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ミントとラベンダー 前編

ー/ー



​ 予報外れの雨だった。


 灰色の空から落ちてくる雫は、アスファルトを深い色に染め、家路を急ぐ人々の肩を冷たく叩く。


​ 仕事帰りの梶原は、駅前のコンビニに駆け込んだ。店内の傘立てはすでに空に近く、辛うじて残っていたのは、何の変哲もない七百円のビニール傘が二本だけだった。


「……これしかないか」


 彼がその一本を手に取ろうとしたとき、隣から伸びてきた細い指先が、もう一本の傘の柄に触れた。

​ 同じ職場の広報部に勤める、瀬戸だった。
「あ、梶原さん。お疲れ様です」
「瀬戸さんも。ひどい雨になりましたね」


 レジで会計を済ませ、自動ドアの前で足を止めた。外は一段と雨脚が強まっている。


​ 二人とも同じプロジェクトに関わって半年になる。仕事上の信頼はあるが、プライベートな会話を交わしたことはほとんどない。


梶原にとって彼女は、いつも完璧な仕事をし、少しだけ遠くにいる憧れの同僚だった。


​「これ、間違えちゃいそうですね」

 瀬戸が、買ったばかりの傘を広げながら小さく笑った。



梶原も自分の傘を開く。乳白色の持ち手、透明なビニール。どこにでもある、何万本と作られている既製品。



「確かに。コンビニの傘立てに置いたら、もう自分のがどれか分からなくなりそうです」



​ 二人はなんとなく、駅までの短い距離を並んで歩くことになった。


 雨音のせいで、周囲の喧騒が遠のく。ビニール傘の内側は、不思議と守られた小さなシェルターのようだった。


カツ、カツ、と二人の歩幅が重なり、雨粒が傘を叩くリズムが心地よく響く。










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​ 予報外れの雨だった。
 灰色の空から落ちてくる雫は、アスファルトを深い色に染め、家路を急ぐ人々の肩を冷たく叩く。
​ 仕事帰りの梶原は、駅前のコンビニに駆け込んだ。店内の傘立てはすでに空に近く、辛うじて残っていたのは、何の変哲もない七百円のビニール傘が二本だけだった。
「……これしかないか」
 彼がその一本を手に取ろうとしたとき、隣から伸びてきた細い指先が、もう一本の傘の柄に触れた。
​ 同じ職場の広報部に勤める、瀬戸だった。
「あ、梶原さん。お疲れ様です」
「瀬戸さんも。ひどい雨になりましたね」
 レジで会計を済ませ、自動ドアの前で足を止めた。外は一段と雨脚が強まっている。
​ 二人とも同じプロジェクトに関わって半年になる。仕事上の信頼はあるが、プライベートな会話を交わしたことはほとんどない。
梶原にとって彼女は、いつも完璧な仕事をし、少しだけ遠くにいる憧れの同僚だった。
​「これ、間違えちゃいそうですね」
 瀬戸が、買ったばかりの傘を広げながら小さく笑った。
梶原も自分の傘を開く。乳白色の持ち手、透明なビニール。どこにでもある、何万本と作られている既製品。
「確かに。コンビニの傘立てに置いたら、もう自分のがどれか分からなくなりそうです」
​ 二人はなんとなく、駅までの短い距離を並んで歩くことになった。
 雨音のせいで、周囲の喧騒が遠のく。ビニール傘の内側は、不思議と守られた小さなシェルターのようだった。
カツ、カツ、と二人の歩幅が重なり、雨粒が傘を叩くリズムが心地よく響く。