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第16話 通り魔の正体見たり!

ー/ー



「恥ずかしながら、拙者がその通り魔でござる」

 いつの間にか、日下部(くさかべ)さんがカジュアルなパーカーから、彼の長身が映える藍色の着流し姿に変身していたが、というか本来の姿が後者なのだろうが、そんな些細なことを気に留める余裕などオレにはなかった。

「聞き間違いじゃないのか?」と真之助と顔を見合わせ、互いの瞳の中に疑問符を見出だしたが、実際、真之助は日下部さんに襲われているわけだし、日下部さんの顔もいたって真面目で、冗談を言っている風ではない。

 と、なると。どういうことなのか頭の中を整理する。

 日下部さんが通り魔であるのならば、真之助を女性と見間違って襲い掛かったことになる。

 それはつまり──オレが発案した、通り魔をおびき寄せる作戦が成功したことを意味するのだ。

「オレの勝ちだ!」と言葉にする前に顔の筋肉がドヤ顔を作ったのが気に入らなかったのだろう。

 真之助は「(まこと)が小さすぎて日下部さんの視界に入らなかったから、私がひとりでいると間違われたんだ」と負け惜しみを口にし、思いっきりオレの足を踏みつけた。

 手加減なしのガチのやつを足の甲に叩き込まれたオレは、痛みのあまりに飛び上がるしかない。

 片足でピョンピョンとバネのように弾むオレを尻目に、幽霊サムライ二人は平然と会話を続けた。薄情なやつらだ。

「言い訳に聞こえるやもしれぬが、崎山様に危害を加えるつもりは毛頭ござらんかった。お許しくだされ」

「もしよろしければ、お話を聞かせてはもらえませんか?」

「これは拙者自身の問題ゆえ、何も聞かずにお帰り願いとうござる」

「そうはいきません。私が今ここで立ち去っては、日下部さん、貴方は背負っている何かに今にも押しつぶされ、消えてなくなりそうだ」

 日下部さんは逡巡の間を置いたあとで、観念したとでもいうように小さな息を吐いた。腰を屈め、左手で鈍色に光るナイフを拾い上げる。先ほど真之助に叩き落された凶器だ。

 食い入るように日下部さんの手元を見る真之助の脇から、オレも顔を出し覗き込んで驚いた。

「これ、バターナイフじゃねえか」

 こんがりきつね色に焼いたトーストにバターを塗るときに使う便利なあれだ。

「こんなものでも冷静さを欠いた生者には狂気に見えるものでござる」

「今までの通り魔事件も日下部さんが起こしたんですか?」

 真之助の疑問に日下部さんが力強く首肯する。

「左様でござる。このバターナイフを凶器に女子(おなご)を襲っておったのです。この四月から全部で六人、標的は全て髪の長い女子。女子たちには気の毒ではあったが、致し方ござらんかった」

 日下部さんは完落ちした犯人のように素直に犯行の手口を語った。

 帰宅途中の女性に凶器のバターナイフをちらつかせ、『お前も俺をバカにするのか』と狂気じみた言葉を投げつけた。そして、逃げる女性のあとを追いかけ、恐怖が臨界点に達した頃合いを見計らって自らの姿を消す──。

「日下部さんが通り魔だったなんて信じられない」

 真之助は自分が日下部さんに襲われたことを棚に上げそんなことを言ったが、犯人が女性に吐き捨てる台詞こそ、秘密の暴露、犯人しか知りえない情報であり、自らが犯人であると認めた証拠だ。

 しかし、三田村さんの言葉を脳内で辿ってみると、どう頑張っても未消化の異物が残ってしまう。

『今回の通り魔は転倒した女性を深追いせず、すぐに解放しているんだ。ずいぶんとあっさりしたものでね。三年前のように被害者を執拗に追いかけ回したり、髪を切り落としたりしない。捕まえたらすぐに手放す。釣りのキャッチアンドリリースみたいに』

