第149話 水と油に挟まれて
ー/ー
そこかしこから水が滴り冷ややかな空気の流れる洞窟内、目の前にはコリウス王子。腕の中にはパエニア。そして、どういうわけか我はミモザの姉の姿をしている。
一体何なんだこの状況は。
我は一先ず胸の中でもがいているパエニアの頭をグッと引き寄せて囁く。
「この王子には我はミモザの姉ということで通してる。話を合わせろ」
「はぁ? なんでそんな面倒臭いことしてんだよ、バラせばいいだろうが」
「こいつは姉の姿の我にプロポーズする気まんまんなんだ。安易にバラしたらどうなるか分からんぞ!」
ボソボソ、ボソボソと突拍子もない内緒話が勃発する。パエニアに協力を仰ごうなどとは我も焼きが回ってしまったような気がする。
「もしバラしたら、貴様のせいで洞窟が崩落して、しかも下層まで流されたことをクラスメイトに、というか、学校中に言いふらしてやるぞ! いいのか?」
「てめぇ、卑怯だぞ!」
何とでも言うがいい。
王子に我の正体がバレるのだけは勘弁願いたいからな。
「お二人とも、何を話しているんですか?」
キョトンとした顔でコリウスがこっちを見ている。
そろそろ言い訳の種を明かしていかねば。
「な、なんでもない。それにしてもはぐれたとはな。帰り道は分かっておるのか?」
「ええ、ボクは地図を持っているので出口の方向は分かっているんですけど、大きなカニが道を塞いでいまして。ので迂回路を探していたんです」
大きなカニだ? ああ、堅甲大蟹のことか。
「あのカニたちが大暴れするものだからペアの人とも離ればなれに。護衛の方もどっかに行っちゃいまして。えへへ」
あっけらかんととんでもないことを言う。
王子の護衛がいなくなったら大問題じゃないか。事と次第によってはパエデロスとレッドアイズに修復不可能な亀裂を生じるレベルだぞ。
「おいおい、王子ひとりぼっちかよ。大丈夫なのか? レッドアイズの護衛とやらもたかが知れてんな」
やさぐれた様子でパエニアがツンと言ってのける。この二人、性格が正反対すぎて相性最悪なんだよな……。
何処までもお気楽なコリウスと、何にでも食ってかかるパエニア。本当、嫌な取り合わせになってしまったものだ。
「まあ、元々実技がメインだったからね。洞窟内には職員もいたし、少し減らしてもらっていたんですよ。何より、あまり大人数でぞろぞろいくと洞窟が壊れちゃうって聞いてましたし」
そういえばダリアも事前にそんなことを言っていた気がする。崩れやすいというのは確かで、現にパエニアのせいで壁が崩落してこの様だしな。
だからか、あまり従者を引きつけている生徒も多くはなかった。
浜辺のときはべったりくっついていたというのに。
うぅむ、ミモザにつけたオキザリスの方は大丈夫だろうか。
アイツが大暴れして洞窟がぶっ壊れる図が容易に想像できるぞ。
「そういえば、パエニアくんもペアの人も護衛の人もいないけど、もしかしてキミもはぐれてしまったんですか?」
「なっ、いや、そんなわけないだろ! 護衛なんて俺様には最初っから不要だからな! ペアの奴は……知らん」
前者は本音だろうが、後者は苦しい。すぐ横にペアの我がいるわけだしな。ここで変に疑われないようにせねば、芋づるのように我の正体にまで行き着きそうだ。
「ああ、どうやらこの小僧はペアとケンカ別れしたらしい。それで一人で探索していたところ、我と出会ったというところだな」
「そうなんですね。ダメですよ、パエニアくん。ペアの人と仲良くしないと」
「むぐぐ……」
あまりパエニアを刺激してくれるなよ、コリウス。逆ギレして洗いざらい変なことを暴露されたら堪ったものではない。
「まあ、ともかくだ。お前らは実技の途中なのであろう? ならばさっさと出口を目指すべきだ。丁度よかったではないか。出口の方向を分かっているコリウスがいて」
