶暴なヤドカリだ。背負ってる殻は過去にコイツに食われた犠牲者たちだろう」
「おいおいおい、そんなのがいるなんて聞いてねえ! ってか、王子! こんなやべえのがいるんだったら最初っから言えよ!」
「え? ボク、言いませんでしたっけ? 大きなカニたちが暴れたせいでみんなとはぐれちゃったって」
勘違いした我も悪かったが、こんなのがいるとは想定もしていなかったわ。
というよりか、今、コリウスの奴、不穏な発言をしなかったか?