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第15話 サバを読む

ー/ー



 イケメン。

 それは老若男女、見る者すべてにトキメキという付加価値を与える、整った面貌に恵まれたメンズのこと。

 全国非イケメンの会代表であるオレとしては、人生に起こる幸運のすべてと引き換えてもイケメンのルックスには憧れる。

 なぜなら、あいつらはモブのオレたちとは異なり、なんの努力もせず楽してモテるからだ。周囲にちやほやされ、蝶よ花よと大切にされ、教祖様のように崇められ、愛ばかりか金品まで貢がれている、ように見える。

 端的に言ってずるい。

 それはイケメンに対する嫉妬だろうと言われてしまえば、その通りだと認めるしかないが、オレたち全国非イケメンの会としてはやつらの怠慢が許せないのだ。

 例えば、オレたちが汗と涙と精魂を振り絞りながら、炎天下の校庭を走らされているとしよう。そんなとき、やつらは青い海が見えるビーチの大きなパラソルの下、複数の美女に団扇を仰がせて涼しい顔をしているのだ。

 オレたちは死に物狂いでゴールを目指して走るが、イケメンたちはこの世に生を受けた瞬間からゴールテープを切っている。

 わざわざ自分で行動を起こさなくても、常に周囲の人間を動かしているイケメンどもは、自分を中心に宇宙が回っているのだと錯覚しているに違いない。

 全知全能の神になったつもりなのか、やつらの言動は鼻につくばかりだ。

 現にオレの目の前にいる真之助は生意気にも自分の整った容姿がコンプレックスだと理解不能なことを言い、仕返しとばかりにオレのコンプレックスを逆撫でする。

「中学生!」

「イケメン!」

 真之助とのディスり合いが最高潮へ向けて過熱し始めたとき、オレはタイミングを見計らって、真之助に「今だ!」と短く合図を送った。

「オッケー」

 のんびりとした口調でクルリと体を半転させた真之助は、真後ろに迫った黒い影の動作を封じ、右腕で鋭い手刀を食らわせた。低い悲鳴が上がる。喉元に手刀が入ったのだから、苦しいのは当然だ。黒い影がその場に沈むと、手からこぼれ落ちた刃物が銀色の光を散らしながら地面を滑り、電柱の根元で止まった。

「オレたちの作戦勝ちだな。捕まえたぞ、通り魔め。莉帆(りほ)の仇!」

 オレは意気揚々と勝利宣言をする。

 真之助と決着がついていないのは腑に落ちないけれども、緊急時は一時休戦するのがきっと武士道というものだ。

「警察に突き出す前にいろいろと喋ってもらおうよ。孝志(たかし)君の事件のことも……」

 両腕を組んで黒い影を覗き込んでいた真之助の声から急に力が抜けた。

「あれあれ、もしかして」

 のっそりと起き上がった黒い影、すなわち黒いフードを深く被った男を指さし、通り魔を捕まえたにしては似つかわしくない感嘆の声を上げた。

日下部(くさかべ)さんですか?」

「おやおや、誰かと思えば、崎山様ではございませんか」

 黒いマスクを外したフード男から、これまた陽性の声が出る。

「久方ぶりでございますな」

「お元気そうですね」

「まさか、このような所で崎山様に会うことになるとは世間は狭い。かれこれ、五百年になりますかな」

「五百年って、日下部さんは一体おいくつですか。いくらなんでもサバを読みすぎですよ」

「はっはっはっは!」

 フード男の高笑いが響く。

 真之助と知り合いということは、この男は必然的にこの世のものではなく、幽霊ということになる。

 死者が集まり活気づくというのも変な話だが、幽霊二人の笑い声が重なると闇に溶けかけていた事件現場が賑やかに色づいた。

(まこと)、紹介するよ」

 フード男のギャグがツボに()()()()のか、「可笑しい、可笑しい」と真之助が目じりの涙をぬぐいながら言った。

「この人は日下部さんといって、私の古い顔見知りなんだ」

「顔見知り?」

 恐らく、生前の知り合いという意味なのだろう。

 紹介されたフード男はフードを脱ぐと、ちょん髷頭を深々と下げた。

「よろしくお願いいたす」

「……どうもご丁寧に」

 その慇懃(いんぎん)な様子につられてオレも頭を下げ返す。

 年は三十半ばほどだろうか。骨張った輪郭に相応しいあっさりしたパーツが載った塩顔の男だ。真之助の友達にしては年が離れているし、知り合いという割には親しそうに見える。