我は生徒じゃない、我は生徒じゃない、我は生徒じゃない。
そう思っておかないと今にもボロを出してしまいそうだ。
「それがですね……迂回路が少し厄介なんですよ」
などといってコリウスが地図を広げてみせる。
うっかり「ソレと同じものを持っている」とか言わないように注意せねば。
「今、ボクたちがいるのがここいらなんですけど……ここですね。ちょっと戻っていってこの辺り。さっきペアの人や護衛の人たちとはぐれた場所、つまり大きなカニがいる場所がここなんです」
コリウスの指先を辿ってみてみると、かなり大きな分岐点のようだった。
パッと見た感じでは、どうやらその道を断たれてしまうと、ほとんどが袋小路で、こちらの方に向かう道しかないようだ。
ただ、我はその地図に記されていたものが目に付いた。
赤いバツ印だ。生徒の立ち入り禁止区域を示すもののはず。
今、我らがいる位置は紛れもなくその区域の中だ。
「ぁー、コリウス。ここに赤い印がついているが、これはどういう意味だ?」
知らないふり、知らないふり。知ってたら怪しまれる。
「それはですね。立ち入り禁止のマークです。この先に進むと生徒では対処しきれないほどの危険があるって先生が言っていました」
「思いっきり禁止区域の中に入ってきてるではないか」
ここにしか迂回路はなかったとはいえ、平然と危険区域に飛び込んでくるとは。
相変わらずこの小僧は命知らずというのか何というか、神経の図太さには脱帽してしまう。
以前も巨大蜂の巣に単身で乗り込もうとしていたしな。もう少し自分が王子という身分であることを自覚してほしいものだ。
「全く……お前の行動力には呆れ果てるぞ、コリウス。蟹が出てきたくらいでわざわざ危険な方に飛び込もうなんて」
「ちょっと通り抜けるだけなら大丈夫かなって」
危うくゲンコツをぶち込むところだった。危ない危ない。
まあ、確かに我とパエニアが通ってきた限りでは獰猛な水生生物には遭遇しなかったが、かといってそれで安全だという保証があるわけでもない。
「ああ、もう……我は頭が痛くなってきたぞ……お前と会うといつもこうだ」
「ボクはカシアさんに出会えてとっても嬉しいですよ」
このバカ王子め! ここに置き去りにしてやろうか。でもそうなったらそうなったでまた色々と厄介な問題に発展するしな……。
王子を見捨てて帰ってきたとか言ったらダリアは元より、ロータスにも滅茶苦茶怒られそうだし。それもかなり気まずい話ではある。
「とりあえず、だ。こっちのルートは入り組んでいて冒険素人を引き連れていくような道ではない。今一番出口に近い、その蟹とやらがいるルートに向かうぞ」
「え、でも……」
「案ずるな。たかが蟹くらいならこのパエニアにだって退けられる。数が多いのなら一気に走り抜けてしまえば問題なかろう」
実際問題、洞窟が崩落するほどのド派手な魔法をぶっ放したりしなければ、戦闘面では申し分ない。いくら獰猛な蟹といえど、魔法が使えれば恐るるに足らん。
「さすがカシアさんですね! じゃあ、案内します!」
そういって、コリウスは喜々として洞穴の奥へ奥へと飛び跳ねる勢いで進む。
「おい、大丈夫なのかよ、そんな楽観的で」
ぼそっと横からパエニアが突っ込んでくる。
「危険なルートを行くよりずっとマシだ。それよりも、今度はしくじるなよ。我も応戦するが、今はお前が頼りなんだからな」
「……ッ! わ、分かったよ。ったく、面倒くせぇな」