 つまり、三年前と今回の通り魔は手口に共通点があるものの、同一人物だと断定できないのだ。

「日下部さん。あんた、この四月から通り魔を始めたって言ったよな。だったら、三年前は何をしていたんだ?」

「何とは何だ?」

「事件は三年前と今回、二度起こっている。と言うことは通り魔が二人存在することになるんだよ。一方が日下部さんなら、三年前の通り魔は一体誰なんだ?」

「誰でもよかろう。おぬしには関係のないことだ」

 取り付く島もない日下部さんに今度は真之助が訊ねた。

「でしたら、言い方を変えます。なぜ生者を襲ったりしたんです?」

 すると、意外なことが起こった。

「では、打ち明けることにいたそうか」

 昔馴染みのよしみなのか、日下部さんの堅固な態度がいきなり揺らいだのだ。

 その変わりようといったら、まるで人に知られたくない恥ずかしいことこの上無い弱みを真之助にがっちり握られているのではと疑ってしまうほどの翻しだ。

 不公平だと内心オレはムッとする。

 遠くで救急車のサイレンが聞こえたときには考えがまとまったのか日下部さんは再び口を開いた。

「崎山様が真殿の守護霊をされているように、拙者は現在、三年前の通り魔事件の犯人、五島翔(ごとうかける)の守護霊をしておるのです」

「日下部さんも同業者(守護霊)でしたか」

「いかにも。三年前、この場所で翔はひとりの女子の命を奪ってしまった。拙者は警察に通り魔事件の再捜査をして欲しいと思い、翔と同じ手口で事件を起こしておったわけでござる」

 バターナイフを睨み付ける日下部さんを街路灯の明かりが陰影を落とした。くっきりと深いシワが目立ち、十歳以上老けた印象になった。その顔に苦渋が満ちていくように見えるのは気のせいだろうか。

「確かオレの記憶だと守護霊界の掟では他人のお付き人に関わってはいけないって決まりだったよな。日下部さんがやっていることは掟に違反するんだろう? 気をつけないと寿々子(すずこ)さんみたいになるんじゃないのか」