 日下部さんの礼儀正しさと、竹を割ったような人柄に好感を持ち始めたときだった。

「ところで、貴殿は中学生でござるかな?」

 顎に手をやり、しげしげとオレを眺めていた日下部さんが思案顔で何を言い出すかと思いきや、早速オレのコンプレックスを突いてきた。

 最早この展開は初対面恒例のテンプレと言ってもいい。オレはテンプレに(なら)い、お約束の台詞を口にする。

「どこからどう見たって高校生だろうが! この制服の校章を見ろって。梅見原(うめみはら)高校の生徒の証!」

「またまた、冗談を言いおって。高校生の制服を着た中学生ということくらい、拙者にもわかるぞ。レンタルでもしたのでござろう?」

「自前だっつうの!」

「さては貴殿もサバを読んでおるな」 

「読んでねえよ!」

「それでは小学生でござったか。これは失礼、失礼!」

「ふざけた野郎だな! おい、真之助。お前の知り合いだろ。何とかしろよ」

「う~ん。でも、幼稚園生と言われなかっただけよかったじゃないか」

「お前たち、類友だな」

 二人にからかわれていることくらいわかってはいたが、ついつい腹を立ててしまう。「売られたケンカは買う」ではないが、これは一種の反射反応のようなもので、押し売りされたら断り切れない性分なのだと諦めるしかない。

「決めた。二人まとめてぶっ飛ばす!」

 ムキになって声を荒げると、面白可笑しく腹を抱える真之助の横で、日下部さんの落ちくぼんだ小さな目がオレを捉えて静かに微笑んでいた。

 何か懐かしいものでも眺めるように、意識がぼんやりとこの場を離れている、そんな視線だった。

 (いぶか)るオレに気がつくと、日下部さんはニカッと闇夜を照らすような大胆な笑みを見せた。

 その、打ち上げ花火のような笑顔の迫力に、怒りのやり場を失ってしまったオレは持ち上げた拳を下げるしかなかった。何だか調子が狂わされてしまう。真之助が使う聞きなれない敬語にも、すでに調子を狂わされているというのに。

「ところで、日下部さんは何をされていたんですか? こんな人気(ひとけ)のないところにいては、通り魔に間違われてしまいますよ」

「そのことなのですが」

 日下部さんはボリボリと音を立てながら頬をかくと、照れ臭そうに視線を逃がした。

「恥ずかしながら、拙者が、その通り魔でござる」

「「通り魔だって?」」

 オレと真之助は、声をワンオクターブひっくり返して、互いの顔を見合わせた。

 マジか。


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次のエピソードへ進む 第16話 通り魔の正体見たり!