なんか何処となく上機嫌のような表情を浮かべたパエニアは、コリウスの後を追って、ザブザブと洞穴を駆け進んでいった。面倒というのなら我も同じなのだがな。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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一体何なんだこの状況は。
我は一先ず胸の中でもがいているパエニアの頭をグッと引き寄せて囁く。
「この王子には我はミモザの姉ということで通してる。話を合わせろ」
「はぁ? なんでそんな面倒臭いことしてんだよ、バラせばいいだろうが」
「こいつは姉の姿の我にプロポーズする気まんまんなんだ。安易にバラしたらどうなるか分からんぞ!」
ボソボソ、ボソボソと突拍子もない内緒話が勃発する。パエニアに協力を仰ごうなどとは我も焼きが回ってしまったような気がする。
「もしバラしたら、貴様のせいで洞窟が崩落して、しかも下層まで流されたことをクラスメイトに、というか、学校中に言いふらしてやるぞ! いいのか?」
「てめぇ、卑怯だぞ!」
何とでも言うがいい。
王子に我の正体がバレるのだけは勘弁願いたいからな。
「お二人とも、何を話しているんですか?」
キョトンとした顔でコリウスがこっちを見ている。
そろそろ言い訳の種を明かしていかねば。
「な、なんでもない。それにしてもはぐれたとはな。帰り道は分かっておるのか?」
「ええ、ボクは地図を持っているので出口の方向は分かっているんですけど、大きなカニが道を塞いでいまして。ので迂回路を探していたんです」
大きなカニだ? ああ、堅甲大蟹《シェルクラブ》のことか。
「あのカニたちが大暴れするものだからペアの人とも離ればなれに。護衛の方もどっかに行っちゃいまして。えへへ」
あっけらかんととんでもないことを言う。
王子の護衛がいなくなったら大問題じゃないか。事と次第によってはパエデロスとレッドアイズに修復不可能な亀裂を生じるレベルだぞ。
「おいおい、王子ひとりぼっちかよ。大丈夫なのか? レッドアイズの護衛とやらもたかが知れてんな」
やさぐれた様子でパエニアがツンと言ってのける。この二人、性格が正反対すぎて相性最悪なんだよな……。
何処までもお気楽なコリウスと、何にでも食ってかかるパエニア。本当、嫌な取り合わせになってしまったものだ。
「まあ、元々実技がメインだったからね。洞窟内には職員もいたし、少し減らしてもらっていたんですよ。何より、あまり大人数でぞろぞろいくと洞窟が壊れちゃうって聞いてましたし」
そういえばダリアも事前にそんなことを言っていた気がする。崩れやすいというのは確かで、現にパエニアのせいで壁が崩落してこの様だしな。
だからか、あまり従者を引きつけている生徒も多くはなかった。
浜辺のときはべったりくっついていたというのに。
うぅむ、ミモザにつけたオキザリスの方は大丈夫だろうか。
アイツが大暴れして洞窟がぶっ壊れる図が容易に想像できるぞ。
「そういえば、パエニアくんもペアの人も護衛の人もいないけど、もしかしてキミもはぐれてしまったんですか?」
「なっ、いや、そんなわけないだろ! 護衛なんて俺様には最初っから不要だからな! ペアの奴は……知らん」
前者は本音だろうが、後者は苦しい。すぐ横にペアの我がいるわけだしな。ここで変に疑われないようにせねば、芋づるのように我の正体にまで行き着きそうだ。
「ああ、どうやらこの小僧はペアとケンカ別れしたらしい。それで一人で探索していたところ、我と出会ったというところだな」
「そうなんですね。ダメですよ、パエニアくん。ペアの人と仲良くしないと」
「むぐぐ……」
あまりパエニアを刺激してくれるなよ、コリウス。逆ギレして洗いざらい変なことを暴露されたら堪ったものではない。
