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ミントとラベンダー 後編

ー/ー



​「あの、梶原さん」

 瀬戸が不意に足を止め、バッグから何かを取り出した。


「もしよければ、これ。目印にしませんか?」


 彼女の手のひらにあったのは、二つの小さなシールだった。ガーデニングが趣味だという彼女らしい、繊細なハーブのイラストが描かれたシールだ。



​「さっき、資料をまとめるのに使った余りなんですけど」


 彼女は梶原の傘の柄に、そっと緑色のミントのシールを貼った。そして自分の傘には、ラベンダーのシールを。


「これで、世界に一本だけのお揃いですね」
​ お揃い、という言葉が、湊の胸に温かい波紋を広げた。


 ただのコンビニ傘。

明日になればどこかに置き忘れてしまうかもしれない消耗品。

それなのに、小さなシールひとつで、この傘が自分にとって手放したくない大切な道具に変わったのが分かった。



​「……ありがとうございます。これでもう、迷いません」


 梶原が答えると、瀬戸は少しだけ頬を染めて、また歩き出した。


​ 駅の改札が見えてくる。あと数十歩で、この小さなシェルターは解散だ。


 けれど、彼の足取りはさっきよりも軽い。


明日、雨が止んでいたとしても。

この傘を持って出勤すれば、オフィスで彼女と目が合ったとき、きっと今日よりも自然に笑い合える。そんな予感がした。


​ 改札に吸い込まれていく瀬戸の背中を見送る。彼女の傘の柄で、小さなラベンダーが揺れていた。


 梶原は自分の傘のミントを見つめた。
雨はまだ降り続いているが、冷たさはもう感じなかった。








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​「あの、梶原さん」
 瀬戸が不意に足を止め、バッグから何かを取り出した。
「もしよければ、これ。目印にしませんか?」
 彼女の手のひらにあったのは、二つの小さなシールだった。ガーデニングが趣味だという彼女らしい、繊細なハーブのイラストが描かれたシールだ。
​「さっき、資料をまとめるのに使った余りなんですけど」
 彼女は梶原の傘の柄に、そっと緑色のミントのシールを貼った。そして自分の傘には、ラベンダーのシールを。
「これで、世界に一本だけのお揃いですね」
​ お揃い、という言葉が、湊の胸に温かい波紋を広げた。
 ただのコンビニ傘。
明日になればどこかに置き忘れてしまうかもしれない消耗品。
それなのに、小さなシールひとつで、この傘が自分にとって手放したくない大切な道具に変わったのが分かった。
​「……ありがとうございます。これでもう、迷いません」
 梶原が答えると、瀬戸は少しだけ頬を染めて、また歩き出した。
​ 駅の改札が見えてくる。あと数十歩で、この小さなシェルターは解散だ。
 けれど、彼の足取りはさっきよりも軽い。
明日、雨が止んでいたとしても。
この傘を持って出勤すれば、オフィスで彼女と目が合ったとき、きっと今日よりも自然に笑い合える。そんな予感がした。
​ 改札に吸い込まれていく瀬戸の背中を見送る。彼女の傘の柄で、小さなラベンダーが揺れていた。
 梶原は自分の傘のミントを見つめた。
雨はまだ降り続いているが、冷たさはもう感じなかった。