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 イケメン。
 それは老若男女、見る者すべてにトキメキという付加価値を与える、整った面貌に恵まれたメンズのこと。
 全国非イケメンの会代表であるオレとしては、人生に起こる幸運のすべてと引き換えてもイケメンのルックスには憧れる。
 なぜなら、あいつらはモブのオレたちとは異なり、なんの努力もせず楽してモテるからだ。周囲にちやほやされ、蝶よ花よと大切にされ、教祖様のように崇められ、愛ばかりか金品まで貢がれている、ように見える。
 端的に言ってずるい。
 それはイケメンに対する嫉妬だろうと言われてしまえば、その通りだと認めるしかないが、オレたち全国非イケメンの会としてはやつらの怠慢が許せないのだ。
 例えば、オレたちが汗と涙と精魂を振り絞りながら、炎天下の校庭を走らされているとしよう。そんなとき、やつらは青い海が見えるビーチの大きなパラソルの下、複数の美女に団扇を仰がせて涼しい顔をしているのだ。
 オレたちは死に物狂いでゴールを目指して走るが、イケメンたちはこの世に生を受けた瞬間からゴールテープを切っている。
 わざわざ自分で行動を起こさなくても、常に周囲の人間を動かしているイケメンどもは、自分を中心に宇宙が回っているのだと錯覚しているに違いない。
 全知全能の神になったつもりなのか、やつらの言動は鼻につくばかりだ。
 現にオレの目の前にいる真之助は生意気にも自分の整った容姿がコンプレックスだと理解不能なことを言い、仕返しとばかりにオレのコンプレックスを逆撫でする。
「中学生!」
「イケメン!」
 真之助とのディスり合いが最高潮へ向けて過熱し始めたとき、オレはタイミングを見計らって、真之助に「今だ!」と短く合図を送った。
「オッケー」
 のんびりとした口調でクルリと体を半転させた真之助は、真後ろに迫った黒い影の動作を封じ、右腕で鋭い手刀を食らわせた。低い悲鳴が上がる。喉元に手刀が入ったのだから、苦しいのは当然だ。黒い影がその場に沈むと、手からこぼれ落ちた刃物が銀色の光を散らしながら地面を滑り、電柱の根元で止まった。
「オレたちの作戦勝ちだな。捕まえたぞ、通り魔め。|莉帆《りほ》の仇!」
 オレは意気揚々と勝利宣言をする。
 真之助と決着がついていないのは腑に落ちないけれども、緊急時は一時休戦するのがきっと武士道というものだ。
「警察に突き出す前にいろいろと喋ってもらおうよ。|孝志《たかし》君の事件のことも……」
 両腕を組んで黒い影を覗き込んでいた真之助の声から急に力が抜けた。
「あれあれ、もしかして」
 のっそりと起き上がった黒い影、すなわち黒いフードを深く被った男を指さし、通り魔を捕まえたにしては似つかわしくない感嘆の声を上げた。
「|日下部《くさかべ》さんですか?」
「おやおや、誰かと思えば、崎山様ではございませんか」
 黒いマスクを外したフード男から、これまた陽性の声が出る。
「久方ぶりでございますな」
「お元気そうですね」
「まさか、このような所で崎山様に会うことになるとは世間は狭い。かれこれ、五百年になりますかな」
「五百年って、日下部さんは一体おいくつですか。いくらなんでもサバを読みすぎですよ」
「はっはっはっは!」
 フード男の高笑いが響く。
 真之助と知り合いということは、この男は必然的にこの世のものではなく、幽霊ということになる。
 死者が集まり活気づくというのも変な話だが、幽霊二人の笑い声が重なると闇に溶けかけていた事件現場が賑やかに色づいた。
「|真《まこと》、紹介するよ」
 フード男のギャグがツボに|は《・》|ま《・》|っ《・》|た《・》のか、「可笑しい、可笑しい」と真之助が目じりの涙をぬぐいながら言った。
「この人は日下部さんといって、私の古い顔見知りなんだ」
「顔見知り?」
 恐らく、生前の知り合いという意味なのだろう。
 紹介されたフード男はフードを脱ぐと、ちょん髷頭を深々と下げた。
「よろしくお願いいたす」
「……どうもご丁寧に」
 その|慇懃《いんぎん》な様子につられてオレも頭を下げ返す。
 年は三十半ばほどだろうか。骨張った輪郭に相応しいあっさりしたパーツが載った塩顔の男だ。真之助の友達にしては年が離れているし、知り合いという割には親しそうに見える。
 日下部さんの礼儀正しさと、竹を割ったような人柄に好感を持ち始めたときだった。
「ところで、貴殿は中学生でござるかな?」
 顎に手をやり、しげしげとオレを眺めていた日下部さんが思案顔で何を言い出すかと思いきや、早速オレのコンプレックスを突いてきた。
 最早この展開は初対面恒例のテンプレと言ってもいい。オレはテンプレに|倣《なら》い、お約束の台詞を口にする。
「どこからどう見たって高校生だろうが! この制服の校章を見ろって。|梅見原《うめみはら》高校の生徒の証!」
「またまた、冗談を言いおって。高校生の制服を着た中学生ということくらい、拙者にもわかるぞ。レンタルでもしたのでござろう?」
「自前だっつうの!」
「さては貴殿もサバを読んでおるな」 
「読んでねえよ!」
「それでは小学生でござったか。これは失礼、失礼!」
「ふざけた野郎だな! おい、真之助。お前の知り合いだろ。何とかしろよ」
「う~ん。でも、幼稚園生と言われなかっただけよかったじゃないか」
「お前たち、類友だな」
 二人にからかわれていることくらいわかってはいたが、ついつい腹を立ててしまう。「売られたケンカは買う」ではないが、これは一種の反射反応のようなもので、押し売りされたら断り切れない性分なのだと諦めるしかない。
「決めた。二人まとめてぶっ飛ばす!」
 ムキになって声を荒げると、面白可笑しく腹を抱える真之助の横で、日下部さんの落ちくぼんだ小さな目がオレを捉えて静かに微笑んでいた。
 何か懐かしいものでも眺めるように、意識がぼんやりとこの場を離れている、そんな視線だった。
 |訝《いぶか》るオレに気がつくと、日下部さんはニカッと闇夜を照らすような大胆な笑みを見せた。
 その、打ち上げ花火のような笑顔の迫力に、怒りのやり場を失ってしまったオレは持ち上げた拳を下げるしかなかった。何だか調子が狂わされてしまう。真之助が使う聞きなれない敬語にも、すでに調子を狂わされているというのに。
「ところで、日下部さんは何をされていたんですか? こんな|人気《ひとけ》のないところにいては、通り魔に間違われてしまいますよ」
「そのことなのですが」
 日下部さんはボリボリと音を立てながら頬をかくと、照れ臭そうに視線を逃がした。
「恥ずかしながら、拙者が、その通り魔でござる」
「「通り魔だって?」」
 オレと真之助は、声をワンオクターブひっくり返して、互いの顔を見合わせた。
 マジか。