「まあ、ともかくだ。お前らは実技の途中なのであろう? ならばさっさと出口を目指すべきだ。丁度よかったではないか。出口の方向を分かっているコリウスがいて」
我は生徒じゃない、我は生徒じゃない、我は生徒じゃない。
そう思っておかないと今にもボロを出してしまいそうだ。
「それがですね……迂回路が少し厄介なんですよ」
などといってコリウスが地図を広げてみせる。
うっかり「ソレと同じものを持っている」とか言わないように注意せねば。
「今、ボクたちがいるのがここいらなんですけど……ここですね。ちょっと戻っていってこの辺り。さっきペアの人や護衛の人たちとはぐれた場所、つまり大きなカニがいる場所がここなんです」
コリウスの指先を辿ってみてみると、かなり大きな分岐点のようだった。
パッと見た感じでは、どうやらその道を断たれてしまうと、ほとんどが袋小路で、こちらの方に向かう道しかないようだ。
ただ、我はその地図に記されていたものが目に付いた。
赤いバツ印だ。生徒の立ち入り禁止区域を示すもののはず。
今、我らがいる位置は紛れもなくその区域の中だ。
「ぁー、コリウス。ここに赤い印がついているが、これはどういう意味だ?」
知らないふり、知らないふり。知ってたら怪しまれる。
「それはですね。立ち入り禁止のマークです。この先に進むと生徒では対処しきれないほどの危険があるって先生が言っていました」
「思いっきり禁止区域の中に入ってきてるではないか」
ここにしか迂回路はなかったとはいえ、平然と危険区域に飛び込んでくるとは。
相変わらずこの小僧は命知らずというのか何というか、神経の図太さには脱帽してしまう。
以前も巨大蜂《ビッグホーネット》の巣に単身で乗り込もうとしていたしな。もう少し自分が王子という身分であることを自覚してほしいものだ。
「全く……お前の行動力には呆れ果てるぞ、コリウス。蟹が出てきたくらいでわざわざ危険な方に飛び込もうなんて」
「ちょっと通り抜けるだけなら大丈夫かなって」
危うくゲンコツをぶち込むところだった。危ない危ない。
まあ、確かに我とパエニアが通ってきた限りでは獰猛な水生生物には遭遇しなかったが、かといってそれで安全だという保証があるわけでもない。
「ああ、もう……我は頭が痛くなってきたぞ……お前と会うといつもこうだ」
「ボクはカシアさんに出会えてとっても嬉しいですよ」
このバカ王子め! ここに置き去りにしてやろうか。でもそうなったらそうなったでまた色々と厄介な問題に発展するしな……。
王子を見捨てて帰ってきたとか言ったらダリアは元より、ロータスにも滅茶苦茶怒られそうだし。それもかなり気まずい話ではある。
「とりあえず、だ。こっちのルートは入り組んでいて冒険素人を引き連れていくような道ではない。今一番出口に近い、その蟹とやらがいるルートに向かうぞ」
「え、でも……」
「案ずるな。たかが蟹くらいならこのパエニアにだって退けられる。数が多いのなら一気に走り抜けてしまえば問題なかろう」
実際問題、洞窟が崩落するほどのド派手な魔法をぶっ放したりしなければ、戦闘面では申し分ない。いくら獰猛な蟹といえど、魔法が使えれば恐るるに足らん。
「さすがカシアさんですね! じゃあ、案内します!」
そういって、コリウスは喜々として洞穴の奥へ奥へと飛び跳ねる勢いで進む。
「おい、大丈夫なのかよ、そんな楽観的で」
ぼそっと横からパエニアが突っ込んでくる。
「危険なルートを行くよりずっとマシだ。それよりも、今度はしくじるなよ。我も応戦するが、今はお前が頼りなんだからな」
「……ッ! わ、分かったよ。ったく、面倒くせぇな」
なんか何処となく上機嫌のような表情を浮かべたパエニアは、コリウスの後を追って、ザブザブと洞穴を駆け進んでいった。面倒というのなら我も同じなのだがな。