 オレの心配を肯定するような日下部さんの鋭い視線が貫いた。目の前に立ち塞がった敵に向ける刃のような目つきに震え上がり、オレは喉仏を上下させる。

「悠長なことを言っている場合ではない。翔が再び事件を起こす可能性があるのだ。それだけは何としても食い止めねばならん。例え、拙者の命に代えてもな」

 日下部さんが左手のバターナイフを右袖の袂にしまった。

 そのときになって、オレは彼に右腕がないことを知ることになる。

 日下部さんが被害者の髪を切らなかったのは凶器がバターナイフだったからだけではない。恐らく、不自由な体のために切ることができなかったのだ。

 ギリギリギリ──。

 隻腕のサムライの奥歯を噛み締める音が痛々しく辺りに響き渡った。


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「恥ずかしながら、拙者がその通り魔でござる」
 いつの間にか、|日下部《くさかべ》さんがカジュアルなパーカーから、彼の長身が映える藍色の着流し姿に変身していたが、というか本来の姿が後者なのだろうが、そんな些細なことを気に留める余裕などオレにはなかった。
「聞き間違いじゃないのか?」と真之助と顔を見合わせ、互いの瞳の中に疑問符を見出だしたが、実際、真之助は日下部さんに襲われているわけだし、日下部さんの顔もいたって真面目で、冗談を言っている風ではない。
 と、なると。どういうことなのか頭の中を整理する。
 日下部さんが通り魔であるのならば、真之助を女性と見間違って襲い掛かったことになる。
 それはつまり──オレが発案した、通り魔をおびき寄せる作戦が成功したことを意味するのだ。
「オレの勝ちだ!」と言葉にする前に顔の筋肉がドヤ顔を作ったのが気に入らなかったのだろう。
 真之助は「|真《まこと》が小さすぎて日下部さんの視界に入らなかったから、私がひとりでいると間違われたんだ」と負け惜しみを口にし、思いっきりオレの足を踏みつけた。
 手加減なしのガチのやつを足の甲に叩き込まれたオレは、痛みのあまりに飛び上がるしかない。
 片足でピョンピョンとバネのように弾むオレを尻目に、幽霊サムライ二人は平然と会話を続けた。薄情なやつらだ。
「言い訳に聞こえるやもしれぬが、崎山様に危害を加えるつもりは毛頭ござらんかった。お許しくだされ」
「もしよろしければ、お話を聞かせてはもらえませんか?」
「これは拙者自身の問題ゆえ、何も聞かずにお帰り願いとうござる」
「そうはいきません。私が今ここで立ち去っては、日下部さん、貴方は背負っている何かに今にも押しつぶされ、消えてなくなりそうだ」
 日下部さんは逡巡の間を置いたあとで、観念したとでもいうように小さな息を吐いた。腰を屈め、左手で鈍色に光るナイフを拾い上げる。先ほど真之助に叩き落された凶器だ。
 食い入るように日下部さんの手元を見る真之助の脇から、オレも顔を出し覗き込んで驚いた。
「これ、バターナイフじゃねえか」
 こんがりきつね色に焼いたトーストにバターを塗るときに使う便利なあれだ。
「こんなものでも冷静さを欠いた生者には狂気に見えるものでござる」
「今までの通り魔事件も日下部さんが起こしたんですか?」
 真之助の疑問に日下部さんが力強く首肯する。
「左様でござる。このバターナイフを凶器に|女子《おなご》を襲っておったのです。この四月から全部で六人、標的は全て髪の長い女子。女子たちには気の毒ではあったが、致し方ござらんかった」
 日下部さんは完落ちした犯人のように素直に犯行の手口を語った。
 帰宅途中の女性に凶器のバターナイフをちらつかせ、『お前も俺をバカにするのか』と狂気じみた言葉を投げつけた。そして、逃げる女性のあとを追いかけ、恐怖が臨界点に達した頃合いを見計らって自らの姿を消す──。
「日下部さんが通り魔だったなんて信じられない」
 真之助は自分が日下部さんに襲われたことを棚に上げそんなことを言ったが、犯人が女性に吐き捨てる台詞こそ、秘密の暴露、犯人しか知りえない情報であり、自らが犯人であると認めた証拠だ。
 しかし、三田村さんの言葉を脳内で辿ってみると、どう頑張っても未消化の異物が残ってしまう。
『今回の通り魔は転倒した女性を深追いせず、すぐに解放しているんだ。ずいぶんとあっさりしたものでね。三年前のように被害者を執拗に追いかけ回したり、髪を切り落としたりしない。捕まえたらすぐに手放す。釣りのキャッチアンドリリースみたいに』
 つまり、三年前と今回の通り魔は手口に共通点があるものの、同一人物だと断定できないのだ。
「日下部さん。あんた、この四月から通り魔を始めたって言ったよな。だったら、三年前は何をしていたんだ?」
「何とは何だ?」
「事件は三年前と今回、二度起こっている。と言うことは通り魔が二人存在することになるんだよ。一方が日下部さんなら、三年前の通り魔は一体誰なんだ?」
「誰でもよかろう。おぬしには関係のないことだ」
 取り付く島もない日下部さんに今度は真之助が訊ねた。
「でしたら、言い方を変えます。なぜ生者を襲ったりしたんです?」
 すると、意外なことが起こった。
「では、打ち明けることにいたそうか」
 昔馴染みのよしみなのか、日下部さんの堅固な態度がいきなり揺らいだのだ。
 その変わりようといったら、まるで人に知られたくない恥ずかしいことこの上無い弱みを真之助にがっちり握られているのではと疑ってしまうほどの翻しだ。
 不公平だと内心オレはムッとする。
 遠くで救急車のサイレンが聞こえたときには考えがまとまったのか日下部さんは再び口を開いた。
「崎山様が真殿の守護霊をされているように、拙者は現在、三年前の通り魔事件の犯人、|五島翔《ごとうかける》の守護霊をしておるのです」
「日下部さんも|同業者《守護霊》でしたか」
「いかにも。三年前、この場所で翔はひとりの女子の命を奪ってしまった。拙者は警察に通り魔事件の再捜査をして欲しいと思い、翔と同じ手口で事件を起こしておったわけでござる」
 バターナイフを睨み付ける日下部さんを街路灯の明かりが陰影を落とした。くっきりと深いシワが目立ち、十歳以上老けた印象になった。その顔に苦渋が満ちていくように見えるのは気のせいだろうか。
「確かオレの記憶だと守護霊界の掟では他人のお付き人に関わってはいけないって決まりだったよな。日下部さんがやっていることは掟に違反するんだろう? 気をつけないと|寿々子《すずこ》さんみたいになるんじゃないのか」
 オレの心配を肯定するような日下部さんの鋭い視線が貫いた。目の前に立ち塞がった敵に向ける刃のような目つきに震え上がり、オレは喉仏を上下させる。
「悠長なことを言っている場合ではない。翔が再び事件を起こす可能性があるのだ。それだけは何としても食い止めねばならん。例え、拙者の命に代えてもな」
 日下部さんが左手のバターナイフを右袖の袂にしまった。
 そのときになって、オレは彼に右腕がないことを知ることになる。
 日下部さんが被害者の髪を切らなかったのは凶器がバターナイフだったからだけではない。恐らく、不自由な体のために切ることができなかったのだ。
 ギリギリギリ──。
 隻腕のサムライの奥歯を噛み締める音が痛々しく辺りに響き渡った。